3
閑話休題。五分後に女性陣が戻り、地獄直行ケースが厳重封印された所から会議再開だ。
「揃いも揃って世辞を知らぬ連中め。流石はメアリーの家族と言った所か」
「出来れば僕とミトさん、あと赤龍さんは数に入れないで欲しいんですけどね……」
嘆息するお兄ちゃんを尻目に、銀狐は右のSPへ首肯。彼は懐から青金の小刀を取り出し、主へ静々と差し伸べた。
「この刀の素性、お主等は本当に知る覚悟があるのか?聞いたらもう引き返せぬぞ。尤も聞かなかった所で、今更『連中』が引き下がるとも思えんがな」
「皆はともかく、俺は母さんの行方を突き止めなきゃならないんだ」
バリバリッ!頭上の左耳を掻く鵺。
「穴かっぽじって聞かせてもらうぜ」
「覚悟なら私も既に出来ている。不在の主に代わり、ビ・ジェイ君は何としてでも助けねば」
「私も小父様と同意見です。彼女は私達へ、これまで様々な便宜を図ってくれました」
「ああ。ここらで恩を返しておくのも悪くない」
「……やれやれ。皆、何だかんだ言って律儀だなあ」
明日の命すら危うい身とも知らず、暢気な連中だ。
「うーん。僕は正直、あんな訳アリ女に義理は感じていないよ。けど」隣で佇む探偵を見上げ、「このまま放置したら、大事なお兄ちゃんが何時殺されるか分かったものじゃないからね」
「ジョシュア……」
目と目が合い、トクン、最近弱りつつある心臓が鳴る。では話してやろう、女狐は小刀を恭しく両手で持ち、ベールの下の唇を重々しく動かした。
「―――この刀の正体は、“龍家”の家宝である五龍刀が一本。知略を司る東の龍、青龍の刀だ」
幻想にも似た微かな希望も完全に打ち砕かれ、胸にズッシリと絶望が沈み込む。最悪だ。
「………」
「“龍家”……とは、一体どう言った組織なのですか?」
「私も詳しくは知らん。奴等はとかく閉鎖的でな、外界との接触は依頼時以外一切を隔絶しておる」
パサッ。
「母からの口伝に因れば“龍家”とは五百年以上続く、由緒ある暗殺専門の一族。その正体は代々近親婚を繰り返し、芸術的なまでの業と狂気的殺意を強めた最凶の人類だ。本拠地の五龍都では奴等の特権が罷り通り、逆らう平民は即座に処刑されると聞く。しかも」
扇子を持ち替え、一扇ぎ。
「古今東西、一度都入りした人間が外界へ戻った話は皆無。先の情報も遥か昔、我が好敵手が消息を絶つ直前に電話で語った物だ」
「つまりその、五龍都の中から?」
「ああ、狸公にしては賢い奴でな。会う度の喧嘩さえ無ければ、今頃は側近として目一杯こき使えていただろうに」
「殺された、のですか……?」
「分からん。単に通信不可となっただけか、或いは口を封じられたか。捜索を出すにしても、都の位置は今もって不明だ」
僕も生憎昔過ぎて、脱出前後の事は殆ど覚えていない。あの女から鍵を奪い、外門を開け……それから、どうやって現世へ帰還した?
「で、そのヤバい一族の一人が何故か今この場にいる、と」
「………」
「改めて見ても不思議な光景だ。“龍家”の女よ、何か弁解はあるか?」
「いいや。特に何も、狐殿」
「ふむ。疑っておる訳ではないが、一応見せてはもらえぬか。お主の刀を」
「ああ」
応えてスリットへ手を入れ、目の前の物と同じ龍が彫られた真紅の小刀を取り出す。
「赤龍は代々南方を守護し、蟲毒を司る者。わらわに限らず、名の継承者は須く刀も受け継ぐ決まりだ」
「年代物の筈だが青龍の刀同様、錆一つ浮いていないね。一体どんな金属が使われているんだい?」
おじさんの質問に、さあの、持ち主は首を竦めてみせた。
「先代青龍が外部へ調査を依頼したらしいが、未知の鉄だったそうじゃ……狐殿。刀を存じているならば、青龍より使い道も伝わっているのだろう?こ奴等に話してやってくれ。これ以上喋れば本物の裏切り者になりかねぬ」
もう充分ベラベラ喋ってるけどね。オバサン。
「ふむ。では話そう」
パサッ。
「五龍刀は名の通り、ここにある二本を含め、宇宙に全五振り存在する。それらを揃え儀式を執り行う事で“龍家”の奉る守護神、龍神は召喚される。そして大父神と違いその神は代償に応じ、召喚者達の願いを叶えるそうだ」
「成程。道理でビ・ジェイさんが隠そうと必死になった訳だ……だけど銀狐さん、代償と言うのは?」
眉を顰めるお兄ちゃん。
「暗殺一族の信仰対象だと言う点を考えれば、凡そ悪い予想しか出来ませんが」
「察しが良いな。―――そう、捧げるのは人命だ」
左SPがタイミング良く差し出したのは、長さ三メートル弱の唐草模様の巻物。それを紐解いて横に広げ、目線を落とす。
「これは代々の隠密活動で犠牲になった同志達と、ビ・ジェイの証言を元に作成した願望リストだ」
「っ!?」
「幾ら極秘にしていても、“龍家”の者よ。情報は何れ漏れる定めなのだ。―――さて、では幾つか事例を掻い摘んで挙げてやろう。都が千年栄えるに必要な金銀財宝とインフラ設備、五百人」
「五百!?ま、まぁでも、保険金で換算したらそう不当要求でもない、か……?」
「これは過去に成就された可能性大だな。終ぞ“龍家”が金に困っていると言う噂は聞かんからな」
おい、女狐。それまで壁際に退いていたアダムが一歩前へ。
「その願い事のリストとやらには、病の治癒も入っているのか?」半信半疑に口端を曲げ、「“スカーレット・ロンド”を治せるのかって訊いてんだよ?」
「恐らくは、な。だが一人につき五千人の命と引き換えだ」
「っなっ!!?何で急に一桁増えるんだよ!?」
心底忌々しげに舌打ち。
「幾らキューを救うためでも、流石に五千人なんざ不可能だ……その龍神とやら、絶対助けるつもりねえだろ」
「いや。口伝と文献に因れば、その願いは過去何回か行われておるそうじゃぞ」
場に唯一の信者が細い顎を上げ、冷静に回答。それを聞き、お前等頭おかしいんじゃないか!?“蒼”は血の気の引いた顔で怒鳴った。
「大体んな方法じゃ、救われた方も」
「そうよ。自分のせいでそんな大勢の人命が失われて、罪悪感が生まれない筈……」
想像から辛くなる友人に、残念じゃが桜よ、蛇女は小さく頭を振った。
「お前達が今胸を痛めておる、その基本的な感情を消失しているのがわらわ達―――我々“龍家”なのじゃよ」「!?嘘よ!!?」
否定に、当人は悲しげに睫毛を伏せる。いや、正確には悲しげ『な風』に、だな。殺人マシーンの抱く感情が、僕等と同一な筈が無い。
「恐らく近親婚と閉鎖的な生活を重ね過ぎたせいで、わらわ達は不自然に進化してしまったのだろう。肉体だけではなく魂も、な」
「そんな事……」
「この話はもう止そう。お互い辛くなるだけだ。続けてくれ、狐殿」
「元よりそのつもりだ」
「じゃあ僕から一つ質問。そのリストの中で、代償が大きい願い事ベストファイブって何?」
現状、弁護士以外の“龍家”は皆、キチガイじみた暗殺技術と精神が同居している。死人の数など些細な問題過ぎて、奴等の目的遂行には何の障害にもならない。それでも矢張り、数の多寡は重要な情報には違いない。
「まずトップが一惑星の滅亡、一万人。二番は先程言った疾病治癒、五千人。三番が両性具有化、若しくは永久消滅で三千人。四番目は蘇生の千人で、同数が魂の交換と言う面白いラインナップ揃いだ」
これで楽しめる辺り、流石はメアリーの友人ですね……苦笑いするおじさん。
「そうだな。お手軽な願いだと、魚の目及びイボが十人。虫歯・親知らずもたったの二十人だぞ」
「後から付け加えられると、不謹慎でもお買い得と思ってしまいますね。殺される方は堪った物じゃありませんけど」
用済みの巻物を渡され、律儀に巻き直し始める右SP。さてと、これで重要な質問は後一つか?




