序章 ビフォア・ダブル・フェイス
※この話は『花十篇 カーネーション』の続篇です。
前作のネタバレが多分に含まれますので、先にそちらを御一読頂けると助かります。
また、『前十篇』シリーズはオムニバス形式の作品です。
読む目安は、赤→灰→緑・蒼・白・黄→金→イレイザー・ケース→虹・黒となります。
可能であればその順番でお読み下さい。
カチッ。「―――ミト、僕だよ」
慣れ親しんだ闇の只中。僕は手元のボイスレコーダーに向かって語り始める。
「君がこれを聞く頃には社会的、或いは物理的にも僕は消えているだろう。本当ならこんな遺言じみたメッセージ、残すつもりなんて無かったんだけどね」
誰かに決意を聞いて欲しかった、のだろうか。分からない。何者でもなかった僕が、何者かになろうとする覚悟を。
「こうして僕の声を聞いていると、嫌でも思い出さないか?四ヶ月前の、あの“抹消事件”を、ね……」
「な……何なんだよ、お前等………!!?」
深夜、某氏の屋敷。政治一家の傍系と言うだけあって、建物だけで数百坪の敷地は広大だ。そこに敷かれた延べ百人の私設警備員も、長年訓練を積んだ精鋭揃いだ―――残らず地に伏せ、或いは壁に叩き付けられてさえいなければ、さぞや鉄壁の警護となっていた筈。
唯一まだ流血で汚されていない、最奥の書斎。その主はデスク上の拳銃を握り締め、銃口を侵入者達のリーダーに向けた。ランプに照らされた目は血走り、食い縛る歯はひっきりなしにガタガタと不快な音を立てる。その震えは凶器を掴む右手にまで及び、標的が僅か三メートル先に立っていなければ確実に外していただろう。
銃声が計六回鳴り響き、続いてカチカチカチ!引き金がけたたましい撃ち止めを告げる。興奮の余り涎を垂れ流す標的を一瞥し、無傷の首魁は己が銃を冷や汗塗れの額に押し当てた。周囲に四人の部下が控えた背後のドアには、至近距離で避けられた六発の銃弾が埋まっていた。
「ほ、欲しい物は何でもやる!だからどうか!!」
カチッ。
「―――なら、一分一秒でも早くくたばれ。今日は妹の誕生日なんだ」
バアンッ!