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「―――そこまで決意が固まっているなら、引き留めても無駄のようだね」


 差し出された右手を見つめ、毛布の上の利き腕を再び伸ばす弁護士。

「私事で契約放棄してしまい本当に申し訳無い。Mr.ベイトソン」

「いいや。私達の財産管理はこれからも君に一任するつもりだよ」

 えっ?目を数回瞬かせる。

「また何時でも頼って来るといい。そして状況が落ち着いたら、今度はミト君も一緒に『ホーム』へ遊びに来なさい。恐らくその頃にはメアリーも戻っているだろう」

「あ、ああ……そう、だな……」

 握手。

「ミト君も、どうか元気で」

「ベイトソンさん達もな。桜ちゃん。アダムと僵尸と、あと猫達にも宜しく言っといてくれよ」

「ええ。口達者なミトさんがいなくなると寂しくなるわね……あ、マンションの方に忘れ物は無い?あるなら私、今から取って来るけれど」

「別にいいよ。置いてあるのは予備の着替えだけだし、適当に処分しといて」

 前髪を掻き上げ、憑き物が落ちたように屈託無く笑う。

「桜ちゃんの飯、サイコーだったよ!お嫁さんに貰ってあげられないのが残念だなー、ホント」

「もう、最後までお世辞?ふふ」

 苦笑。

「ビ・ジェイさん。息子さん、六日間ずっとこんな調子だったんですよ」

「ミトが?そうか。どうやらそちらの方面でも迷惑を掛けたようだな」

 溜息を吐き、左手で肘掛けに凭れた青年の背に触れる。

「普段は人見知りの激しい子なのだがキャリア同士、通じる物があるのかもしれない……本当に残らなくていいのか?」

「当ったり前だよ!母さんを一人で行かせられるかっての。それに今生の別れでもないんだしさ」

「………」

「何年掛かるか分からないけど、絶対また会いに来ようよ。母さんだってDrに改めてお礼したいって、前々から言っていたじゃないか」

「ああ……そう、だな……」

「そうそう!だから笑顔でさよならしなきゃ」

 回り込む息子の両腕を借り、ソファから立ち上がる母親。若干ふらついてはいるが、歩けない程の衰弱ではないようだ。これなら逃亡の旅にも支障無いだろう。

「んじゃ世話になったな、ジョシュア。ハイネ君も、最後に怖い思いさせちまって御免」

「いえ」

「上手く潜伏出来たら手紙書くよ。頼むからそれまで引っ越さないでくれよな?」

「ええ、何とかゴネてみます」

「その時は僕も是非力を貸すよ、お兄ちゃん」

 鼻を鳴らし、得意げに人差し指を振る。

「“イノセント・バイオレット”を使えば、横暴な辞令なんて一瞬で白紙撤回さ」

「それはそれで問題な気もするけどね。でも、ありがとう」

 フフン、当たり前だよ。だってお兄ちゃんは僕の運命の人なんだから❤


「さて。名残惜しいが、そろそろ出発の支度をしないと―――ジョシュア、刀を」「ああ、そうだったね」


 ベルトから鞘を抜き、両手に持ち替える。やれやれ、結局一度もマトモに使わなかったな。試し切りでもしておけば良かった。

「しかしミトから聞いたが、よくあの隠し金庫を開けられたな」

「息子の誕生日が暗証番号なんて、セキュリティがなってないね。次はもっと凝った奴にしなよ、この馬鹿鵺が覚えられる範囲で、ね」

「おい!?」

「ああ、忠告感謝する。では―――」

 龍の刺青ごと包帯で覆われた右腕が、徐に近付いてきた。




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