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 人懐っこい笑顔を浮かべ、二十代前半の中腰で少女と相対。藍色のチャイナドレスから覗く、愛らしい膝小僧をしげしげ眺める。

「あー、また転んだんだ。やっぱりその靴、少し大きいんじゃないか?」

 赤い刺繍靴の爪先をツンツン。

「店でちゃんと合わせてもらいなよ。あそこの婆ちゃん優しいし、詰め物位タダでやってくれるだろ」

 そうアドバイスしつつ、地面に置いた茶色い革製の診療鞄を開ける。消毒を終え、絆創膏を貼るまで僅か二分の早業だ。

「良し、治療終了」

「いつもありがとう、お医者さん!またね!!」

「ああ、気を付けてな」

 遠ざかる背を見送る医師が、気配を感じたのか不意にこちらを向いた。矢張り見覚えの無い顔だ。ところが、彼の方は私は知っていたらしい。

「あ、パレードの人!?」

「あぁ、あれを見たのか……」反射的に額を掻き、「やれやれ、当事者ながら恥ずかしいな」

 私は不必要だと言ったのだが、「民に示しが付かない」との兄長の号令下。六日の昼間、先程通過したメインストリートで凱旋パレードを行ったのだ。青龍就任時を含め、私にとっては生涯二度目。まだまだ兄姉達のように威風堂々とは歩けなかったが、その時の私は再び踏み締めた故郷への万感の念で一杯だった。

「下は凄え混むって聞いてたから、あそこの飯店の三階から見学してたんだ。ところであれ、何の行進だったんだ?誰に訊いてもはぐらかされてさ」

「だろうな」 

 五龍都において、“龍家”は絶対の存在。濫りに話題に上らせれば、後でどんな制裁が下るか分かったものではない。それは母と二人、下町で暮らしていた頃から嫌になる程身に染みていた。

「祭り、にしては屋台も全然出てなかったし―ー―あ、そうなんだ。へー、道理で雰囲気違うと思った」

「そう言う君は外の人間だな。何故この都へ?」

 質問に、彼は黙って天を仰いだ。そうして滑空する一羽の羅刹鳥を指差す。

「あいつ等の友達を診てくれって頼まれたんだよ。こう見えても俺、一応獣医だからさ。苦しんでいる動物を放っておけない性分なんだ」

「だが、あれは」何処からどう見ても怪物だが?

「今まで全然見た事無い動物だから、不謹慎だけど毎日わくわくが止まらなくてさ。隔絶された環境だって事前に聞いてたけど、来て本当に良かったよ」

 親指と人差し指を輪にし、ピーッ!指笛を吹き鳴らす。途端、頭上を旋回中の一羽が甲高く一鳴き。応えた異形に手を振り、爽やかな若き獣医は続ける。

「ってな訳で、これからまた夜まで診察なんだ。けどまだ休み時間あるし、ここで会えたのも何かの縁。良かったら少し喋らせてくれよ。ここの人達は良い人揃いだけど、好い加減外の話がしたかったんだ」

 頭を掻き、置きっ放しだった鞄の取っ手を掴む。

「あいつは世間話とか大嫌えだし……で、どう?まだ当分は帰れないだろうから、予定があるなら明日でも明後日でも」

「いや、構わない。どうせ当ても無い散歩だったしな。私で良ければ喜んで相手になろう」

「やった!じゃあそこの茶店でゲロ甘ミルクティーでも飲みながら―――あ、そっか。お姉さん、この街だと超有名人だもんな」

 彼が評したのは、十中八九奶茶ナイチャの事だろう。紅茶へミルクと砂糖代わりの練乳を山と入れた、五龍都独自の飲料だ。濃厚な甘さで、きっとミトも……あぁ。

「?どうした、具合悪いのか?」チラチラッ。「それに、さっきから気になっていたけど腕折れて」

「不注意で少し転んでしまっただけだ。問題無い」

 右手を頭に添えつつ弁解。そうだ。この程度の怪我、あの子に比べれば掠り傷同然ではないか。

「往来で立ち話は目立つ。何処か人目の無い、静かな場所まで連れて行ってくれ……」

「わ、分かった。じゃあ、少し歩くけどこっちへ」

 親切な背に導かれ、私は心持ち重くなった脚で以って場を後にした。




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