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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

超人のサイバーキラー

作者: テイク

サイバーパンク練習作品。

 鉛色の雲が空を覆い尽くした灰色の都市ハイヴ・ノヴァ。その都市の通りを寄れたシャツに、着ている者のセンスを疑うような極彩色のベスト、それらを覆い隠すシックなコートを羽織ってロイドは歩いていた。

 ミラーシェード越しに見える通りは相変わらず華やかだった。摩天楼の間を縫うようにさながら迷宮が如く敷設された道を覆い尽くすように学生や企業就業者(サラリーマン)、アンドロイド、またはそれらが乗る多くの車両が行き交っている。


 どこの表通りもネオンで華やかだ。色鮮やかなネオンが煌めき、企業の広告表示(ホログラム)からは華やかな音声データと視覚データが常に発信されている。

 しかし、一歩裏通りに入れば、全てが灰色と黒に染まる。そこはさながら別世界だった。塵や誰かの吐瀉物で汚れている。浮浪者やガラの悪い男や艶やかな情婦で溢れかえった不衛生的な通りがそこにはあった。


 ここは繁栄の裏側。無職と浮浪者と電脳侵入者(クラッカー)薬物中毒者(ドラッグジャンキ-)等犯罪者の巣窟だ。

 表沙汰になることのない都市の裏側。最新の都市でなぜこのような通りが残っているのか。簡単である。需要があるのだ。


 何事にも存在するというからには需要がある。無意味なものなどなく、存在するというのならばそこには何かしらの明確な意味があるのだ。

 たとえば、ここならばそう無法地帯であることの需要だ。人の目の届かない裏通り。都市の暗がり。ここを必要とする者は多い。


 政財界の大物から企業の重役、有数の資産家。社会の上位ヒエラルキーを持つ者たち。そういった者たちにここは必要とされている。

 無論、ヒエラルキー下位の者たちにとってもここは必要とされる場所だった。だからこそ、都市政府ですら何もないと暗黙の了解の下残されている。


 この世界の先端をゆく未来都市とすら謳われる街の裏側だ。表通りからそんな通りへとロイドは躊躇いもなく入って行く。磨かれた革靴が汚れるのも厭わずに通りを歩く。


「あらん、ロイドさん、今日はどぉ?」


 見知った娼婦が声をかけてくることもあれば、


「今回の仕事(ビズ)も最高だった。次もよろしく頼む」


 強面の全身義体(サイボーグ)が、笑顔を向けてくることもある。ここはロイドにとっては慣れた場所であるという事。彼はそれらを手で軽くあしらいながら歩く。口を開く事はない。

 目指す場所は、このハイヴ・ノヴァの一角に存在する雑居ビル。隠れ家の一つ。ロイドの仕事の事務所でもあった。


「あらぁん、ロイドちゃんじゃなぁーい。どぉ? 寄ってかない?」

「勘弁しろ。俺にそっちの趣味はない」


 雑居ビルに同居しているオカマバーの看板オカマが、流し目を使ってくる。女と大差ない、いや、むしろ女よりも女らしい、理想の外見は全身義体だから。

 あっちの行為も出来るとあって、人気がある。無論、男の方もつけているので、どっちにも対応が可能という話だ。


「もぉ、いけずぅ。ああ、そうそうお客さん、来てるわよぉ。きっと事務所で待っているわぁ。可愛らしい女の子よ。あたしには負けるけど」

「はいはい」


 そうだな、と気の抜けた声で返事をしてロイドは階段を上がって行く。いまどき自動化もされていない階段なのは、ここら一帯がこのハイヴ・ノヴァ建造当時に作られ人工増加と共に開発された新区画に埋もれるようにして存在する放棄区画であるからだ。

 都市政府によればここは存在しない区画となっている。ゆえに、無法地帯として何かの目的で使われている。難民が勝手にすみついたり犯罪者が根城に使ったり、あるいは政府高官の不倫の為の場所とか色々だ。


 典型的な都市の暗がり。ただし、ここはその端も端であるゆえにまだそこまで酷い有様ではない。少なくとも、女が通りを歩くだけで襲われることは三回に一回程度に減るし、財布を盗る為に腕事持っていくような奴らもいない。せいぜい指ごとくらいだ。

 そんな感じに他と比べてここは随分と平和な場所だ。表の人間からしたら平和じゃねえだろと言いたくもなるが事実、比べて平和なのだから仕方がない。


「帰ったぞ~」


 雑居ビルの二階。二十世紀を再現したというその建物の一番端の扉を開きながらロイドはそんな言葉を吐いて中を見渡す。

 普通の事務所だ。一応。合成革を使われた安物ソファーが二つに、合成樹脂製テーブルが一つ、その間に置かれている。あとは、棚がいくつかと割れた窓際に置かれている錆びかけの鉄製デスクが一つ。


 殺風景だ。壁がひび割れて何等かの紋様を作り出している以外におかしなところはない。――いや、あった。扉側のソファーに女が座っていた。

 女と言ったが少女と言った方がいいだろうか。それくらいの歳だ。まだ幼さが残る。そんな少女は、ロイドが帰ってきたのがわかると、くるりとロイドの方へと向き直り、スカートのすそをつまみ、古風な礼をしてみせた。


「お帰りなさいですわロイド様。空いていたので待たせてもらいましたわ」


 そこから溢れるのは気品だった。普通の人間が出すことの出来ない生来の気品。青い血(ブルー・ブラッド)の系譜。

 いうなれば、貴族とかそう言った連中の系譜。もっと簡単に言うならばお嬢様という奴だ。黒と白のドレスにお綺麗なお靴を履いている。


 どれもこれも、天然素材を使った最高級品だ。ロイドの合成リサイクル品とはわけが違うもの。見ただけでそのつくりの素晴らしさと職人技ともいえる丁寧さが見て取れる。

 それにしても随分と腕のいいデザイナーにでも当たったのだろう。少女はとても美しかった。豪奢な金髪は、さながら金糸のようであるし、瞳など高純度の澄んだサファイアのようだ。


 声もまた良い音声データを使っているようで、鈴が鳴ったように生着心地が良い。人を惹きつける声とでも言おうか。


「…………」

「あの? どうかなさいました?」

「いや、なんでもない」

「?」


 少女は首をかしげてぱちぱちと瞬きした。


 思わず値踏みしてしまったとは言えないだろうとか思っていると少女の瞬きに気が付いた。サイボーグは瞬きをしないし、する必要がない。

 より精巧を求めるならそこも重視するような奇特な輩がいるが、そんなものは少数派であり普通は瞬きという機能を付けない。いらないのだ。


 ある予感がしてロイドは聞いてみた。


「……間違っていたら悪いんだが、あんた、生身か?」

「? ええ、そうですわよ? それが何か? あなたもでしょう?」

「……いや、なんでもない」

 

 このご時世になんと 少女は生身(生もの)だった。天然生来そのまま。電脳化くらいはしているだろうがあとは純百パーセント生身だろう。実に珍しいことだった。

 よほど貧しくなかったり、何等かの特別な理由が無い限り大概の人間は義体化する。普通よりも力が出るし、何より怪我や病気の心配がないからだ。遺伝子情報さえ登録しておけば子供をつくることも出来るからやらない理由はない。


 だが、この少女は生身。非常にレアだ。それでいて、全身義体に劣らない容姿を持っているのは、血統のなせる業なのか。少なくとも、そこらの奴らよりは良い生活をしているというのもあるかもしれない。

 そんな少女がなんでこんな場所に来たのか。まったくその理由がわからないが、ロイドは少女の対面になるようにソファーに腰かける。それを見て、少女もまた対面のソファーに腰かけた。


「さて……じゃあ、単刀直入に聞こうお嬢ちゃんはどこの誰で、何をしにここに来た」

「テレビ見ませんの? (わたくし)けっこう有名だと自負しているのですけれど」

「生憎、テレビとかメディアの情報は信用しないから見てない。自分で見たもの、調べたものしか信用しないようにしていてな。だから、知らないことは知らん」


 電子データやネット上にあげられた情報の書き換えや改ざんなど誰にでも出来る。このご時世少し腕があれば簡単だ。ゆえに、自分で調べていない他人が発信する情報は信用しない。

 それがロイドのスタンスだった。例え、自分が扱うのが、そのデータや情報に関係した電脳関係の仕事だとしても、だ。


「なるほど……参考になりますわ。ふふ、では、自己紹介から致しましょう。(わたくし)は、リヴィア・アーノルドと申します。サイバネティクスの大手企業アーノルド・サイバネティクスを取り仕切るアーノルド家の令嬢、と言えばおわかりになるでしょうか?」

「ああ、聞いたことはある」


 そこまで言われれば、ロイドでもわかることはある。アーノルド・サイバネティクス。電脳関連の企業の中でも最大手と言える企業だ。

 電脳化技術、電脳インプラント、電脳空間(サイバースペース)に関連した多くの企業連共有特許を持つまさに大企業だ。その令嬢とあれば、確かにお嬢様には違いない。


 そんな義体技術の大手ともいえる企業のお嬢様がまさか生身とは思わなかったが。いや、一つ可能性がある。

 デザイナーチャイルド。遺伝子をいじくり回し才能をデザインされた子供のことだ。義体の普及とともに衰退した技術の一つではあるが、今でも優秀な子供が欲しいと言って行う者は少なくないと聞くが、もしかしたらそうなのかもしれない


「それで、そんなお嬢様がこんな世紀末みたいな場所に何の用だ?」

「あなたを特A級、魔術師(ウィザード)クラスのハッカーと見込んでの、仕事の依頼ですわ。現在、アーノルド・サイバネティクスは、体制交代がありましたの。簡単に言えば、(わたくし)の父が叔父に殺されまして、今や我が社は叔父の物になってしまいました」


 そこから聞かされたのは良くある話だった。所謂内輪もめ。身内関係がこじれて凶行に走ったというべきか。

 アーノルド氏は、自社を未だ成人すらしていない娘に譲り渡そうとしていたのだ。叔父としては気に喰わないだろう。


「……内輪もめに巻き込むのはやめてくれよ」

「あら、それはごめんなさい。でも、もう遅いと思いますわよ? (わたくし)がここに来たのは既にあちらにバレているでしょうし」


 道理でロイドが敷設したアナログな警戒網に何かが引っかかっているわけだ。


「勘弁しろよ。ということはなにか? その叔父がお前の親父を殺した証拠でも見つけろっていうのか?」

「いえ、違います。父が死んだことはまあ、悲しいですが、どうでもいいです。ただ、取り戻したいものが、あるのです」

「何だ?」

「それは言えませんが、データであることに間違いはありません。我が社の独立(スタンドアローン)情報記憶構造体の奥底に眠っているデータ。それを叔父が解析する前に手に入れてほしいのです。ついでに、叔父の追撃からも守ってもらえると嬉しいですね。そこにはおそらく叔父の犯行データもあると思いますし」


 リヴィア曰くアーノルド氏は、社内盗撮が趣味だったようで、至る所に設置された監視カメラの映像を自分のサーバーに送っていたらしいのだ。

 それも手に入れれば犯行が明るみになり、追撃もなくなるだろう。そう彼女は言った。それからお茶が欲しいのですが、と言ってきたのを無視してロイドは考える。


 非常に断りたい類の依頼だった。情報を抜くだけならばまだしも独立している情報構造体への潜航(ダイブ)など、現場に行かなければ話にならない。

 それはつまり、厳重な警戒を敷いているだろうアーノルド・サイバネティクスのサーバールームまで侵入して、敵を押しとどめつつ侵入(ハッキング)を仕掛け、データを抜かなければならない。


 どう考えてもリスクが高すぎる。だが、受けないわけにはいかなかった。もはや考える余地などなかったからだ。

 鋭利な刃物が振るわれたような音を聞く。高振動における物体振動の擦過音と高熱による溶断音。その瞬間には壁が斜めに切り取られ、するりと落ちたのだ。


 ただ一つ、この事象を起こせるものをロイドは知っている。高周波振動によって切れ味を増し、発生した熱によって溶断することでありとあらゆる全てを斬り裂く高周波ブレード。それも巨大な対艦船を想定した軍用モデル。

 これだけの性能を発揮するものはそう多くない。ビルをそのまま切断するくらいのことを行うならばおそらくはヘカトンケイルと呼ばれるものだろう。企業連合体の中でも軍需メーカーとして名高いライデンシャフト・レーベン製の全身義体(サイボーグ)用兵装。


 ロイドの予測は正解であり、超巨大な刀身を備えた稼働状態で赤熱したそれを引っさげたサイボーグが事務所へと降り立った。

 カーボンナノチューブ筋繊維を剥きだしにしたかのようなフォルムの軍用サイボーグ。通常のサイボーグのニ、三倍はあるガタイに軍用の多機能ゴーグルをつけた姿はまさに戦士だ。


「あらあら、随分と明るくなりましたわね」

「舐めてやがる。さっきの一撃で殺せただろうに」


 頭上を抜けて行った刃に対して、感心したような声をあげるお嬢様は放っておいて、ロイドはソファを盾に伏せていた。

 その手にはコートの胸に隠していた拳銃を抜いている。巨人殺し(ジャイアントキリング)。通称GKとも呼ばれ、時代を逆行したリボルバーとしても有名だった。


 その名の通り巨人のような存在だろうとも殺せるという威力を持つという触れ込みの拳銃だ。時代遅れの回転弾倉式(リボルバー)ではあったが、ロイドはこれが気に入っている。

 なぜならば――、


「耳塞いで伏せてろ!」

「はい、ですわ」


 言われた通りにリヴィアが耳を塞いで伏せたのを確認して、引き金を引いた。轟音が鳴り響き、弾丸は真っ直ぐにサイボーグへと向かう。

 それは避けようともしない軍用サイボーグに直撃し、吹き飛ばした。驚愕の表情を向けるサイボーグ。そこにもう一発、今度は腹ではなく頭に叩き込んでやる。


 脳みそごとサイボーグの頭部が爆裂した。サイボーグの特殊電解溶液である白い血液(ホワイトブラッド)が撒き散らされる。

 これがGKをロイドが愛用している理由だった。触れ込み通りの威力。専用の弾丸を使えば、軍用サイボーグですら吹き飛ばし破壊すらしてみせる。


 その理由は、巨大な銃身にある。電磁加速機構を備えた銃身。備え付けられたバッテリーから電力を供給し、あとはフレミングの法則にしたがって弾丸を加速させる。

 それを最高効率と最短距離で成し遂げたのがこのGKなのだ。火薬炸薬式加速と合わせの二段階加速それによって凄まじい威力で敵を撃滅する。


 人間が扱う代物ではない。しかし、だからこそ、彼は愛用しているのだ。


「す、すごいですわね」

「行くぞ、次が来る。依頼は受けるしかないからな。報酬だけ支払う用意をしてくれ」

「ええ、もちろん」

「安心しな。受けるならきちんと最後までやってやるさ。俺たちの仕事は完璧だ」


 そう言って、ロイドは走り出した。リヴィアは彼の最後の発言について聞こうとしたが、敵の追撃があった為に黙るほかなかった。


「アームスーツかよ。どんだけ狙われてるんだよ」


 サイボーグの次はアームスーツ。人型兵器の一種であり、人が着る小型戦車と言ってもいい。市街地など狭い場所で使うこと前提の代物であるが、火力は人間相手ならば十分すぎるほどだ。

 そんな軍用兵器の博覧会かよとでも言わんばかりに、上空から投下されてくる。一企業が持つ戦力としては多少過剰とも言えた。


「ま、まあ、一大企業ですから、い、色々とあるんです、わ」

「どこもかしこも黒いったりゃありゃしねえ。てか、抱えられ慣れてるなおい」

「拉致られ慣れているので」

「大変だな」


 そう言いながら、停めていたバイクに飛び乗って裏通りを走る。騒ぎを聞きつけたのか野次馬根性を発揮しようとする者たちはいない。

 命あっての物種だと誰もがわかっている。ゆえに、さっさと引っ込んでいるわけだ。あれほどいた浮浪者たちはおらず。娼婦も、ゴロツキも消えている。あるのは汚れくらいだ。


 そんな通りを縦横無尽にロイドは駆けまわっていた。アームスーツでも入れない狭い通りを進み、追ってくるサイボーグを時折迎撃しながらロイドは走り続けた。

 長い追いかけっこの末、ロイドは彼らの追撃を撒くことに成功する。全てのアームスーツやサイボーグがハッキングを受けて行動を停止させられたからだ。


「さすがは、特A級のハッカーですわね」

「……まあ、そうだな。来い、時間がないからな。このままいく。どうせこれも時間稼ぎだ」


 どこか歯切れの悪い返事をするロイド。それについて首をかしげるリヴィアであったが、聞こうとすると舌を噛みそうなのでやめておく。

 最終的にロイドがバイクを止めたのは地下へ続く階段の前だった。ロイドの隠れ家(アジト)の一つであり、本拠地でもある。


 裏通りの奥にひっそりと存在する地下への道。元はバーやクラブの為の場所だったものだ。隠れているし、使い勝手も良いとあれば使わない手はない。


「さて、入る前に電脳を自閉モードにしろ」

「なんでですの?」

「言うとおりにしろ。理由は、入ればわかるがプライバシーを確保したいのなら自閉モードにすることをオススメしておく」

「わかりましたわ」


 リヴィアが電脳を自閉モードにするのを待ってから中へと入る。


「帰ったぞ」

「……おにぃ、遅い」


 中は暗い。だが人がいないわけではないのだろう。ロイドの声に反応が返ってきた。綺麗な女の声だ。不機嫌を隠すことなく告げられる。

 リヴィアがロイドの背から部屋の中を覗き込む。暗がりに潜む誰かを見ようとする。それと同時にロイドが部屋の電源を入れた。


 明かりが部屋の中を満たす。散らかった部屋だった。服がそこら中に脱ぎ散らかされており、合成食品のパックが散らばっている。

 デリバリーピザの箱なんて詰みあがって山を形成しているし、缶詰や飲料の空き缶なども無造作に床にばらまかれていた。


 あるのはソファと、クラブの頃の名残であろう家具類。それらは全て壁際に寄せられベッドらしきものを形成されている。

 先ほどの女の声の主はそこにいて白いシーツにくるまっていた。少女だった。ただし、


「え―――」


 そこにいたのは普通の少女ではなかった。外見などは少年のようなフード付の服を着てはいるものの一見して普通の少女に見える。だが、頭頂部には耳があった。猫のような三角の耳。

 それだけでなく、腰のあたりからは尻尾が生えているようであった。まるでフィクションの獣人のような容貌の少女であった。


「……なにです?」


 少女の方も見ていたの、リヴィアが見ているのに気が付いたのだろう。リヴィアの方に視線を向けてロイドに問う。


「依頼人だよ」

「……ここに連れてきた、なら厄介ごとですか、おにぃ」

「悪いな、色々あったんだよ。てか、わかってんだろ。ただ助かったよ。お前のおかげでここまでこれた」

「面倒だったのです」


 非難する視線。だが、ロイドは気にせずぽんぽんと頭を撫でてやると、むすっとしていた表情が和らいでいく。


「えっと、あの? そちらの方は?」

「ああ、俺の妹のノインだよ。礼を言っておけよ。こいつのおかげで、俺らは逃げて来られたんだからな」

「まあ、では、あのアームスーツたちへのハッキングはあなたが?」

「……そう。おにぃ、ハッキングもなにも出来ないから」

「え? それってどういう」


 リヴィアが問うが、ノインは答える気がないらしく、だらりと寝転がる。代わりにロイドが答えた。


「そのままだよ、そもそも俺電脳化すらしてねえ」

「はいぃいい!? ちょっ!? え、それ、本当ですか!?」

「うるせぇな、本当だよ。特A級なのは妹の方。ただ、こいつは面倒くさがりでなぁ」

「おにぃ、ほどじゃない」

「へいへい。面倒事が多いから俺が表に出ることにしてるんだよ。こいつ、こんななりだからな」

「は、はあ」

「っと、そんなことしてる場合じゃない。行くぞ」

「や」


 しかし、ノインが拒否する。


「あのなぁ、独立型端末なんて、俺がどうこうできるわけねえだろ。お前をもってかねえと」

「や。外出たくない。働きたくない」

「おまえなぁ。まあいいや、行くぞ。これは決定事項だ。あと、数分で多分ここに敵さんが来るだろうからな」

「むぅ……」


 拒否しても無駄だと悟ったのだろう。無表情に更に暗い影を落としながら、ノインは両手を伸ばした。だっこしてということなのだろう。

 ロイドは脇の下に両手を入れると抱き上げる。荷物を抱えるように肩に載せると彼女にフードをかぶせた。それから色々とあって唖然としているリヴィアに向き直る。


「さて、今から本社に乗り込む。良いか?」

「え、あ、ええ、任せます、けど。大丈夫なのですか?」

「問題ない。さっと言って、データを抜き取って終わりだ」


 本当に大丈夫なのだろうかそう思いながらロイドとともに外に出る。その瞬間、数十を超える銃口に出迎えられた。


「あらら」


 三人を取り囲んだサイボーグとアームスーツの一団から一人スーツの男が現れる。


「手間をかけさせてくださいましたねお嬢様。さあ、帰りましょう」

「いやよ。帰ったらきっと怒られますもの。行きましょう」

「そうですか。では――」

「ノイン」

「…………」


 男が手を挙げた瞬間、ロイドの言葉にこくりとうなづいたノインが気だるげに己の権能を振るった。ノインという少女に許された。ただ一つの権能。

 ノインの意識が一瞬にして、三人を取り囲んでいる一団の電脳へと侵入を果たす。防壁(ファイアーウォール)などあってないようにノインは誰にも気が付かれることなく中枢へと侵入を果たしていく。


 思考を分割して、同時に全ての人間の電脳へと侵入していた。


「にゃ~」


 気だるげに鳴きマネをして、全ての身体の制御を奪っていく。


「な……に!?」


 男は挙げた手を降ろせなくなり、取り囲んだ一団はもはや動くことすらできない。


「ほれ、行くぞお嬢様!」

「は、はい!」


 突然の状況変化についていけないながらも、ロイドの言葉に従ってリヴィアも言われるままにサイドカー付きのバイクの後ろへと乗る。ノインはサイドカーに押し込まれ、急速発進。

 大通りへと抜けた。汚い裏通りから表通りへ。背後を追ってくるのは武装ヘリ。


「おい、あれ最新の無人ヘリじゃねえか?」

「は、はい、昨日納品されたばかりの森崎重工製の近接ヘリですわ!」


 ローター自体が高周波ブレ―ドであったり、というかヘリ自体がブレ―ドであったりするおかしな突撃ッ強襲用ヘリ。

 設計思想はとにかく突っ込んで斬る。ただそれだけのシンプルな兵器だ。


 それだけに、厄介だった。


「あちらさんの方が早いからなぁ」

「ちょっ! どうするんですの!?」


 このままでは突撃されて細切れになるだけだ。


「ノイン」

「むぅ、おにぃがやって」

「俺は運転中だ」

「むぅ……にゃぁ~」


 軍用ヘリの強固な防壁すらものともせずにノインはヘリの制御を奪い取る。あとからやってくる武装ヘリに向けて突撃させて、追手を振り切る。

 その間にロイドたちはこのハイヴ・ノヴァに張り巡らされた高架ハイウェイを直進していた。目の前には巨大なビルが聳え立っている。アーノルド・サイバネティクス本社ビルだ。


「サーバールームは?」

「さ、ええと、最上階に」

「了解、んじゃ、しっかり掴まってな」

「ちょっとおお!?」


 突然の加速に振り落とされそうになったリヴィアは文句を言うが、そんなの聞く耳持たんとばかりにロイドは二輪を加速させていく。

 迫りくる障害の全てをノインが排除して、ガラスを突き破ってアーノルド・サイバネティクス本社ビルへと突っ込んだ。


 敵の本拠地。盛大な歓迎を想定していたのだが、そこには何もなかった。誰もいない。敵もなければ罠もない。最上階直通のエレベーターがただその口を開いていた。


「明らかに誘っていますわね」

「そうだな」


 関係ないとばかりにロイドはノインを抱えてバイクから降りるとエレベーターに乗る。リヴィアもまた同じく。数秒のうちに三人は最上階のサーバールームへと辿り着く。

 三枚の物理防壁の門を抜けると、中央に直方体のサーバーが置かれた広い部屋へと辿り着いた。あとはあのサーバーに接続しデータを抜き取るだけ。


 だが、ロイドはエレベーターから降りてからただ一点を見つめていた。床。そこに刻まれた紋章を。


「おにぃ」

「ああ、見つけた」


 その瞬間、ゆっくりとした拍手の音が響き渡った。


「いやぁ、ごくろうごくろう」


 それと同時に響く男の声。


「叔父様、なぜここに。他の従業員はどうしたのですか」

「うん、皆殺したよ」


 ひょうひょうと響く男の声。好青年のようにも見えるが、その目は一切笑ってなどいなかった。


「いやぁ、それにしても君たち二人は凄いね。特にハッキング能力! どうやっているのかなぁ。これでも最新鋭の電脳関係の会社だよ? 防壁はだいぶしっかりつくったはずなのにさぁ」

「教えるとでも? それよりだ、その床の紋章、お前、錬金術教団の関係者か」

「あれ? 知っているのかい? うん、そうだよ。黄昏の夜明け。そういう名の教団の一員だとも。偉大なる錬金術教団のね。もちろん、兄さんもね。だけど裏切った。だから、殺した。そして、よりにもよってあの成果を君に隠したとほざいた」

「何の話ですの?」


 リヴィアには一切理解が出来ない。そもそも、錬金術教団とは何だという話だ。ロイドは何か知っているようだが、


「これから死ぬ君に話しても無駄だろう? 手早く行こう。今日は君の誕生日であり、死ぬ日なのだから――」


 その瞬間、男の身体がはじけ飛んだ。内側からぼこり、ぼこりと肉が盛り上がる。皮膚が膨張して裂けて中の何かがはみ出してくる。さながらそれは脱皮のようであった。

 人間の身体を捨てて、新たな何かに生まれ変わるかのように男であった何かは、人ではなくなった。異形。化け物。怪物。そんな名が正しい姿へと変貌する。


 変化はそれだけにとどまらない。醜悪で不定形の肉の塊のようなそれは、先ほどとは逆に凝縮していく。形作られるのは人の形だ。ただし、異形であることにかわりはない。

 角や羽根。古の悪魔のような姿へと変わる。


「見るが良い。これぞ、錬金術教団の成果だ。完璧な人間への一歩としての悪魔への変態。お前たちは、偉大なる教団の成果に殺されるのだ。光栄に思うが良い」

「ノイン、お前はお嬢様と一緒にデータを取ってろ。俺があれの相手をする」

「……うん」


 ノインがリヴィアの手を引いて、サーバーへと歩いていく。足取りは軽く、何も心配がないというように。

 歩く二人に悪魔となった男がその巨大な爪を振るう。しかし、それが二人に届くことはない。


――轟音が響き渡った。


 GKの弾丸が悪魔の爪を弾く。


「その二人を殺すなら、俺を殺してからにしてくれよ」

『良いだろう。我が偉大なる錬金術の成果の前に死ぬが良い!』


 振るわれる爪。しかし、その全てをロイドは躱していく。GKで逸らす、先読みをする、あるいは閃光弾を用いて振るわれる爪をロイドは躱す

 それでも、傷を負わないわけではない。当たりはしないが、振るわれた爪が大気を引き裂いて、その風の刃がロイドに傷をつけていく。


 悪魔にGKは通用しない。弾くだけだ。巨人を殺せる一撃ですら、通用していない。


「大丈夫なんですの」

「……だいじょうぶ」


 尻尾を使ってサーバーに接続しながら、ノインはそう言い切った。やられている兄を前にしながら通常と変わらぬ暗い雰囲気のまま、彼女はそう言い切る。


「ですが」


 リヴィアにはどう見ても、大丈夫には見えなかった。攻撃は通用しない。傷は負っていく。これではいつか必ず負けてしまう。

 そんな彼女の考えを読んだのだろう。ノインは言った。


「……だいじょうぶ。おにぃは、超人だから」


 その時、GKのものではない轟音が響き渡った。


『な、にぃ!?』


 響く悪魔の驚愕。振り下ろされた爪がへし折れていた。ロイドは無傷。拳を振りぬいた姿勢。つまり、彼が爪を拳でへし折ったということ。


「驚くことじゃないだろ。次は、こっちの番そういうことだ」

『ありえない! ただの人間が、この私の人間を超えた私の攻撃を喰らって無傷など!』

「目に見えているものが真実だ。受け入れろよ。さて、一つ聞くぞ。お前は、俺が何か知っているのか」

『知るか! お前はいったいなんなんだ!』


 拳を握るロイド。その身に刻まれた傷が急速に治って行く。


「外れか。まあ、悪魔になるような奴だからな。知らなくて当然か」


 合図のようにそう言って、彼はミラーシェードを外した。悪魔が驚愕する。


『それ、は!』


 妖々と輝く、赤い眼孔。轟音と共に振るわれる拳が悪魔を捉える。ただの一撃、その衝撃は巨人殺しの一撃よりも強い。

 それによって、悪魔になった男の意識は目覚めることのない闇へと堕ちて行った。


「……はい、データ」

「ええ、確かに」


 記憶保存媒体に保存されたデータを受け取って、リヴィアはあらかじめ用意しておいた報酬を手渡す。


「…………貴方方は一体、なんなのですか」


 異形の悪魔を素手で倒した男と、超常のハッキング技術を持つネコ耳の少女。あきらかに普通ではない。


「それは俺が知りたいね」


 ミラーシェードをかけ直したロイドはそう言う。つまり、なにもわからない。わかっているのは、ただ錬金術教団とやらが関わっているということだけ。


「これからどうするのですか?」

「お前さんこそどうするんだ?」


 会社の責任者はいなくなった。新しい責任者になるのは必然的にリヴィアとなるが、


「どうもこうもありませんわね。会社経営なんてやりたくないですし。面倒なことに従業員も皆殺しにされてしまったようで警察も動いてるみたいですし」

「まあ、頑張れ。報酬も頂いたし、帰るわ」

「少しは手伝うとか言ったらどうですの?」

「報酬次第だな」


 はあ、とリヴィアは溜め息を吐いた。


「面倒ですわぁ」

「……おにぃ、だっこ」

「へいへい」


 そんな彼女の呟きを聞こえないふりして、ロイドはノインを抱える。それを見て、


「……よし、決めましたわ! 私もあなたについて行きます!」

「はあ?」


 何言ってるんだこいつ? といった表情のロイド。


「私も錬金術教団とやらに興味が出ました。父が関わっていたというのなら、知りたいですし。何より、このままここにいると面倒ですし。貴方方について行った方が面白いでしょう? ポケットマネーはたんまりとありますので、スポンサーとして協力させていただきますわよ」

「おにぃ、お金大事」

「そうだなぁ、ただし自分のことは自分でやれよ」

「もちろんですわ」


 そういって歩いていく二人をリヴィアは追った。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「そう言えば、抜き取ったデータってなんだったんだ?」

「子供の頃のはずかしエピソード写真集ですわ。父がつくってあったを視られるわけにはいきませんから」

「…………」


じっくりとやってみたい設定でしたが、時間もないので短編として出してみることになった作品です。

もっと実力がついたら連載でやってみたいですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちはK島です。 1万字越える作品で、なおかつ描写も充分にされているにもかかわらず、ものすごくスラスラと読み終わってしまいました。 幾つかのツボも押さえていて、そしてよくまとまっている…
感想一覧
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