16話
無数の銃弾とナイフ、時折手榴弾までが飛んできている。此処まで無傷で通しているのだから、自分という生き物が人間なのかも疑わしい。
だが構わない。それでこそだ、それでこそ、面白くてたまらない。不敵に笑って銃弾をくぐり、ナイフは掴んで投げ返し、どうしても当たりそうな銃弾の軌道を逸らす。
世界を支配する法則など、自分にとっては紙屑程度の物でしかなかった。怒声と罵声、それに悲鳴の中で戦っていると、興奮で心が沸き上がってくる。うっかり殺さない様にしなければ。
男達は必死の抵抗を行っているが、大した事ではない。どうしても死なせなければならないと思う程度の強さではなかった。
「おや、屋上じゃないか」気づけば、そこはホテルの屋上だった。一気に駆け上った為に、意識にすら入れていなかったのだろう。
若干の風が吹いている。髪が撫でられる感触が小気味良く、つい目を細めてしまう。無粋な男達は、変わらず攻撃を仕掛けてきていた。
「こういう場所に居ると、思わないか」冗談めかして、告げてみる。「物語の終盤にこういう場所へ行くと、絶対に落ちるんだ」
こちらの言葉を無視して、男が殴り掛かってきた。無駄だ、伸びてきた腕を掴んで引っ張り、背負い投げの要領で他の男へ飛ばす。身体が衝突する音と、呻く声が聞こえた。
「私が落ちるのか、君らが落ちるのか。どうだろう」
返事は無い。代替として殺意と武器が飛んでくる。頭を狙った攻撃が主体だが、そんな小さな的に当たる筈も無い。
男達の目は、こちらの事を完全に化け物と見ていた。これだけ暴れたのだから、仕方無い。
「ちなみに、私の出演作品を見てくれた人は居るかな?」誰も返事をしない。残念ながら、一人も見ていない様だ。
「そうか、残念だ」残った者達の数人を軽く叩き、一撃で気絶させる。
殆ど一瞬にして、何人もの男が倒れた。自分がモンスター映画に登場する怪物になった気分だ。必死に抵抗する男達の顔は、銀幕の中で襲われる軍人達と酷似している。
まだ恐慌を起こさないだけ、彼らはとても立派だ。賞賛してやりたいと思う。
「見事だ」フェンスに背を預けて、柏手を打ってやる。「まあ、頑張ってくれてありがとう。準備運動にはなったよ」
「そうかい」何人かの男が、顔面を蒼白にしながら返事をしている。「俺達じゃ、無理みたいだな」
「だろう、きっと、百年有っても無理だ」
「だが、俺達なんかよりもっと強い奴を呼んでる。屋上まで来てくれて助かるぜ、逃げ場が無いからな」
覚悟しろよ。そう言いたげに、顔を歪める男達。その奥には、恐怖が見て取れる。こちらに意識が向けられていない、むしろ呼んだ者に対して怯えている様子だ。
何となく、それが誰なのか分かった気がした。「……それって、カナエか?」
その名前を口にすると、男達は痙攣まがいの反応を起こした。顔を見合わせて、困惑した素振りすら見せている。どうも、正解だったらしい。
「どうして知ってる」
「知り合いだからな」
「し、知り合い。どういう事だ。お前みたいな奴が来るなんて、プランクさんから聞いてないぞ」混乱した男の頭を、別の男が叩いた。「馬鹿、余計な事を言うな」
その行動を見て、自分がどうしようもない勘違いをしていた事に気づく。「……なあ、お前等って、あの爆弾を仕掛けた連中じゃないのか?」
「そ、そんな訳が無いだろ。むしろ俺達の目的は逆」
「だから、余計な情報を喋るな!」
「言わないと、どうせ俺達は挽き肉にされるだろ!」
喧嘩っ早い男達が、周りも気にせず殴り合いを始めた。漫才か何かの様に間抜けな光景だった。あれでは、何かの組織に所属していたとしても、大した位置には居ないだろう。
少し、申し訳のない気分になった。彼らは、爆弾の関係者だと思っていたのだが、違うらしい。その程度の真偽くらいは見抜ける目を持っているつもりだ。
それが分かった以上、もう戦闘を続行する意味は全くない。「悪かった。何だか、勘違いをしていたらしいな」
唐突な謝罪に聞こえたのか、男達が目を見開いた。
「私は単なる無関係の第三者だ。どうやら、お互いに誤解が有ったらしい」
「え」殴り合いを止めた男が、極まった困惑を感じさせる声を吐いている。「アンタ、あの爆弾野郎共の仲間じゃないのか」
「休暇を潰されたのはこっちだ」大げさに溜息を吐くと、男達の間に有った緊張感が少しずつ薄れていった。向こうも、自分達がどうしようもない誤解をしていたと気づいた様子だ。
何人かが溜息を返してきた。何人も仲間を気絶させられて、結果が徒労では情けなくもなるだろう。
「私が倒した連中の敵討ちでもしないのか」
何となく聞いてみると、男達は情けない顔になる。
「殺されてないのにか?」
「そんな馬鹿な理由でアンタみたいな怖い女と戦ったなんて知られたら、カナエの生きた玩具にされた挙げ句、プランクさんに殺された上で肉を家畜の餌にされちまうよ、勘弁してくれ」
婚約者の方はともかく、カナエは必要以上に怖がられているらしい。童顔で明るく、後ろ暗さなど微塵も無い人物に見えるのだが、あの不気味な雰囲気はそれほどまでに怖いのだろうか。
「カナエか。結構可愛い所も有るし、そんなに怖い奴か? 率先して人を傷つけたり、殺したりする類には見えないんだが」
「は?」男達の見る目が、動物園の珍獣より珍妙な物を見る物に変わった。あれだけ暴れた時よりも、今の方が妙な視線を感じる。
「いや、分からなくも無いけどな……見かけとかは、良いんだよな、うん」
「ほら、アレさ。どんな状況でも笑ってるピエロの人形って、怖いだろ? それと同じだよ」
「世間話とか、面白いコミックの話をしている時は普通に喋れるんだけどな……」
冷や汗を浮かべながら、彼らは恐怖を堪えている。未知への恐れという物だろうか。
「そんなに不気味か、彼女は。確かに結構変わってるし、不気味だが、怖くは無いだろう?」
「失礼、そう思うなら」言い辛そうにしながら、男は続ける。「アンタ、正気じゃないよ」
「さあ、どうかな」
意識的に不敵な笑みを作って見せる。威圧や威嚇とは違い、友好的で敵意の無い意志を籠めた物だ。誰にでも分かる様に、身体の力を抜いておく。
男達から見え隠れしていた、ほんの僅かな警戒が消える。
「ところで、彼女はこちらに向かっているらしいな」
「そうだが、それがどうした?」
「此処で少し待たせて貰う。君らはどうする?」
男達は少し迷う素振りを見せたが、すぐに答えた「……此処で、見張らせて貰おう」
「お前が本当に敵じゃないのか、それも分からないしな」
警戒していなくとも、まだ疑いは持っている様だ。失礼な連中だと思う反面、当然だとも、敵ではないと知った途端に無防備になるよりは遙かに良いと感じる。
「それが良い。そうすると良い」
背中に力を預けると、フェンスが軋む音が聞こえた。脆く、今にも落ちそうだ。自分だけは落ちても死なない自信が有ったが、普通の人間は屋上に来るべきではないだろう。
そもそも、女一人が寄りかかったくらいで落ちそうになるなら、この囲いは何の意味も無い気がする。
「この屋上、何に使うんだ?」
「ああ、清掃と避雷針」意識を保っていた男達の一人が、小さく呟いた。「それに、人を落とす事に使う」
「成る程」嘘の様な、本当の話だと思える。「まともじゃないな」
このホテルは、まともじゃない。爆弾など関係無く、最初から普通の場所では無かったらしい。こんな場所に招待した『監督』を、誉め称えながら殴りたいと心から思った。
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目の前を、カナエが歩いている。階段を行く足はとてものんびりとしていて、慌てた所が全くない。最初の内はもっと急いでいた気がするのだが、何故だろう。
やはり、神の視点という物を持たないのは不便だ。彼女の言う通り、登場人物自身が物語を物語と認識するのは困難なのだから。
「音が止んだね」階段を登っていたカナエの動きが僅かに止まり、小さく声を放っている。
自分には聞こえないが、彼女の耳は正確に捉えている様だ。羨ましい話である。
そもそも、彼女であれば世界を真実の意味で、つまり神の視点を持って物語として見ても不思議ではない。こちらの事は、面白い登場人物か何かだと思っているのではないだろうか。
ただ、それで何が変わる訳ではない。人間を玩具の様に見ているからと言って、話の分かる相手なのは間違い無い。
「ねえねえ、スーツ君」再び歩みを進め始めた彼女が、少し後ろを歩むスーツの男へと声を掛ける。
男は慌てた様子で身体を一度震わせ、ぎこちない声で反応する。「な、何か?」
「君が来てくれて良かったよ」
「そ、それは助かるな」
「聞きたい事が有ってね? 来てくれなかったら、後から聞きに行かなきゃならなくなるから、本当に良かった」
「どういう、事だ?」声の中に、不安そうな色が宿る。
「君さ、ジョンさんの部下になっていたんだよね」
カナエが目線を僅かに動かし、こちらを見つめてくる。
「この人は、確かにジョンさんの部下だよね?」
「そうだな、確かにコイツは俺の部下……だった時も有る」
「だよね。部下、部下ね。プランクさん、私に内緒で何をしようとしているんだろう」
「知らねえよ、バカップル」
馬鹿にしたつもりなのだが、カナエは喜んだ。
「えへへ、それほどでもないかな」
また、夢中になって唇の周りを撫でている。居心地が悪くなる程に強烈なキスシーンを思い出して、顔を背けたくなった。
一頻り撫で回すと、指を一度だけ舐めて、スーツの男の顔を覗き込んだ。
「それは置いておくとして……で、ジョンさんの部下として爆弾魔の中に潜り込んだ、と」
「まあ、そうですけど、それが何か」迫り来るカナエが怖いのか、一歩ずつ逃げようとしていく。
壁に阻まれて、男は逃げ道を失った。
「いや、ちょっとした疑問なんだけど」声を止めると、次の瞬間にカナエが見せた笑顔の質が、決定的に変わっていた。「どうして、ジョンさんの所に居たの?」
頬が裂ける程に口を大きく開けた笑顔だ。不穏な空気が呼吸と連動して、猛悪な好奇心と連動する不快感を煽る。ただし、わざとらしい態度だったので笑ってしまいそうになった。
彼女の性質を理解し、その上で好感を抱いた者であれば、その不気味さが素敵だ。恐らく、プランクというあの無関心極まる男は、彼女のこういう所に心を射止められたのだろう。
ただし、スーツの男にとっては違うのか、迫られた状態を怖がっている。もったいない話だ。
「プランクさんの指示で……」
「本当に、それだけ?」
「その話はプランクさんに口止めされていて」
「本当に?」
とてつもない距離へ接近している。スーツの男はまだ若く、動揺が分かりやすい。カナエとの顔の距離は数センチ程度で、もう少し顔を倒せば唇が触れるだろう。
「顔が近いね」彼女自身も同じ事を考えたのか、ほんのり顔を赤くしている。
「うっかりちゅーしちゃうかも。事故チューって奴? そしたら君、プランクさんに殺されちゃいますか? いいえ、そんな事は無い無い。でも、君自身はどう思う?」
「か、カナエは可愛いし、キスされたら嬉しい、です、でもやめてくれ、頼むから」
「そうだろうねー、頭がおかしいのが感染したくないもんねー」感情の籠もっていない声を発したかと思うと、カナエが笑いながら顔を暗くする。「ひどいよ、君の事、嫌いじゃないのに」
あざとい程に演技だ。確かにスーツの男で遊ぶ行為を楽しんでいるが、それは好意というより、お気に入りの玩具を扱っている様に見える。
哀れむべきか、羨むべきか。どちらにするかを迷っていると、彼は蚊の鳴く様な声を漏らした。
「ほ、本当に、勘弁してください」
「勘弁するよ。別に意地悪をしたい訳じゃない」
「じゃあ、何で、こんな……!」
「ほら、正直に言ってごらん。ね、怒らないって知ってますよね?」
ニッコリ笑いかける所が、地獄より深い暗闇を感じさせる。傷の一つも与えていないが、映画の中のどんな拷問より酷い光景に見えた。
この男が隠している事を白状するのも、時間の問題だろう。そう思っていると、彼は目を泳がせながら、ほんの小さな声を漏らす。
「俺は、ただプランクさんから貰った情報を、転売したかっただけで」
「誰に?」
「それは、その……」
男は目を逸らしたまま、何も言わなくなってしまう。それ以上はどうしても言えない様だ。
ただ、横から聞いていると、想像の範囲で分かる事が一つ生まれたのが分かった。
「もしかして、お前が『男爵』なのか?」
「ち、ちがうっ!」彼は大きく反応し、首を振って必死に否定を口にした。
こんな嘘を吐くのが苦手そうな男に隠し事をされた自分が、情けなくなる程だ。この男が『男爵』だとは、到底思えない。爆破する場所の助言など行える様な人間ではないだろう。
しかし、プランクの指示で行ったとすれば? 簡単だ、命令通り、ホテルを選ぶ様に告げ、部下として潜り込む事も出来るだろう。
「あ、いや」男の声は明らかに動揺している。「その、俺は」そんな調子では、頷いているのと同じである。
カナエが少し不満そうな目でこちらを見ている。自分で白状させたかったのに、そう言いたげだ。鼻で笑って返せば、大げさに頬を膨らませて、また上の階へ向かって歩き出した。
スーツの男は逃げたそうな顔をしたが、大人しく着いていく。そんな二人の背中を追いかけていると、物語を見ているのと同じ気分になって、楽しくなってきた。
「これは傑作だ。俺の部下に混ざっていたとは」
それに気づかなかったのだから、自分の頭の悪さが傑作だ。出来の悪いアクション映画の敵と同じか、それ以上に。
「『男爵』の顔は知らなかったけどな。まさか、俺の部下として潜り込んでくるなんて……」今気づいたと言わんばかりの口調で、問いかける。「もしかして、『男爵』として情報を提供する様に命令した奴が居るのか?」
「その、それは。ぷ、プランクさんが、な」
「そうか、あいつか。もっと意外なのを考えていたんだけどな」笑いを堪えながら、底意地の悪い声を吐く。台詞を喋っている感覚で、実に面白い。「待てよ、という事はお前、俺から情報料を受け取って、奴からも報酬を貰ったのか。随分とまあ、金に困ってるみたいだな」
「何度も言うけど、借金まみれだからねー、その人。まさにホテルの『男爵』という訳」口を挟んできたカナエが言っているのは、ホテルを題材にした古い映画の事だ。
「良い映画だな、『グランド・ホテル』は。まあ、あの登場人物程に人間的な魅力は感じられないし、スターとの恋愛も無さそうだがな」
「いやいや、このホテルにはカミラさんが居るよ。もしかすると」情けなさそうな男の声が聞こえる。「すいません、俺、その人に気絶させられました」
「……カミラさんが、君を気絶?」
「え? いえまあ、はい」
振り返ったカナエと自分の目が合った。次の瞬間には、こみ上げてくる様な笑い声が二人の口から当時に溢れ出して、ついには腹を抱えて笑ってしまう。
余りに酷く笑うので、互いに殆ど抱きつく勢いで相手の肩を叩いて、踊り出しそうなくらいだ。死ぬ程までに笑うまでは、声すら止まらなかった。
何とか息を整えると、目の前に居たカナエが今にも大笑いを始めそうな顔になっていて、それもまた愉快だ。
「こりゃ、傑作だ。笑える」
まだ笑い足り無そうなカナエも、深呼吸をした。
「ふふ、確かに」
急に笑いだした馬鹿が二人も居ると思ったのか、スーツの男の視線は訝しげで、更に間抜けな表情をしていた。
「何がおかしいのかって顔だな」
「ああっ、すいませんちょっと」全く怒っていないのだが、まるで怒られたかの様に身体を縮めている。その姿が余計に笑いを誘うとは思っていないらしい。
「どうしてちょっとした事で馬鹿みたいに騒いで笑ってぶっ飛んでるのか、って。クスリでもやってハイになってるって言いたいのか? 違うね、答えは簡単さ」
「世の中って面白いなって。ジョンさんにとっては初めての認識かもしれないけど」
「ああ、そうだな。後は決定的な何かが有れば、俺はもう世の中を物語だと認めても良いかもしれない」世界への強固な嫌悪が、享楽に変わる瞬間だ。楽しみで仕方がない。「その時が俺の人生で最高の瞬間になるだろうな、本当に待ち遠しいよ」
言い終わって顔を上げてみる。階段を登りきってしまった為か、そこには屋上に続く扉が有った。何時の間にか身体が勝手に前へと進んでいて、カナエやスーツの男より数歩だけ先に到着した様だ。
「さぁて、屋上だ」ほんの少しだけ優越感を持ってカナエを見ると、彼女は軽い微笑みで返し、素早くドアノブへと手を掛ける。
すぐに扉を開けると、そこはもう屋上だった。どうしてか周囲には見知らぬ男達が立っていて、こちらの、恐らくはカナエの方を怯え混じりに見つめていた。
「おや、君らはどうして此処に?」
声を聞いただけで、彼らは目を泳がせた。
「まあ、何。アンタが到着するのを、待ってたんだ」
「それでな、それ。ああ、そこで女が待ってるから」
控えめな態度を取って、彼らはカナエに極力近寄らない様にしながら、屋上の端を指さす。
刺激しない様に、出来るだけ関心を寄せられない様に振る舞っている風に見える。逆に目立つのだが、分かっているのだろうか。
ただ、カナエは彼らが指した方向に居る人物の方へ意識が行っている様だ。
先程見た時と同じく、カミラ・クラメールは何一つ変わらないままで、そこに立っていた。
男達が手に握っている武器の数々を見れば、かなりの戦闘行為が行われていた事は簡単に分かる。しかし、その対象となった筈のカミラには掠り傷どころか、服の損傷すら見られない。
まさしく怪物、まさしく物語の中のアクションスターだ。立っているだけでも十分に絵になり、それ以上に強烈な存在感が有る。
カナエは、彼女の事を熱っぽい瞳で見つめると、すぐに側に居る男達に笑いかけた。
「ご苦労様、じゃ、君達は元の場所へ戻って」
その指示は、男達にとって地獄に垂れる一本の糸だったらしい。表情の変化を一言で表現するなら、『大喜び』だ。
「は、はい。喜んでっ」
そそくさと退散していく。全員が彼女に任せて去っていくのは、ある種の信頼という物が有るからだろう。どれほどに恐れられても、能力面では頼りになるのだ。
その間に紛れてスーツの男も逃げ出していったが、カナエは追いかけずに笑うだけだった。
「スーツの彼まで戻っちゃったよ」彼らが退散すると、カナエはひたすら楽しそうな息を漏らす。「ま、いっか」
その表情は興奮が大半を占めていた。だが、少しばかりの緊張も見て取れる。彼女がカミラのファンなのが原因だろうが、何となく似合わない。
軽く背中を小突いてやると、彼女は驚いた様にこちらを見つめてきた。
「らしくないな、ビクビクするなよ」
「あはは、これは怖いとかそういうのじゃなくて……武者震い?」自分自身で言った事を、少し考えてから頷く。「うん、多分、武者震いです」
「そうか」心配するだけ、無駄だった様だ。
彼女は一歩一歩、嬉しそうにステップを踏みながらカミラへ近づいていった。




