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 人生相談とか好きなんだよ、あいつ。そろそろと這い出ながら囁く義息。

「手前が色々苦労したせいだろうな。母さんが生きていた頃は、二人でよくその手のテレビ番組観てたんだ。独り身の今は知らねえけど」チラッ。「あの様子だと、幸いまだ嫌いになってないみたいだな」

 同胞等の半泣きをバックミュージックに、黒龍、理事長先生は大きく溜息を吐く。

「君は赤龍君とは違う意味で、知識も教養もある素晴らしい女性だ。正直驚いているよ。君のような賢人が何故、暗殺などと言う血腥い職業に就いているのか。非常に理解に苦しむ」

 (多分)両手を胸の前で広げ、擦り合わせる。

「尤も君等にとっては、単に家業を継いだだけなのだろうが……教師として一言だけ言わせて欲しい。“龍家”は方針転換すべきだ、それも君等の代で」

「あ、あの、小父様……凄く真っ当な意見ですけど、流石に彼女達には酷な提案だと思います」

「同感。つか、こいつ等の社会適応力はどう見積もっても俺達以下だぞ」

「そんなのどうだっていいよー!わーん、ハイネお兄ちゃんー!!」

「うぅ、もし神経まで切れてたらどうしよう……びっこ引きの鵺なんて、絶対格好悪いよぅ……」

 ミトさん、それだけ喋れるなら大丈夫ですよ。ああでも、ジョシュアには後で謝らないと。幾ら策の内とは言え、彼にはまた要らない心配を掛けてしまった。

「今日は何時にも増して五月蝿えな、あの餓鬼。ま、騒いでるお陰でこっちはやり易いけどよ」

 足音を殺し、親友が槍片手に立ち上がる。

(さて、彼女が潜伏する凡その位置……水平方向、ではまずないな)

 投網は上方から投げられた。仮令機械の仕業だとしても、万が一自滅するような罠は仕掛けない筈。

「―――久々に話の通じる相手に出会えたかと思えば、実に下らない忠告だ。しかも命乞いをする訳でもなく、さりとて自棄を起こすでもない」

 ヒュッ!凶悪な獲物が空を切る音。

「暗視能力がある、訳ではないですよね。なのに今の一撃、あなたは微動だにすらしなかった。何故そうも余裕でいられる?」

 そうだね。パッ、パッ、切られた前髪を払い除ける。

「君自身は気付いていないだろうが、その鋭敏な殺気が私にとっての光なのだよ。それに所詮は紛い物の闇、恐怖など感じないさ」

「成程。だが些細な感情の有無など、触れればたちどころに肉を裂き、骨を砕くこの黒蛛陣ヘイジュジェンには無関係」


 パシッ!「!!?」ゴムより遥かに硬質な切断音が室内に響き渡り、結界の主が息を詰めた。


「……何故だ。五龍刀ならともかく、どうしてその様な玩具で私の陣が」

「確かに一見れば何の変哲も無いペーパーナイフだ。だがその正体は鋼鉄製の、しかも刃に研磨用ダイヤモンドが塗られた特注品だ。護身用としては申し分無い」

 ザッ。自ら決壊した道へ、決然と踏み出す武人。


「こう見えて私は、ここより遥かに深い闇を掻い潜ってきたのだよ。愚かで足るを知らぬ欲望と言う、果てしなく冷たき人界の最底辺を―――」


 パシッ!パシィンッ!!三度鉄糸を切り飛ばし、尚一歩。その靴音に溢れるのは静かな矜持のみだ。

「さあ、これで条件は五分と五分。戦える広さも確保した。思う存分打ってきなさい、黒龍」

 予期せぬ提案に、何?素の女声で問い返す敵。

「但し私如き一介の武人に負けるようならば、その時は赤龍君共々廃業すると約束して欲しい。勿論、子供達に手を出すのはルール違反だ。どうだね?」

「アホが!どう考えてもナイフ一本で勝てる相手じゃねえだろ!?」

 閃きが訪れたのは、そうロウが小声で憤った時だ。

 標的からの決闘宣言に、さしもの殺人兵器も若干動揺したのか。微かにギィ……照明のランプが揺れたのだ。破られた包囲網の反動にしては頗る遅い。見つけた!!

「ロウ、敵は真上の照明だ」

「本気かよ!けど、俺が来た時には誰もいなかったぞ!?」

 懐中電灯を構え直し、僕は急ぎ指示を出す。

「恐らく天井裏、配電用の空間に潜んでいたんだ。先に僕が理事長先生の方を照らすから、彼の足元目掛けて槍を投げるんだ。急げ!!」

「おう、任せとけ!」

 即座に推定数キロの武器を肩へと担ぎ、投擲体勢に入る。その間にも、やや不機嫌な占術使いは言葉を続ける。

「私も随分軽んじられたものですね。宜しいでしょう。かつて仕留め損ねたメアリー・レイテッドの代わりに、あなたの黄金の鮮血で復讐を始めるのも悪くはない」

「っ!!?君が、メアリーを狙っただと……!?」

 衝撃発言に、それまで沈着冷静だった彼に微かな動揺が走る。

「ええ、件の『S作戦』の際、政府側の部隊に紛れて。しかしとんだ邪魔が入りましてね、結局先を越されてしまいました」

 ククッ。

「御安心下さい。愛しい主人とは、すぐに再会させて差し上げます―――地獄の底で、ですが」

「……君達が家族を想う気持ちはとてもよく分かる。だが、メアリーがビ・ジェイ君を保護したのは正しい判断だったと信じている。私から見ても、彼女は暗殺者に向いていない。そして君や赤龍君、残りの兄弟達も」

 説得を続けようとした刹那、室内の気温が一気に低下。離れている僕等でさえ、そんな体感を覚えた。


「―――あぁ。これだから困るんですよ、愚民と言う物は」


 丁寧ではあるが、声音は絶対零度。含まれた狂気への反射的悪寒で、ライトを持つ手が小刻みに震え始める。

「『あれ』と私が同類?巫山戯るのも大概にして下さい。そこな蛇使いはまだしも、あんな卑怯者が誉れ高き“龍家”の一席に座る資格など―――堪え難き屈辱だ」

「黒姐?おい、誰の事を」 

「小五月蝿い口を慎め、愚妹が!ああ、実に不愉快です!一人の血ではとても飽き足らぬ程!!」

 拙い!事情は分からないが、完全に逆鱗に触れてしまったようだ。僕は左手を手首に添えてどうにか震えを治め、最大光量で合図を放つ。


「っ!?」「話長えんだよ、この糞親父!いいから受け取れえっ!!」ブンッ!!


 槍が暗闇を裂き、一直線に持ち主目指し飛翔。次の瞬間、僕はライトを天井へと移す。姿さえ視認可能なら、残る四人の安全も確保出来る。そして、


 キラーン☆「え?」「は、ハゲ……?」


 光線上に現れた、つるりと見事な卵頭。そう僕等が認識したのと、武器が吸い込まれるように主の手へ届いたのはほぼ同時だった。


「死ねっ!!」「させないっ!!」ガキィンッ!! 


 互いの獲物が接触し、火花が飛ぶ。瞬間、世界は明転した。




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