照る鱗
天から滴る雨粒は、透明なビニール傘に弾かれた。
怠惰に空にのさばる鉛色の雲に、彼は心を寒々しくさせた。
虚無感は足にまとわりついて、思う様に歩を進ませない。
ああ、なんてちっぽけで、つまらない世界なのだろう。と、彼は嘆いた。
そうしてため息をつく彼の横を、すいと、金魚が通り過ぎた。
金魚である。
丸々としていて、金色がかった赤い鱗がぬらぬらと雨に光り、薄い尾びれが布の様にひらりと揺れ、悩ましげに身をくねらせる。
彼は言葉を失った。
金魚が空を泳ぐなんて、あまりにも突飛過ぎる。それは駄目だ。世界というものは、枠にきちりと収まらなければならない。
ふと、そんな思いにかられ、彼は右腕を伸ばしたが金魚は身軽に雨の中を泳いだ。
くるりと回って見せたあと、まるで嘲る様に、彼の目の前で止まった。
ぱくぱくと落ち着きなく動く口から、泡が漏れる。
彼は言いようの無い恐怖に駆られ、金魚に背を向け、走り出そうとしたーーーが。
彼は見てしまった。
鉛色の雲の切れ目から、何千、何万という数の金魚が泳いでいるのが。
いつの間にか、雨は止んでいた。
雲もどんどん晴れて行き、月明かりに照らされて、金魚達は空に犇いていた。
数匹の金魚が彼の周りを泳ぎ始め、次第に数が増え、視界が金魚に染まって行く。
どれくらいたっただろうか、金魚はいつの間にかいなくなっていた。
月明かりに照らされた道に、金魚鉢が一つぽつりとおいてある。
彼は肩をすくめ、ゆっくりと歩き出す。
彼の背中には、びっしりと隙間なく金魚が張り付いていた。
意味はありません。