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「わーん、お兄ちゃん!!」「わっ!?」


 放置された陣を掻い潜ってきた彼の腰を、僕は力の限り抱き締める。後ろで獣人が何か喚いているが無視無視。

「本気の本気で心配したんだからね!!うわーん!!!」

「ジョシュア……御免ね」

 掌中の懐中電灯をベルトへ差し、両手で頭を優しく撫でてくれる。

「あと、ありがとう。君とミトさんがずっと大声を出してくれていたお陰で、黒龍さんに気付かれずに済んだよ」

「どういたしまして!でも作戦があるなら何で言ってくれなかったの!?そっちのケダモノには話してさ、酷いよ!!」

「そりゃあ俺、こいつの親友だしー❤」

 ああ、その腐ったニヤケ面、今すぐにでも崩壊させてやりたい。爪を一枚一枚剥がして、指を一関節ずつ細切れにして、それから、


「ハイネ君ー!」ドンッ!側面から鵺に頭突きされ、抱えた僕ごとよろめく。「本気痛えんだよ!早く手当てしてー!!」


 元気の余り方が完全に怪我人ではない。だが、はい、お兄ちゃんは律儀に身を屈め、診察を開始。

「この右の前脚のトコなんだけど、酷い物だろ!?」

「……もしかして、ここの傷ですか?えっと」

 僕とケダモノも覗き込み、何だ、揃って呆れ返る。

「皮一枚で大袈裟だっつーの。てかこいつ、もしかしなくてもニュースのUMAか?何でフツーに喋ってるんだよ」

「こんななりでも一応人間だからだな」ハッ!「おいレヴィアタ、時間の無駄だ。それ位、勝手に舐めさせときゃ治る」

「アダムの薄情者!黴菌が入って化膿したらどうしてくれるんだ!?」

 尚も食い下がる自称怪我人に、私も放置して問題無いと思うわ、遅れて専門家が告げる。

「出血も止まっているし、毒が入ったような形跡も無いもの。それに例の治療術を使ったら、今度はレヴィアタ君に疲れが……帰ってから赤チンでは駄目かしら?」

「えっ!?ううん、全然!モチ桜ちゃんが付けてくれるんだよね?いやっほー!」

 激痛は何処へやら、四本脚で華麗に舞う鵺。滑稽な盆踊りを見やり、あんま甘やかすなよ木咲先公、不良生徒は頭を掻いた。

「ってか、そもそもこいつ誰だよ?」

「ミト・ジェイさんだよ、ビ・ジェイさんの一人息子の」

「で、君はロウ君だろ、ベイトソンさん所の。こうして会うのは初めてだな。これからもうちの事務所を御贔屓に!」

 ケダモノ同士が固い握手を交わす最中、奥の部屋から現れる“銀狐”御一行。交渉人が愚直に案ず中、僕は挑発的に腰へ手を当てる。


「今まで何処に雲隠れしてたの、当代のお姉さん?と言うかさ」声を一段低くし、「―――今夜の舞台をお膳立てしたの、あんただよね?」


 所々破れた鋼鉄の巣を指差す。

「この陣はまだしも、妙ちきりんな反響装置やブレーカーの細工なんて、時代錯誤な“龍家”らしくないカラクリだからね」

「ほ、本当なのですか当代!?」

「心配するな、事前に一回きりの協力と約束している。脅迫材料にされた娘にも、現在常時百人態勢でボディガードを付けてあるしな。何も問題は無い」

 ぬけぬけと。大アリだっての。

「信じずとも良い。ただその場合、そちらが今後我等を使えぬと言うだけの話だ」

「―――分かりました。正直に告白して頂き、感謝します」

 礼を言う顧客に、良い良い、扇子で口元を隠しながら満足気に呟く。

「では、そろそろ我等も失礼するぞ。そうだ。騙した詫びと言っては何だが、明日の朝までに室内外を元通りにさせておこう。勿論代金は要らぬぞ」

「ありがとうござい―――おや、蓋が開きかけていますよ」

 提げたアタッシュケースを指差され、無表情ながら右SPが仰天で跳び上がる。

「ほほ、済まぬ。何分先代の時から使っていて、留め金が些か馬鹿になっておってな」

「ヤベ、忘れてた!!」

 何かを思い出し、鋭い眼光で室内を見渡す“蒼”。程無く担任の異変が生徒にも伝播し、三人揃ってキョロキョロ。

「お兄ちゃん?」

「御免、帰る前に猫のアダムを捜さなきゃ。おかしいな、さっきいたのに……」

 ケダモノも執務机の下を覗き込み、いねえな、と報告する。

「ひょっとしてあの美女達に釣られて、窓から跳び出して行っちまったとか?」

「お前と一緒にするな、ダイアン。おーい、アダム!いたら返事しろー!!」

 にゃあ、微かに聞こえた子猫の返答。しかしその方向にあったのは、


「「「………」」」「どうした若人達?揃いも揃って怖い顔をして」


 “銀狐”はやや大股加減に一歩下がる。 

「生憎仕事が押しておるのでな、名残惜しいがこれでさらば」

「アダム」にゃー。「……おい、ババア。こいつはどう言う事か説明してもらおうか?」

 脂汗ダラダラのイケメン共に挟まれていると言うのに、ほほほ、女主人は楚々として扇子を弄ぶ。


「言っておくが私は盗んでなどおらんぞ。これは特注で付属させた癒し機能」「「「んな訳あるか!!?」」」


 師弟トリオの見事なハモり。一拍置き、囚われの子猫も「にゃにゃにゃー!」拙く同調してみせた。




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