第3話【時代とのズレ】
森ひろしには妻がいる。しかし芸人としての給料だけでは生活できないので、妻にも働いてもらっていた。そんな現状が森ひろしは情けなくてしかたがなかった。
おんぼろアパートという言葉を絵に描いたような住まいに戻ると、妻が相変わらずのやつれた顔で出迎えた。
「ああ、あんた、おかえり……」
「ああ、ただいま……」
森ひろしはリビングに腰を下ろすと、妻が入れてくれたお茶をすすった。
そのときである。妻が意を決したように森ひろしにいった。
「ねえ、あんた、前々から思ってたんだけど……」
「なんだ?」
「やっぱり、今の時代に森進一と五木ひろしのものまねはウケないんじゃないかな?」
森ひろしは顔を曇らせる。
「……おまえまでそう思うのか?」
「だってそうじゃない。今は【みなさんのおかげでした】でやってる細かすぎて伝わらないものまねとか、ああいう斬新で独創的なネタが流行ってるのよ。ただ昔の歌手のものまねをやっても、今は受け入れられないわよ」
そんな妻に森ひろしはいった。
「そんなことはオレだってわかっている。でもなぁ、あんなのはものまねとはいわねーんだ。細かすぎて伝わらないものまね以外にも、近所の寿司屋のおっちゃのものまねだの、隣に住んでるおばちゃんのものまねだの、誰も知らないようなどうでもいい人間のものまねまで流行ってるよな?挙句の果てに虫や動物のものまねまで……。オレはそんな現在のお笑い界はまちがってると思うんだ」
「あんた……」
「ものまねってのはな、老若男女誰もが知っている国民的スターを、顔の表情やなにげない仕草まで、完璧にコピーして人々を楽しませることをいうんだ。オレには邪道なことはできん」
そんな森ひろしに妻はため息をもらすだけだった。
それから数日後、森ひろしは芸能事務所パープリンパラダイスをクビになってしまうのであった……。