18話
二つの銃声が同時に響き、命を奪う音が聞こえる。たったそれだけの事で、多数の人間を殺した者達が死に絶えた。
返り血が顔に飛ぶ。服の袖で拭い、血を流して倒れる死体を見てみる。女と男の死体は、ほんの僅かに離れた場所で転がっていた。女が伸ばした指先は、誰に届く事も無い。
哀れむ気持ちは無いが、死体を寄り添うような形にしてやり、その指を絡めさせる。
普段の自分なら絶対にやらない行為だ。そんな温情の有る真似はしない。ただ、少なくとも我々の関係を祝福してくれた男女だ。こういう対応をすればカナエが喜ぶだろう。それだけの事だ。
「お優しいね」
「そう見えますか?」
「いいや、全く見えない」
二人の男達は、銃を下ろしている。こちらへ向かう視線には、僅かな敵意と情けなさが含まれていた。
大方、見当違いの復讐に及んだ事に思う所が有るのだろう。気にする必要は無いと思い、努めてフォローに回っておく。
「私ごと撃とうとしたのは、まあ構いません」
「いや別に、気にしてる訳じゃない」
「俺達はただ、高瀧さんも、アンタも早く言ってくれれば良かったんだ。協力関係に有るって」紅という名前らしき男は、冷徹に尋ねてくる。
「どうして、あんな計画を立てたんだ? こいつ等への復讐は……まあ、分かるが」
「内緒にしていたかったんですよ。こういうのはサプライズが肝心ですから」
二人の男達は、既に大半を把握している様だ。上司である高瀧から指示を受けているのだろう。先程遭った時と比べて、行動に迷いやブレが無い。
計画を話しても、問題は無いだろう。そう判断して、説明をしてやる。
「私の部下は、副業で情報屋もやっているんですよ。勿論、私の情報網を使ってね。そこで彼……『男爵』に頼んで、爆破テロ犯の標的を私のホテルにして貰いまして」
「こっちの目的は、俺達の傘下に有った銀行を爆破した連中への報復、だったな?」紅の方が確認を取ると、朱の方は首を捻っている。「俺達はその、爆弾魔ってのを見てないんだけどな。高瀧さんが言うんだ。信じるさ」
「あの人がホテルマンの格好で出てきた時は、本当に驚いたぞ。幽霊かと思ったくらいだ」
高瀧と接触した彼らは、事情を全て聞いていたらしい。此処に自分と、殺人鬼の二人が来るというのを受けて、この場で待ち伏せをしていたのだろう。
助けられる形となったが、あわよくば自分も纏めて殺そうという意志が見受けられた。その辺りも、高瀧から指示を受けていたに違いない。
しかし、そんな物はどうでも良い事だ。
「誤算が有るとすれば、このよく分からないサイコ夫婦と……『男爵』……いえ、違いますね。ともかく誰かさんが思った以上に悪戯好きだったという点でしょうか。例えば今、私の婚約者と一緒に居るであろう女優さんとか、勘違いで私を殺そうとしたお二人とかは計画に無かったので」
二人が居心地の悪そうな顔をしている。そんな表情をしながらも、紅と名乗る男は目を細めて睨んできた。
「だから、高瀧さんと手を組んだのか」
「そうですが?」
「……分からねえ。ならどうして襲撃なんて起こしたんだ。お陰で、俺達はまるで見当外れの復讐に走ったんだぞ」明らかに、怪しんでいる表情だ。
「単なるポーズですよ。爆破事件の犯人が、売った連中の行動を見ている可能性が有りましたからね」ただ、本人を見た限りでは無駄だった気もする。
世界に物語を求める男だ。気にする筈が無く、放っておいてもホテルを爆破していただろう。お陰で、目の前の男達に殺されかけた。
「最初から、あの襲撃は予定に入っていました。まあ、騒動を起こして連中の目を逸らす為ですね。頭のおかしな連中のお陰で、台無しになってしまいましたよ」
「なら、どうしてだ。どうして高瀧さんの報復に手を貸す? 爆破されて強盗に遭った銀行は、アンタとは全く関係無いじゃないか」
それなりに疑いが深いのか、紅の方だけが質問をぶつけてくる。もう片方の男は冷や汗を浮かべていて、嫌そうだ。こちらを怒らせたく無いのだろうが、杞憂である。この二人が何を言おうと、子犬に吠えられた程度の物で、怒りなど覚えないのだから。
「彼とは協力していますから」
「だが、変だぞ? アンタに何のメリットが有るんだ」
「巷で騒がせている爆破事件の犯人を見ておきたかったから、でしょうかね」
適当な返事をしてみると、男は眉を顰めてきた。
「アンタみたいな奴が、そんなのに興味を持つか?」
「ええ、言う通りです。興味を持つのは私ではなく、私の恋人兼婚約者ですが」
「成る程な」カナエを知っている為か、彼らはすぐに納得した。「あの女なら、興味の一つも有るか」
「分かっていただけた様で何よりです」
心にもない発言をすると、空気が寒々しくなる。人は嫌な感触だと表現するだろうが、自分自身から溢れ出る虚無感の為か、気にならない。
この場の事など興味は無かった。大事なのは、今頃何処かに居るカナエの事だ。彼女は楽しんでいるだろうか。
「じゃあ、最初から利害が一致して協力を?」
「いや、全部終わったら殺そうと思っていましたが。我々の領域で爆薬やら何やらを売られるのは、どちらにせよ邪魔なので」
カナエの事を考えていた為か、つい本音を口にしてしまった。
失言だと思った時には、二人の男達が一斉に銃を向けてくる。
それを見た途端、従業員達が、懐や腰に手を入れる姿が見える。殆ど全員が、この日の為に用意した者達だ。しかし、自分自身は銃を抜かない。この二人が発砲する前に殺すくらい、簡単だからだ。
「じゃあ何故俺達や高瀧さんを殺さなかった? ホテルマンとして潜ってたんだろ、あの人は」
「ほら、彼女と話が合っていたので。それだけで、私には高瀧さんを生かす理由が有ります」
男達が絶句するのが見えたが、構わずに続ける。
「それに、彼にはカナエを楽しませるという結婚祝いのプレゼントとして、まあまあに働いて貰いましたから。そんな大恩は仇で返しません」
「要するに」指先を震わせながら、二人が目を丸くしている。「要するに、お前は……結婚祝いのイベントで、こんな事を仕組んだのか?」
「さて?」聞かれたままに考えてみたが、答えは出ない。「どうでしょうね、私にも分かりません」
分からないとは言ったが、少なくともカナエに楽しんで貰う為のイベントだった、というのは間違っていない。目的や利益はついでに用意した、言うならばおまけだ。無くても構わない。
そういう意味では、彼らの言う事は間違いなく正しい。しかし、それが結婚祝いかと聞かれると、首を傾げる物が有る。そんな事が無くとも計画を立てるからだ。
「お前は、狂ってる」自分の意志が伝わってしまったのか、男達の緊張が高まった。「今此処で始末しておいた方が、俺達の、ひいては世の為って物だろうな」
一応は協力関係に有るというのに、随分と急な心変わりだ。
普通の人間の顔だ。普通に揺らぎ、普通に気持ちを曲げる時も有る。だからこそ、真っ当な人間性が存在を認めないのだろう。
「良いのですか。従業員と本日の客の大半も私の部下ですよ。幾ら私の性格がこのザマでも、ボスを殺したら間違い無く生きたまま挽き肉にされますね」
今も、男達を殺そうと従業員達が殺気立っている。抑えているが、時間の問題だ。
「それでも良いならご自由に。安心してください、今日は混乱が予想されたので、警察がこの辺りへ来る事は出来ない様にしておきました」
周りが緊張感に包まれている中で、自分だけが何とも思っていない。不気味に見られているが、特に気にはならず、ただ二つの銃口を眺める。
そういえば、この場には、あのホテルマンの服を着た高瀧が何処にも居ない。何処に行ったのだろうか
「ところで、高瀧さんは何処に?」
「……屋上だよ」
関係の無い質問をされた為か、朱と呼ばれている男の方が答えてくれた。随分と、素直だ。そんな調子で今まで生きていたのだから、きっと相棒に恵まれているのだろう。
そして、自分だって恋人には負けず劣らず恵まれている。そういう確信が有った。
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銃声が鳴り響いた時、頭から血を流したのはカナエだった。自分の目の前で、庇う様に身体を滑り込ませた彼女が、完全に即死だと分かる傷を負っている。
「カナっ……!?」
驚くより早く、階段の方から人が近づいてくるのが見えた。
反撃を行う為に、銃を取り出そうとすると、そんな自分より遙かに先に、カミラが飛び込んでいった。
映画で見た時よりずっと素早く移動し、銃を撃った人間を、カミラが派手に殴り飛ばす。何をしたのかを理解するのは困難だ。彼女の活躍を目にしようと集中したからこそ、見て取れた。
一発殴られただけで吹き飛ばされた人間は、酷い音を立ててフェンスを壊し、落ちていきそうになる。
「おっと、危なかったね」その腕を掴んだのは、撃たれた筈のカナエだった。
「昨日の焼き増しになってしまったかな、高瀧さん」
「そうだな、だが、昨日とはちょっと違う反応じゃないか、ええ?」
「この方が視覚的に良いかと」
落ちそうになった者は、ホテルマンの格好で銃を握っていた。カミラもその人物を知っているのか、少し驚いた様子だ。
そのホテルマンは何となく見た気がする。爆弾を買った現場で顔を見た様な、そんな気分だ。
だが、自分の意識はカナエに集中した。
明らかに頭を撃たれていた筈だというのに、カナエは相変わらず楽しげな声を漏らしていて、射殺されたのが嘘の様だ。
夢の中だったのかと疑うが、足下には出血の痕が有って、確かに彼女が撃たれた事を表している。
「ああ」死んでいる筈だというのに、幸せそうな声を弾ませる。「私、もうプランクさんに気を遣わせてばっかりで」
顔を何度か押さえ、溢れんばかりの楽しさが爆発する。勢いに任せてこちらへ視線を向けてきた為に、やっと、彼女の顔が見えた。
想像以上に頭の穴が大きく開いて、酷く出血している。後頭部には貫通していないが、脳の中身が部分的に飛び出す事で、グロテツクな不気味さを演出していた。
「今夜のショーは楽しい夢か、大好きだね」
頭を撃ち抜かれ、脳漿をまき散らしているというのに、彼女は平気で立っている。
ゾンビか吸血鬼か。それとも肉体が再生するのか。彼女は夢見がちな妄想ではなく、現実的に存在する。どうして生きているかを考えてみると、外見に変化が訪れた。
撃ち抜かれた頭が謎の虹色を発して、触手の如き不気味な踊りを見せたかと思うと、その顔は瞬く間に元の可愛らしい女性に戻った。
その指先には血液が付着した銃弾が握られている。真っ赤になった鉛玉には肉片が引っかかっているが、それすら虹色に輝き、瞬く間に消えた。
「どう、私は確かに人と同じ外見をしているけど」銃弾を握って手を開くと、弾は小さな四角形に加工されていた。「これをどう見たら、人間に見える?」
本人の言う通りだ。頭を完璧に撃ち抜かれて、生きている人間は居ない。だが、それ以上に虹色に光る触手や致命傷の治癒の方が有り得ない。
「お前、それ、本当に?」
「そうさ。私は人じゃない。人類じゃないのです。さっさと見せてあげたかったんだけど、まあ丁度良いや」
「もしかして、あの自決未遂はその為か?」
「うん。それ以外に何が有りますかね?」
「そうか、そうなのか」
最後の一発が自分の背を押し、確信がやってきた。
嬉しさで心が焼け、張り裂けそうになる。世界は一気に物語へ近づき、愛すべき登場人物の姿に賞賛と感謝を言いたくなる。今までの全てが、この瞬間の気持ちを得る為の退屈に思えた。
ほんの僅かに見方を変えただけでも、世界の全てが輝かしい栄光の塊に見える。今こそ人生で最も幸せな時間だ。
全身の動きが完全に硬直する。何も喋らず何もしない。その反応をカナエが楽しそうに眺めている。彼女には、目一杯の感謝を贈りたい。誰よりも自分に世界を教えてくれた、あの人ならざる彼女に。
「そうだ、高瀧さん。君の部下を殺した感じの人達が……」
思い出した様にカナエが告げると、高瀧は手を軽く挙げて頷いた。
「知ってる。連中への正当な報復は、私の頼もしい部下達に譲ったよ」
「ああ、あのお二人ですね。まあ、あの人達なら大丈夫か」
よく分からない会話だ。しかし、その未知すら興味の対象だ。それもまた、世の中に溢れ返った物語性の一つであり、自分の意識を傾けるべき物事である。
高瀧の事も、ようやく思い出せた。爆弾を買い付けた時、上位者として指示を出していた人物だ。その彼が此処に居るという事は、爆弾は偽物だったのかもしれない。
それはそれで面白い。上等な事だ。
「で、俺はそっちのそいつを撃ち殺すという訳だ。俺の運営している銀行を爆破してくれた礼にな」高瀧は凶暴な笑い顔を見せつけて、銃口をこちらへと向けた。
やはり、報復だった様だ。最初からこの為にホテルへおびき寄せられたのだろう。誰かが脚本を書き、誰かが実行した。これで、何処かに監督が居れば面白い。
「つまり、俺を殺したいのか」
愉快すぎて、たまらず腕を広げた。「良いぞ。俺は平気だ」
予想外だったのか、高瀧が驚いた風な様子を見せる。だからどうした、世界の物語性を肯定した今、自分は何もかもを楽しめる。
「あれ、ジョンさん?」
「おお、カナエ。本当にありがとうな。お陰で色々と気づいたよ」
どうしようもないくらい、今の自分は世の中を面白い物として見ている。きっと、カナエも同じ様な目をしているのだろう。益々気が合うと思えて、自然と親愛の笑みが浮かんだ。
「有る物なんだな」沸き上がる想いに任せて、思い切り声を出す。「確かに、俺が何もしなくたって、この世は物語に近づいていた様だ」
確固たる意志を以て、世界の存在を認める。カナエが嬉しそうに、興味深そうに聞いてくれている。
胸の奥で燃える熱意と、力が爆発していく。誰にも邪魔はさせない。高瀧に撃たれるのも、カミラに止められるのも許さない。
「この世はホテルと一緒だ」空を見上げて、目の奥に銀幕を映す。「人が訪れ、去っていく。何事も無かったかの様に」
「つまり?」
「そうだ、つまり、俺も去っていく時期なのさ」
言葉を止めて周囲を見回す。高瀧の銃が自分を撃ち抜くまで、後何秒だろう。そちらは、振り切る自信が有る。
警戒すべきはカミラ・クラメールだ。彼女は状況を把握していない様だが、もし何かが起きれば即座に行動するだろう。なら、自分がやるべき事は一つだ。
カナエに目配せをして、即座に行動する。
「だが、普通に殺されるんじゃ面白くない!」
一気に全速力で駆けた。
「待て!」高瀧が銃声を響かせる。しかし、銃弾は背中を掠めて、彼自身は飛びかかってきたカミラの一撃を受けた。「撃たせるかっ!」
銃は弾き飛ばされ、床へ転がる。高瀧自身は投げつけられて、こちらを妨害する能力を失う。
狙い通りだ。カミラは、こちらを助けてくれた。一番の障害である彼女が別の方向へ行ってくれた。後は、遠慮無く走るだけだ。
「助けてくれるって、分かってたよ!」
誰も彼も、生の執着も振り切って、壊れたフェンスを飛び越えた。
瞬時に、自分の身体がホテルから落ちていった。同時に、懐から取り出していた起爆装置を握る。
さあ、落下で死ぬか、使えるかどうかも分からない爆弾による空中での爆死か。どちらも悪い選択ではない。
例え世界が物語だとしても、それはそれで構わない。自分という連続爆破事件の犯人は、こうやって派手に落ち、あわよくば爆死するのだ。終わり方としては、悪くない。
それに、自分は世の中に希望を抱いている内に死ぬべきだ。この高揚が何時までも続くとは思えない。いずれ、世界の物語性を忘れ去る日が来るだろう。今の内にこの世から消えなければ、また世界を滅ぼしてしまう。
さっさと死んだ方が、良い。
「さらばだ、世界」愛憎一体のこの世界へ、別れを告げる。
時間の流れが遅く感じられた。こういう場合、物語であればどうなるだろうと考えて、すぐに気づく。
助けられる場合もあれば、助けられない場合も有る。確率は半分半分と言った所だろう。だが、自分は敵役だ。こういう場合、大半は助けられずに死ぬ。
なら、次は死後の世界が有るのかを確かめるのだ。実に、面白いと思えた。




