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虚言の果て  作者: 川乃 
第一章:下山
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第三話

 

 なんて声掛けをしたらいいのか悩んでいる内にお昼が近づき、父さんがのそのそと起き出してきた。

 ちょうど食事の準備を終えたばかりだったので、二人で座って朝食兼昼食を取った。

 私達は無言だった。

 コリコリと噛む音だけがやけに耳について、時折父さんと目が合ったけど、やっぱりお互い何も言葉はなかった。

 話せば、必ず真の事を話題にせざるを得ないから。だから何も言えなかった。

 先に立ち上がったのは父さんだった。

 盥に食器をまとめて、洗い物に取り掛かろうとした時、背後で父さんが言った。


「畑に行ってくるから」

「うん」

「お前は……」

「……うん。真の所に行ってくる」

「そうか」


 ほんとは真にどんな言葉をかけたらいいんだろうって相談したかった。

 だけど、食事中父さんの目を見ていたら、きっと父さんもなんて言ったらいいのか分かんないんだなと思えてきた。

 父さんだけが延期の決定をしたんじゃないのは十分分かってた。真をもうすでに義理の息子としてずっと可愛がってきた人だから、真のあんな様子を見て、苦渋の決断をした一人として居たたまれないのだろうな――私はそう思った。





 出迎えてくれたのは真のお母さん、ケイさんだ。真と同じで笑うと右頬にえくぼが出来る優しいお母さん。私を実の娘のようにいつも可愛がってくれる。私の母さんもこんな素敵な人だったのかなといつも想像してしまう。


「狩りに出掛けたのよ」


 家の中からは美味しそうな料理の匂いが漂っていた。「今出来上がったばかりだから、今晩仁さんと食べなさいね」と籠の中にお手製の料理が入った包みを入れてくれた。


「狩りに……そう、ですか……」 


 お礼を言って帰ろうとすると、奥の部屋から長が顔を出した。

 父さんのように夜通しの集まりの後だったから少し眠って居られたのかなといった装いで、私が会釈をすると、長は

「真弥、仁は?」

と父さんの居場所を聞いてきた。


「畑にいると思います」

「そうか……夜にそっちに行くかもしれんがいいかな」

「父に言っておきますね。待ってます」


 長の右側の髪が撥ねていた。それは真と同じ。なぜかいつも右側だけに寝癖がつくのだ。

 長がまた部屋に入ったことを確認すると、恵さんがそっと耳打ちをした。


「あの人が来たら、真弥ちゃんはこっちにいらっしゃい。どうせ二人で呑むんでしょうから。付き合うことないわ。それに……真と話、まだしてないでしょう?」

「はい……あの、真は朝から?」

「そう。真は今日ここに居たくないから朝早くにね。でも、夜には帰ってくるでしょ。だから、今度はあの人が出て行くのね。まぁ、すぐには元通りにいかないと思うけど、でも、間に入る者としては、どちらの気持ちも痛いほど分かるから切ないのよね」

 

 頰に手を当てて少し悲しそうな恵さんだったけど、すぐにぱっと明るい顔を取り戻す。

 もらったお菓子があると言ってまた大きな包みを籠にそそくさと入れようとするのを見て、私はくすりと笑いを零してしまった。

 なんだか可笑しかった。

 私が落ち込んでいても仕様がないじゃない。

 こんな時だからこそ、恵さんのように笑っていられる人にならなきゃ、そう言われているような気がしたんだ。


「恵さん……私、頑張りますね」

「え? ええ……何を?」

「真を元気づけられるように。体は動き回れるくらい元気だろうけど……心はきっと沈んでいると思うから」


 恵さんは一瞬びっくりした顔をしていたけど、すぐに柔らかい笑顔へと変わった。

 ぽんぽんと温かい手が私の頭に落ちて、私の黒くうねった髪をさっと梳いた。


「ありがとう。お願いね」






 家の近くまで帰って来た時、またまた広場が騒がしいことに気がついた。

 恵さんにもらった貴重な今晩のおかずを零さないようにして小走りで向かうと、そこには昨日の候補者の四人がいて、皆に囲まれて肩やら背中を叩かれていた。


「今日はついてたな!」

「これだけとはな、今夜は宴会だ!」

「おぉ! そりゃいいな!」


 集まっていたのはもっぱら男の人達だった。

 人の間から目を凝らすと、どうやら今日の狩りは大成功だったらしく、兔や猪などが地面に沢山横たえてあるのが見えた。

 包丁一式を持って歩いてくる近所のおばちゃん達から

「さぁさぁ、ぼやぼやしてないで火をおこしておくれ!」

と、威勢のいい声がかかり、各々が宴の準備へと散らばっていった。


 昨日のどんよりとした村の雰囲気はもうそこにはなかった。

 本当だったらすでに山を降りる人が選ばれていて、その祝賀宴が開かれているはずだった。

 それがただの宴となったわけだけど……でも四人がもたらしたご馳走を目の前に、途端に皆の顔が明るくなったように見えた。

 こうなる事を予想して真たちは朝早くから行ったのかな……

 この調子なら昨日の嫌な雰囲気を今晩で一掃出来そう。


 皆が支度に取り掛かった時、足元に付いた血を洗い流している真にやっと声をかけることが出来た。

 乾いた布をそっと横から差し出すと、真は驚いたような顔を見せた。


「ありがとう」

「うん。今日はすごかったんだね」

「ああ、見たか? 今日は呼んでなくてもあっちから次々に俺達の方へ飛び込んで来たんだ。前回なんて鳥一羽だったのにな。おかげで今日はいい晩飯になりそうだよ……って、その籠、何?」

「これ? 恵さんに今晩のおかずをもらったの」

「母さん、もう作っちまったのか! まぁ、いいか。皆持ち寄るだろうし、肉ばっかじゃ飽きるだろうしな」

「こんなの久し振りだよね。皆で集まって広場で、だなんて」

「昨日は俺達のせいで暗くなったからな。これでちょっとは元通りだろ」


 やっぱり真はそれが目的だったんだ。

 長の息子だから、っていうんじゃないけど、真はこうやって皆に気を配るのを忘れない。

 学さんから声がかかり、私達はそこで別れた。

 私から昨日の事は口に出せなかった。



 昨日内緒で採ってきた半分崩れかけた赤い実をどうしようか、と悩んだ末に、色と甘さを活かしてお菓子を作ることにした。静の物知りおばあちゃんに相談すると、ふわふわとした柔らかい饅頭のようなものはどうかと言われた。

 頃合いを見て蒸し器の蓋を開けた時、真っ赤で艶やかに出来上がった赤い実のお菓子はその甘酸っぱい味から優しい味へと変わっていた。

 見た目からも味からも赤い実を使ってるなんて分からないからなお、良かった。

 だって、いまさら「幸運」を渡されたからって意味ないもんね。

 お菓子をさっき恵さんの持たせてくれた籠に詰替えていると、誰かが扉を叩く音がした。

 恵さんだった。


「私達は広場に行くけど、真は家にいるからって真弥ちゃんに言おうと思って」

「家に? でも、皆広場じゃ?」

「どうやら頭が痛いらしいの。寝てれば治るって言ってたから大したことないんでしょうけど、真弥ちゃん、真の事、お願いできる?」

「はい。もうすぐ行こうと思ってました」


 ちょうどいいな、と思った。二人きりなら恵さんの事を気にせずに話が出来る。


 家を出ると、もうすっかり暗くなっていた。

 近所はしんと静まり返っているし、灯りも漏れていないことから、皆広場にいるんだろうな。

 丸いお月様が煌々と真の家までの道のりを照らしてくれる。

 遠くの広場の方角からは歌やら叫び声やらが聞こえてきた。

 いつもだったら家々の灯りを頼りに歩くので灯りを持って出歩いたりしない。だから、今晩の灯りのない村は暗い。ちょうど月が雲に隠れてしまってとうとう辺りは真っ暗になった。

 別に怖いわけじゃないけど、少し早足で歩く。

 あと少しで真の家が見える、という所で――――目の端に何か黒いものを捉えた。


「狸?」


 私の声に反応して、黒い影が立ち止まった。


「じゃなかった……人だ。こんばんは!」


 これから広場に行くのかな。

 私の挨拶に会釈で返した人の顔は暗くて分からない。

 こっちに来るのかと思えば、その人は私とは逆方向を進みだした。

 村の外れの何もない方角だ。


 何か嫌な生暖かい風が頰を撫でた感じがした。

 その中に嗅いだことのある匂いが混じっているような気がした。

 胸がざわめく。

 想像もしていなかった事が目の前で起きているような気がする。

 もっと近付こうと私はさらに早足になると、その人も早足になる。

 走るとその人も走る。


「待って! どうして逃げるの!?」


 月が顔出し、その人の一部を照らした――――見えたのは頭に巻いた紐。

 背中まで垂れるほどの長い紐だ。

 色までは分からなかったけど、そんなの確認するまでもなかった。


「真!」


 私の呼びかけに、その人は立ち止まった。

 すかさず間を詰めようと私は走り寄る。

 月の光が私達を照らすと、今度は顔までもはっきりと見えた。


「シ、ン……」


 あと少しで真に手が届く所で、真が私に制止の声をかけた。


「来るな!」

「真……?」

「来るな……真弥」


 また嫌な風が吹く。そうか。さっき嗅いだのは真の匂いだ。

 私の大好きな――――


「すまん、真弥」

「どうして……謝るの……?」

「見れば分かるだろう。俺はお前に酷い事をしようとしている」


 胸の音がうるさかった。

 真の言葉が上手く頭に入ってこない。

 喉が急に乾いて声が掠れてくる。


「に、逃げたこと? 昔の遊びと一緒だよ。でも、私の勝ちだね……真、つーかまえた……」


 手を伸ばすけど、真は一歩後ずさりをする。

 いつもだったら、私の手を引いて体を寄せてくれるのに。


「頭、痛いの治った? 恵さんが心配してた」


 真は首を振る。


「頭痛は嘘だ。気づいてるだろう」


 私も首を振る。何に? 

 嫌だよ……気づきたくないよ。


「じゃあ……広場に、行こうよ……皆待ってるよ」

「行けない」

「じゃあ、二人でいつもの星の綺麗な場所に行く? 今晩なら雲が少ないしとても綺麗に――」

「真弥」

「あ、じゃあ、家でゆっくりするのも……」

「真弥!」


 真の声は私の全身を凍らせた。

 いつものやさしい真の顔は見たこともない男の人の顔になっていた。


「俺はここを出る」

「出る……?」

「ほんとは真っ当なやり方で出たかった。でも……あと一年なんて待てないんだ」

「で、でも! たった一年だよ! 真は前回から三年待ったんだよ!? だったら――」

「でも一年後にも赤さんがまた帰って来なければ全てが無くなってしまう可能性もある」

「そんなの……分からない」

「分からない? 分かるよ。そういう村なんだ、ここは。選挙の一日前になって己が決めた決まりを平気で覆すような。閉塞的で誰をも寄せ付けない。誰をも出さない。何かに怯えている子栗鼠のような村だ」

「でも、でも! 猪爺の案内もないし――勝手に出れば、山神様のお叱りを受けちゃうよ! 無事に降りることだって出来ないかもしれないんだよ!?」

「そうだとすれば、それも俺の運命として受け入れる」


 真は背を向けた。

 私は夢中になってその背にしがみついた。


「わ、たしも行く! 真が行くなら、私も! だから、だから!」

「駄目だ」


 どうして、と言おうとして、その言葉は真の唇に塞がれた。

 冷たい唇。

 触れたのはほんの一瞬で……すぐに真は離れた。


「前に約束した事を覚えているな、真弥?」


 もちろん覚えていた。

 でも、もう一度その約束を真の口から聞きたくて、私は首を振った。


「真弥の成人の日までには帰る。何があっても。戻ってくるから……」

「い、嫌、嫌! 嫌だよ! こんな風に真を見送りたくない!」

「ごめん。こんな風にしか出来ない俺を許してくれ」


 真は頭に巻いた赤の紐を素早く解くと私の首に掛けた。


「好きだ、真弥。でも、ここで一生を終える前に俺は外の世界が見てみたいんだ」


 もう一度触れた唇は噛み締めて切れて出た血の味がした。

 真が見えなくなってもしばらく私はその場から動けなかった。

 

 真は……私の婚約者は、今晩村を出て行った。


 





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