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「でも珍しいですね、小父様が一本空けていないなんて。もしかして体調が」

 桜の不安も尤もだ。肉体同様丈夫な肝臓を持つ“金”は、『ホーム』でもしばしば酒豪メアリーに飲み比べ勝負を挑まれていた。

「いや、どうか心配しないでおくれ。一昨日あんな事があったが、別に疲れてはいないんだ。ただ、君から電話を貰う前に少し、気懸かりな事があってね……」

 丁度、コーヒーカップと赤ワイン入りグラスを手にアダムが戻って来た。礼を言って受け取り、早速ケーキを一口。

「ああ、花弁は蜂蜜漬けにしてあるのだね」

 もぐもぐ。

「とても上品な味わいだ。呼んでくれてありがとう、桜」

「いえ。それで小父様、気懸かりな事って?」

 家族の質問に、それがね、コーヒーで口直ししながら保護者は語り始める。

「シャワーを浴びて寛いでいる所に、ビ・ジェイ君から電話があってね。しばらく旅行に出る、と」

「へえ。あの無愛想がわざわざんなプライベートな連絡寄越すなんて、確かに珍しいな」

「ああ。彼とは長い付き合いだが初めての事だよ。それにミト君と一緒とも、何処へ何時までとも」

 重い溜息。

「その位、単なる言い忘れだろ。つか、向こうだって大の大人なんだ。心配要らねえよ」

「だといいんだが……」

 おじさんにしては気にしているな。さては虫の知らせでもあったのか?と、女家族がティッシュで唇の蜜を拭いながら話題転換する。

「考えてみると私達、ビ・ジェイさんについて殆ど何も知りませんよね?昔からお世話になっている顧問弁護士なのに」

「ああ、彼女と一番親しいのはメアリーだ。私やランファも、彼女の推薦で初めて顔を合わせた」

「しかもピーターパン・シンドローム気味の息子に至っては俺達、顔も知らねえしな」

 勿論家族等は、ミトが口にするピーターパンが僕だと言う事は知らない。しかも彼が僕等と浅からぬ因縁の男の息子、その上元被虐待児。更には僕が、彼を気紛れで保護した過去などもっての他。

「ま、その内ひょっこり顔出して、土産の一つでも持って来」プルルル。「チッ。悪いな、少し席外すぞ」

 空のグラスをテーブルに置き、ソファを立つアダム。ズボンのポケットから携帯を取り出し、夜景の覗く窓際へ。

「―――はい。何だよ寅?こんな時間に……おい、受話器のすぐ傍でがなるな!?鼓膜割る気か手前は!!」

 正面に持ち替え怒鳴り返した後、再び元の位置で耳を当てる。

「ああ、分かった分かった!だからそう鼻息荒くするな、気色悪ぃ」

「今日は随分元気みたいだね、アダムの『あれ』」

 友達だと本人が怒るので、僕等はあの獣医の事を専らぼかした表現で語っている。え、却って怪しい?じゃあ他にどう表現するってのさ?

 先方は随分興奮しているらしく、時折漏れ出たイケボが聞こえてくる。会話の内容までは分からないが、聞き手は常通り(一見)うんざりした様子。

「―――ああ、話はそれで一段落か?なら、もう切るぞ」

 舌打ち。

「駄目だっつっても、どうせ明日も掛けて来るんだろ……ああ、またな」ピッ。

「珍しいわね。寅さんがこんな夜更けに電話して来るなんて」

 携帯を仕舞って座り直し、グラスに残りの酒を注ぐ家族へ桜が声を掛ける。

「?別に普通だぞ。あいつ、偶に真夜中でも掛けてくるし」

「おやおや、随分懐かれているね。流石」ギロッ。「……ははは。で、彼は何と?」

「今の往診先、勤務時間中は携帯が使用禁止なんだとよ。しかも屋外の高い所まで行かねえと電波が繋がらないらしい」

「ふーん、山奥とか?」

 流し専門の獣医は、早ければ数日置きに河岸を変える。意外にも好評らしく、幸いまだ仕事にあぶれた経験は無いそうだ。

「知るか。けど三・五食付き住み込みで、おまけに変わった患者だとか言ってたな」

 クイッ。

「当分は毎日電話してくるってよ。全く、人の迷惑を少しは考えろってんだ」

 悪態を吐くも、言葉とは裏腹に口元が緩んでいる。素直じゃないなあ、本当。


―――だが、僕はとんだ甘ちゃんだった。こうやって和気藹々とする間に事態がああも急変、それも最悪な方向へ、していようとは……その夜の僕等には、誰一人想像も出来なかった。




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