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(チッ、胸糞の悪い夢……)
久々に見たのは恐らく、寝落ち寸前まで死体の写真とにらめっこしたせいに違いない。お陰で昨夜は余り眠れなかった。
(もう何十年も前の出来事だ……今更、何の感慨も湧きっこない)
「ジョシュア、本当に大丈夫?疲れているなら聞き込みは私一人で」
「平気だよ桜。ちょっと厭な夢を見ただけさ」
そう説明したが、同行者は尚も気遣わしげな目。仕様の無い娘だ。
「……大昔に住んでいた家の夢だよ。桜がまだ生まれてもいなかった頃のね」
「上手くいかなかったの?……いえ、深い意味は無いの。あなたには“イノセント・バイオレット”があるし、何処へ行っても器用に立ち回れそうだから」
細い肩を窄める。
「……ごめんなさい」
「謝らないで。―――ほら、丁度この辺りだ」
封筒から七件目の事件の資料を取り出し、目の前に広がる風景と現場写真を見比べる。相違点は麦畑の穂が伸びている事位で、間違い無く同一地点だと確認出来た。
ここは“緑の星”、ケーニ村。月数回ののみの市以外、産業も特に無い農村だ。その農道端で起きた凄惨な二つの殺害事件は当時、地元新聞を連日熱狂の渦に陥れた。勿論、四ヶ月経った今はすっかり沈静化している。
「さてと、誰か証言してくれそうかい?」
「そうね」キョロキョロ。「あの生垣の薔薇達はどうかしら?ずっとお喋りしているし、事件の噂も聞いていそうだわ」
早速桜は踵を返し、道の反対側にある農園へ。入口の看板には、村の共有ガーデンとある。『ホーム』よりずっと手入れされたそこは、様々な果樹やハーブが育成されていた。
幸い周囲は無人だったので、こんにちは、良い天気ね、桜は一際ピンクの鮮やかな一輪へ話し掛ける。
「ええ、吃驚した?私、あなた達の言葉が分かる体質なの―――『美味しい』姉妹?いいえ。私達はあそこと、少し向こうで」東を指差し、「しばらく前に起きた殺人事件の話を聞きに来たの。他の皆も、何か知らないかしら?」
ふんふん。
「―――?そう言った直後に子供達は襲われたの?じゃあ、犯人の姿は?―――そう。なら仕方ないわね」
そう応えた彼女は、僕を手で制す。
「少し待ってて、ジョシュア。今、村中へ伝令を飛ばしてもらったわ。情報収集は私に任せて、あなたは八件目の現場を確認してきて」
「了解」
提案に従い、徒歩五分の現場へ。こちらは川辺で、被害者は下半身を浸けて絶命していた。土手の下のため、見晴らしは余り良くない。その事は資料にも、目撃者がいなかった一因として記載されている。
(前の現場よりも更に人目が無いな。ま、余程デカい悲鳴でも上がらない限り、このド田舎じゃ目撃者もへったくれも無いだろうけど)
しかし少なくとも、犯人が現場を選んだ様子は見受けられない。邪魔されたくないなら、近くの農機具小屋にでも連れ込めば済む。
(如何にも衝動的に殺しましたって風なのに、遺留品はゼロ。そもそも単独犯か?)
組織的犯行ならば、この入念な証拠隠滅も可能だ。が、そんな怪しい集団が襲来していたのなら、大量の目撃証言が出てくる筈。ましてここ、ケーニ村は人口三桁の農村。余所者がいるだけで厭でも目に付く。
(現地人ではないが、通り掛かりでも特に不審がられない人物、か……これだけじゃ特定は無理だな)
矢張り桜の聞き込み頼みか。戻ろう。