最終話【最後の挑戦】
悪夢の結婚披露宴から数週間後、森ひろしは東北の田舎町にきていた。そこで開かれる盆踊り大会にそなえ、森ひろしはいつもの衣装、いつものメイクでぴしっときめた。
そして森ひろしを誘ったあの老人がマイクで紹介する。
「えー、みなさん、これから東京からやってきたスペシャルゲストがものまねショーをやりますじゃ。森ひろしさんでーす!」
森ひろしは右手にマイクを握り締め、盆踊りの矢倉のステージに立った。
すべってもいい、反応がなくてもいい、野次を飛ばされてもいい、オレにはこれしかないのだから!━━森ひろしは【おふくろさん】と【よこはま、たそがれ】を芸人人生で最も力強く熱唱した。
終わると、森ひろしは町内のおじいさん、おばあさんたちから盛大な拍手を送られた。夢ではない。無論、ドッキリでもない。『すごく似ていたぞ』『ありがとう』という意味での拍手だ。
これをきっかけに【最後の古典派ものまね芸人・森ひろし】の噂が全国の老人の間に広まり、仕事の依頼が殺人的に舞い込むようになっていった。気づけば年収は800万円!
━━その日は北海道での地方営業。100人ほどのおじいさん、おばあさんに見守られながら【おふくろさん】と【よこはま、たそがれ】をうたう森ひろし。
「ついに、あんたの時代がきたね」妻がそんな旦那をステージの脇から涙をこらえて見守っていた。
森ひろしのブレイクがきっかけに古典派ものまね芸というジャンルが注目されるようになり、年収800万円前後をキープできるお笑いジャンルとして確立されていった。そして森ひろしの引退後は、弟子の郷ひできによって受け継がれていった。【終わり】