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「―――それにしても驚いたね」
二時間後。政府駐在所で、無事目的のブツを入手した僕等。まだ帰宅には早いので、様子見がてらメインストリート経由で友人宅へと向かう。
「今までどうして言わなかったんだい?最年少レベルだろ、その年で弁護士バッジ保持者なんて」
「偶々運が良かっただけだよ。皆にはあんまり言い触らさないでくれ」
照れ臭そうに呟き、天秤の描かれた金メッキをジャケットの胸ポケットへ。受付で普段通り“イノセント・バイオレット”を使いかけた時、ポンと差し出したのだ。なら最初からやれよ。
「しかし法曹界の人間とは言え、他人の個人情報をホイホイ出すってのもかなりアレな気がするけどね」
「そうか?母さんの顧客は本人が取りに行けない場合も多いし、面倒臭く無くていいだろ。別に悪用する訳じゃなし」
「ところで以前から思っていたけどさ、財産管理って弁護士の仕事じゃないよね。司法だとか行政書士とか、お母様は資格持ってるの?」
「当然だろ、俺も一通り取らされた。弁護士って名乗っているのは、単に法律の専門家って意味合いだよ。協会にも所属してるけどさ」
新米は軽く言ってのけた後、僕の手元の封筒を見下ろした。
「けどさ、ハイネ君の戸籍謄本なんて手に入れて、一体どうするつもりだ?」
「一つ確かめたい事があってね。と、話は中で」
キィ。家主が鍵を開け、リビングへ。あ!突然奴が頓狂な声を上げる。
「ヤベ、忘れてた!まだ当分空けとくし、ブレーカー落としとかねえと」
「え、まだやってなかったのかい?」
「気が動転してて。ってか、気付いてたなら教えてくれよ!」
バタバタッ!慌てて配電盤のあるキッチンへ向かうミト。やれやれ、あんな調子で大丈夫か、あいつ。
帰りを待つ間にソファへ掛け、封筒の中身を引っ張り出す。氏名と生年月日、種族名と本籍地の下には、両親のデータが記載されていた。父親はビル・レヴィアタ、母親は故人でアニー。そして、彼女の旧姓は―――レイテッド。
(こうして証拠を目の当たりにしても、あの針の振り切れた親子の血縁とはとても信じられないね。さて)
続く転居履歴は流石、適用欄では足りず別紙が付く程だ。二、四、六……十一回、か。この街で最後になる事を切に願わずにはいられない。
「―――あった。やっぱり、そうだったのか……」「どうした?」
友人が指差す項目を覗き込んだ瞬間、鋭く息を詰めた。
―――宇宙歴六百七十二年、六月一日。“紫の星”イレサより、衛星百一番へ住民票移転。
「ろ、六月一日って、最初に事件があった日じゃないか!?なら、あの先生が言ってた転校生って」
「問題はそんな些末事じゃないよ。いいかいミト?前日までお兄ちゃんが通っていた学校で、彼に似た餓鬼が二人立て続けに殺された。しかもメアリーのプロファイリングに因れば、彼等は犯人のターゲットではない」
「!!?ま、まさか、嘘だろ……?」
僕は口をへの字に曲げ、首を小さく横へ振ってみせた。
メアリーはこうも言っていた。犯人はトラウマ持ち、しかもかなり情緒不安定だ、と。そんな正気度底辺の暗殺者がもし、あの絶望の眼差しで射抜かれたとしたら……結果はお察しだ。
「嘘なものか、現実を見ろ――――“翡翠蒐集家”、黄龍の狙いはハイネ・レヴィアタなんだ」
ところでミト、僕は問う。
「君からイレサでの調査結果を聞かされた時、お兄ちゃんは何か言ってた?」
「いや、別に普通だったぞ。手掛かりにはならなさそうですね、ふーん、って感じで……って、ヤバいじゃんこれ!!?」
やれやれ、やっと気付いたか。
「あると思うか、自覚!?自分が命を狙われているって」
「多分ね」米神を押さえ、「今朝の話を持ち出すまでも無く、これでますます目を離せなくなったよ」
授業中の現在は辛うじて安全。尤もそれも、首魁に居場所を嗅ぎ付けられていない今の内だが。最凶最悪の暗殺術を司る黄龍が本気になればあんな場所、陥落に十分と掛からない。
「どど、どうするんだよ!?このまま奴等を迎え撃ってたら何れは」
「そこが根本的に間違ってるよ。あのね。そもそも昨日だって、敵の気紛れがあったからどうにか切り抜られたんだ。あのまま真正面からぶつかっても、確実に全滅していたのはこっちだ」
「むー……お前さ、やけに“龍家”の肩持つよな。何か知ってるなら教えてくれてもいいじゃんか」
ぶー。
「ハイネ君じゃあるまいしさ。俺達友達だろ」
「そうだったっけ―――大昔の一時期、先代黄龍に教授されていた事がある。これで満足?」
「へえ、そーなん―――えええぇっっ!!!?」
吃驚仰天の余り後転した彼に、言いたければ言い触らしなよ、敢えて煽る。
「但しバラした場合、弁護士へ僕は懇切丁寧に留守中の所業を説明するけどね」
「う……分かった。内緒にしとく」
やや煮え切らない返事を聞きつつ、戸籍を封筒へ仕舞う。ふとそこで、リビングを占領するデカブツに目が行った。他の家具同様、漆黒の表面の埃は綺麗に払われている。
「ところでそのピアノ、君が弾くの?それともお母上が」
「どっちも無しだ。前の家主の置き土産らしくて、撤去も面倒だからそのままにしてあるだけだよ……あれ?」
スーッ。鍵盤の蓋に人差し指を滑らせ、首を傾げる。
「母さん、いつもはこんな所まで掃除しないのに……」
「と言う事は、壊れてるかどうかも?」
「うーん……よく分からんが多分大丈夫だと思うぜ。でもピアノって確か音ズレしていくから、定期的にメンテが要るんだろ。えっと、ちゃ、ちゅ……何だっけ?」
「調律」
言った瞬間、脳味噌に電流が駆け巡った。




