それなりに仲のいい聖女と騎士の話
「東の教会におります。いつでも遊びにいらしてください」
聖女から手紙をもらった騎士は、さっそく会いに行くことにしました。部下たちに帰りの時間を告げ、ひとりで出かけます。
外はよく晴れ、気持ちのいい春の日でした。あたたかな春風が騎士の夜空のような黒髪をそよがせます。空には白い雲がのんびりと流れ、小鳥のさえずりがあちこちから聞こえてきます。やわらかい陽射しを浴びながら、彼は歩いて教会へと向かいました。
教会へ行くには町を通ります。住民たちの話では、町の中心で市場が開かれているそうです。騎士のそばを歩いていく人々も、買い物客のようでした。みんな軽い籠を手に提げて、楽しそうに笑って歩いていました。反対に市場から出てきた人は荷物をいっぱいに抱えて騎士とすれ違いました。こちらもみんな笑顔です。
幸せそうな彼らを見て、騎士は思いました。
「何も持たずに行くのはさみしいな。久しぶりに会うのだから、聖女への贈り物を買っていこう」
市場は人々で賑わっていました。屋台には果物や野菜、新鮮な魚といった商品が並べられ、お客の目を楽しませていました。食べ物だけでなく装飾品や雑貨も売られています。商人たちは自慢の品物を広げて、大きな声でその珍しさやすばらしさを語っていました。
贈り物を探していた騎士は、最初の店で葡萄酒を買いました。この町から遥か遠くの土地で、奇跡のような実りがあった年のものです。聖女が喜んでくれることを信じ、騎士は歩きはじめました。
教会への道は続きます。店も、市場もまだまだ続いていきます。
「おっと、そこのお兄さん。商品を見ていきなよ。この櫛なんかどうだい? 女の子への贈り物にぴったりだよ!」
騎士は商人に声をかけられました。装身具を扱う店のようです。陳列台には大粒の宝石をあしらった首飾りや腕輪が並べられています。どれも日の光を受け、きらきらと輝きます。
商人はその中から櫛をかざしてみせました。小さいけれど、見事な細工です。上質な輝石がいくつも散りばめられています。かわいらしい色も形も、聖女の長い金の巻き毛によく映えるでしょう。
しかし、騎士は首を振りました。
「いいや、彼女は華美なものを好まないだろう」
騎士は櫛を売る店を通り過ぎ、教会へと進んでいきます。けれど彼は心に引っ掛かるものを感じました。
市場の半分に差し掛かったとき、騎士はまた声をかけられました。
「お兄さん、ちょっと見てごらん! 今朝摘んだばかりの花束だよ。いい香りだろう? 贈り物にどうだい?」
騎士は足を止めました。こちらは花を扱う店のようです。女の商人が花束を手に持っています。店のまわりでも花たちが明るい色を振りまいていました。
花畑さながらの様子を見て、彼は聖女がよく花を育てていたのを思い出しました。彼女が愛情を込めて世話をした花たちは、とても美しく見事に咲いていました。
しかし、騎士は前を向きなおしました。
「……いいや、彼女は花を見慣れているはずだ」
もうすぐ約束の時間です。花を売る店を通り過ぎ、騎士は教会へと進みます。
けれども彼は、髪を引かれるような思いを感じていました。
向かう先に人込みがありました。目の前から続く長い行列。それは甘い香りのする店まで続いていました。騎士は驚いて、店の様子を伺います。
そこは菓子店のようでした。看板には人気の商品についての説明が書かれています。
"女の子に大人気! ふんわりチーズケーキ販売中!!"
騎士は、しまったと思いました。
「こちらにすればよかった。こんなに美味しそうで、たくさん人が集まっているのだ。聖女も気に入ったにちがいない」
しかし、もう並んでいる時間はありません。
あとはまっすぐ歩くだけで、聖女の待つ教会へたどり着きます。市場の終わりまで来たとき、騎士は立ち止まりました。これまで歩いてきた道を振り返り、先ほどからの違和感の理由を考えます。
たくさんの品物、多くの美しいものを扱う市場。ここでもっと探せば、聖女の本当に欲しいものが見つかったかもしれません。早く彼女を喜ばせたくて葡萄酒の贈り物を用意しましたが……はたして気に入ってくれるのか、騎士は不安になりました。
「わたしは自分のことしか考えていなかった」
騎士は嘆きました。
「どうして聖女の好きなものを勝手に決めてしまったのだろう。櫛も、花も……彼女は大好きだったかもしれないのに」
騎士は暗い表情で市場から出ました。
町を歩く人のなかで、悲しそうな顔をしているのは彼ひとりだけです。
騎士は聖女のいる教会へ着きました。彼女はすでに扉の前で待っていて、澄んだ金の巻き毛を弾ませて駆け寄ります。花の咲くような笑顔で、彼の到着を出迎えました。
けれども騎士は、聖女との再会にも顔を曇らせたままでした。聖女は久しぶりに会った騎士が、どうしてそんなに落ち込んでいるのか、わけを尋ねました。
彼は正直に市場での失敗を話しました。
「あなたが、もっと喜んでくれるような贈り物をしたかったのだが……」
「いいえ騎士様」
すべてを聞いた聖女は、やわらかく微笑みました。それは、とても幸せそうな笑みでした。
「わたしは、騎士様がわたしを思ってくれたことが嬉しいのです。あなたは真剣にわたしのことを考えてくれました。その気持ちがなによりの贈り物です」
そう言って、聖女はリボンのかかった箱を出し、テーブルにそっと置きました。
「わたしも騎士様へ贈り物を用意しました」
聖女は箱を開きます。中から出てきたのはケーキでした。彼が町で見たのと同じものです。彼女もまた騎士のことを考え、彼のために贈り物を選んでいたのでした。
騎士はやっと笑顔になりました。
ふたりはお互いの贈り物を分け合って食べました。
葡萄酒はケーキとよく合いました。




