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ピッ。「―――はい、もしもし。お疲れ様です」『ああ。君こそ御苦労様、レヴィアタ君』
挨拶を受け、電話の相手が苦笑。取り敢えず奇襲を受けた訳ではないらしい。
「まだ教会の方ですか?」
『いや、たった今自宅へ帰って来た所だ。実は帰路の途中、“銀狐”から連絡があってね。今夜の七時、学園の私の部屋へ刀を返しに来てくれるそうだ』
「え、もう鑑定が終わったんですか?」
ちゃっかり隣で肩を抱き(暑!)、耳を澄ませる親友に目配せしつつ尋ねる。私の部屋、と言うと理事長室か。大体の位置は把握しているが、勿論入った事は無い。
『詳しくは会って話すそうだが、どうもそうらしい。―――それで、君はどうするかね?』
空咳。
『その時間に抜け出すとなると帰宅も遅くなるし、明日は学校もある。話は私達が』
「いえ、七時ですね。敷地内へは何処から入ればいいですか?」
夜ともなれば外壁の二箇所の門は施錠されている筈だ。
『……なら裏門を開けておこう。しかし君はもう十二分に協力してくれた。これ以上事件に関わらない方がいい。後は私達で何とかするよ』
髭を擦る音。
『それに、君はまだ子供だ。もしもの事があっては、預けて頂いたお父様に申し訳が』「父は関係ありません。これは僕個人の問題です」
そう。遠くにいるあの人は今日も、職場で真面目に仕事しているに違いない。家族の僕を束の間忘れて、一生懸命に。
『!?―――分かった。だが、くれぐれも無茶は禁物だよ。あと、私達の指示には必ず従う事』
「善処します」
『……ではそろそろ切るよ。アダム達にもこの事を伝えないと』
ピッ、パタン。携帯を仕舞って隣を向くと、親友の目を剥いた視線とかち合う。
「?どうしたのロウ?僕の顔に何か付いてる?」
「い、いや……何でもねえよ」
否定した後、微かに頬を赤くした彼は、改めて助力の件を持ち出した。
「理事長室自体に入るのは駄目でもさ、道中のエスコート位いいだろ?多少遅くなっても、俺から先公に言っておいてやるからよ。どうだ?」
悪くない提案だが、護衛なら既にミトさんがいる。大体親友の性格からして、話が終わるまで待ち惚けなど絶対無理だ。何だかんだ言って会合へ参加するに決まっている。
(いや、やっぱり駄目だ)
一度でも関わらせてしまえば、確実に累が及ぶ。彼まで危険には晒せな……待てよ。
「ロウ。理事長先生の得意武器って何?」
「あ?槍だけど、何だよ唐突に」
「自前で持ってる?」
「んなの当たり前だろ。スキー道具じゃあるまいし、いちいちレンタルしてくるなんて武道家失格―――?家に決まってるだろ。あんな重くて長え物、学校に置いててもしょうがねえじゃん」
ご尤も。学園内での理事長先生は、あくまで一経営者。武力の片鱗すら見せる訳にはいかないのだ。
「だったら一つ頼まれてくれないか?その槍、夜までに理事長室へ運んでおいてくれ。君の身体能力なら学園の外壁なんてお手の物だろ?扉の前まででいいから、お願い」
「お、やっとか。勿論それ位お茶の子さいさいさ」
快諾後、でもよ、不思議そうに首を捻る。
「さっきの通話だと、今夜会うのは親父達の協力者だろ?味方同士でどうして武器が」
「念のためだよ。取り越し苦労なら、それに越した事は無い」
「不穏な言い方だな。ま、了解したぜ」
木陰から出た彼はシュタッ!片手を挙げてみせた。
「んじゃ俺は早速行くが、くれぐれも無理すんなよ?夜まで体力保たないぞ」
餡パン入りの袋を掲げ、色々ありがとうロウ、またね、と応じる。
「ああ、また直ぐにな」
颯爽と駆け去る少年の背を見送りつつ、侵食する不安に抗うように胸を押さえる。
(そうさ。考え過ぎで笑い飛ばせるなら、その方が何千倍もいいに決まっている……)




