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「危ないなあ。花火の時は水入りバケツを用意しましょう、ってお母さんに言われなかったの?」「!!?手前がやったのか……?」
扇子で周囲の空気を掻き混ぜ、飄々さを一ミリも崩さないまま魔術師は頷く。
「うん。空間圧縮して真空状態にすれば、どんな火だって消えちゃうからね」
解説しながら、転がった危険物の周囲の焦げた石畳を見やる。
「うーん、一瞬だけ遅かったかな?でも次はもっと上手くやるよ」
呪文詠唱も予備動作も無し、しかも咄嗟に空間制御などと言う高度な術を、か。流石腐っても神童、格が違う。
「手前、魔術師か?」
バッ!何処から取り出したのか、白龍は五本指の間に新たな丸爆弾を出現させる。
「そんな妙ちきりんな術で、俺様を止められると思ったら大間違いだぞ」
「まさか。君が強いのは見ただけで分かるし、そんな大それた気は更々」
無邪気な微笑。
「―――でも早く帰らないと、折角のスコッチエッグが冷めちゃうからね」グシャグシャグシャッ!!「っ!!?」バッ!ボトボトッ!!
取り落とされた凶器は全て、今さっき雨に打たれたようにビッショリだ。しかも御丁寧に半分のサイズに圧縮され、不恰好な楕円形と化していた。
「あ、そうそう。術のターゲットは何時でも変えられる事をお忘れなく。で」
ニッコリ。今、こいつが敵だったらと思って、心底ゾッとした。
「取引に応じてくれる気になった?それとも先に一発殴る、アダム」
「……いや、交渉が先だ。おい、どうなんだ?」
油断無くクローディアを構え、鋭い視線で射抜く家族。しかし素人の生温い殺意など、プロフェッショナルには通じなかった。
「ハッ、つくづく哀れな奴等だ」
ブンッ!青龍刀を虚空へ振るう。
「青龍は自由に殺させてくれねえが、兄長の決定は“龍家”の絶対。それに五人揃えば、昔みたいにデカい仕事もバンバンやれるしな」
哄笑。
「復活一発目はド派手にいきたいぜ。例えば―――聖族政府とか言う、クソったれの連中とかよ」
所属組織の名に反応し、記憶喪失者は無意識に息を詰めた。
「想像してみろよ。あいつ等が突然全員いなくなったら、さぞや愉快だと思わねえか」
確かに『ホーム』含め、彼の組織に恨みを抱く人間はごまんといるだろう。だが、あの公務員共がいなければ交通、立司法、そして一切の行政機関―――どんな大組織だって、そんな膨大なほぼ無収入労働を受け負いたい筈が無い。
(薄々勘付いてたけど、こいつ……正真正銘の馬鹿だ)
この男は仕事以外、愁傷に自宅警備員でもしているのか?凡そ無償か極有償で使える人工物は大概、糞真面目だけが唯一の取り柄な奴等の労働で維持管理されている。あそこを壊滅させるイコール、全宇宙民に圧倒的不便を強いる羽目になる。まぁパンピー全員が敵に回れば好きなだけ殺したい放題、と考えかねないのが“龍家”の異常たる所以なのだが……。
「チッ。昨日の禿女も大概だったが、こいつと比べちまうと霞むぜ」
「ああ……俺、今回ばかりは交渉止めるわ。これ相手じゃちょっと無理」
だろ、ギャハハッ!!空前絶後の勘違い野郎は両腕を広げ、光量を落とし始めた天井へ向かって咆哮。
「さあ、どいつから死にたい!?」
「いや。即刻お帰り願うよ」
“イノセント・バイオレット”発動。が、矢張り効かない。一族揃って耐性持ちか、面倒な。
キンッ!青龍の小刀を抜いた瞬間、昔の感覚が蘇った。脳内に先代黄龍の幻聴が木霊する。
―――初撃で心臓、若しくは脳を貫け。打ち合いなど体力を悪戯に消耗するのみ。極限まで研ぎ澄ませるのだ、己が魂の刃を―――
「手前、その構え……そう言や、先代黄龍を殺ったのは確か」
「お喋りはそこまでだよ、エセ調律師。アダム」
「ああ」
人間の可聴範囲を超えた口笛が響き渡った、十数秒後。排水溝や建物の隙間を通り、近隣住鼠が続々と応援に駆け付ける。その数、ざっと二百匹以上。集合と同時に獣&ドブ臭さが辺りに漂い始め、ジョウンが呻きと共に扇子で鼻先をガードした。
一方、小動物達に取り囲まれた白龍は、忌々しげに眉を吊り上げる。
「ケッ、今度はドブ鼠かよ。この間と言い手前、お友達がいねえと何も出来ねえのか、あぁ!?」
「そのダチすらいない奴だけには言われたくないな」
尾を顕わにしたミトが唸り、人型と言う事も忘れて四つん這いで臨戦態勢に入る。
「手前を倒して、今度こそ黄龍の奴を引き摺り出してやる!」
「俺を殺す?ハッ、狩られる立場の分際でほざくんじゃねえよ!!」
怒鳴り声と同時にバンッ!奴の周囲の石畳が爆ぜた。傍にいた鼠達が炎を纏いながら宙を飛び、あっと言う間にパニックで包囲網が解除された。僕等の周囲に風の壁を作ってやり過ごしながら、え、嘘!?目を丸くする魔術師。
「今、爆弾持ってなかったよね?魔術、にしては魔力も感じなかったような」
「驚いたか!こいつが代々白龍に伝わる秘儀、雷龍だ!発破なんざ無くても、まともに喰らえば人間なんざ消し炭確定だぜ!!」
「要するにパイロキネシス(発火能力)か」
鼻を鳴らす“蒼”。
「確かに威力は高いみたいだが、流石に一度で百も二百も撃てる代物じゃないだろ?大体、少し挑発された位で切り札を出すなんざ―――」
ツンツン、米神を叩く。
「―――手前から能無しの小者だ、って吹聴しているような物だぞ?」「っっっ!!?」




