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 通信機器を仕舞ったお兄ちゃんは、淡々と今宵の敵へ対峙した。

「済みません、お陰で助かりました。でも勝ちは勝ちです」

「ああ、完敗だ。どうやらブランクで読みが鈍っていたらしい。それに」

 微笑。

「正直な話、思った以上に君が孤独でなくてホッとしている」 

「母さんだって違うだろ!?俺が」

「ミト」

 僕は開きかけた口を噤み、代わりに首を横へ。

「約束です。僕の話を聞いて下さい」

「誤解が、と言う話だったな……いいだろう。尤も幾ら説得されても、私の心は既に決まっているが」

「それはどうでしょう」

 何?細眉がピクリ、と動く。

「あなたが“龍家”に再度与する事になったきっかけは、何時急変してもおかしくない黄龍の病。間違い無いですね?」

「念を押されると若干照れるが……ああ、その通りだ。私などの脱走が、あの人には余程堪えたらしい。一時欠ける事はあっても、基本的に“龍家”は五位一体。幾ら新米とは言え一龍でも不在となれば、全体の戦闘能力は低下する」

 溜息。

「いや、自惚れてはいない。ただ後年知った事だが、私の在籍時はどうやら“龍家”の黄金期だったらしい。正直驚いた。確かに毎回必死で知略を巡らせはしたが、まさか外界でそこまで評価されていたとは」

 アラガ一門の頃だね、おじさんが口を挟む。

「ああ、良く覚えている。あれが私の初仕事だった。尤も失態が無かったのは、単に優秀な家族達のお陰だが」

 謙虚な感想に、あの、それまで静かにしていた桜が口を開く。

「その、不謹慎かもしれませんけど、謙遜なんて必要無いと思います。少なくとも赤龍は、あなたを凄く評価していましたよ」

「赤姐は昔から私に甘いからな。本当の事は言わないさ」

 有り得る。あの蛇女、冷酷非情の“龍家”にしては幾分マシな精神をしている風だったし。

「話が逸れてしまったな、レヴィアタ君」

「はい。因みにお訊きしますが、もし仮に彼が健康なら、ビ・ジェイさんはどうしていましたか?」

「??君は先程から、一体何の話をしているのだ」

 そう、だな……錫杖を抱えたまま腕を組む。

「まずは叶うかどうか別として、当然脱走を企てた筈だ。何せ家にミトや君を残したままだったからな。それに一度既に抜けた身、仮令生家でも到底安全とは、っ!!?」

 当人と同時に僕等も気付いた。つくづく舌を巻く聡明振りだ、この少年探偵は。


「ええ、今閃いた通りですよ―――黄龍はあなたの罪悪感に突け込んで、さも大病であるかのように騙ったんです」「出鱈目だ!!」


 そんな返答など予測済みだったのだろう。探偵は至極冷静に頷き、声を荒げる大人を見つめ返した。

「芝居用の血糊を使ったとでも言う気なら、そんな事は有り得ないぞ!私はこの目でしかと確認したのだ。彼の、歯茎まで深紅に染まった口内を……!!」

「ビ・ジェイさん。もしかして黄龍は、痛覚を感じない体質なのではありませんか?」

「!!?君は……本当に、将来が恐ろしい子だな………」

 目をキツく瞑り、堪えるように歯を食い縛る。その苦悶の表情が、雄弁に真実を語っていた。

「しかし、だ。兄長は診察を受けると約束したのだぞ?自傷で詐病していたのだとしても、如何に専門家を誤魔化す心算だったのだ」

「恐らくは誤診と断じるつもりだったのでしょう。右腕を再び失う事に比べれば、費用対効果の高い嘘です。そもそも彼は医者になど、仮令殺されても掛かりたくないでしょうしね」

 溜息混じりに告げ、徐に帽子のずれを直す。

 

「―――何せ彼等はあなたを奪った、憎っくき『Dr.スカーレット』の同業者だ。未だに彼女、更には無関係な彼女の家族を逆恨みし、刺客を送り込んでくる人間が、愁傷に診察室へ入ってくれるとは思えません」「!!!?今、何と言った……?」


 口をぽかんと開ける弁護士。だが、次第に脳髄を駆け上がる恐怖から、端正な顔を引き攣らせた。

「矢張り知らされていなかったんですね。家族があなたの刀と共に、僕達全員の生命を奪いに来ている事を」

 トドメの説明に、アイスブルーの瞳が反射的に動いた。そして視線の先へ、ミト、怪我は……!?震え声で問う。

「大丈夫だよ、母さん。あんな時代遅れな爺婆共、皆で追い返してやったからさ」

「っ!!?そう、か……随分と無茶をしたものだ……」

 漏れ出た安堵の吐息に、希望を感じ取ったのは僕だけではない。目配せすると、“金”と“緑”は揃って小さく首肯した。

(ミト。お兄ちゃんが折角ここまでお膳立てしてくれたんだ。頼むから巧くやれよ……!)

 寝返った弁護士を説得可能なのは、文字通り愛息のお前だけだ。ここで味方に引き入れられれば“龍家”との戦争にも、か細いながら活路が見出せる。

 長い腕を差し伸べ、母さん、真剣な声音を放つ“黄”。


「俺が手伝うし、皆も力を貸してくれるってさ。だから、今度こそちゃんとケリを着けよう?」「ミト………ああ、済まない……」


 よろよろと近付きながら、空の右腕を伸ばす。所々絆創膏の貼られた五本指に最早欺きの気配は無く、真摯に温もりを求めていた。




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