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 キィ。「どうぞ」「お邪魔しまーす」


 ドアを閉め、後続の友人と共に自室のリビングへ。クローゼットからバスタオルを取り出し、普段座らない方のソファに広げる。

「悪く思わないでくれよ。毛を落とされると、後で掃除が大変なんだ」

「別に構わないさ。よっと」

 前脚を伸ばし、布を引っ張ってズレを直す。器用な奴。

「あ、そうだ。掃除道具さえ貸してくれれば俺、人間に戻った時にやっとくよ。ま、今は夏毛仕様だからあんま抜けないけど」

「ふーん。ところで何か飲むかい?とは言えミルクしか無いけどね」

 食事やティータイム時は専ら、四階のシェアホールへ行く。なので個室の冷蔵庫には寝起きのドリンク程度しか入っていなかった。 

「ああ、丁度咽喉乾いてたんだ」肉球をもきゅもきゅ。「この手だとコップは掴めないから、スープ皿にでも入れてくれよ」

「はいはい。それと先に着替えさせてもらうよ。誰かさんのせいで服が台無しだ」

「さっき謝っただろ。執念深い奴め」

 悪びれの無い台詞を聞きつつ、クローゼットから洗い立てのズボンとシャツを取り出す。新しい服に着替え、洗濯籠に脱いだ物を放り込み、続いてキッチンへ。牛乳を深皿と硝子コップに半分ずつ注ぎ、潰したパックはゴミ箱行き。居間へと戻り、ここでいいかい?客人の目の前のフローリングへ置いた。

「サンキュ、ピーターパン」

「恥ずかしいから止めてよ、その呼び方。僕の名前はジョシュア」グビッ。「あの暗示の効力は精々十年……とっくに思い出しているんだろ、自分の過去」

 指摘され息を詰める客人。しかしそれも一瞬、平然と白い液体を舐め始めた。

「―――ああ。奴のドッグタグも、大分前に刑務所へ行って突き返してきた。仕返しついでに、な」

 だが、殺しはしなかった、と。養母の教育の賜物か、随分大人な対応だ。うん、待てよ。

「もしかして、桜とはそこで?」

「ああ、あの緑髪の可愛い子ちゃんか。如何にも」

 ぺろぺろ。

「後で母さんから聞いて吃驚したよ。知らなかったとは言え俺、あの子の復讐の邪魔しちゃったんだな」舌を収め、耳を伏せる。「うぅ、合わせる顔が無えよう……」

「あの娘の事だし、別に気にもしてないと思うけど。失礼」

 テレビのリモコンを掴み、電源ボタンを押す。映し出されたアパートの通路をチェックしつつ、そう言えば、話題を変える。

「君のお母上、旅行へ行ったんだってね」

 指摘に束の間口元を引き攣らせ、ああ、平静に首肯。

「けどあの人、ベイトソン小父さんへは事前連絡して行ったんだろ。えっと、もしかして急ぎの用件とか……?」

「いや。今の所特には無いみたい」

「何だ、良かったー。俺も書類や貸金庫の鍵の場所位は教えられているけど、手続き関係はやっぱ母さんでないと駄目だからさ」

 大袈裟な位安堵の息を吐き、鵺はそうほっと胸を前脚で撫で下ろした。

「ところでピ、ジョシュア。さっきの“翡翠蒐集家”を捜してるって話、本当なのか?」

 空になったコップをテーブルへ置き、ああ、ソファへ座った彼へ首肯。 

「大体そんな理由でも無いと立入禁止のトイレになんて入る、普通」

「正論。―――なあ、俺も手伝っていいか?正直留守番にも飽きてきた所だし、役に立てるよう頑張るからさ」

 ふむ。正直手詰まり気味の現状で、助手にかまける余裕は無いのだが。まぁ人型状態でなら、保護者代わりに横へ立たせる事位は可能か。

「……分かった。いいよ」

「やった!で、捜査は何処まで進んでいるんだ?犯人の目星は」

「先走るな。ちゃんと順を追って説明してやるから」

 鼻息荒い彼を制し、遺体発見時から要点を掻い摘んで話し始める。と、昨日の調査まで終わった所で、画面に動きがあった。失礼、断りを入れてテレビへ向き直る。

「さっきから気になってたけど、この映像リアルタイム?え、もしかしなくても隠し撮りって奴?」

「五月蝿い外野。今から重要な日課――――!!!?」

 モニターに映る、壁際に追い詰められたお兄ちゃん。しかも選りにも選って犯人は、


「こらあああっっっ!!僕のハイネお兄ちゃんから離れろ、このケダモノ!!!」「ひぃっ!!」


 怯える隣を無視し、忘我のままに気炎を上げる。

「いっそその手摺りから飛び降りろ!この薄汚い変態め!!」

 ああ、何て可哀相なお兄ちゃん!あんな奴の魔の手に始終晒されて……って言うか、アパートの住人は何やっているんだ!?いたいけな男子中学生の貞操の危機だぞ!!

「ああ、くそっ!見てられないよ!!」ガタン!「こうなったら僕直々に引導を渡して」

「い、いや、ジョシュア。ほら、何か大丈夫そうだぞ……?」

 指差された画面右下。階段方面から現れたのはお兄ちゃんの同居人、体育教師アラン・アンダースンだ。程無くケダモノが腕を離し、僕は心底安堵した。

「良かった。もー、来るのが遅いよ!」

 こんな酷いアクシデントがあっても、きっと鈍い彼は気付いてもいないんだろう。誰かに友人以上の好意を持たれている、なんて。そう想像すると、親にも似た庇護欲を覚えた。

「まあいいか。―――おかえりなさい、お兄ちゃん。それと、ちょっと早いけどお休みなさい」ピッ。「で、何処まで話したっけ?」

 半ば忘れかけていた友人へ振り返ると、何故か狐顔は不細工に引き攣っていた。

「あ、ああ……ええと。農村での捜査と、それに基くお前の推理まで行ったぞ。プロに因る衝動殺人とか何とか」

「あくまで僕の印象だけどね。さて、何か質問はある?」

「待て、今日も捜査してたんだろ。その結果は」

「夕食の時に皆の所で言うよ。二度手間は嫌なんでね」

「あ、成程な」

 バリバリ、前脚で顎を掻く。

「じゃあ疲れただろ?飯の時間が来るまで俺、お前をマッサージしてやるよ」ぷにぷにの肉球を示し、「こう見えても母さんには巧いって良く褒められるんだぜ」

「世間一般の母親って、大抵子供に甘いものだよ。あぁ、でも慣れない書類読みで、丁度肩が凝ってたんだ。お願いするよ」

「勿論。じゃ、ベッドへ張り切ってどーぞ!」   

 丸くなっていたソファを降り、ミトはいっそ滑稽な位大振りの仕草で促した。




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