最初の敵
校門に向かって走りながら、私は主の言葉を思い出していた。主は「楽しんでくれ」と言っていた。そして、私の今の走る速度の速さ……。いつもの速さでは、すぐに獣にやられてしまう。だからなのだろうか。反応速度や走る速度が速い気がする。
「すぐに死んでしまっては面白くないだろうからな………」
思わず声になってしまった心の言葉に、前を走っている萌仲は反応した。
「なにか言った?」
「別に、なんでもない」
こんなことを考えているうちに、校門に着いた。近くで見ると獣の冷たい目は、さっきよりも恐ろしいモノに見えた。さすがに萌仲は少し怯んだようだった。
「私が先に行く」
「え?ゆいな?」
「私が先に行くから。萌仲は後ろで援護して」
「……分かったわ」
もう誰かの後ろについて行くのはやめよう。自分が一番最初に動くんだ。ずっと後ろにいたって、視野は広がらない。視力が高くなるアビリティを手に入れてずっと遠くまで見えるようになったとしても、後ろにいたら障害物にさえぎられる。せっかくアビリティを手に入れたんだ。障害物のない先頭に立って、世界を見なくちゃいけない。
「行くよ、萌仲」
校門の上部を左手でつかみ、飛び越えて着地。そのままの低い姿勢で移動し、相手である獣の動きを観察する。敵は八匹。私たちの腕前を見に来るにはちょうど良い数だろう。獣は冷たい目をこちらに向けて、低いうなり声をあげている。
突然、先頭にいた一匹が動いた。私の方に向かって走ってくる。私は右手にピックを持ち、そいつの腹部めがけて突き出した。直後、鮮血が飛び散る。獣の情けない鳴き声。私はすぐにピックを抜くと、残りの獣に向き直って構えた。前にいる七匹の獣は警戒の色をその瞳に宿している。後ろにいる萌仲が校門を飛び越え、着地した音が聞こえた。
「ゆいな、後ろはあたしにまかせて」
「うん」
さっき攻撃した一匹は、苦しそうに喘ぎ声を出して転がっている。苦しそう・・・いや、すっごく苦しいのだろう。地面に横たわって、漏れる声を抑えることもできずに痙攣している。
ごめんね。でも、あなたはココの住人でしょ?大丈夫だよね、きっと・・・。
心の中で謝罪をする。殺されてもいいように、殺されるために創られた獣の体。そっと優しく触れてみる。周りの獣がウゥッと警戒のうなり声を上げる。それを無視して痙攣する身体を軽くなでる。温かいと感じた。
「ゆいな、何をしてるの・・・?」
萌仲の心配そうな声を無視して撫で続ける。殺されてもいいように創られた獣でも、温かい。鮮血も流れている。ドクドクと鮮血が流れ出ている傷口をみて思わずつぶやく。
「あぁ、急所を貫けなかったから・・・。苦しんじゃって・・・、ごめんね・・・?」
「ゆいな・・・、何をしようとしてるの・・・?」
萌仲の声がきこえる。何をしようとしてるかって・・・、決まっている。ラクにしてあげるんじゃないか。
右手に持っていたピックを握りなおして、私は思いっきり身体に突き刺した。グシャッという嫌な音が響いた気がした。飛び散った鮮血が手首を、制服を、濃く赤く染める。気が付くと、獣の身体の痙攣はおさまっていた。その時に聞こえた小さな声。
『ありがとう』
透き通ったその声は私の脳に深く焼きついた。
「ゆいな、危ないっ!」
萌仲の恐怖の混じった声。ハッと顔を上げると目の前に一匹の獣の鋭い爪があった。とっさに左腕を出すと、左腕に軽くしびれた様な鋭い痛みが走った。予想していた痛みよりも強くなかった。これもきっと調整されているのだろう。痛みでショック死しないようにとか、ご丁寧な気遣いなのかもしれない。右手に握っているピックで攻撃しようとするけれど、抜けない。けっこう深く刺さっているみたいだ。
あ、死ぬのかな・・・。そう思った時、小柄な人影が目の前に飛び込んできた。一瞬、萌仲かと思ったが、後ろでは短剣が爪と闘っている音が聞こえている。よく見ると、萌仲よりも髪が長い。両手に銀色に光る武器を持ったその影は一撃で獣を殺してしまった。
「・・・大丈夫?」
感情の読み取れない声。静かな水面を思わせる穏やかな声だ。
「ありがとう、助けてくれたんだ」
差し出された白くて細い右手につかまって、立ち上がりながら言った。もう片方の手に握られている得物はナイフだった。銀色に光るソレは目に眩しかった。
「・・・とりあえず、校舎に戻って手当てする」
そう言って、私の手をつかんだまま走り出した。結構速くて、私は途中に躓きそうになった。