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人生初の体験で疲れたらしく、彼も僕に倣い遊具へ腰を下ろす。
発見した小刀は鑑定のため、今頃おじさんから銀狐達に渡されている筈だ。金さえ積めば凡そ何でもやってくれる便利裏組織だがはてさて、結果は何日後になることやら。
「ところでお兄ちゃん、何処でミト達と知り合ったの?」
居住区域は近いものの、生活時間帯の違う社会人と学生が友人になるには何か接点が必要だ。
「スーパーマーケットだよ。僕等同じ店の、しかも夕方の似たような時間に買い物してて、以前からお互い顔だけは知ってたんだ。それに二人、あの店ではちょっとした有名人だからね」
「有名人?」
「うん、熱々のアベックとしてね。そう言う漫画のイメージで想像すれば大体合ってるよ」
つまり母子にも関わらず肩に手を回したり、品物を見ながら引っ付くのが日常茶飯事って、うげ!
「ビ・ジェイさんって実年齢より大分若く見えるでしょう?僕も実際話してみるまで、ミトさんより二、三歳年上なのかなと思っていたから」
「で、でも単なるスキンシップでしょ?ほらあいつ、結構甘えたがりだし。幾ら血が繋がってないからって、流石に親子で」
「………」
「お兄ちゃん。その沈黙、物凄く怖いんだけど……いや、言わなくていいから!寧ろ聞きたくない!」
耳を塞いで全力拒否する僕へ、あ、うん、呟いた彼は淡々と話を続ける。
「そもそも僕が二人と知り合ったのは、ミトさんが財布を落としたからなんだ。あの人、いつもズボンの後ろポケットに突っ込んでてさ」
あの半ケツでか。そりゃあ落としてやるぜと言わんばかりだ。
「偶々続けて二回拾ったら、お礼に外の売店でアイスクリームを奢ってくれたんだ。そして何処をどう気に入ってくれたのか、色々話す仲になった訳」
「鵺の事も?」
「ああ、それはまた別。コンビニ帰りに声が聞こえて、行ってみたら樹の枝に引っ掛かっててね。どうにか助け出したら、ビ・ジェイさんが手当てとお詫びだからって家へ招待してくれたんだ」
ちょっと御免。そう断り、僕の右手をそっと掴む。
「やっぱり、親指の所あか切れしてる。ちゃんとクリーム塗らなきゃ駄目だよ」
パックリ開いた患部に触れられピリッ!鋭い痛みが走った。
「これ位、セルフケアさえすれば予防出来るんだから」
「う、うん……分かったよ、ハイネお兄ちゃん」
彼は手を添え、少し動かないでね、深呼吸を始めた。
次にその唇から奏で出たのは、摩訶不思議な節の唄だ。全容は聞き取れないが、繰り返される内に陰陽と言う単語が何度となく現れる事に気付く。
仄かに温かさの増した手が離れ、吃驚。傷口は綺麗サッパリ消滅し、関節を曲げても欠片も痛まなかった。
「その時教えて貰ったのが、この癒気。何でも体内の陰陽の氣を整えて、一時的に自己治癒力を上げるんだってさ」
説明しつつ腰のポシェットを開け、白いチューブを取り出す。
「魔術と違って、詠唱の言葉さえ覚えれば誰にでも使える技術らしいけど、未だに自分でも吃驚だよ。もう一度触るよ」
「わ!」
両手で僕のそれを包み、優しくクリームを擦り込み始める。微かに漂う香りは石鹸か、イメージ通りのチョイスだ。
「―――良し、こんな物かな。少しベタベタするけど我慢してね」
指を近付けてみると、匂いが一層強く鼻腔を刺激した。ああ、これがお兄ちゃんの香りなんだ……。嬉しさで胸一杯に吸い込み過ぎて、一瞬滅茶苦茶息苦しくなった。
「さ、そろそろ帰ろう。お互い明日に備えて」
「う、うん……」
隣から差し出された腕を恭しく取り、僕はブランコから立ち上がった。




