第5話【地獄に仏】
マイク片手に森ひろしはあいさつする。
「え、えーと、新郎のお父様に仕事先でお世話になっている森ひろしと申します」彼は緊張でどもりながら続ける。「それでは聴いてください。森進一のものまねで【おふくろさん】、五木ひろしのものまねで【よこはま、たそがれ】」
この日披露した【おふくろさん】と【よこはま、たそがれ】は、この日のためにアレンジしたスペシャルメドレーバージョンだった。
が━━森ひろしのものまねに耳を傾けている人はひとりもいず、あの店長でさえ『い、いや、オレとあいつはなにも関係ないからな』とでもいうような様子で酒を飲みながら世間話に花を咲かせていた。
ものまねを終えた森ひろしは、屈辱に震えながらマイクを置いて元の席に戻っていった……。
と、そんな彼を会場の後方からやさしく見つめるひとりの老人がいた。
━━披露宴終了後、会場の外で森ひろしは声をかけられた。その人物こそ、森ひろしのすべりまくったものまねをただひとり聴き続けていた老人だったのである。彼は森ひろしにいった。
「……わしはなぁ、あんたみたいな人を待っておったんじゃよ」
「え?」驚く森ひろし。
「最近のものまねはひどいもんじゃ。誰も知らんようなやつのものまねをやったり、ほんとにわけがわからんわい。それに比べ、あんたのものまねは最高じゃった」
「あ、ありがとうございます」
「どうじゃ、今度、うちの盆踊りでものまねをやってくれんかの?」
森ひろしに断る理由はなかった。