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程良く解れ軽くなった身でミトを連れ、エレベーターへ。シェアホールへ赴く時間が普段より早い理由は単純明快、僕が今日の夕食当番だからだ。
無人のキッチンへ行き、冷凍室を開ける。鶏肉と冷凍のミックスベジタブル二種(葉物類と根菜類)を取り出すと、何作るんだ?興味津々な相棒が艶やかな黒い鼻を上向かせた。
「カレーライス。って言っても僕は桜と違って、最初に材料全部ぶち込んで煮るだけだけどね」
罷りなりにも料理と呼べる代物を拵えるのは彼女だけで、男二人はほぼ冷食やレトルト、若しくは手抜き品でお茶を濁していた。三人共忙しい身だし(何?異論は認めないよ)、幸いグルメでもない。従って文句が出る筈も無かった。
ホールの柱時計が七時を告げ、数分後。エレベーターの開く音に、ルーを掻き混ぜていた僕は火を止め、足元のミトと共に家族を出迎えた。
「おかえり」「みゃう~❤」「「わぁっ!!!?」」
猫に似せた声で現れた珍獣を、降りて来た二人は数秒間凝視。ショックが先に抜け、近寄ってきたのは桜だ。
「あ、あなた……良かった、元気になったのね……」
白い手を差し伸べ、咽喉元を撫でる。ゴロゴロゴロ。
「そうだ、撃たれた傷を見せてもらえる?ちゃんと塞がったかどうか、ずっと気になっていたの」
承諾を表し、にゃぁ、掌へ頬を摺り寄せる。と、その頭に掛かる黒い影。
「ずるいぞ桜。俺にも触らせろ」
言うが早いが尻尾を掴み、先端の針を観察し始める専門家。何度か角度を変えた後、何だよ、舌打ち。
「毒液なんざ出ていないじゃねえか。それとも興奮状態下でないと分泌されないのか?なら試しに」
「駄目よ、アダム。調べたい気持ちは分かるけど、彼はお客様なの。虐めるのは禁止」
「ちぇ。とっとと済ませてこっち回せよ。つか、今日カレーか」
「食べられる、鵺?」
「にー❤」
こいつ、天然のヒモか。さっきから桜に対してだけデレッデレだぞ。
「でも、うちのカレーは中辛よ。それでも大丈夫?―――まあ、辛い物も食べられるのね。スパイスも沢山入っているし、てっきり駄目かと」
「ますます人間じみてるな。しかもこっちの言葉が通じているとか、どんだけハイスペックな脳味噌してんだよ」
おっと、うっかり失念していた。鵺に変身していても、ミトは正真正銘の人間。故にアダムのウイルス、“コバルト・マスター”での意思疎通は不可能だ。尤もこの若造は得意の数学以外オツムがまるで働かない性質だから、当分その矛盾に気付きやしないだろうけどね。
桜が自分のソファに座り、奇形獣を手招く。膝上に乗った奴はごろん、斑点の浮いた四本の脚を無防備に晒した。
「……良かった、綺麗に治っている。ありがとう、もう大丈夫よ」
「よし、貸せ!」
乱暴に抱え上げられ、ふぎゃっ!?苦鳴を上げて“蒼”のソファへ強制移動させられるミト。さてと、どっから調べてやろうか。そう言って両拳をにぎにぎする姿は、まるっきり変質者だ。
「あんまり手荒な真似は止せよ。彼は僕の友達なんだ」
「分かってるさ。そうだジョシュア、折角だからオッサンも呼んでや」チン。「って、噂をすれば来たな」
エレベーターから登場した家族の右手には、白いビニール袋。早速客人に気付き、おやおや、感嘆の声を出す。
「あの時の鵺じゃないか。一体誰が見つけてきたんだい?」
「僕だよ。もう一度現場へ行ってバッタリ出くわしてさ。懐かれたから連れて来た」
「成程」
ガサッ、袋から笹の葉に包まれた長方体を取り出す。
「出張先の土産で、サーモンの押寿司を貰ったんだ。鵺、寿司は好きかい?」
「うにゃー❤」
「おや、言葉が分かるのか。じゃあすぐに切ってこよう」
「僕も行くよ、おじさん。何ならカレーも食べてく?」
「おや、では御相伴に預かろうか。今日はジョシュアが当番だったのかい?―――はは、それは楽しみだ」
「私も手伝うわ。アダムはしばらく手が離せないみたいだし」
咽喉撫でで御機嫌を取りつつ調査を進める家族を横目に、僕等三人は苦笑を浮かべキッチンへと向かった。