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「―――では、僵尸。現時刻を以って、君に副聖王相応の捜査権限を与えよう」
そう宣言したエルは己のデスクへと赴き、一番上の抽斗を開けた。取り出した手帳は、一見平政府員の物と変わらない。相違点は唯一、表紙のエンブレムが金ではなく虹色に輝いている事だ。
宇宙に二冊しか存在しない内の片方を手渡し、持ち主が説明を始める。
「困った時はこいつを出すといい。警察や政府駐在所は元より、あらゆる団体・組織・機関へ情報開示を要求出来る伝家の宝刀だ」
「え、いいの?そんな凄いブツ借りちゃって」
「ああ。その代わり信頼には応えてくれよ」
勿論!いそいそと懐に仕舞う彼を見つつ、続いて角の擦れたA4の茶封筒を差し出す。
「あと、これも渡しておこう。アラガ一門の事件の際、担当捜査官が調べ上げた五龍都の候補地リストだ。ティキ・アラガ……彼女は若いながらも、実に優れた政府員だったよ……」
一度は離れた家を救うために働き、そして―――最終決戦地となった生家で散った、誉れある女傑。
「報復と更なる犠牲の拡大を恐れ、今日まで封印していたが……どうやらもうその必要は無いらしい」
「恩に着るよ!サンキュー、副聖王様!!」
名も知らぬ先輩の遺志を受け継いだ男は、子供のようにソファの上でピョンピョン跳ねた。
「止してくれ。君にそう呼ばれるとむず痒い」
「?じゃあ何て呼べば」コンコン。「ん、お客さん?」
廊下からのノックに、どうぞ、部屋の主が許可を出す。微かに不安げな表情で入室した二十代の女性は、僵尸の姿を認めるなり駆け寄った。
「ジョウン!?」「わっ!?」「今まで何処に行っていたの!?一週間も連絡一つしないで……!!」
そう叫び自身の胸元で泣き出す婚約者、シェニーにおろおろ。取り乱す双方へ、場の責任者が冷静に事情説明を行う。それを聞き終えた僵尸は、優しく彼女の頭を撫でた。
「そうか、君が例の……よしよし。御免な、ずっと寂しい思いさせて」
愛しい男性の労いに、鼻を啜りながらもフィアンセは気丈に身体を離した。
「いいえ、私こそごめんなさい……記憶も携帯も失くしたなら、連絡出来なくて当然なのに……あの、どう?私を見ても何も思い出せない?」
首を捻る事十数秒。諦めず脳内から絞り出そうとする婚約者を、もういいわ、彼女は止めた。
「その気持ちだけで充分よ。無理を言ってごめんなさい」
「君、謙虚な子だなあ。何か……」
口篭る事一拍、ポン、手を叩く。
「ああ、成程。こう言うのが俺のタイプか」
「?ふふっ。忘れていてもやっぱりあなたはあなたなのね、ジョウン」
「シェニー。今の彼は僵尸と呼ばれたいんだそうだ」
「キョン……分かりました。じゃあ、僵尸」
そう呼び掛け、うっすらクマの浮いた黒目を覗き込む。
「そのご家族はきっと、あなたのとても大事な人達なのね。顔を見るだけで分かるわ―――だから私も、私の役割を果すわ」
慈愛の笑顔。
「まだ出発しないんでしょう?お弁当作って来るわ。腹が減っては戦は出来ぬ、だものね」
「シェニーちゃん……だけど、俺」
時間が無いんでしょう、倫理感に苛まれる婚約者の肩を励ますように叩く。
「大丈夫よ、僵尸。私の事なんていいから、あなたが守りたい者を守ってきなさい」
「御免………それに、ありがとう。君は励ますのが上手だね」えへへ。「あの子は尻を蹴っ飛ばす感じだったけど、こう言うソフトなのも意外と効くもんだね」
そう呟いた記憶喪失者は、窓の外の空を見やった。
「皆―――俺が戻るまで、ぜってー死なないでくれよな……!!」