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虚言の果て  作者: 川乃 
第一章:下山
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第二話

 

 村に帰り着いた時はもう真っ暗で、抜き足差し足で門番の兄さん達の間を抜けようとしたら、


「真弥! こんな時間までどこに行ってた!」


 案の定……見つかってしまった。


「へへへ……ちょっと迷っちゃって」

「迷っただと!? まーた甘い木の実に気を取られて道外したんだな」


 さすが兄さん、半分正解です。

 ドキリとした表情はどうやら見られていないらしい。

 早く帰って真に会いに行ってやれと追い立てられて、私は小走りで家へと向かう。

 その途中。

 大広場では明日の投票の準備の為か多くの人が集まっていた。

 近づくにつれて、皆の不安気な顔や、何人かの候補者の男達が怒りを露わにし、辺りに八つ当たりをしているのが見えた。


「ちょっ……と、どうしたの? 何かあったの?」

「真弥、何も聞いてないの?」


 友達の女の子三人が固まっている所に聞きに行くと、彼女らは私を真ん中に引き入れて円形となった。

 顔を近づけて、三人は神妙な顔つきで、それぞれが私にどう言おうか思案しているようだった。


「明日のさ……投票について、今話し合いが行われているんだってさ」

「話し合い?」

「シー! 声が大きい!」


 こつんと私の額を小突いたのは二つ年上のアカネだった。いつも口と手が出るのはほどほどにしてほしい。


「でね、皆して……もしかしたら投票は取り止めになるんじゃないかって……」

「なんで!?」

「だから、声が大きいって言ったろ!」


 再び私に注意した茜を宥めたのはいつも優しいジュン。彼女が私の手をそっと握った。


「真弥……それで真さんがね、今さっき抗議に他の候補者の人達と行ったところなのよ」

「じゃ、じゃあ、私も行く!」

「バーカ。あんたが行って何になるの?」

「話し合いには長や父さんがいるだろうし、なんとか聞いてもらえ――」

「――止めた方がいいよ」


 ポツンと呟いた三人目の少女は私の家の隣に住むセイだ。


「山を降りるってのは禁忌なんだ。それを三年に一度、許しただけでもこの村は昔よりは緩くなってきてるんだと思うよ。いくら帰ってくるように固く約束させられるとはいえ、前回選ばれたセキさんはまだ帰って来ない……もちろん今回も……って長が考えるのも無理はないよ」


 私、茜、純は静をじっと見つめた。あまり自分から話したがらない性格なのに、今日は流暢に話す姿にびっくりしたからだった。

 静はそんな私達の視線に少々頰を赤らめて、そっぽを向く。


「私はこのまま取りやめになってくれたら、と思う」


 純がそう呟いた声が震えているのに気がついた。

 そうだった。

 彼女の婚約者はガクさんと言って、今回の真の好敵手として参加しているのだ。

 私は彼女の手をぎゅっと握り返す。それに気づいた彼女は私に苦笑いを見せた。


「あたしったら……駄目だよね。こんな事言ってたら……応援するって決めたのにさ。もし選ばれたら期限内にちゃんと帰ってくるって約束してくれたのに。でも本当は心の中じゃ『選ばれなければいい』って思ってるの。彼に投票しないでおこうか……なんて思ってるの。嫌な婚約者だよね」

「そ、そんなこと、ないよ、純」

「真弥は強いね。いつも真の応援に走り回ってて……元気だし。私も真弥みたいになりたいよ」


 純の瞳に涙が溜まったのを見た時、私の心は挫けそうだった。

 考えないようにしてたのに。

 絶対帰ってくるって心に刻みつけた誓いがガタガタと音を立てて崩れそうなくらいに。


「強く、なんか……」


 喉がカラカラで掠れた小声はその時広場から上がった人達の叫び声にかき消された。

 どんどん皆が走って村の中心部へと向かっていくのが見えた。茜の「あっちだ。行こう!」に引っ張られて、私達も駈け出した。



「ちょっと……ごめん……前に行かせて」


 夜だというのに騒ぎを聞きつけた人達が次から次に各々の家から飛び出してきて、あっという間に人だかりが出来た。

 真の叫び声が中心から聞こえてくる。声を頼りに人の間をくぐり抜ける。

 学さんの声も聞こえるからきっと二人は一緒にいるはず。私は躊躇する純の手を引っ張って、前へと進んだ。


「たかが木、一本の為に俺達の夢を潰すのか!」


 ようやく視界が開けた所には、明日の候補者四人が長と対峙する姿があった。

 真は握りしめた赤い紐を長に投げつけた。長の頰に当たった紐は地面へと落ち、長の頬に朱色を散らす。

 辺りは静かになった。

 皆が固唾を呑んで言動を一言も聞き漏らさないようにと目を、耳を二人に向けていた。


「そうだ」


 長の静かで落ち着いた声が響いた時、誰かがはっと息を呑んだ。真が長に殴りかかったのだ。

 他の候補者三人が真の体を懸命に引いて押さえ付け、父と子を離す。


「卑怯だ! こんなの皆が賛成する筈がない! そうだろう、皆!?」


 ざわついていた皆が途端に静かになった。

 こんなに皆が集まっていてこれほどに静かだったことなんてないのに……


「なんで誰も何も言わない! ガク!? ヒトシ! ユウさん!」 


 他の候補者三人が、真の呼びかけに肩を震わせた。

 一六になったばかりで一番年少の等は真の鬼気迫る形相を向けられ、泣きそうになる顔を下に向けた。

 一番年上の大きな体をした勇さんが拘束を取ろうとして抗う真を羽交い絞めにし、

「真、落ち着け!」

 と言った。


「勇さん! なぜこれで落ち着いていられる!? あんたも仮にも候補だろうが!」


 二人の横に並んだ学さんが、真に振り返った。


「真、お前のお陰で俺は少し冷静になれた。だからお前も落ち着くんだ」


 真が歯軋りをし、渋々ながらもようやく頷くと勇さんが真の体を離した。

 皆がほっと安堵の溜息をつくのがあちこちで聞こえた。


「集会所へ。話はそこでだ」



 

 


 お月様が随分傾いて、東の空が白み始めた頃。

 疲れた顔をした父さんが戻ってきた。

 寝床に入ったものの一向に寝付くことが出来なかった私は何度も何度も寝返りを打った後、とうとう寝るのを諦めて窓の外を眺めていたのだった。


「父さん!」


 二階から呼んだ私に力なく手を上げて答えた父さんは、そのままその手で私へ下に降りて来いと合図をした。

 三杯の水を一気に飲み干した後、頭をがしがしと掻き毟り、大きな溜息を吐いた父さんは「真弥」と私の名前を呼んで座るように促した。



「それで……どう、なったの?」

「んー……」


 また頭を掻いた父さんは、もごもごと口を動かした後、ようやくちらりと私に視線を向ける。


「今年は中止になった」

「今年、は? じゃあ今度はいつ? 来年? 三年後?」

「……一応来年、ということにはなったが、まだ決定ではないよ」

「ど、どうして?」


 窓から明るくなり出した外を見て、父さんは目を細めた。私の質問に考えこむようにも、遠くを見ているようにも見えた。


「俺はあいつとは赤ん坊の頃からずーっと一緒に過ごしてきた親友なんだ。あいつが考える事はいつも手に取るように分かるんだがな、今回は……」

「父さん?」


 失言だったと言わんばかりに首を振り、顔を上げた父さんの眉は一旦きゅっと上がった。


「十人中八人が長の意見に賛成した。今年は投票は見送られる。主な理由は二つ。一つはお前も知るように赤い実の木が原因だ」

「えっ……」


 真の怒鳴り声を思い出した。


『たかが木、一本の為に俺達の夢を潰すのか!』


 悔しそうに歯軋りをする真の歪んだ顔は、以前の投票に出られないと宣告された時の顔だった。こっちまで胸が締め付けられるほど悲しくて、悔しくて、言葉に出せない、そんな思いが滲み出ていた。


「お前も知ってるだろう。何故か今年は花の数が少なく、全くといっていい程実がならなかった。去年も少なかったが、今年はその四分の一にも満たない」


 私は小さく頷いた。

 だって、今日この目で見てきたばかりだもの。教えられなくても分かってる。


「猪爺はこれはセキが山を降りたからだ、と言うんだ。しかしこれには根拠はない。だが、三年前から急激に減ったのには違いない」

「まさか……もう一つの理由が、赤さんじゃ、ないよね?」


 父さんの右眉が上がる。それは私の言葉が当たっていた証拠だった。


「初めて山を降りたセキが三年経っても戻ってこないというのは、なんとも模範例(・・

・)だと大半が溜息をついていた。約束では最短で一年、最長で三年。次の投票を決める際までには必ず帰ってくるということだったがな。あいつの姿も形もここにはない。帰って来ないのか、帰ってきたくても帰って来られない状況にあるのか。それは誰にも分からん」

「だから、また山を降りることを許さないって言うの? そんなの――」

「ああ。降りたいと願うあいつらを止めるのは難しいだろうな。昔の俺達もそうだったようにな……」

「父さんも……そうだったの?」

「男なら誰もが通る道だ」


 父さんは窓から下がる乾燥させた紫の花をじっと見つめていた。

 それは母さんが好きな花で、毎年花が咲くとこうやって窓から吊るして乾燥させ、次に花が咲くまで側に置いておけるようにするのだ。そうすれば一年中母さんの側にいる気がするのだと頰を赤らめながら父さんは教えてくれた。


「明日が待ちに待った日だったんだ。あいつらの悔しさは分からんでもない。今回の投票では……ほぼ真が選ばれる筈だったと皆が噂していた。残りの三人がどうのというんじゃない。真は強い。体も心も全てにおいて。あいつならば、この山を降りるだけの力を持ち、未知の外の世界にすら耐えうるだろう、と皆が期待していた。そして、お前、という縛りがあるから必ず村へ帰って来ないといけない。だから、真を失うという危険を回避出来た」

「私が……縛り?」

「そうだ。だから、長も俺の頼みを聞いたのかもしれんな……あいつにとって真はたった一人の息子だ。失うかもしれないという恐怖も……分からんでもないよ、俺は」

「私達の婚約が真を縛ってるの……?」

「真はそうとは思ってないだろうよ。あいつはお前を大事に思ってるさ」


 大きくてごわついた右手が私の方へ伸びてきて、頭の上に落ちた。二度ぽんぽんと叩かれて、頰に当てられる。


セキをもう一年待ってみよう、それが集会の決定だ」

「そんな……そんな! もしかしたら選ばれた人がセキさんを探すことだって出来たかもしれないのに! 真だったらきっと!」

「外界でどうやって探す? いくらなんでも無理だ。ともかく、まだ中止と決まったわけじゃない」




 大きな欠伸をして父さんは寝室へ入るなり寝息を立てた。

 昨日も準備とやらであまり寝てないのだから、二日続けてはさすがに体もこれ以上は持たなかったらしい。

 起きた時の為に、何か食べられる物を作ろうと考えて、私は裏口から外へ水を汲みに出た。

 寝ていない時の朝の日差しは目にあまり優しくない。

 それでも眠気はなかった。

 ただ、頭がぐるぐるして、さっき聞いた事が自分の中で上手く整理出来ていないのが気持ち悪かった。

 水を汲んだ後、両手を浸してそのまま水を顔にかけた。


「はぁー……!」


 乾いた布で顔をごしごしと拭いた。

 昨日、あんなに晴れて欲しいと願ったけど、今となってはどうでもいい。

 あんなに朝から賑やかだった村が、今日はひっそりしている。

 

 隣の家の裏口から静が盥を持って現れた。


「おはよ」


 私の顔を見て一瞬ぎょっとした顔を見せた静。いつものように挨拶はなしだ。


「今日もいい天気だねー。これだとこのまえ植えた種の芽が出てるかもしれないなー」


 努めて明るく何気ないいつもの会話を始めた私。

 相槌をたまに打って返してくれる静は今日も同じ。

 水を盥に溜めてから布を浸し、それを固く絞ってから顔に当てた静は「うん」と何度目かのくぐもった返事をした。


「投票、なくなったんだって。聞いた?」

「……聞いた」

「そう」

「真弥」


 布を顔から外し、今度は髪に当てて拭き始めた彼女は私の名前を呼んだ。

 じっと見つめてくる静の目に私は少したじろいだ。


「な、何」

「真は?」

「真?」

「なんでここでぼんやりしてるの?」

「ぼんやり?」


 呆れたような眼差しを私に向けながら静は器用に髪をくるくると一つにまとめ、櫛を差し込んだ。


「……慰めに行けって言ってんの」

「慰め?……うん……そうだね」


 手に持っていた湿った布にぐっと力を込める。

 うん。分かってるよ。

 ほんとはこんな所でまったりとしている場合じゃないってことぐらい。言われると余計に自分がここでじっとしているのが情けなくなる。でも――

 怖いの。怖いんだ。またあの真の瞳を見るのが。

 優しい瞳が一変して全く知らない男の人の瞳へと変化するのを目の当たりにするのが。


「こんな時だからこそ、一緒に居た方がいいんじゃないの」


 いつも正論を言う静の言葉がグサグサと胸に突き刺さる。 

 顔を背けて今度は私が静に何も言わない番だった。


「じゃ」


 他には何も言わず、盥の水を流して静は家へと入っていった。

 水が地面に染みこんで行く様子をじっと見つめてから、私はまた水を顔にかけた。

 何度も、何度もかけた。




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