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虚言の果て  作者: 川乃 
第一章:下山
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第五話

 

 村には『十角とうかく』という集まりがある。これは長も含めた十人の村の代表の事を指す。

 普段は主に村で起こっている問題を話し合って改善を図るのが仕事だけど、それ以外にも村の冠婚葬祭を仕切る役割もある。

 六年前に村が選挙という形を取って正式に村から一人山を降りる人を決めたのも、この十角だ。

 そして、三年前の選挙の前日に選挙を延期したのも、その延期がさらに延期になって、最後には無期限の延期を決定したのもこの十人による。

 村では絶対の存在だ。

 私の父さんもこの十人の内の一人で、誕生日には十角に成人の儀式を執り行ってもらった。

 

 衣装は恵さんが自ら織った真っ赤な布地に小さな白い花が散りばめられた模様の肩帯を贈られた。額を覆う布もお揃いだった。初めて纏う豪華な衣装に手の震えが止まらなかった。

 当日は静と静のおばあちゃんが朝から撫で付けたり引っ張ったりしながらうねってどうしようもない髪を綺麗にまとめあげてくれた。

 父さんが紫の花を私の耳横に挿して、出来上がり。

「彩にも見せてやりたかった」

と顔を真っ赤にして男泣きをするのを初めて見て、私はただ父さんをぎゅっと抱きしめることしかできなかった。

 長が涙を流す父さんの背中をばんばんと叩いて珍しく大笑いをしていた。


 母さん……私、今日で一六です。母さんみたいに綺麗になったかな。




 山神様が眠ると言われる山の頂上にある大木まで十角の一人の父さんと歩いて登り、そこで少しの間黙祷をして過ごす。

 そして、村に帰ってくると今度は十角の皆さんから一人ずつお祝いのお言葉を頂く。その後はもちろんお祝いの宴。

 普通だったら広場で村全体からお祝いをされるはず、だったんだけど……

 私は盛大な宴を丁重にお断りした。

 本当だったら私と真の結婚と共にお祝いされる筈だった。でも、今日は私の成人のお祝いだけ。

 本当の事を言うと、ちょっと惨めな気持ちだった……のかな。でもこんなの誰にも言えない。

 だから代わりに、夜の宴は真が帰ってきてから結婚する時まで取っておきたい、って皆に伝えたら、皆はちょっぴり泣きそうな顔をして私をそっと抱きしめ、了承してくれた。


 とうとう誕生日の日にも真は帰って来なかった。




 それから半年が経って――――純が可愛い可愛い女の子を産んだ。


「目は純に似てるよね」

「立派な眉は学さん似だよ」

「ああ、このちっちゃな手、食べちゃいたい……」

「真弥ってば、ほんとに食べないでよ」


 こつんと額を小突くのはやっぱり茜。

 ただ頬ずりしてただけなのに。

 私からそっとアカリを奪いあげたのは静。灯を私から守っているように見えるけど、実はやっと灯を抱く順番が回ってきて嬉しくて頰が紅潮しているのに私は気づいていた。


「夜は寝られてるの?」

「うん。私ってばね、横になるとすーぐぐっすりなの。時々灯が泣いてるのに起きられないくらい。駄目な母親ね」

「疲れてるからだよ。純はよくやってるって学さん、言ってたよ」

「ああ、そう言えばさ。学さん、今日も道で会ったけど、大声で『うちの灯は一番可愛い』って力説してたよ」

「こりゃ、灯も娘命の父を持って将来大変だね」

「確かに」


 頷いた静がやっと灯をお母さんである純に返す。灯はお母さんが分かるのか、純の腕に帰った途端、ほわっと丸い頰を浮かせて笑った。

 目に入れても痛くない、とはこの事をいうんだなぁ。

 赤ちゃんなんて見慣れているけれど、何と言っても親友の赤ちゃんは特別だ。


 お腹をすかせた灯がぐずりだしたので、純は乳をあげるために隣の部屋へと入っていった。

 残された茜と静と一緒に持ってきたお菓子をつまみ合う。


「茜ももうすぐだね」

「私、この子はぜーったい予定より遅れると思うわ」

「どうして?」

「だって、ユウの体、見なさいよ。あんなに大きいのに、この子、そこまで大きくなってるとは思わないのよ」

「いや、茜……赤ちゃんだから義兄みたいに大きいのが出てきたら出産する時……あんた、死ぬよ」

「静、あんたの口から死ぬなんて言葉聞いたらほんとに起こりそうで怖いんですけど」


 大きいお腹をさすって茜は身震いをする。

 私もちょっと怖くなって静かにお茶を啜った。


「あんたなら雷が落ちても立派に安産よ」


 ぷいっとすねたようにもう一つお菓子を口に放り込んだそんな静も、もうすぐ結婚することが決まってる。

 一生結婚しないと言い張っていた静の心を射止めたのはなんと勇さんの弟さんだった。

 お兄さんの勇さんと正反対でひょろりとした体のダイさんは、茜と勇さんが結婚してから仲良くなった静に熱烈に結婚を申し込み、押しの一手で一生独身宣言をしていた静からとうとう承諾を勝ち得たのは最近の村で一番の話の種だ。

 茜は最初、静と家族になるなんて嫌だわ! とか文句を言っていたけれど、本当は茜は静の事が大好きで、静の方も憎からず茜を慕っているのを私は知っている。

 そうじゃないとずっと親友なんて関係、続けてたりしないもんね。


「そういえばさ……まーた真弥の変な噂が流れてるよ」

「えっ! 今度は何!?」

「結婚の祝に真弥を呼んだら嫉妬に狂った真弥が初夜に化けて出る、とか」

「……はっ!? 何それ!」

「静が一生独身宣言を撤回したのは、その権利を真弥に譲ったから、とか」

「「はっ!?」」


 静と私の声が重なった。お茶がちょっぴり吹き出たのを見た茜は汚い、と言い捨てた。


「まぁ、真弥。頑張りな」


 頑張るも何も……私にはどうすることも出来ないでしょうに……


 慰めるように肩を叩く茜と静に私は返す言葉がなく、代わりに最後の一つだったお菓子を遠慮なしに奪い取って美味しそうに食べてやった。

 人の噂なんて続かないんだから。気にしない。気にしない。




 唯一山道を把握している猪爺シシジイには子どもがいない。

 奥さんは結婚してからすぐ風邪をこじらせて亡くなったと聞いた。

 村外れの一軒家で唯一の肉親である八十を超えた猪爺のお母さんと二人暮らしをしている。

 ジイ、といっても父さんと同じくらいの年のはずなんだけど……真っ白の頭に真っ白のぼさぼさ髭の風貌からして誰かが「爺」と呼び始め、今や、村中でそう呼ばれていた。猪爺自身ももちろん知っていて、とくに嫌そうではない。

 シシなのはもちろん鼻がそっくりだからだ。


「今日はあそこに登ってこい」

「え、あの山? 今から? 無理だよ!」

「あれしき数刻で帰ってくるつもりで臨まんかい」

「無茶な……」

「なら弟子入りの件はいっさい無くしても――」

「い、行きます! 行きますから!」


 小さな鳥笛を猪爺から投げて渡される。


「日暮れまでには帰れよ」

「はぁーい……」


 私は後継者のいない猪爺に弟子入りをした。

 山管理は村の中でも五本の指に入るくらい重要な仕事だ。

 山からすべての恩恵を頂いて暮らしている私達は山がすべてなのだ。

 山から取れるものの状態をいつどんな時でも把握しておかなければならない。例えば茸であったりだとか、枝や葉っぱであったりだとか……虫や菜、動物達も含めて、今年はここまで採る、これは今年はやめておこう、など、私達の勝手で彼らを絶やしてしまわないように気をつけないといけないのだ。

 一つの物が絶えれば――それがたとえ小さな小さな一種の茸だったとしても――それが原因で山で生きる他の生き物達の死に繋がってしまうかもしれない。それはいずれ回り回って私達に降り掛かってくる。

 山での暮らしは全て繋がっているんだ。


 そしてこの仕事はもちろん村周辺の山道を知る必要がある。

 

 村人が許されている山は三つある。

 一つ目は山神様が眠ると言われる山。

 二つ目は『幸運』の赤い実がなる木がある山。

 そして三つ目は、村が一望できるちょっと低めの山。

 これ以外に行くとなると、まず猪爺の許可を取った上で十角とうかくの審議にかけられ、そこでも許可が出たら猪爺の案内で初めて行くことが出来るのだ。


 私は誕生日を迎えた翌日に猪爺の家に出向いて弟子入りを申し入れた。

 一ヶ月家に通った後、ようやく猪爺は条件付きで弟子入りを了承してくれた。

 その条件っていうのが……


『山を降りる道は教えんぞ。真を探しに行きたいと言うなら弟子にはせん』


 だった。きっと猪爺はそう言うんだろうと思っていたけど、こう正面切って言われたら逆に気持ちがいい。

 もちろん、そんな考えが私の頭をよぎらなかったわけじゃない。

 でも、弟子入りを決めたのは――――ただ待つだけじゃ、嫌だったから。

 真が戻ってくるまでに、「変わったね、真弥」「素敵になった」と言われたい。

 さめざめ泣いてお菓子ばかり食べてる頭ぼさぼさの女のまま真を迎えたくない。

 でもこれと言って胸を張れるような、得意だと言える事もないし……と色々考えたけど、唯一好きな登山はどうかなと思い直した。

 足腰が馬や鹿並に強い、と茜は皮肉を言うけれど……確かに体力には自信がある。

 だったら……猪爺の仕事は、私にぴったりなんじゃないか、って思ったんだ。

 父さんは最初は反対したけれど、素直な自分の気持ちを話して説得したら、最後には渋々だけど、首を縦に振ってくれた。十角にも口添えをしてくれて、私はやっと許可をもらい、晴れて山管理見習いの座を勝ち取った。


 ここへは何度か猪爺と来たことがある六つ目の山だ。

 村の見張り塔の天辺からかすかに見ることの出来る距離で、頂上はそこまで高くないけれど、そこまで辿り着くのに時間がかかる。

 川を飛び越えた先は今までに見たことのない手の平の形をした黄色い花畑が広がっていた。

 黄色は染め物が得意な恵さんが喜ぶ色だ。

 だからこの山から帰る時はいつもこの花を摘んで帰るようにしている。

 今日は初めて一人で来るから、猪爺にせかされることなく花を摘めるけど……残念ながら今日はあまり時間がない。

 今日は朝寝坊した挙句、朝から頭痛がするのだ。だから静のおばあちゃんに頼んで薬をもらいに行ったりしていたらついつい遅くなってしまったのだ。

 そうでなくてもこの山は遠いのにさ……


 飛び石をひょいひょいと超えて、川を渡り、花畑の後はずっと上り坂。

 下りは走らないと日暮れまでに間に合わないかもしれないな。

 いつもより歩く速さを上げて、腰に巻いた赤い紐を結び直した。






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