序
山奥のさらにまた奥深く。
一つの村落があった。
小さくもなく、大きくもなく。
慎ましく、日々の小さな幸せを村人全員で分かち合い、助けあって暮らしていた。
しかしその村を訪ねようとも入口となる道はどこにもなかった。
それでもなんとか山の麓から伸びた獣道を見つけることが出来た旅人は、その山の深さに先へ進む意欲を奪われ、心惑わされ、はたまた途中で獣に行く手を阻まれもし、とうとう前へ進むことを断念せざるを得なかった。
また悪運が強く気概のある旅人は、その先に何か宝があるのでは、と意気込んで進んでいけば、最後の最後で監視の村人に入村を阻まれた。
彼らが万、訪れたとすれば、その内、十が村まで辿り着き、たった一人が入村を許された。
しかしその旅人もほとんど村民との接触は禁止され、限られた区域のみだけの行動で、次の日には追い出されるという始末。
幸運にも入村を許され無事に下山し、国元に帰り着いた旅人は、後の世にこう残していた。
――うねる黒き髪を風になびかせ走る褐色の姿は陽に輝き、瞳の色は夜空を彩る金星の如し。光より早く駆けり、巨大な獣を背丈の倍の石槍で仕留めるは、瞬きを数回する間に等し。
勝利を叫ぶかと思えば手の平に刀を当て、己の赤い血の雫を獣の口へと垂らせば、あっと言う間に倒れた獣は立ち上がり、去っていく。まるで何にも起こらなかったかのように。
死と生が隣り合わせで生きるその村の住人はひっそりと山奥で暮らし、その血を外界へともたらすことを禁忌とした。
賢明な判断である。
もしも彼らが山を降りることになれば、たちまち人は彼らの血の虜と成り果てるであろう――
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山を降りることは禁忌。
それでも若者たちはいつか山を降りることを夢見ていた。
彼らは禁忌を犯してでもと、一人、二人と山を降りていく。
その者の行方は知れず。
途中、獣に食われたか、
崖から道を踏み外したか。
それでも雄々しき若者は村を出ていく決意をする。
外への憧れ。自由のために。
やむなく村は若者達の願いを叶えるべく、重い腰を上げた。
今年は三年に一度、山を降りる一人の成人が選ばれる年――