クリアメモリー
『ユーカリの葉…ユーカリの葉だよ!』
そう言うと子供は逆さまの漫画を胸に下げ、作業机に座る男に薄い笑みを投げかけた。
『…なんの事だい?キリエ』
2時間15分37秒座りながら続けていた作業を中断し、私は子供に椅子ごと体を向ける
この子供が突拍子もなくこんな発言をするのはこれが最初の事ではないと私は記録していた。
『コアラっていうイキモノが食べるご飯さ!毒があるって聞いた、やっと思い出せたよ。』
(朝から難しい顔をして考えていたのはそれか…)
私はようやく朝から続いていた子供の不機嫌さの理由を理解した、おもわず口のはしが上がりそうになるがそれを右手で隠し、椅子を机の方に回して作業に戻る。
それを見て子供もソファーの横で体育座りをしながら漫画の向きを直し、読み始めた。
しかし作業の再開から7分14秒後、私は作業中にもたげた子供への疑問を抑えられずに質問してしまった。
『しかし、わからないなキリエ』
『何が?』
子供の声から、応答の意思があると見て私は問うた。
『漫画は君が2番目に好きだと先日聞いた、しかし…』
『それを無視してでも考える価値があったか?』
『…ああ』
(察しがいい)
子供が話の途中で割り込み、聞こうと思っていたことを言う、細部は違うが私の疑問の内容とはほぼ一致していた。
そして確固たる口調で少年が言う
『あるよ!』
私は眉をひそめた『何故?』
『だって、思い出さなけりゃいつまでもいつまでも思い出せないかもしれないだろう?だからさ』
子供の答えに私は…半分の羨望と嫉妬を覚えた、自分には理解しがたい考えに憧れを感じたのかもしれない
私は彼の返答をゆっくりと頭で咀嚼し理解しようとした、が
(やめよう、時間の無駄だ)
自分の思考では回答は見いだせない、それが腹ただしく、ただ情けなかった。
作業中に子供を横目で見る、既にその横には読み終わった漫画がうず高く積まれていた
手足は棒のように細く無機質な白い服ではよく目立つ、無造作な藍色の髪には寝癖がついている、あの子供の生き方ではいちいち見栄えなど構っていられないのだろう。
(それもそうか…)
モルモットとして毒されたあの子供には既に数年と寿命は残ってはいないはずだ。
外では今だに嵐が続き、黒い雨が降り注いでいる…私の作業は予定通りに行けば3時間17分後に終わりを告げるだろう、だが…
私は手を止めて考えるべきだろうか、あと残り数年の少年がその寿命を犠牲にしてまで、くだらないと思える事を思い出した意味を。
私の全性能をもってして、理解できる可能性が1%でもあるだろうか。
この灰色のシェルターの中で。




