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「―――あの時は危うく心臓麻痺を起こすかと思ったよ」


 彼是十分近く続く隣室の騒々しさに片耳を塞ぎつつ、僕は遺言を続ける。


「いや、か弱いお年寄りだから心筋梗塞か。でも尋問前にちゃんとトイレを済ませてなきゃ、確実に尿失禁位やってたね」


 ガタン。立ちっ放しも疲れたので、テーブルへ腰掛ける。


「あれは僕の人生の中で、間違い無く第二位の驚きだったね。大袈裟な話じゃないよ?僕は性格同様、ずっと凪のような穏やかな暮らしを送ってきたんだ」


 嘘吐け、と幻聴にツッコまれる。


「ああ、僕はどうしようもない虚言吐きさ。デコレーションケーキみたいに偽物の言葉を塗り重ね続けて、のらりくらりとここまで生きてきた。でもね―――」


 瞼を閉じ、心をあの驚愕の一瞬へと飛ばす。


「―――そんなちゃちな嘘なんて、あの圧倒的真実の前では無力だったんだ。そうだろう?」





「こ、この着信音は、ビ・ジェイ君の」「ピアノ協奏曲、レクイエム・オブ・ワールド……!?」


 玄関ドアの外から聞こえてきた物悲しい旋律は、僕等五人を文字通り混乱させた。驚愕からいち早く回復したのは、俊敏に拘束から逃れた友人で。

「ど、どう言う事だよ……?今夜は電話連絡だけで、会う約束なんてしてないのに……!?」

 よろよろと扉に近付いた刹那、ガチャッ。ノブが独りでに回った。ぎゃっ!飛び退く住民を他所に、そのままキィィ……ゆっくりと外側へ。いや。スローに感じたのは、あくまで僕等の錯覚だ。訪問者が室内の空気を読み、雰囲気を演出する理由など皆無なのだから。

 カツ、カツ、カツ……夜闇から現れたのは、茶色のベレー帽を目深に被った子供だ。同色のチェック柄の上着に、ベージュのジーンズと近似色の革靴。如何にも少年探偵然の佇まいをしていた。

 心臓と膀胱、ついでに失神と発狂の危機も辛うじて乗り越えた、その時の僕の感情を一言で表現しようか―――恐怖、さ。

 想像してもみなよ。演出家の自分を置き去りに、スポットライトの下で主役級の演技を始めるイレギュラーを。ほら、ゾッとするどころじゃ済まないだろう?


「あ……」


 無意味な子音を発した僕に応え、頭二つ分高い彼はベレー帽をずらし、やあ、恭しく一礼。


「こんばんは、ジョシュア」


 気持ち茶の混じった黒髪に、理性的な奥底に昏さを潜ませた緑目。ディテクティヴ・ハイネ・レヴィアタはそう挨拶した後、照れ臭そうにはにかんでみせた。 




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