四章 精神分析―――六月六日
「―――ああ、あなたが記者さんですね。お待たせしました」「いえ、こちらこそ無理言って済みません。どうぞそちらの椅子へ掛けて下さい」
翌六月六日、“紫の星”イレサ小学校にて。
朝一でアポを取り、校長室を訪ねたのが十時丁度。頭部がM字後退した責任者は突然の事に軽く驚きつつも、すぐに元担任との面会をセッティングしてくれた。
時間潰しにと案内された図書館で、キーンコーン、カーンコーン……昼休みのチャイムが鳴る。そうして数分後、化粧の薄いオバサン先生が入口で一礼。しずしずと僕等の方へやって来た。勧めに応じ正面席へ腰を下ろした彼女は、ミトの隣で哲学書を開く僕を不思議そうに見やった。
「ああ、こいつは俺の弟です。どうしても付いて来るって聞かなくて」
「僕、そんな難しい本が読めるの?―――へえ、それは凄いわねえ」
感心した後、それと、教師は再度ミトへ頭を下げた。
「校長先生からお聞きしました。お土産ありがとうございます、それもあんなに沢山」
「どうってことありませんよ」ニコッ。「あれ、“赤の星”ではちょっと有名なエッグタルトなんです。後で生徒さん達に配ってあげて下さい」
ここだけの話、昨日こいつを仲間に引き入れられた僕はラッキーボーイだと思う。出航間際の売店で大量購入し始めた時は驚いたが、物理的懐柔は見事大成功だ。
すっかり警戒を解いた彼女は華奢な金色の腕時計を確かめ、早速本題へ。
「それで、記者さん。あの子達に関しては当時、警察や政府館の方に全てお話ししたのですが……」
辛そうに目を伏せる。
「新聞で読みました、九人目の被害者が出たとか……一体何時になったら、犯人は捕まるのでしょうか……?」知るか。
「えっと、取り敢えず先生。何度も繰り返しで恐縮ですが、二人の生徒さん達について話して頂けますか?」
手帳と共に取り出したペンで頭をポリポリ。因みにミトの年齢は現在二十一歳。肩まで無造作に伸ばした金髪に、鵺の時と同じくりっと丸い黒目。認めたくはないが、如何にも女性受けしそうな甘ちゃんマスク野郎に成長していた。
「はい。とは言え警察の方にも話したのですが、二人共取り立てて目立たない子でして。最初の事件の日もあの子、最後尾の席で図書室から借りた本を読んでいたんです……」
嘆息。
「二人目の子も、いつも通り花瓶の水を替えてくれて……どうしてあんな良い子達が、ああも惨い目に……!!」
「ああ、いや、全くその通りですよね!辛い事訊いて済みません、先生。ちょっと落ち着きましょうか」
当時を思い出し、目頭へハンカチを当て始めた彼女を宥める偽記者。一方隣にいた僕はふと、今の証言に違和感を覚えた。数秒後その正体に気付き、でもせんせー、手を挙げる。
「三年も前の事なのに、やけに細かく覚えているんだね。僕なら絶対忘れてるよ、そんな昔の話」ぽん。「あ、そっか。刑事さんから何回も訊かれて、それできっと強く記憶しちゃったんだね。何て言うんだっけ、そう言うの」
「おい、ジョシュア!?」
「いいえ、怒らないで下さい記者さん」
葉っぱ模様の木綿布で涙を拭い、違うのよ僕、気丈にはにかむ。
「じゃあ、どーして?」
「別に大した理由じゃないの。最初の事件当日は生徒が一人転校していった翌日で、それで些細な事まで印象に残っているの。うちの学校、転校生自体珍しいから」
「ああ。確かに席が一つ空くし、厭でも違和感を覚えるでしょうね」
ミトの同意に、ええ、強く頷く女教師。その後口元に手を当て、こう呟いた。
「本当、少しは仲良くなれたと思ったら、また親御さんの都合で転校だなんて……元気でやっているのかしら、あの子……」