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7,親衛隊の暴走

「あ、星野先輩」

「笛地さん」


 放課後、私は進路指導室の前で、星野先輩に遭遇した。


「進路……」

「うん。もうあと4ヶ月もしたら、私も3年生だし」


 ああ、そう言えば、もうそんな時期か。


「星野先輩は、進学ですか? 就職ですか?」


 この人の進路については聞いておいて損は無い。


 どこまでも付き纏って必ずや触角…じゃなかった。

 残る在学期間でサーガくんの恋愛にケリを着けられなかった場合の保険だ。


 希望する大学や企業が特殊だった場合、私もサーガくんも早めにその方向の勉強をした方が良いだろう。


「進学よ。今年度から開校してる、宇宙開発系の専門学校」

「流石……って、そんなのこの辺にあるんですか?」


 宇宙開発系の学校なんて、教育機関が集中してる都会でも中々聞かない種類の様な……


NUMEヌメカンパニーって言う会社が、自社社員養成も兼ねて設立した学園グループがあるの。今は東北を中心に展開してる」


 NUME……聞いた事がある。

 宇宙開発研究がメインの超大企業だったはずだ。

 それだけでは無く、介護事業とか、生活用品系の生産にも手を出してるとか聞いた。

 ちょっと前に、『簡単な指示なら、意図を理解してこなす事ができる人工知能を搭載した介護ロボット』を向こう3年以内に完全実用化するとか宣言して、軽いニュースにもなっていたはずだ。

 ヤフーのトップニュースか何かで見かけた覚えがある。


「確かに、ここからは少し距離があるから、独り暮らしする事にはなるかもだけど……」

「ぬぬぬ……」

「え、何そのリアクション? 私が独り暮らしすると、何か不都合があるの?」

「あ、いえ、こっちの都合なので」

「?」


 せっかく現在の星野先輩のお住まいを把握したと言うのに、そこに留まるのは残り1年か……

 引越し先を特定できるとは限らないし、早めに手を打つべきなのか、それとも……


「え?」

「……?」


 急に、星野先輩が素っ頓狂な声をあげた。


 何なんだろうか、何か、私の背後にい……のわっ……!?


 いきなり、背後から黒い何かを被せられた。

 これ、ゴミ袋……か……!?


「きゃあっ!?」


 星野先輩の短い悲鳴。


「ちょっ……ちょっ!?」


 私の体が、持ち上げられた。

 感触的に、2人か3人がかりで。


 意味がわからない。

 うん、こういう時は、あれだ。


 とりあえず、叫んどこう。


「「え、えぇぇぇえぇぇぇえええぇぇぇぇぇぇっ!?」」


 私と星野先輩の悲鳴が、放課後の廊下に木霊した。





 ここは……どこかの教室、だろうか。

 分厚い黒カーテンが外の光を完全に遮断しているため、室内はいくつかのロウソクの光だけで照らされている。

 呪術の儀式でも始められそうな雰囲気だ。


 やたら埃っぽいし……どっかの使われてない空き教室、って感じかな……


 っていうか、冷静に分析してる場合じゃないね、これ。


 何で私と星野先輩はこんなマニアックな縛られ方をしているのだろうか。

 ウワサに聞く亀甲って奴だ。器用な物だ。


「ど、どうしよう笛地さん……私にはこの状況が全く理解できない……!」

「……少しだけ、理解できてる私がいます」

「え!? 本当!?」


 私達を拘束した人物が何者か、って事だけだが。


「『サーガきゅん親衛隊』……」

「その通り」


 暗闇から響く、女の声。


 教壇の上に、手が見える。

 ロウソクの光の死角になり、その人物の顔までは見えないが……

 その二の腕には、『SKS副隊長』と記された腕章があった。

 サーガ()きゅん()親衛隊()だ。


 しかし、私にわかるのはここまで。


 一応、親衛隊についての情報も多少収集しているが……隊員情報は絶対部外秘。

 平隊員なら幾名か洗い出せたが、副隊長以上の隊長格まで辿り着く事はできなかった。

 つまり、私にもこの人物が「親衛隊副隊長」である事以外はわからない。


 ましてや、何故私と星野先輩が拘束されているのかなんて想像もつか…

 いや、私に関しては心当たりが山ほどあるか。


「本日、この親衛隊定例会議にお2人をこの様な形で参加強制してしまい、申し訳ない。まずは無礼を詫びよう」


 堂々たる風格漂う口調で、副隊長さんは続ける。


「しかし、サーガきゅんを見守る我々としては、彼のためにできる事は何でもしたいのだ」

「サーガって……佐ヶ野くん?」

「はい。この人達は、いわばサーガくんのファンクラブです。ところで、星野先輩の怪力で縄とか千切れないんですか?」

「無理。トライはしてるけど、痛いだけで千切れる気配は……」


 まぁ、複雑に絡まった荒縄を筋力だけで千切れる訳が無いか。

 更に、縛られて体勢に自由が効かない現状、効率的に力を加える事もできないし。


「私語禁止! あとファンクラブでは無い! 親衛隊! 掛ける覚悟が違う!」


 確かに、カミソリレターを毎日せっせと作成する連中は、ファンなんて可愛いモンではないだろう。


「お2人に本日お越しいただいた理由は、1つだ」


 灯火に照らされた副隊長の人差し指がピンッと立ち上がる。


「笛地好実氏の処刑……おっと、これはまだ未裁決だったな。こちらではなく……」

「ちょっと待って副隊長、今のは聞き逃せない」

「私語は禁止だと言ったはずだ笛地氏」


 くっ、まぁそういう議題で話し合いを持たれていても不思議ではない事はしてきたけど……!


「星野未宙氏、あなたの処遇について、はっきりさせる」

「へ?」

「星野氏、あなたは、先日、サーガきゅんに激しく迫ったそうですね」

「はぁっ!? ……って、あ」


 この前、星野先輩が演劇部室に乗り込んで来た件だろう。


「本来ならここで既に1処刑です」

「1処刑!?」


 処刑が単位化している……!?


「更に、信じがたい事に……その後、サーガきゅんから愛の告白を受けたそうですね」

「そこまで把握されて……!?」


 まぁ……あれはサーガくんから告白されたとは言い難いと思うが……


 あ、何か周囲の暗闇がザワついている。

 どうやら、闇の中に他の親衛隊員も潜んでいるらしい。


「って言うか、その件を知ってるって事は、宇宙人関係の事も……?」

「宇宙人? 何の話だ?」


 ああ、どうやら、サーガくんに関する情報以外は何も伝わっていないらしい。


「話を戻します。その際、あなたはこう返答したそうですね、『友達から』と」

「は、はい。まぁ……」

「10処刑追加です」

「そんな!」


 一気に増えた。


「そして先日、デートにも出かけたそうですが……」

「デート?」

「とぼけても無駄です。今のは偽証と見なします。1処刑追加。計12処刑です」

「えぇっ!?」


 ああ、星野先輩はそういう風に認識してないから仕方無い。

 っていうか処刑判決の基準軽いな。


「そのデート中、サーガきゅんを全く異性として見ていない様な行動が実に22回あったそうですね。サーガくんへ精神的なダメージを負わせる行為は1回に付き5処刑換算なので、合計で122処刑です」


 どうしよう、星野先輩が100人いても駆逐されてしまう判決だ。

 容赦無いな親衛隊。


「異性として見てないって……だって下手に意識してもお互いやり辛いだけかなと……」

「そのやり辛さやヤキモキ感的な物も恋の楽しさでしょうが!」

「そんな事言われましても!」


 星野先輩側にはサーガくんへの恋愛感情とか無いのが現状だし、仕方無いっちゃ仕方無い。

 親衛隊的には星野先輩の意思とかどうでも良い様だが。


「……まぁ、122処刑と言いましたが…我々はあなたを処刑する様な事はしません。何故なら、あなたはサーガきゅんの初恋の人だから。サーガきゅんが悲しむ様な行為を、我々は絶対にしません」

「よ、よくわからないけど、佐ヶ野くんに助けられた……」


 ……まぁ、処刑の原因を作ったのも実質サーガくんなんですけどね。


「と言うわけで、あなたを洗脳し、サーガきゅんと幸せになってもらう方向で行きたい、そうした方が良い、と我々は結論を出しました」

「ねぇ笛地さん、今何か洗脳って聞こえた気がする」


 うん、はっきり言ってたもん。


「そういう訳なので、これから星野氏にはサーガきゅん愛に覚醒してもらうためのカリキュラムも受けていただきます。『世界とはなんぞや』と問われた際、『サーガきゅん』と即答できる様に、徹底的にその思考を改ざんさせていただきます。これであなたはサーガきゅんとゴールイン確実。サーガきゅんの初恋は無事実り、我々は明日もサーガきゅんの素敵な笑顔にありつける」

「それは果たして恋愛成就と言うのでしょうか!?」


 うん、まぁ、洗脳と恋愛って絶対に相容れない単語だしね。


 副隊長が指を鳴らすと、暗闇から無数の影が私達ににじり寄ってきた。


「……あの、ところで……私が連れて来られた意味がわからない」

「あの場で君を放置すれば、我々が星野氏を拉致した事がサーガきゅんの耳に入りかねないからな」


 成程、私はあの場に居合わせてしまったがために、成り行きに近い形で拉致られた訳か。

 迷惑な話だ……ん? 待てよ……この状況、ちょっと利用できるんじゃないか?


「副隊長、私も星野先輩の洗脳作業に協力させてください」

「笛地さん!?」

「何……?」

「私は、星野先輩が性感帯的な意味で非常に弱い所を知っています。洗脳は性的刺激と共に行うのが効率と絵的に良いと思います」

「さては笛地さん……私のアレを……!?」


 ふふふふふ……こんなチャンス、逃してなるものか。

 この機会に、私は星野先輩の触角を……ぐふふふふ……


「ふむ……まぁ、手数は多いに越した事は無い。笛地氏の拘束を解いてやれ」

「ありがとうございます」

「ま、待って笛地さん……本気……?」


 私を縛る縄が、しゅるりと簡単に解かれた。

 星野先輩は怯えた眼差しで私を見ている。


 ふふ、その表情、中々良い線いってますねぇ……


 でもまぁ、そんなに怯える事は無いですよって感じだけど。


「副隊長、ここで私はカッターの支給を要求します」

「カッター? 何に使う気だ」

「服を裂きます」

「笛地さんの裏切り者ぉぉおぉぉぉぉぉぉっ!」


 まぁ、そう涙目にならないで。


 とりあえず受け取ったカッターで、こう、星野先輩を縛ってる縄をバッサリと切り解く。


「「え?」」


 星野先輩と副隊長の疑問の声が重なる。

 まぁ、ですよね。


「はい、星野先輩、あなたの怪力の出番です」


 星野先輩は波の様に押し寄せる運動部共を一蹴する宇宙人筋肉がある。

 拘束さえ解いてしまえば、親衛隊を突破するくらい簡単だろう。


「ふ、笛地氏、貴様……謀ったなぁっ!?」

「謀らないなんて言ってない」

「ぐっ……貴様も我々とは形は違えど志を同じくする者だと……!」

「それは違う。私はサーガくんの味方」


 サーガくんは草食系だし、ナヨナヨ気味な所はある。

 でも、きっちり「やって良い事」と「やっちゃダメな事」の区別は付く子だし、ダメな事はダメだと拒絶できる子だ。


 洗脳して、星野先輩の気持ちを無理矢理ねじ曲げる。

 確かに、サーガくんと星野先輩をくっつけるには、それが手っ取り早いとは思う。

 でも同時に、サーガくんはきっとそれを良く思わないだろうとも思う。

 だって、星野先輩は洗脳される事を嫌がってる。

 そんな恋愛(?)は嫌だと言っている。


 サーガくんは、良い子だ。

 どれだけ自分にメリットがあろうと、誰かが嫌がる様な事を、望むはずが無い。

 星野先輩が嫌がっているとあれば、尚更だ。


「ふ、笛地さん……!」

「貸し1つです」

「へ?」

「今度、10分間、先輩の触角をフニフニペロペロさせていただきます」

「えぇぇええぇぇぇっ!?」


 私の処刑を実施するか否かで議論してる輩に、更に喧嘩をふっかける様な真似をするんだ。

 つまりは生命掛け。それくらいの見返りは欲しい。


「ちなみにもう私は対価を払っています。キャンセルは認めません」

「悪徳商法!?」

「それに、『洗脳で歪められる今後の人生』と『恥辱に塗れる10分間』……これなら後者の方が大分マシでは?」

「もの凄く嫌な2択……!」


 それでも人は選ばなければならないんですよ、先輩。

 それが人生と言うものなのです。


「くっ……星野氏と笛地氏を取り押さえろ!」

「先輩」

「う、うん、とりあえず触角の件は後で話し合おう!」


 ま、星野先輩が死ぬほど懇願しても譲歩する気は無いけど。


「はぁっ!」


 飛びかかって来た無数の影を、星野先輩は羽虫でも相手にする様な軽い動きで簡単に払い退ける。

 流石は宇宙人。触角が楽しみだ。


「とにかく脱出!」

「はい」


 私達は、教室の構造上おそらくドアがあるであろう場所へ向かう。


 星野先輩がドアを開けるその一瞬前、外から、ドアが開いた。


「!」


 そこに立っていたのは……


「何をしているのかしら?」


 クール。

 ひたすらそんな印象を受ける、鋭い声。

 女性にしては低めのトーンなのもそのクールさの演出に一役買っている。


武蔵原むさしばら先生……!?」


 数学を担当する女性教諭、武蔵原先生。

 私とサーガくんのクラスの担任でもある。


「何をしているのかしら、と聞いているのですが」


 細いフレームの眼鏡、その奥で、三白眼が鋭く光る。


「っ……!」


 先生が来た。

 助かった。


 一瞬、私はそう思った。


 副隊長の、次のセリフを聞くまでは。


「た、隊長!」

「……え……?」


 なん……だと……!?


「隊長って……親衛隊の……!?」

「……2年の星野未宙さんね。いかにも、私はサーガきゅん親衛隊の隊長ですよ」


 教師にまでファンがいるとは……サーガくんはすごいな……


 って、感心してる場合じゃない。

 流石の星野先輩も、教師に手を出せるのか……?

 いや、出せるとしても、出すべきでは無い。

 下手に向こうに権力を振りかざされたら、不味い。

 だって、星野先輩は進学を控えているんだ。


 ……っ……万事休すか……!?


「で……」


 武蔵原先生は深く溜息を吐くと、その鋭い瞳で……


 副隊長を睨み付けた。


「何故、定例会議の場に、この2人がいるのかな? 副隊長」

「え、う……そ、それはですね……っていうか、隊長、本日は他校への訪問があるので、出席できないはずでは…?」

「先方の都合で今日の訪問は流れました。で、答えなさい。副隊長」

「う……ぐ……」

「まさか、先日の『サーガきゅんと星野未宙を無理矢理くっつけるのはどうか』……とか言う、ふざけた提案に関係している訳では、無いでしょうね」


 ん? 何だこの展開。


「で、でも隊長……これは、サーガきゅんのためで……」

「……副隊長、我々は、親衛隊よ?」

「は、はい」

「親衛隊は、愛する人を守る。それだけ。愛する人の事情にお節介で介入するのは、私達の領分では無いわ」

「う……」

「それに、サーガきゅんはこんな形で恋が実っても、本望では無いでしょう」


 おお、流石教師……いや、隊長と言うべきか。

 サーガくんの性質をちゃんと理解しているらしい。


「……今日の定例会は、反省会になりそうね」

「う、ぅぅぅううぅぅぅ……」

「ごめんなさいね、星野さん、笛地さん。ウチの子達が、迷惑をかけてしまった様で」

「あ、いえ……」


 武蔵原先生は私とのすれ違い様、不意に私の耳元に顔を寄せてきた。


「サーガくんの痴態、これからも楽しみにしているわ」

「……へ……?」

「頑張ってね。私は、あなたの『擁護派』だから」


 今まで、見た事の無い笑顔でそう言って、武蔵原先生はドアを閉めた。


「……な、なんだか……よくわかんないけど、解決した……のかな?」

「そ、そうみたいです……」


 どうやら今回の件は副隊長の独断だった様なので、隊長さんがしっかりシメ上げてくれる事だろう。


 ……それにしても、『擁護派』か。成程……

 副隊長が言っていた、私の処刑についてはまだ裁決が取れてないと言う話……


 どうやら、親衛隊内で、私を排除したい勢力と私を擁護する勢力で分裂が起きているらしい。

 まぁね、サーガくんの恥ずかしがりつつも快感に素直に喘ぐ姿は非常にたまらなく可愛いから仕方ないね。


 やれやれ……サーガくんは本当に罪作りだなぁ……



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