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10,彼女の真実


 ―――ヌメロイド。


 それは、NUMEカンパニーが秘密裏に研究・開発を続ける有機生体型のアンドロイド。


 人間に限りなく近い、しかし違う。

 亜人と呼ぶべき細胞配列で形成された、人造人間。


 内部器官は異常に頑強な点以外はほぼ人間と同じ。

 ただ、脳の中枢は機械回路で制御されており、そこでデータの管理を行っている。

 機械回路なので当然、専用の機械によって情報のインポート・エクスポートも可能。


 何故、わざわざ人造人間を作り、そんなしくみを付与するのか。

 その答えが、このヌメロイド計画の目的とも言える。


 人間と同等以上の肉体を持たせ、人間として生活させる事で、人間らしく成長させる。

 そうすれば、ヌメロイドは赤子が成長していく様に「人間らしい柔軟な思考能力」を獲得できるはず。


 そして、そんな思考能力を得るまでの過程のデータをその脳からエクスポートし、学習装置ラーニングデバイス化。

 それをロボットへインポートできる様になれば、どうなるか。


 人間と同等の思考能力を持ちつつ、不朽とも言える機械の肉体を持つ。そんな理想のロボットの完成だ。


 宇宙探査に置いての有用性は言わずもがな。

 NUMEが事業拡大として手を出した介護事業でも、要の様な存在になる事だろう。


 ヌメロイド計画は、そのロボットを創りだすための前準備。


 つまり、ヌメロイドとはただのフラスコ。

『理想の人工知能』を培養するための容器、だ。



 もっとも、それは計画の理想形態。

 現段階では、ヌメロイドの素体すらまともに作れていない。


 10年前、偶然の積み重ねによって生まれた貴重なサンプル、『プラスタ』を失って以降、ヌメロイド計画は遅々として進展する事は無かった。





「つぅのが、NUMEが進めていた、ヌメロイド計画ってモンだ」

「そんな……」

「ちなみに、ヌメロイドの白い触角は、NUMEのカンパニーキャラクター、なめくじの『ヌメット星人』をイメージしてる」


 そんなどうでも良い触角のルーツはさておき……


 ……じゃあ、星野先輩は、宇宙人なんかじゃないって言うのか?

 そんな、モルモットみたいな用途のために、造られた生命だって言うのか?


「それとな、お前は今でも『唯一の成功検体』なんだぜ、プラスタ。いくつもの偶然が重なって、『ほぼ人間と遜色無い思考能力の下地』を持ったお前が完成したんだ。証拠に、あれから10年経っても、NUMEが作れるのはこの『ニュープラスタ』留まり……プログラム通りにしか動けねぇ、『有機物でできてるだけの従来通りのロボット』だ」


 そう言って、男は自分の隣りに立つ女の子の頭を軽く叩く。

 女の子は特に反応を示さない。本当に、心が無い様な瞳で、じっとこちらを観察している。


「……嘘だ……私が、アンドロイドだなんて……じゃあ、私が空から降って来た事の説明が……」

「NUMEのスペースラボ、要は人工衛星型の研究室だな。そこから、落としたんだよ」

「宇宙に浮いてる研究室なんて聞いた事…」


 いや、待て、そこじゃない。

 今、この人、何て言った?


「……落とした……?」

「そぉだ」


 紫煙を吐き、男はゆっくりと口角を上げた。

 自分の偉業を自慢する様な、そんな顔で、男は笑った。


「俺が落としたんだよ。10年前、そのプラスタを、この地表に」

「なっ……」

「何で、そんなこと……?」


 星野先輩の、か細い声。

 先輩の肩が、小さく震えてる。

 ……当然だ。こんな話、いくら先輩でも気丈でいられるはずが無い。


「手柄が欲しかったんだよ。あのまんまお前がヌメロイドとして完成してたら、ぜーんぶ主任の手柄だからな」

「手柄って……」

「でもよ、研究の半ば、テメェが『自分の意思で脱走した』となれば、どうなる?」

「!」

「テメェの管理を怠ったとして、主任とその取り巻きは降格。……ま、そこで俺がその後釜に収まれりゃ良かったが、そう上手くいく訳もねぇわ。結局、俺の上の人間が入れ替わっただけ……ま、それも予想の範疇だ」


 男は、本当に楽しそうに言葉を紡いでいく。

 まるで、時効を迎えた犯罪者が、メディアに向かって自分の手口を自慢する様な、そんな不愉快な語り。


「さぁて、1つ質問だプラスタ。お前、この10年で、大分『人間らしくなった』んじゃあねぇかぁ?」


 何だ、その質問……確かに星野先輩は、言われなきゃ人間以外の何かだなんて思えないくらい人間らしい。

 ……まぁ、暴走モードみたいなちょっと精神的に不安定な所もあるけど……


 それが一体何の……


 ……まさか……


「人間と10年も暮らしてりゃ、地が人間に近い成功検体のテメェは、そりゃあ大層人間に近づくだろうよ」


 当然の事、だろう。

 人間の赤ん坊が、まともな生活の中で10年を過ごせば、立派に人間らしくなる様に。


「そんで、だ。『人間らしい思考回路』が出来上がったテメェからデータを抜き取って、ヌメロイドを完成させる。それが俺のこの10年計画だ」

「っ……!」

「色々頑張ったんだぜぇ? 主任にバレない様にお前に追跡用のチップ埋め込んだり、お前を地表に落としたり……その後、監視カメラの映像を改ざんしたり……あと、お前が大気圏でお釈迦になっちまったって証拠を捏造もしたなぁ。もう10年前か。懐かしいぜぇ……」

「……じゃあ、私は……本当に……!?」

「ここまで説明してやったってのに、まぁだ疑うのかよ」


 仕方無い、とつぶやいて、男が何かを取り出した。

 それは、何かのリモコンスイッチ。

 棒状の物の先端に、赤いボタンが付いている。


「俺が、お前に埋め込んだチップ。そいつに付随されてる『無力化装置』って奴だ」


 言葉の後、男の親指が、赤いボタンを押した。

 その直後、僕のすぐ横で、星野先輩が膝から崩れ落ちた。


「先輩!?」

「ち、力が……入らない……!?」


 先輩は立ち上がろうとしているらしいが、その足は情けなく震えているだけ。


「っ……星野先輩に、何を!?」

「今言ったろうが。俺が10年前にそいつのドタマに打ち込んだチップにゃ、そいつの脳内機器に働きかけて、活動を阻害する無力化装置が付いてんだよ」

「何でこんな事……!」

「そりゃ、『回収』の際に抵抗されんが目に見えてるからだ」

「かい、しゅう……?」

「俺だって人の子だ。人間らしい思考してるテメェが、どぉいう反応するかくらい、想定はできる」


 リモコンをしまいながら、男はタバコを携帯灰皿に押し付け、磨り潰す。


「さっきも言ったが、俺の目的は、テメェの脳みそからこの10年のデータを引きずりだして、俺が管理を任されたこの『ニュープラスタ』にブチ込む事、だ。でもな、1つ、問題がある」

「問題……?」

「現段階の技術じゃあ、テメェらの脳へ情報をインポートすんのは簡単なんだが…脳を無傷なまま情報をエクスポートする、ってのは、無理なんだよ。発案当初、理論上は可能だったんだけどな。どっかで計算が狂ってたらしい」

「それ、って……」

「そ。テメェの脳から情報ぶっこ抜く時、テメェ自身、どうなるかわかったモンじゃねぇって事だ」

「っ…!?」

「ま、別に良いだろ。脳死しようが、マジで死にさらそうが。元々お前はそういう『使い捨てのフラスコ』として造られたんだからよぉ」

「……ふざ、けるな……」

「ん?」


 さっきから、聞いてれば何なんだ、この男は。


 先輩が、宇宙人じゃない?

 良いよ、そこは認めるよ。

 あの男が打ち込んだチップとやらがこうして作動している以上、認めざるを得ない事実なんだろう。


 でも、ふざけるな。

 例え宇宙人じゃなかろうが、関係無い。

 星野先輩がヌメロイドとか言うふざけた名前のアンドロイドだったから、何だ。

 人造人間…人の手で造られたってだけで、人間なんじゃないか。

 人間とは根本的に何かが違うとしてもだ。星野先輩は生きているんだぞ。

 僕らと同じ様に、だ。


 それなのに、死んでも構わないだろ、って?


「ひゅー。角少年、さっきまでおっとりした面してたくせに、急に男前な目になったなぁおい」

「マスター、敵性反応を検知しました。第1条を参照。防衛体勢に入ります」

「おうおう、ニュープラスタが反応するくらい敵意むき出しって訳だぁ。何? お前、プラスタの恋人か?」

「まだ、違う」


 ……誰かを傷付けるために魔法は使わない。

 父さんとの約束だ。

 人に魔法で危害を加える様な真似は絶対にしない。

 そう、この指を交えて約束したんだ。


 でも、「誰かを守るために魔法を使うな」なんて約束、していない。


「まだ違うけど……星野先輩はお前みたいなのの好きにはさせない……!」


 星野先輩にチップとやらがある限り、逃げてもすぐに発見される。

 なら、やるべき事はシンプルだ。


 あの無力化装置のスイッチと、チップを追跡するための機械を、破壊する。

 そのためにはまず、あの男を締め上げる必要があるだろう。


「んお!?」


 まずは、軽い衝撃魔法で脅しをかける。

 男の近くの木の枝を、吹っ飛ばす。


「なんだぁ……?」

「無力化装置っていうのを解除しろ。それからスイッチと…先輩を追跡する機械をこっちに渡せ」

「……ふぅん、さもないと、今のよくわかんねぇのを俺に当てると?」


 その通りだ。

 できれば、それはしたくないけど……

 もしこの脅しに従わないなら、止むを得ない。

 当てる。


 アリアトさんが言ってた。

 脅しに屈しない奴は、交渉ではどうにもできない。

 何故なら、脅しを聞き入れないと言うのは、こちらを下に見ている証拠だから。

 相手を精神的優位に立たせていては、交渉を有利に運ぶ事は不可能。

 だから脅しに屈しない奴には、実力行使でその優位性をフィジカルごと叩き折るのが1番らしい。


「はっ……随分変わった見てくれの少年だとぁ思ってたが……超能力か? 魔法か?」

「……あんまり、驚かないんだ」


 この人は理屈っぽい印象だから、魔法に対してもう少し動揺を見せてくれると思ったが……


「目の前に顕現した以上、どれだけ非現実味を帯びていようと、その存在は確定だ」


 さっき言っていた、認識されて存在がうんぬんって話か。


「別に俺は『森羅万象の全てが人間の科学の範疇に収まってる』なんて科学崇拝はしてねぇよ。科学的にありえないモンだろうが、目の前にあるモンをありえないだのと否定するなんて労力の無駄だからな」

「…………」

「ま、とりあえず、交渉の答えはNOだ。当てれるモンなら当ててみろ、カス」


 ……なら、仕方無い。

 僕は、ちゃんと警告した。


 衝撃魔法を、男の腹へ向けて、放つ。

 1発だけだ。この1発だけ当てて、脅しでは無いとわからせる。

 男から、余裕を奪う。

 そのつもりだった。


 でも、僕の一撃は、男には当たらなかった。


 鋼色の何かが、僕の衝撃魔法を、薙ぎ払った。


「っ!?」

「不可視の衝撃波だろうが、波である以上、空気を掻く必要があるよなぁ」


 僕の魔法を払ったのは、鋼色の、長い何か。

 成人の腕くらいの太さで、その数は、3本。


 鋼の触手、だ。


「例え人智を越えた超常だろうが、空気の動きなら、ニュープラスタは目で追える」


 触手は、あの女の子の広い袖の内から伸びていた。


「ニュープラスタには、要人警護用に組んだプログラムをインポートしてある。今、こいつは日本の警察に支給される拳銃の弾丸、その倍速くれぇなら余裕で反応・対処できる」


 っ……確かに、衝撃魔法はそんなにスピードは無いかも知れない。

 でも、あんな簡単に防がれるなんて……


「更に、こいつの表皮は衝撃を拡散させる仕様になってる。成層圏からフリーフォールして地表に落下しても無傷で済む代物だ。当然、触手もな」

「そんなっ……」


 そんなの、有り……!?


「万が一、テメェみたいなのがプラスタの周りに引っ付いてたら必要になると思って、こいつを引っ張ってきたが、正解だったな…やっぱ俺の直感は当たるわぁ」

「ぐっ……」

「テメェのその非科学的な力、確かにそいつぁは強烈だ。刺激的だ。『科学』なんて簡単に圧倒する程の代物だろうよ」


 だが、と男は愉快そうに続ける。


「NUMEの『超科学』の前にゃ、塵も同然だぜ。カス」


 衝撃魔法は効かない……なら、極熱魔法や氷結魔法はどうだろうか……

 話通りなら、あの女の子は星野先輩と同じ、常人よりちょっと丈夫なだけのアンドロイド。


 星野先輩より大分丈夫に作られてるみたいだけど、それは表皮の話。内部は、どうだ。

 熱や氷で内部を破壊すれば、流石に止まるんじゃないか。


 ……でも、僕にそんな事ができるのか。


 だってあの子は、星野先輩と同じアンドロイドなんだ。


 さっき、この男が言ってた通りなら、星野先輩よりもロボット寄りらしいけど……

 それでも、あの子には意思がある様に見える。

 命令に従い続ける、主を守る、そんな意思が、あの白黒反転した瞳からは感じられるんだ。


 そんな子を、僕は……手にかけられるのか?

 あの子も、この男の被害者の様なモノなんじゃないのか?


 それなのに、僕は、やれるのか。


「ニュープラスタ。あのカスを無力化・排除しろ」

「命令検知。第1条への違反性を確認…違反を検知。第2条特例により、命令を拒否します」

「っと、命令の仕方が悪かったな」

「…………?」


 何だ、今あの子、男の命令に逆らったぞ……?


「プログラム参照だ、ニュープラスタ。敵性対象制圧用プログラムフォルダ、『強制リラクゼーション』。あの角少年を極楽に導いてやれ」

「命令検知。第1条への違反性を確認…無しと判断。第2条を参照、命令を受理します。プログラム参照開始」


 言葉の直後、女の子が動いた。

 その両袖から、触手が溢れ出す。


「いぃっ!?」


 1、2、3……うっ、6本もある……!


「バイオスキャナ起動。対象の性感帯を調査開始スキャンニング

「な、何かすごく不穏なワードが聞こえた気がする…!?」

調査スキャン終了。性的な刺激による奉仕活動を開始します」


 6本の触手が、目にも止まらぬ速さで迫ってくる。


「わ、わわわわわっ!?」


 衝撃魔法で撃ち落とそうと試みたけど、ダメだ。

 ヒットしても全く意に介す様子もなく、触手達は向かってくる。


 ヤバい気がする。

 すごくヤバい気がする。

 アレに捕まってはいけないと、本能が訴えている気がする。

 ……そう、この感覚は、初めて笛地さんにペロペロを強要された時の、あの悪寒……!


「っ……やり過ぎちゃったらごめん!」


 僕が使える最大級の威力を誇る魔法。

 爆殺魔法『イクスヘヴン』。


 両手を叩き合わせて、起動する。


 瞬間、僕の前方の空間が、赤黒い爆炎に覆い隠される。

 白昼の山中に、数百発の打ち上げ花火を同時に発破した様な轟音が響き渡った。


「やった……?」


 この魔法は、僕が生まれた世界において『其の爆炎に包まれた万物は等しく塵芥と帰す』なんて言われる魔法だ。

 いくらあの触手が常軌を逸した硬度だとしても、耐えられるはずが無い。

 

 一応、加減はした。

 爆発の魔法ではあるものの、この魔法は限定した空間内だけを破壊し尽くすモノだ。

 強烈な爆発だが、周囲に余波は散らない。

 あの子や男には直撃してはいないはずだ。

 あくまで、あのやたら嫌な予感を覚えさせる触手を破壊するために放ったんだ。


 しかし、僕の考えは甘かった。


 爆煙を切り裂き、6本の触手が、僕の四肢を絡め取った。


「なっ……!?」


 そんな馬鹿な……!?

 極大爆殺魔法イクスヘヴンに耐えられる物質なんて……


「アタッチメントアーム、1から6番破損。これらを廃棄。第1予備である7から12番を起動しました」

「!」


 そう、極大爆殺魔法イクスヘヴンは確かに触手を破壊していた。

 でも、触手には予備があったのだ。


「やばっ……」


 早く破壊しないと……


「っ、ひぁぁあっ!?」


 し、尻尾に絡みついて……!?


「ん? 何で尻尾なんだ?」

「質問を検知。回答します。対象のあの部位は、性器の約1,28倍の感度を有している模様です。なので、あの部位を中心に性的奉仕を行います」

「ちょ、や、めっ……いぅあっ…!」


 ね、根元から先っちょまで、そんなゆっくり撫でられたらっ……

 しかも、同時に何箇所もっ……う、あ……


「フェイズ1、性感帯を重点的に、全身の表面を優しく撫で、軽い刺激を与えて行きます」

「ちょ、あ」


 触手が、服の内に入ってきた…!?

 尻尾への刺激も続いてる。


 っ……ダメだ、こんな集中力散漫な状態で、この触手を破壊できるくらい強力な魔法を撃ったら、星野先輩まで巻き込んでしまいかねない。


 イクスヘヴンを撃とう物なら、この山を丸ごと消してしまう可能性すらある。


 不味い……このままじゃ……うっ、ぐ……


「さ、佐ヶ野くん……」

「い、ぁ……ほ、星野せんぱ、いっ!?」


 ヤだ……こんなのヤだよ……!

 星野先輩の前で、こんな……!


 嫌なのに、何で、こんなに……


「フェイズ2へシフト開始。20秒後、アタッチメントアームの先端を高速振動バイブレーションさせます」

「っっ!?」


 ダメだ、今そんな事されたら、…たえ、られない……!


「くはは、さぁ、極楽への入口だぜ、角少年」

「うっ…」

「このプログラムは、リラクゼーションと言っちゃいるが……こいつはお前が涙やら涎やら撒き散らして絶頂しようが発狂しようが、意識を失うまで止まらねぇぜ。安心してみっともなくイキ狂えや」

「そ、んな……」

「佐ヶ野くん、逃げ……て……!」


 僕だって、どうにかできるのなら、この触手から1秒でも早く抜け出したい。

 でも、ダメだ。もう、さっきから思考が何度も何度も飛びかけて……


 変な声が、止まらない。

 全身から力が抜けていく……口を閉じる事すら、ままならない程に……


「ほ、しの、先ぱ、い……おね、おねあい……します……見な、いでぇ……」


 こんな姿、先輩に、見られたくない。

 なのに、もう、歯止めが効かない。

 星野先輩も、目を背けてくれない。

 って、背けてくれない所か何でちょっと顔を赤らめてそんな食いつく様に見てるんですか……!?

 なんで、なんで……っ……お願いだから、見ないでください……!

 僕の、こんな……


高速振動バイブレーション、開始」


 無情。

 そんな言葉が、僕の脳裏をよぎった。






「フェイズ16、最終フェイズ終了です。プログラムを一時終了します」

「ほぉ、こりゃあすげぇ。まだ意識があるたぁな。大した精神力だ」

「佐ヶ野くん……!」


 みんなの声が、遠い。


 僕は、今どうなっているんだろう。

 地面に、転がってるみたいだ。


 あの触手に何度も何度も責め立てられて、何度も頭の中が真っ白になった。

 フェイズ3、と言っていた辺りまでは、記憶がある……でも、それ以降は、何をされたか、何がどうなったか、全く思い出せない。


 この時期なのに、全身が汗まみれで、身体の芯から火照ってる。心地よい気だるさが、僕を包み込んでいる。

 とっても、疲れた。何かを出し切ってしまった様な、虚無感がある。

 このまま眠れば、きっと良い夢が見られる、そんな感覚もする。


 涙や涎が、肌を伝って地面に流れていくのがわかる。

 それを拭う気力すら無い。


「佐ヶ野くん、しっかりして!」


 星野、先輩……


 ああ、僕は、星野先輩の前で、あんな姿を……

 星野先輩……何か、ちょっと顔赤いし、息荒い感じに見えるの、気のせいかな……


「まぁ良い。もう抵抗できねぇだろぉし、しない方が良いぜ、角少年。ニュープラスタは常に目に映った光景を記録してる。もし抵抗するんなら、テメェの痴態たっぷりの映像データをXVIDEOSで全国配信だ」


 うぅ……僕もうお嫁にいけない……


「さぁて、造りモンの姫様を守る騎士様は片付いた訳だ。ちゃちゃっと回収して、帰るとするか」

「くっ……」

「ヌメロイドの完成させる……その功績で、この凶羅星きらぼし輝輝てるき様の名前が、下手すりゃ社史を飛び越えて歴史に残っちまうんだぜぇ……ぎゃは、想像しただけでたまんねぇわ」


 っ……ダメだ。

 星野先輩に、近づくな……


「あぁん? 何立とうとしてんだカス。聞こえなかったのか? まだ抵抗しよぉってんなら、事が済んだ後、テメェの痴態を全国配信しちまうぞ」

「う、るさい……!」


 社会的な死なんて、構うモノか。

 このまま星野先輩がお前の手に落ちたら、僕は死んだって死にきれないんだ。


「チッ。じゃあお望み通り、後で全国配信しといてやるよ。ニュープラスタ! プログラム参照! 『強制リラクゼーション』。今度こそこのカスを天国のどん底に叩き落としてやれ」

「命令検知。第1条への違反性を確認…無しと判断。第2条を参照、命令を受理します。プログラム参照開始」

「ぐっ……」


 ダメだ、またアレを食らったら、もう耐えられない。

 動け、僕の身体……この瞬間だけで良い……頼む……!



「あは」



 何でだろう。

 突然聞こえたその短い笑い声に、僕は深海に沈んでいく船の中に取り残された様な絶望感を覚えた。


 おかしい、この声は、記憶が確かなら、僕の味方の声のはずなのに。

 何でこんなに危機感を覚えるんだろう。


 あ、そうか。僕が今、何の抵抗もできない状態だからか。


「あぁん、誰だテメェは」


 男の視線の先にいたのは、


「黙って、あんたには興味無いから」

「んなっ……」


 眼鏡をかけた、ジャージ姿の……


「ねぇ、その触手、舐めても良い?」


 僕の、少しおかしな友人だった。



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