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たっくんとゆかいななかまたち

たっくんとゆかいななかまたちシリーズ<10>激突!!タイフーン

作者: 杉浦達哉

挿絵(By みてみん)

ユーロファイタータイフーンは複数の国で協力し合って作られた戦闘機です。

たっくんと同時期に開発され、生産されたため、なにかとたっくんと比較されることの多い機体です。

ユーロファイターは普段、先輩のトーネードIDSさん(以下トーネードさん)とそのガールフレンドのトーネードECRさん(以下ECRさん)達と一緒の基地に住んでいました。

ユーロファイターはトーネードさんに尋ねました。

「いつも俺と比較してくるラプターってそんなに強いのかよ?俺よりも?」

するとトーネードさんは、

「確かにお前も強い。そしてラプターも強い。どちらが強いかなんて一概には言えないな。何が得意かってことだよ」

と答えました。

「あんた毎日その話ばかりね。まるで白雪姫の女王様みたいよ」

ECRさんがからからと笑いました。

「だって気になるじゃんか。こんなずんぐりした平べたい顔の変な帽子の戦闘機が第5世代最強って書いてあったんだぞ」

「相手の顔や体型のことを悪く言うのは感心しないな。それにお前も相手も同じNATTOU(軍事同盟)の国同士じゃないか。敵意を持ってはだめだ」

とトーネードさんは注意しました。

注意されてユーロファイターはぶすっとした顔をしました。



その頃、たっくんはF16Cファルコンニキと共にハラスカの基地へのお使いから帰って来たところでした。

たっくんが帰って来たのを見ると、A10ちゃんがものすごいいきおいで近付いてきて叫びました。

「たっくん、助けて!私のくまちゃんがいなくなってしまったの」

A10ちゃんはいつも大きなくまのぬいぐるみを持っています。それをどうやらなくしてしまったようです。

「ぬいぐるみだけでこんなにさわいで大げさだよ」

B2君が呆れて言いました。

「べつにあのくまはそんなにレア商品でもないからトイザらスに行けばたくさん売っていますよ」

F35が言いました。

「違うの、違うの、あれはだいじなくまちゃんなのー!お父さんが誕生日プレゼントにくれたものなのに!」

A10ちゃんは叫びました。

「こら、サンダーボルト、あまり大騒ぎをしてみんなに迷惑をかけてはいけないよ。ぬいぐるみならまた買えばいいじゃないか」

A10ちゃんにぬいぐるみをプレゼントした本人であり、A10ちゃんのお父さんのA1スカイレイダーさんがやってきました。スカイレイダーさんは現在は退役していますが、年金をもらいながらA10ちゃんと一緒に住んでいます。

ちなみに日本語の『ベテラン』という言葉は英語の退役軍人を意味する言葉からきています。

「でも、これは大事なプレゼントなのに…」

A10ちゃんは言い返しました。

「いいよ、俺、探すの手伝ってあげるよ」

たっくんは言いました。

「本当に?」

「B2とF35も手伝うよな」

たっくんがいうと、B2君とF35はしぶしぶうなずきました。

A10ちゃんが最後にぬいぐるみを見た場所からなくした時間まで移動した場所を順番に見て回りました。

A10ちゃんが最後にぬいぐるみを持っていた倉庫から入ります。

しかし物が多くて大変です。

棚には有事に使う土のうや式典に使うテントやパイプいすが入っています。

「ここでA10ちゃんは何してたの?」

たっくんがきくと、

「委員会で古い備品を捨てるために外に運び出していたの。古い机を10たばずつひもで縛ってどれもほこりだらけだし、かびくさいし大変だったわ。そしたら床も汚れていて誰かが薬をこぼしたみたいで濡れててね…」

話が長くなりそうだったので男の子たちは右から左に受け流しました。

すると、ドスン!

「いったぁーい」

B2君が転んでしまいました。

「そう、私もそこで転んだの。そしたらべたべたになってお風呂に行って」

と、A10ちゃんが言うと、F35が、

「お風呂に入る時もぬいぐるみと一緒なんですか?」

と聞くと、

「そんなはずないでしょ。だいじなくまちゃんがぬれちゃうもの」

「じゃあぬいぐるみはそこです!」

F35が言いました。

急いでみんなでA10ちゃんのハンガーのお風呂まで行くと脱衣場に石鹸とタオルの入っている棚の上にありました、ありました、A10ちゃんの大事なくまちゃんです。

「ああ、よかった、みんな、探してくれてありがとう」

A10ちゃんはみんなにお礼を言いました。



次の日、B2君がたっくんをハンガーまでさそいに行くと整備チーフのケビンが出てきました。

「たっくんはまだ寝てるの?」

「それがどうやらハラスカで風邪をひいたみたいなんだ。今エアインテークを掃除しているところだよ」

とケビンは申し訳なさそうに言いました。


お昼になってB2君とA10ちゃんとF35が食堂に行くとマッカラムさんが

「おい、いつものやたらよく食う坊主はどうした」

ときくとB2君が

「たっくんのこと?風邪をひいて休んでいるよ」

と説明しました。

「後で僕達もお見舞いに行くんです」

とF35が言いました。

「そうか、かわいそうにな。そうだ!」

とマッカラムさんは巨大なくす玉ほどあるおむすびを2つ作りました。

「お見舞いに行くんだったら坊主にこれを持って行ってやってくれ」

「えぇ、風邪をひいているのにこんなに大きいのを?食べられるかなぁ。僕だったら風邪をひいてなくてもこんな大きいの食べられないよぉ」

とB2君が言いました。

「なぁに、心配いらない。坊主なら食べ切れるだろうよ。きっと腹をすかせて困っているだろうよ」

とマッカラムさんは笑いました。

その日の演習が終わってからみんながたっくんのハンガーに行くとたっくんはハンガーのベッドでふてくされてスマホをいじっていました。

兵装はすべて外された上に機銃も全て弾丸が抜かれてあり、必要のない計器類はシャットダウンしていて、なによりも熱があるので絶対安静、ゲームもテレビも禁止でふてくされているのです。

話し相手ができたと思ったたっくんはB2君からおむすびをひったくるとあっという間に丸飲みしてしまいました。

「風邪ひいてるからって朝から卵のおじやしか食わせてもらえねぇんだ。あんなもので腹が膨れるかっての」

「だめだよちゃんと整備の人達の言うことを聞いて寝てないと」

B2君が言いました。

「確かに一人でじっと寝てるだけじゃつまらないものね」

A10ちゃんが言いました。

「そうなんだよ、こんなところでじっとしてるなんて退屈なんだなぁ。でもみんなが来てくれたからちょっとは気分が楽かな」

「他には誰も見舞いにはきてないんですか?」

F35が聞くと、

「うん。朝からケビン達と父ちゃんとお前ら以外には誰にも会ってないよ。兄ちゃんは何してるかなぁ」

たっくんはしょんぼりして言いました。

「お前の兄貴はそのうち次の休みに帰ってくるだろうが」

ジェイムスン中佐が部屋に入って来て言いました。

「えっ、でもたっくんのお兄さんはシリアで何年も帰ってきてないって聞いたけど」

とB2君が言うと

「甘ったれてんだよ。こいつは。確かにずっとアフガニスタンやシリアを行き来してるけど盆と正月は帰って来てるだろうが」

とジェイムスン中佐がたっくんの機首をポンポン叩いて言いました。

「なぁんだ」

とB2君は言いましたが、A10ちゃんは、

「でもそれ以外はたっくんはずっとひとりぼっちなのよ。私はお父さんと一緒に住んでいるし、B2君だって親戚のB52おじさんが近くに住んでいるでしょう」

とたっくんをかばいました。

「そうだね、ごめんね」

B2君が言いました。

「風邪って明日には治るの?」

風邪をひいたことがないチタンのバスタブと丈夫なエンジンを持つA10ちゃんが聞きました。

「そうだなぁ、急にはよくならないかもしれないなぁ」

ジェイムスン中佐が返事しました。

「そう。でももし明日もたっくんの風邪がよくならなくても私たちがまた遊びに来るからさびしくないわよ」

とA10ちゃんは励ましてくれました。



その夜、基地に一機の戦闘機がやってきました。

ユーロファイタータイフーンです。

ユーロファイターもたっくんと同じステルス機なので分からないように基地の中に入り込もうとすると、入口のゲートでいきなり声をかけられました。

「君は誰だい?」

と基地の将官がいました。

そしてユーロファイターの垂直尾翼のブリーテン連合王国の国旗のペイントを見ると、

「なんだ同盟国のブリーテンじゃないか。一体何かあったのかな」

「俺はラプターに会いに来たんだ。奴はどこだ」

「ラプターに?そうか。君は彼のお見舞いに来たんだね。きっと一人で退屈しているだろうからお見舞いに言ってあげると喜ぶよ」

と言ってその将官はたっくんの住んでいるハンガーの場所を教えてくれました。

ユーロファイターは好都合だと思いました。基地の人間には見つかったものの、怪しまれるどころか自分のことを味方だと思ってハンガーの住所まで教えてくれたのですから。

たっくんのハンガーは基地の敷地内の奥の方にありました。

窓から中を見てみるとたっくんとジェイムスン中佐が何か話していました。

「さぁもう寝るんだ」

「まだ眠くないよ」

たっくんはふてくされて言いました。

「今日は一日退屈だった。明日はみんなと一緒に演習に行くぞ。一日中ひとりぼっちは楽しくないよ」

「そうだな。そのためにはもう寝てゆっくり休まないとな」

とジェイムスン中佐は部屋を出ようとしました。

「どっかいくの?もっとしゃべろうよ。ひとりぼっちは嫌だ」

とたっくんが言うとジェイムスン中佐は困った顔をして、

「だけど今から会議があるんだ。深夜にはケビンがまた来るよ」

と言って棚にあったたくさんのバービーから一番手前にあった1つをたっくんの主翼に置きました。

「ほら、こいつも一緒だよ」

と。

「これ、俺の大事なやつだ」

とたっくんは言いました。

それは正規品のバービーではないばかりか他のバービーよりもあきらかに作りが雑で安物の人形です。派手なピンクの髪の毛は生え際も雑でところどころまだらにはげていて、ペラペラの黄色いドレスを着ています。靴なんかのぜいたく品は履いておらず,素足に赤い絵の具が塗ってあるお粗末な物です。

「そうか。お前の大事なやつだったか。何年目の誕生日にお前の兄貴がくれた奴だ?」

「違うよ。これは父ちゃんがくれたんじゃないか」

とたっくんは言いました。

「去年の東南アジアのエアショーに行った帰りに露店で買ってくれたろ」

「そんなこともあったかなぁ。すっかり忘れていたよ」

「あのときたまたま近くでお祭りやっててさ、すごく楽しかったんだ。音楽とか、山車がいっぱい出てさ、露店もいっぱいあった。で、クレープとか焼鳥とか綿菓子とか食べてこれ買ってくれてさ」

ジェイムスン中佐は3年前にポケットマネーでたっくんに露店の安物のおもちゃを買ってあげたことなどすっかり忘れていましたが、たっくんにとってはただおもちゃを買ってもらったという記憶だけでなくてそのお祭りが楽しい音楽が聞こえたり、珍しい物をたくさん見たり、おいしいものを食べたり、とても楽しかったという思い出があるようでした。

「そうかぁ、じゃあ早く元気にならないといけないな」

とジェイムスン中佐は言ってハンガーを出て行きました。

「よし今だ」

いきなりハンガーの扉を開けてユーロファイターが入ってきました。

「誰だお前。見舞いに来てくれたのか?」

たっくんはいきなり入ってきたユーロファイターにびっくりしましたが好意的にとらえたようです。

「やいへらべたいの、俺と勝負しろ」

「は?」

「お前を倒せば俺は地球最強のステルス戦闘機になれる」

「勝負してもいいけど俺は今兵装を全部はずされてるしレーダーも全部シャットダウンしてるから動けねぇんだってば」

「うるせぇっ!」

いきなりユーロファイターがたっくんに発砲してきました。

びっくりしてたっくんはよけようとしますが、航法に関する計器類のほとんどをシャットアウトされている状態なのでうまく飛ぶこともできませんし、自分の目視以外で相手の体をとらえることもできないし、何よりも兵装もなし、機銃の弾もなしで、攻撃すらできません。何よりたっくんは風邪をひいています。1日じっと休んでいてもまだ熱はあります。

それでもたっくんはとりあえず慌てて外へ飛び出しました。

ところがユーロファイターは執拗にたっくんを追っかけてきて機銃を撃ちます。

助けを呼ぼうとしますがのどが痛くて大きな声も出せません。とうとうフラフラのたっくんはへとへとになって動けなくなってしまいました。

「なんだぁ,こんなやつ」

とユーロファイターはたっくんを突き飛ばして転ばせました。

「やったぁ、俺の勝ちだ!」

ユーロファイターは動かなくなったたっくんを前に飛び跳ねました。

「これで俺は世界最強だ!早く基地に帰ってみんなに知らせないと!」

ユーロファイターはたっくんの手元にあったあのバービーもどきの着せ替え人形を見つけました。

「そうだ、こいつを持って行こう。これを見せれば俺が本当にラプターを倒したことが証明できるぞ」

と、たっくんの大事なお人形を拾い上げてユーロファイターは飛んで行ってしまいました。

しばらくしてケビンがたっくんの様子を見にハンガーに戻ってきましたがたっくんがハンガーの外で倒れているのを見つけてびっくりしました。

話を聞いてジェイムスン中佐とホワイト少佐もB2君もA10ちゃんもF35もやってきました。

すぐにたっくんをベッドに戻して声をかけると目を覚ましましたがたっくんは慌ててあたりを見回しました。

「ない…俺の大事な人形がない!あいつに取られたんだ!」

「たかが人形よりも一体誰にやられたんだ!」

ジェイムスン中佐は聞きだそうとしましたが、

「たかが人形なんかじゃない!あれは俺の絶対大事な…」

と人形のことばかりが気になってたっくんはうろたえています。

するとF35は、

「質問を変えましょう。先輩の大事な人形を持って行った『あいつ』って誰ですか?」

と質問の方法を変えました。

「あいつのことは知らない。カナードを持っていて、双発だった。そいつがいきなり俺に殴りかかってきたんだ。気が付いたら俺の人形を盗みやがった」

「カナード?わが国には実証機でもない限りカナードを持った戦闘機はありませんが。まさか東側の…?」

ホワイト少佐が言いかけた時ジェイムスン中佐が

「まぁ待て。…他に特徴はなかったか?そのお前の人形を盗んだやつだ」

という聞き方をしました。

たっくんにとっては風邪ひきの時に急に攻撃を受けたことよりも大切な人形を取られたことの方が問題だということをジェイムスン中佐も理解したからでした。

「とにかく見たことのないやつだったよ。…あ!そういえばあいつ戦闘機のくせに尻尾がなかった!」

尻尾とは水平尾翼のことです。

ケビンは一度たっくんのキャノピーを開けて、全てのアビオニクスをシャットダウンしました。

これでたっくんは仮死状態になってどんなに呼びかけても叩いても動きません。

風邪をひいているのにこれ以上心理的にストレスを与えるのはよくないからです。


「カナード翼があって、双発で、水平尾翼がなく、風邪をひいていたとはいえたっくんに追いつける…となるとある程度絞られてきますね」

ケビンが言うとジェイムスン中佐は

「東側の奴らを除いて、カナードがあってスーパークルーズができるやつなんかそんなにいるもんか…ラファールかグリペンか最近ブリーテンに配備されたユーロファイターくらいだ。だがラファールはこいつの兄貴の後輩だしグリペンは単発機だ。残るは…」

ジェイムスン中佐は今日,外の基地から訪問した機体がないか将官に調べさせました。するといつもの輸送機のほかにブリーテンからユーロファイタータイフーンが来ていたのです。

「私今からブリーテンに行ってくる!」

A10ちゃんが言い出し、その瞬間、外へ飛び出して離陸してしまいました。

その離陸距離、速度はあのウォートホッグ(イボイノシシ)と呼ばれた機体とは思えません。

B2君は呆れ

てぽかんと立っています。

「おいっ、あいつ!」

ジェイムスン中佐は声をかけますが、もう遅いのです。

「僕が後を追います」

F35が言いました。

「なら俺も連れて行ってくれ。人形一つで戦争なんてことになったらたまったもんじゃないからな」

「いいえ、中佐は基地にいて下さい。私が行きます。そして中佐は相手空軍の基地に連絡を」

F35の飛行隊長であるホワイト少佐が言って、

F35に乗って出発しました。

「僕は何をすればいいの?」

おろおろしながらB2君が聞くと、ケビンが、

「君は僕達と一緒に残ってたっくんの看護を手伝ってくれ」

と言ったのでB2君は

「う、うん。じゃあ気を付けてね…」

とF35を見送りました。

ジェイムスン中佐は急いでブリーテンの基地に電話をして事の次第を説明すると、相手の基地の副司令官は非常に落ち着いた冷静そうな人でしたが、話を聞いて呆れて苦笑していました。

「風邪を引いておまけに兵装をしていない機体にドッグファイトをしかけるなんてぬいぐるみとボクシングをするようなものですよ。分かりました。そちらのA10のことはご心配なく。うちのユーロファイターもまだ若いから少しお灸を据えた方がいいんですよ。けがと物損被害が出ないように警戒しますよ」

とまで言ってくれて、とりあえずブリーテンと戦争になることだけは避けられそうです。

そこへスカイレイダーさんが入ってきました。

「中佐,今うちの娘がブリーテンに向かって飛んで行ったとは本当ですか」

「すまねぇ,俺のせいだ」

と中佐はスカイレイダーさんにいきさつを話しました。

スカイレイダーさんは

「不思議ですね。おもちゃって物じゃなくて思い出なんですね」

と感慨深そうに言いました。

「昨日,あの子がくまのぬいぐるみを探していたときに私はたかがぬいぐるみだから新しいのを買えばいいと思っていました。でもそれは間違いなんです。あのぬいぐるみには綿だけじゃなくてそのときの誕生日会の大切な思い出もつまっているんですよ」

「ああそうだな。あいつの人形もそうみたいだ。あんな安っぽい人形でも買ってもらったときの祭りのことをあんなに鮮明に本当に楽しい思い出として覚えてるんだからな。おもちゃは物じゃなくて思い出か。…確かにそうかもしれねぇなぁ」

とジェイムスン中佐も言いました。


その頃,そんなことも知らず、ユーロファイターは証拠の人形を基地のみんなに見せて回りながらF22ラプターに勝ったことを自慢して回っていました。ブリーテンはちょうど昼間でした。

「えー、すごい!」

と感動する相手もいれば、

「本当かなぁ」

と首をかしげる人もいます。

そのとき、聞き間違えのない地獄の地響きのようなエンジン音が聞こえてきました。

みんななにごとかと音のする方を見ました。


本来はケルマンの伝説と呼ばれたパイロットだったハンス・ウルリッヒ・ルーデルを顧問に迎えて作られた、近接航空支援最強と呼ばれたA10サンダーボルトです。

背後にはF35がぴったりとついています。

基地の人達はもちろん、ユーロファイターも嫌な予感がしました。

「ユーロファイターって誰!!」

A10ちゃんの金切り声に基地にいた、人間は一斉にユーロファイターを指さしました。

「…あっ、やべっ」

逃げようにも他の人間もまるで教室でウンコを漏らした小学生を避けるかのごとく離れています。

「たっくんの大事な人形を返しなさい!さもないと…」

A10ちゃんはあごの下の30mmアヴェンジャーを向け、にじり寄ってきています。

背後のF35は降下することもなく上空で待機しています。A10ちゃんを止める気などさらさらないようです。

ブリーテン側の少しお灸を据えてやってほしいという要請もあり、手出しはしないで見守るようにとジェイムスン中佐からホワイト少佐とF35に命令があったからです。

するとトーネードさんとECRさんが視界に入りました。

天の助け!と思ったユーロファイターは助けを求めました。

「た、助けてくれぇー」

ところがトーネードさんは

「やぁだね」

と言って煙草に火を付けました。

「ええっ、なんで」

「だってお前がラプターにドッグファイトを

求めた結果こうなったんだろ。だったらこれはお前の責任だろ。自分の尻は自分でぬぐえよ」

ECRさんも、

「あたしも手伝わないからね。ほらほら、早くしないとあの攻撃機、なにするかわかんないよ。基地のみんなに迷惑がかかるかも」

と、スマホをいじっていてこっちを向きすらしてくれません。

そしてトーネードさんはとどめの一言を言いました。

「もちろん1人じゃ戦えないってことはないよなぁ…?だってお前はあのラプターに勝てたんだもんなぁ?本来役目の違う攻撃機とドッグファイトするのが怖いなんてことは言わないよな」

「うえ゛っ」

ユーロファイターは追い詰められてしまいました。

じりじりとA10ちゃんが近づいてきます。

「うひゃーっ!」

ユーロファイターは持っていたたっくんの人形を放り出して離陸しました。

「待ちなさいっ!」

A10ちゃんも追いかけて離陸しました。

このとき,ユーロファイターにはまだ勝算が残されていると思っていました。A10ちゃんは確かに素手の腕力は最強でしたが所詮攻撃機,戦闘機のような運動性もスピードもないはずです。

ほんの少しアフターバーナーを焚いて距離を開ければ逃げきれる,そう思っていた時代がユーロファイターにもありました。

しかし。

A10ちゃんは当初の設計上決して足は速くありませんでしたが普段からたっくんたち戦闘機とサッカーや鬼ごっこや缶けりをして遊んでいるので彼らと遊ぶうちに自然と飛行速度も速くなっていたのです。今ではB2君よりも少し速いくらいです。

しかも本来A10攻撃機と言う物は敵の対空砲飛び交う低空から近接航空支援をするのが主な仕事なので運動性も馬鹿に出来たものではありません。

何よりもA10ちゃんは今めちゃくちゃ怒っています。お父さんからもらった大事なくまちゃんを探すことを1番に申し出てくれたたっくんが今度はひきょうなやり方で,たとえ安物の着せ替え人形でも大切なおもちゃを強奪された上に,体調が万全でないたっくんを一方的に殴りつけて自分が勝ったと吹聴して回るやつにろくなのがいません。

ユーロファイターがアフターバーナーを焚いて複雑な軌道をで逃げても逃げてもA10ちゃんは追い掛けてきます。

当然です。A10ちゃんは推力偏向ノズルをつけたたっくんを鬼ごっこで追いかけまわして捕まえることはよくあります。

そうこうしているうちにユーロファイターにトーネードさんから通信が入りました。

「おい,お前,今自分の現在地を確認してみろ」

逃げながらもユーロファイターは地図を確認してぞっとしました。

いつの間にかアルプ連邦の領空手前まできていました。

アルプは永世中立国と言ってどの軍事同盟にも加盟しておらず,自国は常設的に自国を守る権利を有する,と宣言しており,うっかり領空に入ろうものならスクランブルでアルプの空軍機がかんかんになってやってくるでしょう。

そうなればいよいよ外交問題に発展します。

たっくんのおもちゃを強奪したレベルの話では済まされません。

「…まずい!」

かといってすぐそこにはA10ちゃんが追いかけてきています。

もうどうにも逃げられません。

「さぁもう覚悟してね!」

A10ちゃんは機首と同軸のアヴェンジャーをまっすぐユーロファイターに向けています。これに殴られればそれこそどこまで吹っ飛ばされるか分かったものではないのです。

南無三,絶対絶命。

「悪かったよ!あの人形は返すよ!」

顔じゅうからオイルを流してユーロファイターは言いました。

A10ちゃんは立ち止りアヴェンジャーを向けたまま,じっとユーロファイターを見ていました。

「それだけじゃだめよ!病気のたっくんを一方的に殴りつけて勝っただなんてみんなに言い回った事を訂正しなさい」

A10ちゃんは強い口調で言いました。

「う…分かったよ」

ユーロファイターはA10ちゃんの停戦条件をのみました。

「本当はあんたなんて殴りつけてやりたいけど私は人形をたっくんに戻せたらそれでいいから今日のところはこれくらいにしといてあげる」

とA10ちゃんはユーロファイターの機首根っこをつかんでブリーテンの基地に降下しました。

無事A10ちゃんがユーロファイターを無傷で捕まえたことを通信できいたホワイト少佐とF35はすでに地上にいました。

トーネードさんが人形を拾ってホワイト少佐に手渡しました。

「全くうちの若いのが迷惑をかけて申し訳なかったな」

すっかりトーネードさんの影に隠れてびくついているユーロファイターです。ECRさんに機首を小突かれてすっかり落ち込んでいます。

「いいえ,我々はこれを回収できれば後は問題ありません。こちらこそお騒がせしました」

とホワイト少佐は丁寧に頭を下げました。(トーネードさんはホワイト少佐よりもずっと年上なのです)

「ところでお宅らの基地のジェイムスン中佐は元気かい」

いきなりジェイムスン中佐のことを聴かれてホワイト少佐はびっくりしました。

「ええ。中佐をご存じなのですか?」

「ああ。前の戦争で一緒の作戦に参加していたんだ」

トーネードさんは昔を懐かしむように言いました。

「それより早く帰りましょうよ。たっくんをそろそろ起こしてあげましょうよ」

とA10ちゃんが言いました。

「そうだな」

とホワイト少佐は言って,

「それではトーネードさん,我々はこれで失礼します。ライトニング,サンダーボルト,基地に帰ろう」

F35のキャノピーを開けました。

「ああちょっと」

トーネードさんがF35とホワイト少佐とA10ちゃんを呼びとめました。

そしていつまでも自分の後ろにいるユーロファイターの機首をぐしゃぐしゃして,

「このユーロファイターは基地に自分と同年代の機体がいないんだ。なかなか遊び相手がいなくってな…だからちょっとちょっかいかけたかっただけみたいなもんだから。もし君達さえよかったら…また遊びに来てやってくれな。今度はその,ラプターも一緒に」

と言いました。

すると,A10ちゃんが

「いいよ。ずるしないならね」

とあっさり言いました。

F35は

「僕もいいですけど本気の先輩は結構えげつないですよ」

と言いました。


そうして再びA10ちゃんとF35は離陸しました。

小さくなる2機の機影を地上からユーロファイターは

「ふん,誰があんな奴らとまた遊びたいと思うもんか!」

と文句を言いましたが,何を思ったのか

「おーい,お前らーまた来いよー!今度はラプターも一緒にな」

と主翼を振りました。

「そして…今度こそ勝負してこの俺様が地球最強のステルス機だってことを証明して見せるぜ」

と独り言を言いました。



基地のたっくんのハンガーではB2君とジェイムスン中佐とケビンとスカイレイダーさんがたっくんに付き添っていました。

ホワイト少佐がA10ちゃんに人形を渡して,A10ちゃんがたっくんのレドームのすぐ前に置くと,ケビンがたっくんのアビオニクスを起動させました。

「ん…あれ。俺の人形」

「A10さんが取り返してくれたんですよ」

F35が言いました。

「そっか。ごめん。ありがとな!」

「たっくんだって私のくまちゃんを探してくれたからおあいこよ!」

とA10ちゃんも答えました。

そしてF35とA10ちゃんはトーネードさんの言葉を伝えました。

たっくんは返してもらった人形を高い高いしながら

「まぁ,風邪が治ったらまた遊んでやってもいいけどな」

と返事しました。

「ただしそのときは手加減しねぇけど」

と付け加えました。  

              (終わり)


ご存じの通りこのエピソードは2012年のアラスカのエルメンドルフでのレッドフラッグという演習でドイツ空軍のユーロファイターとF22のドッグファイト演習をモチーフに書きました。このとき,ドイツ空軍はユーロファイターが勝ったと言いましたがF22は演習時,レーダーをシャットダウンされ,攻撃不可の状態でユーロファイターと臨みました。ユーロファイター側はレーダーを使用,しかも演習開始時にあらかじめF22の位置を知らされていたということです。僕はこのときF22がユーロファイターに勝てなかったことを何年たっても吹聴する一部の人がどうしても許せなかったのでこれを書きました。

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