一章 捜査開始―――六月三日
まず断っておくけれど、僕は他の連中と違って読者に親切なんだ。と言う訳で、最初にきちんと自己紹介するね。
僕の名前はジョシュア。恐ろしい稀少ウイルス、“イノセント・バイオレット(純潔なる紫)”に冒された、薄幸で天使のような心を持つ美少年……って言うのは真っ赤な嘘さ。生憎こっちは何十年と共存しているんだ。とうの昔に飼い馴らしているし、そんな境遇が不幸だとも思ってない。大体ここだけの話、僕実は還暦間近だし。ま、天使の心って部分は本当だけどね☆
僕が家族達と暮らしているのは“赤の星”、中堅都市のラブレ。別の衛星に『ホーム』って本宅があるから、言わば仮住まいって所だね。でもさ、四十部屋以上あるマンションにたった三人しか住んでいないんだよ?改めて考えてみると、ちょっとホラーだよね。あ、因みに僕の部屋は二階さ。エレベーター完備だからって、馬鹿みたいに最上階へ陣取る動物フェチ野郎の気がしれないよ。
……ああ、ゴメン。前置きが長くなったね。正直、そんな枝葉末節はどーでもいいんだ。今僕を悩ませている問題に比べれば、本当肥え溜めレベルだよ。
宇宙歴六百七十四年、六月三日。普段は二度寝愛好家な僕だけど、これからしばらくそんな暇は無いだろう。
六時にセットした目覚ましのベルと共にパッ!勢い良く布団を跳ね除ける。続いて抱き枕代わりのパンダのぬいぐるみをベッド脇へ立て掛け、まずはトイレへ。そして用を足し、洗面所で手を洗った後、鏡越しに整った寝惚け顔を邪眼で以って見やった。
「―――良し、OK」
自己暗示で肉体年齢を停止させている僕にとって、この毎日の儀式は必須だ。ま、一日二日忘れた所でいきなり老け込む事は無いのだが。
普段着に替え、エレベーターで四階のシェアスペースへ。ガラガラガラ。金属製のドアが開いた先では丁度、同居人達がホール奥のダイニングで朝食中だった。
「あら、おはようジョシュア。今日は随分早いのね」
「ふふん♪まぁね」
得意げに鼻を鳴らす僕を“ディライト・ビリジアン(喜びを齎す緑)”、木咲 桜が微笑ましげに見つめる。と、彼女の向かいに座る“コバルト・マスター(蒼の主)”、アダム・ベーレンスが眉間のクレバスを一層深くした。
「気味悪い奴だな」チラッ、と柱時計を見、「まだ『変態習慣』には早い時間帯だぞ?」
「誰が変態だよ、誰が」
ドスンッ!わざと音を立て、彼の隣の椅子に座る。
「捜査のために早起きしたに決まってるだろ」
「ゲッ、本気かよ!?普段我関せずのお前にしちゃ、随分ご執心じゃねえか」
「アダム!ならスッキリ目が覚めるように、今朝は濃い目のコーヒーがいいかしら?」
「うん。サンキュー、桜」
流石『ホーム』の癒し系美人。今日も気遣いバッチリだ。
程無く漆黒の液体とホットサンドを用意してくれた彼女は、手早く自分達の食器を片付け始める。
「あれ、もう行くの?」
「ああ。ったく、朝一で緊急職員会議とか冗談じゃねえぞ、あのチョビ髭。早朝手当は出るんだろうな?」
「ある訳無いでしょう、そんなの。ほら、支度支度」
「へーへー」
同居を悟られないため、二人は毎日別々のルートから職場、ラブレ中央学園へ出勤している。当然、教職員プロフィールの住所も真っ赤な嘘。恐るべし最高責任者の特権だ。