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ファーストデート ■お家

■お家デート


■会社員先輩彼氏×後輩彼女

 晴れた空。白い雲。そよぐ風。揺れる花々。

 なんて綺麗。まさにデート日和。


 普段はネガティブになりやすい私でも、彼みたいにうきうきオーラを発せるんじゃないかってくらいの好天に恵まれた本日。






 絶不調です。私の体調が。







「なんで…あんなに頑張ったのに…」

 昨日まではよかった。昨日までは。先週彼から「君と行きたい場所があるんだ!」とお誘いを受けてからは、なるべく人混みで風邪を移されないようマスクと手洗いうがいは欠かさなかったし、スキンケアもヘアケアもしっかりして早めに寝られるように仕事一生懸命こなしたし。


 それなのに。


「なんで今月に限ってこんなに早くくるのよぅ…」

 女子には切っても切り離せない月に一度の訪問者。来週半ばからだろうからギリギリセーフだと思っていたのに。

 昨日の夜はなんともなく、朝起きてトイレでご対面してしまった今回。

「一日目って…三日目までは量も痛さもすごいのにー…」

 


 もちろん個人差というものがあるというのは重々わかっているものの、他の友人たちに比べたら私のそれは重いもの、というのが26年生きてきた私の結論だ。

 いつからかは覚えていないが、気付けばそれは月に1度の最悪な3日間と私の心に刻みつけられていた。

 なるべくなら平穏に、ベッドとお友達になってゆっくりぬくぬくできるのがベスト。

 外に出るなら出来るだけ座っている環境が望ましい。



 でも、今日に限っては。



「動きやすい格好で!ってことは…動くんだよね、きっと」

 彼はどんな格好でくるんだろう。動きやすいってことは、ジーンズにシャツとかそんなかんじだよね。だったら私もジーンズで…!

 そう思って勇気を出して購入したデニムのショートパンツ。でも今日は着られる気がしない。

「こんなに足出したら一気に冷える…」

 いくら春でも寒いものは寒い。しかも普段会社では膝丈事務服、休日もロングスカート愛用の私にとっては苦行以外の何物でもない。

 彼の為なら一日くらい…!と気合いで乗り切ろうとしていたが、今日は普通の洋服を着ていても一日乗り越えられる気がしない。



「でもキャンセルはしたくない…しょうがない、妥協しよう」

 とにかく足を出すのは確実に無理と判断。スキニーボトムに透け感のあるシャツでなんとかお茶を濁そう。足元はスニーカーがないから予定通りショートブーツで。

 気合を入れて起き上がり、食べ物を拒否する身体に少しだけヨーグルトを入れ、着替えてナチュラルに見えるよう丁寧にメイクをした。

 あー…待ち合わせ場所まで、体力もつんだろうか。









*****









 なんとか待ち合わせ場所には行けたものの。


「やぁ、こんにちは。来てくれてありがとう。今日の服もいつもと違うイメージで素敵だね」

「あの、ありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」

「そんなに固くならないで!今日は行きたいところがあるんだけど、付き合ってもらってもいいかな?」

「はい。お任せしますね」


 あー本当にかっこいい!爽やかイケメン!なのにメガネっていうのも個人的にポイント高い!

 脳内はこんなにハイテンションだって、ばれてないよね。ばれたらさすがに恥ずかしすぎるわ。


 そして脳内とは対照的に、体調は驚くほどの絶不調。ある意味テンション的には同じくらいなんだけど。

 腰付近からの緊急信号が止まりません。冷や汗、せめてもうちょっと抑え気味に!笑顔作れてる?普段からそんなに満面の笑みじゃないことだけが救いだけど。





「あそこに見えてるビルなんです」という声にゆっくりついていく私。

 付き合って間もない私たち。付き合ってからもほとんどメールでのやりとりが主だけど、そもそも初めの告白からしてメールだった。ずっと憧れていた彼から社内メールで呼び出されたときは本当にびっくりしたものだ。


「誰も付き合ってる人がいなかったらお願いします」と、直接会って私の目を見て言ってくれた彼。私にはもったいない素敵な男性。

「メールだと割と恥ずかしいことも言えるから…」とお互いメールを好んでいたし、彼もちょうど多忙な時期ということもあってなかなか初めてのデートとはいかなかった。

 そこへきてようやくの初デート!

 もちろん私は楽しみだったけれど、彼も楽しみにしていてくれたんだったら嬉しいなぁ。気付けば歩きながらにこにこ話す彼に見とれていた。どんだけ彼のこと好きなの、私。







「ここです!」と連れてきてもらったのは、百貨店ビルで行われている期間限定のミニ水族館。

 規模は小さいながらもセンスが良いと評判になっていた催しで、行きたいけれど一人で行くにはあまりにもさみしすぎると断念していた場所。

「こういうの好きかなぁって思って」と照れながら言ってくれる彼。あぁやっぱりかっこよくてかわいい!



 恥ずかしいけど、私も言ってみようかな。


「…実は、とっても来たかったんだけど、一人だと来られなくて」


 だから嬉しい、と続けてみる。こんなにベタな台詞を自分が言う日が来ようとは!

 というか、普段とあまりにキャラが違いすぎて引かれてるんじゃない?と急に不安になった私は、そっと彼の表情を伺ってみる。

 しかし、残念ながら彼の顔を見ることはできなかった。

 正確には、その大きな手で口元を覆われていたために叶わなかった。


「あの…どうかした?大丈夫?」

「いやっ、大丈夫!なんでもないから!さ、入ろうよ」


 なんとなくカクカク動きながら入場口へ誘導される。体調悪い私が言うのもなんだけど、大丈夫なんだろうか。まぁさすがに大人なんだから、大丈夫だよね。



 初めてのデートで(ビル内の催し物とはいえ)水族館!

 せめて心のテンションだけは保っていけば、きっと体調も乗り越えられるよね!

 そう思い、彼の隣に並んで歩を進めた。










*****













 目を開けるとそこは、真っ白な天井とシーリングライトでした。

 






「…あれ?なんでこんな…」


 きょろきょろする。なんか下半身あったかいな。寝起きのぼーっとした頭で考えつつ、手を動かしてみる。ふわふわした感触。布団?




 えっと、たしか彼とビルの中の水族館に行ったんだよね。

 中は評判通りとっても素敵だった。暗めの照明にぼんやり照らされた水槽がとっても幻想的で、ふたりで「綺麗だね」って言いながら歩いてて。



 ただ、いかんせん人が多かった。



 普段から人が多い所が苦手な私。人が多いからという理由だけでせっかくの社員食堂を利用していないほど。なんならロッカー室でさえ混雑する時間帯を避けるためにあえて仕事量を調整するくらい。

 そんな私が、しかも体調が悪いときに来る場所ではなかった。それだけのこと。

 途中まではよかった。「素敵な彼と素敵なスポットでデートしてる私」ってとこに酔っていたから。

 歩いているうちにだんだん現実が見えてきてしまって、「体調絶不調の最中に真っ暗で圧迫感のある空間に大量の人」ってとこに酔い出してしまったからもういけない。




 でも、でもだよ?

 今このタイミングで「気持ち悪いから外出たい」とか言って、どうなると思う?

 もうその瞬間に彼の爽やか笑顔が曇ったりとか、帰ったらさようならメールが来たりとか、休み明けからは赤の他人に戻りましょうとか…そんなことになったら明日の日曜日一日で回復できるとはとても思えない。



 そう思って我慢した。あと少し。あと少しで出口だから。

 必死で笑顔を作って彼と会話して。

 あとちょっとだよ。がんばれ自分。

 そう思っていた私の元に、最後の試練が訪れた。



 どんっと音がするほど勢いよくぶつかってきた中年夫婦。

「ごめんなさいねぇ」と言われ「いえいえ…」と口を開いた瞬間、のどに突き刺さる加齢臭と強烈な香水の香り。



 あ、これダメなやつだ。

 思った瞬間、隣で転びそうになった私を支えてくれた彼にがしっとしがみつく。

 彼の焦ったような照れたような「わっ、どうしたの?」というイケメンボイスを聞きながら一言。



「ごめんなさい、もうダメです」



 理解できていないであろう彼のきょとん顔を最後に、私の意識はブラックアウトした。










 ここまで思い出した私は、一気に自己嫌悪に陥った。



「いやいやいや!ないでしょ!もうダメですって何!いい歳した大人なんだからもっと早く言ってしかるべきでしょうよ!ついでにここどこ!?」


「うん、ごめん。その点に関しては俺も全く同意見かな。あとここは俺の家です」



 さらりと独り言に入ってきた声。

 がばっと身体を起こし声のする方を見てみると、そこにはマグカップをふたつ手にした彼がいた。

 その姿を見た瞬間、ただでさえ悪いであろう顔色が真っ白になるほど血の気が引くのがわかった。

 


 終わったな。私。



 そう思った次の瞬間、マグカップをサイドテーブルに置いた彼の温まった片手が自分の頬に添えられた。


 驚いて一言も発せないでいると、頬の手はそのままにゆっくりとした調子で彼が話し始めた。



「びっくりしたよ。急に倒れるんだもん。もっと早く具合が悪いって言ってくれればよかったのに。それだったら無理にあんなところ行かずに済んだんだから」


「でも…」


「でもじゃない。本当は来たときからもう体調悪かったんでしょ?なんで言ってくれなかったの。そんなに今日のデートどうでもよかった?」



 適当に相手してれば一日終わるでしょ、とか考えてたんでしょう。

 あまりの言い分に驚き、思わず私は言い返していた。





「そんな…適当になんて思ってなかったです!」


「じゃあなんで教えてくれなかったの?」


 にっこり笑顔の彼だけど、私にはわかる。いつもの爽やか笑顔と違い、これはあれだ。完全に怒ってる顔だ。




「…せっかくのデートなのに、雰囲気悪くしちゃうと思ったので」


 意を決して本当のことを伝えると、頬に添えられていた手がむにっと頬をつまんだ。


「いひゃっ!いひゃいでふ!」


「君はそうやっていつもいつも…!もっと俺をわかってよ。そんなことくらいじゃ嫌いになんてなれないから」


「はひ…はひ?」


 言われたことが理解できず戸惑う私。

 だってだって。


「わかって…わかってますよ?だっていつも爽やかで優しくて…」


「いや、わかってないね。どうせ俺が君のこと好きだっていうのも、本当には信じてくれてないんだろう?」


「それは…」


 否定できないかもしれないです。と言える空気でもなく。

 しかし、答えに詰まったことで彼にも伝わってしまったらしく、大きなため息をつかれてしまった。




「はぁ…俺があんなにアプローチしてようやく付き合えたのに。これでもまだ駄目なのか…」


「いや、あの、だってこんな私ですよ?いいところなんてないネガティブな…」


「…これを言うと引かれるかと思って黙ってたんだけど」




 そう前置きを置いた彼は、私の頭を自分の胸に抱え込んで続けた。


「君の凛とした佇まいが素敵。声も低めでセクシーで、制服姿みながらいい身体してるなって。動ける格好って言ったらミニとか履いてきてくれるのかなーって期待したりとか」


 ね?俺、見た目みたいに爽やかじゃないでしょ?現に倒れたからって自分の家に迷わず連れてきてるしね。






 聞いているうちにだんだん頬が赤くなってきた。ある意味抱き寄せられていてよかったのかも。

 出来たらもうしばらくこのままで…




「で?次は君の本音を聞かせてもらえると嬉しいんだけど?」


「わ…私のですか?」


「うん。こんな俺だってわかっても嫌いにならないか。あと、その体調不良の原因とかね」


 ふわふわした気持ちが一瞬で冷めた。

 いや、前者は即答できるんだ。後者ですよ後者。

 こういうことって言っても大丈夫なの?それこそドン引き間違いなしなんじゃないの?

 もしくはそれこそ「こんなことくらいで」って言われるんじゃないの?



 どうしようどうしよう。

 答えが出ずにふと視線を上げれば、眼鏡の奥にちょっと不安そうな瞳が揺れている彼。

 あいかわらずかっこいい!じゃなくて。彼ももしかして、私みたいに不安なんだろうか。



 そう思ったら、するりと言葉が出てきた。




「あの、あなたのことは絶対に嫌いになんてならないです。だって私にもったいないくらいの素敵な人だってわかったので」


「本当に?さっきの聞いてもまだそう言える?」


「それは…あの…」


 嬉しかったので…という言葉はかなり小さい声になってしまった。

 聞き取られるのも恥ずかしいけれど聞き返されるのもちょっと無理!と思って彼を伺うと、彼の頬も赤く染まっているのが見えた。



「そっか…それはよかった」


「はい…あと、えっと、体調不良のことなんですが、言わないとダメですか?」


「うーん、なんとなく予想ついてるんだけどね。風邪とかインフルとか、そういうのじゃないよね?」


 もしかして、定期的なあれですかね?

 耳元に口を寄せてこしょこしょ聞かれたので、私も同じように耳元に口を寄せてお答えした。










 結局、彼は思っていたより何倍も素敵な彼だった。


 どうやら彼の妹さんもよく同じような状態になっていたらしく、「辛さがわかるわけじゃないけど辛い人がいるっていうのはわかってるから」と言ってくれた。

 下手に知ったかぶりされるよりもありがたい。心からそう思った。


「とりあえず身体温めたほうがいいと思って」とホットミルクを用意してくれたり、暖かな毛布を用意してくれたり。

 気休めでもこれだけ大事にしてもらえるとなんだか調子がよくなってきた気もする。そう思うとまた痛みの波が押し寄せるので、結局はベッドとお友達のままだが。


「あとはなにか欲しい物ある?」と言われて、言いたいことがあったがさすがにそれはと思いぐっとこらえる。

 しかし、そんな仕草もばれていたようで、「何かあるならさっさと言いなよ」とにやにやして言われた。くそう、にやにやしててもイケメンはかっこいいな。



「あの…できたらお腹に手を当ててほしいんだけど…」

 おそるおそる告げてみる。

 さすがに手もつないでない状態で言い出すことじゃなかったか…!でもさっき頬に手当ててもらってたときすごく安心できる暖かさだったから!


 最初はびっくりしていた様子の彼だったけれど、すぐににやりと笑ってベッドの布団に手をかけた。

「そっかーそういうこと言ってくれるのか。じゃあ遠慮なく!」

 お邪魔しまーすという声と一緒に、するりとベッドへ入ってくる彼の身体。

 え?ちょっと!?と慌てていると、背中からお腹へその長い腕をまわしてくれた。

 手のひらを私のお腹にセットし、「さすった方がいい?そのままの方がいい?」と聞いてくれる。なんでそんな無駄に余裕があるの…!


「とりあえず…そのままで…」

「お、素直でよろしい」

 くつくつと後ろで笑う気配がする。だって本当にあったかくて気持ちいんだもん。

 恥ずかしいけど、それ以上に人のぬくもりって安心するんだなぁと実感する。

「はー…極楽…」

「極楽でしょう?ついでにもうちょっとこっちくっついてくれてもいいんだよ?」

 言われるがままに背中を彼にぴとっとくっつけるべく身体を移動させる。

 くっつけた瞬間びくっとしたようだったけど、あまりの温かさにもはや思考停止寸前の自分がいる。


「ありがとう…すっごい安心できるし痛くなくなってきた…」

「そっか。出来たらもうちょっと意識してくれると嬉しかったけど…まぁ起きてからのお楽しみかな」



 遠くで聞こえた彼の声を最後に、再び私の記憶は途切れた。

















 結局そのまま寝てしまい、起きたのは夕方6時頃だった。

 初デートで彼氏の家で爆睡って!しかも彼氏と一緒のベッドとか!と回り始めた頭でパニックになっていたら、後ろの彼が「やっといい反応が見れた」と小さくキスをくれた。



 その後も彼に甲斐甲斐しくお世話された私は、初めてのデートで彼の家にお泊りし、休み明けには彼と一緒に出勤するという羽目になってしまったのだった。

 



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