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あちゃー、これは完全に怒らせたな。顔を手で覆う僕へ、事態悪化の張本人は口の端で笑う。
「どうだ。お仕着せの教師にしちゃマトモなアドバイスだろ」
「異論は無いけどさ……一体どうやって取り押さえる心算だい?」
すっかり目を血走らせた暗殺者は、仮令僕が百人いても殺害困難だ。まして拘束など不可能に近い。
「簡単だ。―――おい、僵尸。さっきの魔術で奴の周囲三十センチを囲い込め。但し圧縮はするなよ」
「え?それなら確かに青龍刀は無力化出来るけど、あいつにはまだパイ何ちゃらが―――あ」
三人同時に“蒼”の企みに気付く。被依頼者は武器を扇ぎ、にへら、と底意地悪な笑顔。
「成程ねー。ただでさえ過呼吸気味の人間が閉鎖空間に閉じ込められたら……そう言うエグいの、俺嫌いじゃないよ。でも酸欠位であの人、どうにかなってくれるかな」
「それなりゃ万々歳だが、生憎そこまで楽観主義者にはなれねえよ。動けなくすれば充分だ。適当に暇潰してきて、虫の息になった所をふん縛る」
「そして船を乗っ取って、今度こそ本丸と交渉って訳だな!流石の冷血殺人マシーンも、お宝に加えて家族が人質なら!」
やれやれ、そう上手く行くといいけどね……しかし好い加減、この低能とのお喋りも飽きた。そろそろ黙らせて撤収を始めよう。
「おい!揃って俺様を無視するな、虫ケラ共!!」ゴウッ!「チッ!」「せっかちさんだなあ、白龍君は」
飛来する火炎弾を各々回避した後、早速新入りが魔術を展開。一瞬淡い光に包まれた敵は数秒後、己が周囲に起こった異変に気付く。
「チッ、妖術使いが!窒息狙いとは卑怯だぞ!!」
ガンガンッ!壁に切っ先を叩き付け、唾を飛ばしての罵倒も、勿論安全地帯にいる僕等には通じない。
「大声出さない方がいいよ、酸素がドンドン薄くなる」拘束範囲を確認し、「その空間体積だと、保って十分って所かな」
「無駄だ!その前に術者を―――あ」
キョロキョロする奴を、僕の隣で残ったアダムがせせら笑う。
「生憎だったな。あのボウフラ野郎なら、とっくに鵺公と戦線離脱したぞ」
奴の死角、目と鼻の先の壁に潜む二人へウインク。
「御自慢の炎も、肝心の標的が見えなきゃ当てようがねえよな?」
ニヤニヤ。傍から見ると、こいつの方がよっぽど悪党だな。
「可惡(クァェ゛ァェ゛ァウ)!呪われろ、この蛆虫共が!!」
「五月蝿え、吠えるな。騒ぐなら懺悔の一つもしてみやがれ」
米神に人差し指をやる。
「まあ手前のカッスカスの頭じゃ、土台無理だろうがな」
成程ね、これでも相当おかんむりだったのか、この天邪鬼。まぁ今回の件には寅も絡んでいるし、無理も無いか。
家族は僕に目配せした後、クィッと顎を上げた。
「行くぞ、ジョシュア。これ以上のお喋りは時間の無駄だ」
「そうだね」
直後に炎が噴き上がるも、一メートル以上後方だ。この集中の乱れよう、暗殺者としては失格だ。
ところが僕等の捕縛の目論見は、意外な所から突き崩された。
ウー、ウー、ウー!突然サイレンが鳴り響いたかと思えば、周辺からは複数の車両のブレーキ音。これは、「拙い、消防だ!!」
「くそっ、こいつの仲間が通報したのか?どうする!?」
「逃げるしかないだろ!こんな所発見されたら、確実に傷害の現行犯逮捕だぞ!」
純真無垢な僕なら切り抜けられるが、根っから凶暴面のアダムは問題外だ。ただでさえ人間嫌いの殺人者なのに、この上社会的前科まで付いたら、
「チッ!連れて行こうにも、まだ体力は有り余ってるみてえだしな……おい、命拾いしたな白龍!次会った時は覚悟しておけよ!!」
「その台詞、そっくりそのまま返すぜ!手前の面、たった今脳髄に叩き込んだからな、アダム・ベーレンス!!」
見た目三十路前後の怒号をバックに、潜伏していた二人が一足早く路地へと脱出。恐らく避難後に解術するつもりだろう、賢明な判断だ。
最後っ屁に繰り出された火炎を避けつつ、彼等に遅れる事約二分。僕等もどうにか無事、戦闘区域を離脱した。




