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「大丈夫か、キュー。怪我は?」

 学園とは真逆の、切羽詰った熱い態度。いきなりの呼び捨てと、初めて間近で顔を見た驚きも相俟って、え、あ、はい……、少しドキドキしつつどうにか答える。

「何処もしていません」

「そうか、なら良かった」ブンッ!「すぐに片付けてやる。俺の傍を離れるなよ」

 台詞の途中で振るった剣は乳白色で、傍目にもかなり硬質そうだ。材質は何だろう?そもそも何故こんな所に、

「にしても見事にレヴィアタの言った通りだな。だが、“龍家”がキューまでターゲットにしたとなると、状況は想定以上に最悪だ」

「え、ハイネ君?」

 それに“龍家”は確か、先程の手紙にあった一族の名。どうして彼が知って、

「おいこら担任!!」

「ベーレンス先生、こっちも助けてくれ!!」

「そんなチャチい包囲網、勝手に破れ!生憎レヴィアタからは、手前等のお守まで任されていないんでな!!」

 怒鳴り返して鼻を鳴らし、そっぽを向く。しかしそんな彼の意に反し、小鬼達は潮が引くように包囲を解き、ターゲットへ近付いて来た。忠実な、しかし何処までもオートマティックな様に、眉間へ深い皺を形成する騎士。

「逃げるって選択肢は考えないのかよ。てかこいつ等、よく見りゃ全員同じ顔じゃねえか。一体幾つ子だよ?」

「ええと確か、三十つ子?あ、でも本体は紙人形で」

「成程、使い捨ての駒って訳か。まあいい、とっとと片付ける」

 そこではたと気付く。拾い上げた催涙スプレーが空な事に。スタンガンも先程電池が切れた。つまりは、

「あ、あの。済みません、ベーレンス先生……お手伝いしたいのは山々ですけど私、手持ちの武器がもう」

「キュー」

「は、はい!?」

 うっかり機嫌を損ねてしまったのか?多少饒舌になっても、正直まだ怖い雰囲気だし……。

 同僚の至近距離の悲鳴で逆に吃驚した教師は、動揺を誤魔化すように頭を掻いた。

「おい。まさか俺相手に緊張しているのか?ま、記憶が戻ってない現状じゃ無理も無いか……」

 え?私、彼に記憶喪失の事話したっけ?それに、どうして……こんなにも、辛そうな顔をされるの?

「とにかく、だ。俺が言いたかったのは、お前にはそんな玩具必要無い。何てったって炎の魔術が使えるんだからな」

「!?本当か、ベーレンス!?」

 大軍から二人を庇うように立ちはだかり、バットを構えたアランが尋ねる。教師陣の眼前では気の早い教え子が跳躍し、果敢に敵陣へ突入した。

「確かにルーシー小母さんは魔術を使っていた。だが」

「別に劣性の素養でもない。多少血が遠かろうとキューが過去、その力で自分の身を守ったのはれっきとした事実だ」

 どうしてここでお母さんの名前が?それに血が遠い。何より私が身を守ったって……あ、駄目。これ以上考えたら、また例の頭痛が始まっちゃいそう……。

「生憎俺は使えないんで、詳しくは分からん。が、餓鬼の時分に出来たなら、今だって充分やれる筈だ」

 断言するなり私の右手首を掴み、緊張で強張った五本指を優しく広げる。アラン君程じゃないけど、厚みのあるしっかりした掌だ。それに、温かい。

「無理ですよ、魔術なんて!?大体私、全然覚えていないのに」

「いや、お前なら出来る。記憶を封じられているせいで怖気付いているだけだ」

 何故彼はこうも自信たっぷりなのだろう?確かな過去を持てず、十五年間ふわふわしたままの私とは正反対だ。

「何雁首揃えてボケッとしてんだよ、先公共!?」

 ドガッ!顎に下から鋭い蹴りを入れながら、孤軍奮闘の兵士が叫ぶ。

「早く手伝え!!」

「……済まん、ダイアン。今大事な所なんだ。だから、もう少しだけ頑張ってくれ」

「アラン君……?」

 断りを入れ、キューの左の二の腕の中央に手を添える。そうしてから、信じていいんだよな、ベーレンス?真剣な眼差しを同性に向けた。

「お前の母親じゃあるまいし、こんな場面で嘘を吐いてどうする」

(ルナ小母さん?って言うかベーレンス先生、さっきから事情通過ぎじゃない。何時見てもむすーっとして、いつも誰ともお喋りしていない風なのに)

「っ!?やっぱりお前……ああ、そうだな」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、置いた手の力を僅かに籠めた。

「アラン君?」

「キュー。信じられないのも無理は無いが、ベーレンスの話は本当だ。多分」

「多分って、喧嘩売ってるのか手前?まあ、俺も直接この目で見た訳じゃないが、ソースは信頼に足る奴だ」

「ソースでも醤油でもいいから手ぇ貸せ、この冷血担任!職務怠慢って親父にチクるぞ!!」

 ピキピキッ。米神に漫画じみた青筋が走るのを見、キューは慌てて空の缶を持ったまま左手を振った。

「べ、ベーレンス先生!私、使えそうな気がします魔術!!」

 ブンブン!

「ええっと、呪文とか唱えたんですか、昔の私は!?」

「いや」

 ギロッ!生徒を殺意込みの視線で牽制。

「俺が聞いた限り、必要なのは集中力と『炎よ』って言霊だけらしい。勿論、攻撃対象へ掌を向けてな。間違っても俺達相手に撃つなよ」

 あれ、予想より簡単そう。そんな事で本当にファイヤーが出せるの?

 半信半疑に伸ばした右腕に惹かれるように、わらわらと集う黒スーツ達。その不気味な様に反射的な怯えが走ったが、左右からの体温に鼓舞され、深呼吸を開始する。

(きっとこう言うのって、最初にお臍へ意識を持って行くのよね……こう、かな?)

 丹田に集まった熱を、スッと右掌まで移動させる。と、バチバチッ!漏れ出た魔力が掌紋を伝い、空気中に放電した。「わっ!?」

「何だ今の!?」

「失敗か!?」

「ううん。大丈夫よ、二人共。久し振りにやったから、ちょっと魔力が溢れちゃったみたい」

 そう。仮令記憶が無くても、身体はちゃんと覚えているのだ。この体内を流れる独特の感覚と、使用方法を。

 抵抗無しとみてか、一気に押し掛ける敵群。女教師は冷静にその瓜十数個の顔を眺め、ロウに退避するよう告げた。

「先公!?けど」

「私は平気。それより、そこにいると危ないの」


―――ルーシー叔母さん!!


 大事な人達は、私が守らなきゃ。


「だから離れて!―――炎よ!!」「わっ!!?」


 解放された魔力は、さながら炎の大蛇だった。

 咄嗟に地面に伏せる友人。その頭上を掠めるように飛んだ火炎は、顎と牙を以って小鬼達を火達磨にし、一瞬で灰へと変えていく。久方振りの解放だったせいか、術者には心なしか魔力が舞い踊っているように思えた。

 辛うじて難を逃れた残党も、倒れ伏す仲間から引火。しかし彼等の表情筋は一ミリも動かず、苦痛を訴える声も無い。その不気味な情景に恐怖を通り越し、キューは彼等を哀れにすら思った。


「……ごめんなさい」「キュー?」「ううん、何でもないの。さ、行きましょう」


 遅まきながら上がる警笛に背を押されるように、四人は南口から急ぎ公園を脱出した。


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