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 特別教室棟、別館入口前。正面に回り込んで礼を言った僕に、担任の頬がピクリと動く。数秒後舌を打ち、堪え難いように顔を背けた。

「べ、別に助けた訳じゃねえからな。お前にこれ以上トラブられると、ジョシュアや鵺公がまた五月蝿えから仕方なくだ。―――で、おいこの薄ら陽炎。手前、何処まで知ってやがる」

 軽く殺意すら籠もった視線を、まあまあ、優雅に扇ぎ返す。そして閉じた先端で十数メートル先の正面、二階の理事長室を指し示した。 

「あ、もう直ってる。随分手早い施工業者さんだなあ」

「俺の質問に答えろ、ボウフラ野郎!?“龍家”の手先なら手前、生かして帰さねえぞ!!」

「論者だか信者だか知らないけど、少なくともあの窓から出て来た女性方とは一面識も無い……と思う。この子を見かけたのだって、本当に偶然だし」

 首を右に九十度捻る。

「と言うか、照明消してドッタンバッタンしてたけど、そっちこそ何してたの?」

 パサッ。

「こいつで集音掛けたら、えらく物騒な言葉も飛び交ってたみたいだし―――まさか、殺し合いとか?」

 あっけらかんと言い放つ様に、米神が引き攣りっ放しの担任。彼を宥め、ええ、正解です、代わりに応じる。

「あなたが目撃した女性達は由緒正しき暗殺一族の方々で、現在僕等と調停中の間柄です。そう言う事情なので、あなたの持っている手掛かり、見せて頂けませんか?」

「へ?」

「あなたの身の安全が懸かっているんです。どうか、宜しくお願いします」

「おい、どう言う事だレヴィアタ。俺にも分かるように説明しろ」

 担任の指示に、勿論良き生徒として素直に返答する。


「至って簡単な話ですよ。この人は―――記憶喪失なんです」「お、当たりだよ♪」


 言い当てられて御満悦の男性へ、それ程でも、謙遜。

「先程の言動から察するに、身元に繋がる物は持っていないんですよね?代わりに」

「はいっ!」

 パッ!手にした紙束を広げて掲げる。そこには僕以外にも、ほぼ同年代の六人の氏名と顔写真が載せられていた。そして多少の誤差はあるが、全員黒髪緑目。予想通りだ。

「ハイネ君賢いなあ!で、これって一体全体何のリストなの?」

 にまにまにま。子供みたいに屈託無く笑うなあ、この人。

「他の子達に訊いても追い返されたり、警察に通報されて逃げ出す羽目になったり、もう散々な目に遭ったんだよー。君が正真正銘最後の頼みの綱なんだ。どうかこの哀れなお兄さんへ、一つご教授願えませんでしょうか」

 瞳に嘘の色が一欠片も存在しないのを確認し、構いませんよ、承諾。

「それは連続殺人犯“翡翠蒐集家”兼“龍家”の長。黄龍の次のターゲットの候補者リストです。でも、こんな機密情報を持っていると言う事は……恐らくですけどあなたは警官、または聖族政府の捜査官かと」

 推理に、まっさかー!?全身を震わせ否定する記憶喪失者。

「あんなおっかない奴等とお仲間だなんて冗談じゃないよ!!」

 うんうん。

「きっと忘れてるけど俺、超有能な探偵なんだよ。だから秘密を知り過ぎて、今朝も向こうの路地で追われ」

「捜されている自覚があるなら早く戻って下さいよ」

「やだよう!俺は樹上で自由気ままに眠る、この暮らしが気に入っているんだ!」

「完全にホームレスじゃねえか……レヴィアタの説を否定するなら、尚更何故こんな情報を持ってやがる?」

 苛立ち紛れに、脚を小刻みに動かす数学教師。

「それがサッパリ思い出せないから困ってるんですよ、ベーレンス先生ー!」

「初対面で教師呼ばわりするな、住所不定無職!チッ。おい、どうする気だこの阿呆」

「もう少し話を聞いてみましょう。“龍家”に狙われているようなら対策を考えないと」

 ジョシュアの能力を使えば失った記憶は取り戻せるだろうが、取り巻く状況は別問題だ。

「ところで、御自分の名前は覚えていますか?」

「ううん。あ、でも確かトランクから這い出した時、運転手さんに大声で『僵尸キョンシー』って呼ばれたよ。確か蘇った死体の事だよね。でも、不死族や“死肉喰らい”とは別物だった気がする。えーと、何処の地方の妖怪だっけ?」

 首を傾げながらも前方に両腕を伸ばし、垂直にピョンピョン。成程、その動きなら僕も昔、ホラー映画で観た事がある。意味記憶は健在なようだ。

「トランク?」

「そう、車の。いやぁ、あの時は酷かったよ。目が覚めたらあちこち打撲していた上、頭から血がドバドバ出ててさ。偶然鍵が開いてて、この治療も出来る不思議な力が無かったら俺、あのままあの狭い所で失血死してたよ」

 パサッ。一扇ぎした空気が一瞬、虹色を帯びて拡散。魔術か?

「あの、それって……その脱出した車に撥ねられて、処理のために運ばれる最中だったんじゃあ」

 痕跡すら無い全身を確認しつつの仮説に、おお、そーだったのかー!ポンと手を打つ僵尸氏。

「殺されかけたってのに暢気な……まあいい。車のナンバーは覚えているのか?」

「あー……御免。でも、運転手の顔だったら絶対こいつだって分かるよ。何せ黒いグラサンにカーキ色のカンフー服の野郎なんて、リアルじゃ滅多に歩いてないからなー」

「「………」」

 師弟で顔を見合わせる事暫し。鋭角の顎がクイッ、と動く。お前が説明しろ、か。勿論ですとも。

「?どったの、二人共?」

「あの、非常に言い難いんですが……多分その加害者が、あなたが捜していた“翡翠蒐集家”本人です。そして意図的にではないにしても、一度手を掛けた彼から逃れたと言う事は―――」

 ゴクリ、唾を飲む。


「―――あなたは多分僕等同様、現在進行形で“龍家”に命を狙われています」




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