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虚言の果て  作者: 川乃 
第一章:下山
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第七話

「泣かぬ女とは珍しい」


 不敵な笑みを浮かべた獅子男は私が馬上へと引っ張り上げられた後、そう言った。


「馬で、降りるの?」


 私からの質問にはいっさい答える気がないのか、聞こえていない振りをする獅子。

 手を縛られている私は落ちないようにと獅子と一緒にいた男と胴を紐で結びつけられた。

 その男の体からは鼻が曲がりそうなくらいの汚臭が漂っていたけど、さっきから辺りを漂う匂いに比べればまだ我慢が出来た。

 真と父さん以外の男とこんなにも体が密着したのは初めて――――

 なんだかとても惨めだった。

 そして何にも出来ない自分にとても腹が立った。村の皆にもう二度と会うことが出来ず、私だけが生き残った。嘘までついて、命乞いをした……

 なんて情けないの、私。

 ずっと耐えていた涙が頰を伝った。でもそれを獅子に見られたくなくて汚れた袖で素早く拭き取った。

 傷ついた頰がぴりりと痛み、顔をしかめていると、後ろに結び付けられた男がもそもそと後ろで動き、なにやらどろっとした緑の塊を横から差し出してきた。


「何?」


 男は「あー……」など「えー……」などと言い、後方にいたもう一人の男を振り返った。さっき逐一獅子に耳打ちをしていた男だった。


「頰に塗るといい。薬草を練ったものだ」


 まるで村の人かと思うくらい流暢な言葉でそう言い、彼は私達の後ろへとまた戻っていった。


「あ、りがとう……」


 お礼を言ったのが分かったのか男はもごもごと何か言った後、にこりと微笑んだ。そして私の頰にその薬草らしき物をそっと塗ってくれた。

 他の人達よりも一番若そうに見えるこの人は、笑うと右側に八重歯がちょっと覗いた。

 優しい人だな……と思った後でそう思った自分を恥じた。

 駄目だ、駄目だ。傷の手当だけでそんなこと思ったら駄目。


 訳の分からない会話の端々からこの男の名前は『レイ』と言うらしいということがなんとか分かった。


 どうやら獅子男の仲間は獅子以外に六人に居て、村に散らばっていたと思われる彼らが笛で呼ばれて集まるなり私達は出発した。

 そっと首を捻り、さりげなーく横目で後ろを見れば、獅子男は私達の斜め横を進む。

 じっと私達を見ているようで、密着した背中から嫌な汗が伝うのが気持ち悪かった。


 初めて通る道はまるで全く知らない山に囲まれているようだった。

 山は私達の体の一部と言ってもいいくらい身近なものなのに。

 その山が怖く感じるなんて。

 それに焦げたような匂いがだんだん薄れていくのを嗅ぎ取って、私は体の一部が切り取られてしまうようようだった。

 村が。

 父さん、長、恵さん……

 純と学さん、そして灯。

 茜に静……まだ会うことのない茜の赤ちゃん……

 皆、全部、失ってしまったんだ。

 ううん。

 まだ真が――真がいる。

 私は真に会いに行くんだ。だから一人じゃない。

 そしていつかこの獅子男に皆の死を報わせてやるんだ。

 だから今は生きる。マヤの双子の姉、『マミ』として――


 獅子男が隣に並び、私の顔をぎょろりと見た途端、鼻で笑って前へと進んだ。

 『お前には無理だ』と胸の中を見透かされているようでどきりとしたけど、獅子は何も言わなかった。


 馬は村で飼っているものより二倍くらい体が大きかった。もちろんそれだけ高い所から見下ろしているわけだ。高さには慣れているから怖くはなかったけど、手が自由にならないことと、馬を操っているのは自分ではないこと、後ろにいるりょろりとした細身の体臭最悪男レイと繋がっていることが自分の馬上の体を不安定なものにし、それがとても不快だった。

 時折枝にぶつかることがあって、私は四方八方に目を配らせていなければ顔が傷だらけになりそうだった。

 出来れば持っている布で頭を覆いたかったけど、それを伝えるのは次に止まってからにしよう。


 下るにつれて辺りは見たこともない木々が生え、花々が咲いていることに気がついた。

 ここはまだ猪爺に連れてきてもらったことがない場所だし……不安で胸が締め付けられてなんだか息苦しい。

 山神様は……どう思われていらっしゃるのだろう……

 この人達を山へ入れ、村まで無事に辿り着かせ、村を、村人を殺してしまった。

 そしてまた侵略者を山から出そうされるのか……

 むしろ、この人達をここで阻み、道を閉ざしてしまわれるのか……

 ――ううん。それは困る。

 山神様にそうしてもらいたい、と思う反面、私だけは助かりたい、と思っている。

 矛盾だ……、私。


 前を進んでいた獅子男が再び私達の馬に足並みを揃え、隣へと並んだ。


「今度は何だ」

「……は?」


 呆れたような目を向けてくる。言っている意味が分からなくてぞんざいな返答になった。

 それが駄目だったんだろう、後ろからレイが脇腹をつついてきた。

 何よ……私の言葉が分かんないのに、乱暴な言い方をしたことは分かるのね……


「さっきは泣きそうで泣かず、今度は怒ったような顔をする。お前の心がそのまま顔に出て忙しい女だ」


 隠し事ができない筒抜けの女だと言われているようで、私は反論しようとして口を開いたけど、またレイの突きによって私は仕方なく口を閉じた。

 どうせ言ってもあなたには理解できないでしょうが――と思うけど、括られている身分なのであまり逆らわないでおく。さらに獅子は何も言い返さない私に畳み掛けるように言った。


「この山を初めて降りることが出来るのだ、嬉しかろう」

「嬉しい?」

「村人は山から出ることを禁じられているのだろう。理由が出来て良かったのではないか」

「……良かった?」

「お前がどう役立つかは分からんが、まぁ、少しばかり期待をせぬでもない。お互いに利用価値があるということだ」

「『利用価値』なんて言葉……知ってるんだ」

「何だ?」

「……なんでもない、です」


 だんだん腹が立ってきた。

 もちろんこの人達に捕まった時から、すでに怒りで震えていたけど、でも――――

 この人達と行くことが私にとって『嬉しい、良かった』と思われている事が我慢出来なかった。


「俺が殺さなかったことに感謝をするんだな」


 その一言に私の心の中で何かがプツリと切れたような気がした。


「ちょっと……止まって……止まって!!」


 後ろを振り返り、レイに怒鳴る。レイは私が言っていることが分かったのか、単に私の大声にびっくりしたのか私達の馬を急停止させた。

 嘶きが他の馬をも止める。

 一番後ろにいた言葉の流暢な男、が獅子に「ゴウ!」と呼ばれ、私達の側までやって来た。

 後ろに居るレイが私の腕を引いて、注意を促そうとしているのが分かったけど、私は無視した。


「ゴウ?」


 それがあなたの名前なのかと聞けば、私の質問には答えずに「なんだ。なぜ止まった」と聞き返してくる。


「……この偉そうな人にあなた達の言葉で私の言葉を正確に伝えて下さい。この人、私達の言葉を話せるようですけど、少したどたどしい所があるので私の言いたい事が正確に伝わるのかちょっと不安だから」


 『たどたどしい』の所で獅子は右眉を不快そうに上げる。

 でもそんなの気にしない。私は息を吸い込んで一気に捲し上げた。


「嬉しい? 冗談じゃないわよ……山を降りる理由が出来て良かった?……な訳ないじゃない! 感謝しろ? 誰がするか! お前のせいで父さんが、長が、恵さんが、友達が、赤ちゃんが、村の皆が死んだんだ! 生まれ育った場所がおまえのせいで無くなったのに! 

 おまけに足は痛いし、頰は痛いし、嫁入り前なのに顔に傷作って見知らぬ男と一緒に括りつけられて! 私の協力がなければお前なんか一生マヤを見つけることなんて絶対出来ないんだから! お前こそ私に感謝しろ!! この獅子男!」


 …………。

 言わぬが花。

 後悔先に立たず。

 父さんにいつも注意されていたことが……我慢出来なくてついついやってしまった……


『お前はかっとなるとどうにも止められなくなる所がある。いいか、真弥。一度言葉を口に上らせてしまえば後で修復するのにその何倍もの言葉を紡がねばならんのだ。それは大変だぞ。だからそうならない為にも「冷静になる」ということを学べ』


 はい、はい、と上の空で聞いていたことが、今身にしみて体中に針のように突き刺さる。

 もっとあの時、ちゃんと父さんの言うことを聞いて努力していれば。

 しかも『獅子男』と言ってしまったのは……単なる悪口じゃないか。

 ああ……生きると決めた私の命はもはやここまででしょうか……


 先ほどの私の言葉を目を見開いて聞いていた一人のゴウが、獅子に怒鳴られて我に返り、それこそたどたどしく獅子に伝えようとした矢先――――

 獅子が私達を蹴り落とした。


「わっ!」


 レイが庇ってくれて私はほとんど痛くなかったけど、下敷きになったレイは……うめき声を上げて少し痛そう。……ごめんなさい。

 別の男の人が私達を助け起こしてくれるけど――――立ち上がった私の目の前に獅子が迫っていた。


「俺の寛容な心がなければお前の命はないのだ。それとも何か? 協力するというのはなしにして命を捨てたいのか。ああ、だからさっきのあれ(・・)なのか」

「…………真弥を探す協力はする……けど、それは心の底から嬉しいって思ってるからじゃない。こんな状況で嬉しい、だなんて……どうにかしてる、その人。そんなの、言わないで……」


 一呼吸待ってゴウが獅子にぼそぼそと伝えているのが聞こえる。だけど、それを獅子が煩そうに途中で遮った。


「自分の家族が殺されたのに、『良かった』なんて、あなただって思わないでしょう……?」

「……お前と一緒にするな……」


 獅子の口から出てきたのは今までになく冷たい声だった。


「俺は父が殺された時に大笑いをして心の底から嬉しいと思った人間だ」

「えっ……」


 獅子の顔を見た時はもうすでに彼は後ろを向いていて、軽やかに馬に飛び乗った。

 抑揚のない声で、


「乗れ。無駄話は後だ」


と言った。その後でレイの名前を呼んで二言三言を何かを告げた後、今度は先頭を駆け出す。

 

「ちょっと……まだ話は終わってない!」


 私が叫んで直ぐ、獅子がなにやら大声で叫び返してきた。しかも私の分からない言葉で。   

 その直後。後ろでレイがなにやらごそごそと動いているなと思ったら、彼は馬を止めて私達の縛りを解いた。

 なんで、いきなり? と思っていると突然彼の手が私の顔に伸ばされて私の鼻と口を覆い――――

 

 私の意識が飛んだ。







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