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キラーハート The Killer In Smiling MAN S  作者: 曇天紫苑
The Killer In Smiling MAN S 大笑編
55/77

エピローグ? B

「----コルムって、言うんですよ」


 消えていったエィストの姿を眺める様に部屋の入り口を見ていたプランクは、唐突に呟いた。

 すぐ側に居たサイモンとアールが首を傾げる。その名前は彼らも知っているプランクの部下の一人だ。先程、エィストから逃げる様に消えていった男でもある。

 その彼がどうしたのか、二人の視線はプランクへその気持ちを向けていた。それに気づいたプランクはふと二人の主従へ顔を向けて、腕時計を見せる。


「この時計のメーカーです。懐かしくなりまして、この腕時計、コルム……ああ、人名の方です。彼と最初に会った時にも付けていたんですよ」


 その言葉を聞いて、二人は少しだけその話に興味を持つ。どこからどう見ても大物の類には見えなかったコルムだったが、どうやら名前を誤魔化す程度の頭はあるらしい。


「……それはつまり、偽名という事か?」

「でしょうね、まあ、深くは聞きませんでしたが。このプランクという私の名前も偽名ですからね」


 アールが深く頷いた。彼の名前も偽名である。サイモンの名はそのままだが、ファミリーネームの方は多少誤魔化している事は否定できない。

 今更、コルムという名前が偽名というくらいでは特に驚く程の事でもない。彼がどこかの組織を牛耳るボスか何かなのであれば別だが、あくまでコルムは三下程度の存在だ。

 だから、三人は特にコルムを特別視するつもりは無い。大した特徴とは言えないだろう。むしろ、その場にあった腕時計というあからさま過ぎる偽名を使う辺りが酷い。


「ああ……まあその、彼には倉庫で色々世話になったから、ええ」


 コルムの人格には特に言及する事も無く、サイモンが少しだけ悪い事をしたという表情で頷いている。彼がコルムと一緒に何をしたのかはプランクの耳にもコルム自身から、という形で届いている。

 最初に聞いた時はコルムを殺しそうになってスコットに止められた事を思い出して、プランクは苦笑する。普段の彼らしくない言動だった様な気がするのだ。どうにも、エィストはそういう部分にまで影響を与えているらしい。

 同時に、プランクは倉庫の中から薬を探り出す事がどれほど大変なのかも理解していた。サイモンとコルムの二人がかりでも面倒極まる物だっただろう。無論、薬を奪われた形になるプランクは同情の欠片もしないのだが。


「おっと、そういえば……アレを渡さなきゃいけないな」


 思考の端でコルムの事を考えていたプランクの耳に、サイモンの声が届いて来る。彼らの居る方を見てみると、アールも話を知らないらしく首を傾げている。

 どうやら、サイモンが何かを言いたい様だ。プランクは気づかれない程度に相手の心の底を見抜こうという姿勢に入り、じっとサイモンに目を向けた。

 割に珍しいサイモンの態度にアールも興味深そうな顔をする。サイモンの目はプランクの付ける腕時計へ注がれてながらも、手は自分の懐に入れられている。


「まあ、腕時計の事で……」

「どうした? 何か、まずい事でもやったのか?」


 途中で黙り込んだサイモンへアールが声をかけた。すると、サイモンは一気に目を逸らし、少しだけ沈黙する。

 その姿はサイモンがプランクに対して気まずい気持ちになっている訳ではなく、自らのボスに迷惑が掛かる事を嫌がっている様に思えた。

 しかし、自分から言い出したのだ。サイモンは小さく溜息を吐き、「また幸福が逃げそうだ」と呟いた後で、静かにさも申し訳なさそうな顔を作って、懐から一つの腕時計を取り出した。


「いや、倉庫の二重底に置いてあった腕時計、確保する時間が無くて……これ一つくらいは持って来たんですが」


 サイモンの頭の中にあるのは、最終的に沈む船と運命を共にさせてしまった倉庫の荷物にあった。薬を隠すカモフラージュにされていたとはいえ、腕時計は丁寧に敷き詰められている。

 命や金銭に興味を示さなくとも、そういう趣味に心を注ぐ人間がそれを奪われた時の怒りは凄まじい物だろう。ある意味、ジェーンが『兵隊』を伴って船に飛び込んでしまった事よりも後々の禍根になりかねない。

 腕時計を取り出した時には船が沈むとは思っていなかったので、ある程度は大丈夫だろうと判断していたが、この様である。

 だから、サイモンは今の内に精算しておこうと思ったのだ。エィストの影響か妙に機嫌の良いプランクを見ていて、タイミングを計っていた彼は話す事を決めたのだ。

 勿論、このくらいの事をプランクは気にしないだろうな。という判断から来る物である。相手の性格を完全に理解できた今だからこそ、言える物だ。

 しかし、首を傾げるプランクの反応はサイモンの考えが全て無駄であり、同時に見当違いだった事を示していた。



「……何の事ですか? いえ、これが私へのプレゼントだと言うなら、貰っておきますよ」



「……はい? いや、そんな……待てよ」


 全く予想もしない言葉を聞いて、サイモンは首を傾げた。が、次の瞬間には船の上では全く考えもしなかった疑念が一気に噴出し、目を見開かせる。



----爆弾の起爆装置と、Mr.スマイルの仮面と衣服。あれは荷物の山の中に入っていた。そうだ、入っていたんだ。

----だとすれば、何だ? 俺が倉庫の箱の中から引きずり出して、あの場で作った山の中に。

----最初から入っていた? 船を爆破するのに倉庫へ起爆装置を入れさせる? そんな馬鹿な、そんな馬鹿な話があるか。

----そうだ、だとすれば、だとすれば、腕時計をプランクの物だと言ったのは誰だ? 誰だ、荷物の中に、手を入れる機会が有ったのは……っ!?



『あー……それは、プランクさんの好きな腕時計です。おっかしいなぁ……薬を此処に入れてたのを俺はこの目で……』



----奴が、情報をわざと漏らしたんだとすれば……逃げられたっ!



「ボス! プランクさん! お話が、ひょっとすると、奴は!!」


 サイモンは、自分の側に居た致命的に危険な存在に気づき、屈辱を味わいながらも側に居た二人へ話を始めた。

 もう遅いのだと、知りつつも。




+





「くくっ、そろそろ気づかれたか?」


 サイモンが自分の頭に浮かんだ内容を驚くアールとプランクへ説明をしている頃、それを予想していた男----コルムは深く恐ろしい笑みを浮かべ、フラフラと揺れながら歩いている。

 目の奥には彼らの前では一切見せていない、輝かんばかりの凶悪さと奈落の底の様な悪意が溢れていた。側に近寄る事すらためらわれる気配は、おぞましい気配を発するエィストによく似ていた。


「まあいい。バレたならバレたで問題ないだろうな」


 周囲には何人か人間が居る。

 道の隅に居る物乞いや娼婦、強盗らしき男も言る様だ。が、それら全てが圧倒されたかの様にコルムへと近寄らず、遠くから怯えの意志を向けるだけだ。

 例え飲み過ぎで千鳥足になりかかる様な行動をしていても、その雰囲気は人を恐れさせて余りある。プランクの部下のコルムとは似ても似付かない。

 だが、同時にそれが彼の真実の姿なのだと見るだけで分る物でもあった。自然体で歩むコルムは恐ろしく不気味だが、そこは間違いではあるまい。

 楽しそうに笑いながら一歩進むごとに、周囲に居る者の恐怖は強くなっていく。

 もはや、彼の体からは視界に入れただけで気絶させてしまいそうな凄絶さが漂っている。近寄る事も、逃げる事も出来そうには無い。だからこそ周囲に居る者達は恐慌しながらもその場を離れられずに居る。

 恐ろしい事に、そんな視線を受けてもコルムは何も表情を変化させなかった。優越感も全能感も無く、まるで視線を受ける事が当然の様に見えるのだ。

 人ならざる怪物、そんな印象を与える姿である。楽しげに笑うコルムは周囲の印象を肯定するかの様に堂々と歩いて行き、圧倒していた。

 段々と、周囲の視線がぼんやりとした物に変わっていく。コルムという存在を認めたくないのか、意識が朦朧とし始めたのかもしれない。

 そんなどうでも良い者達には構う事無く、彼は進んでいく。


「まったく、あのMr.スマイルは失敗作だったか。何という……計算違いだな。エィストめ」


 少し、今までとは違う不機嫌な顔になってコルムは空を見上げる。

 誰かが予想した通り、コルムはエドワースをMr.スマイルに仕立てあげていた。あくまで、その存在意義は二人の男達への牽制にあったのだ。


「ふふっ、私のおかげで君の企みは、ぱあ! だ。どう、悔しい?」

「いいや、予想はしていたさ。余り嬉しくないパターンではあるんだがな」


 ただし、予想から外れた行動を取ったエドワースはコルムの制御を離れてしまった。どうにかして始末する必要を感じたコルムは、自らの真の立場を利用する事で町の人間にMr.スマイルを殺させる為に動かしたのだ。

 結果的に色々な要素が集まり過ぎて余り行動出来なかった事や、エドワースが変な方向に目覚めてしまった事によって計画は失敗に終わったが、コルムはそれでも満足そうに歩く。


「あはは、あれだけ怪しい事を言っているとね。流石にバレるよ」

「……そろそろ、この演技も要らないか」


 聞こえてくる声を無視しながら、周囲に人間が居なくなった事を確認したコルムは千鳥足を少しずつ引っ込めて、極めて正常に歩いていく。

 船内に於いて、彼は自分の正体に繋がる様な事も幾つか漏らしている。『バレ』ているのだろうな、とコルムは考えた。だが、それを気にした様子はない。

 町の者達へ自らの復活を宣言するのだ。十数年前は彼らに対して確かに敗退し、その『賞品』として大人しくしていたが、そろそろ行動を再開するつもりである。

 もう一度、彼らと戦う。その事実にコルムは笑みを浮かべた。心の底から楽しそうなその顔は、ある意味ではこの世で最も歪みきった物に見えた。


「楽しい、か……くくっ、今度は最後の最後まで戦うべきかな?」

「うんうん、楽しい。全てが楽しい。そういう気持ちは大事だよ?」


 一通り笑ったコルムは、意識的に声を無視しつつも煙草を一つ取って口にくわえる。すると懐へ手を伸ばして何かを探したが、眉を顰めるだけだ。どうやら、火を灯す物が無かったらしい。

 困った様子で、コルムはその場に立ち止まった。


「ほら、どうぞ」


 そこら辺に居る者達から火を『借りる』か。そう考えたコルムの目の前に、声と一緒に金色のライターが現れる。金メッキの安物だが、それは確かな存在感を以て目の前にある。

 そんなライターはどうでも良い。だが、それを持っている女をどうでも良いという事は、コルムには最早出来なかった。


「やあ、本当のMr.スマイル。いや、人をMr.スマイルにする者、かな?」


 コルムの煙草に火が灯った事を確認すると、女ことエィストは挨拶の言葉を向けながら楽しそうに顔を覗き込み、人を苛立たせるニヤニヤとした笑みを浮かべる。

 だが、コルムは答えない。あくまでそこに居る女の事は無視して煙草を吸う。何故かその反応を気に入ったらしく、エィストはもっと楽しそうにした。


「ふふ、さっき気づいたよ。私から隠し通すなんて、やるじゃん……あ、もしかしてそれは本当の顔じゃなかったりするのかな?」


 笑い声の混ざった口調でエィストは疑問を口にする。何故か答えたくなる気配の籠もった声は恐ろしく巧みに作られた物で、耳に入れるだけで強烈な『言いたい』という感情が出てしまう。

 しかし、コルムは答えなかった。エィストの声に反応を見せる事も無く、あくまで雑音か何かの様に聞き流している。


「君は誰かな? やっぱり、君はボス達が戦ったあの組織のボス? それとも……もっと恐ろしい、何か?」


 答えが無い事など気にもせず、エィストは質問を続けて来る。じっと見つめるその目は嘘を見通す物であり、例え何を言おうとも真実に到達してしまいそうだ。

 煙草の紫煙を口から吐き出したコルムは、一度エィストの顔をじっと見つめた。相手からそうされるのには慣れていないのか、エィストは新鮮そうな顔をする。

 そんな彼女へ向けて、コルムは静かに口を開く。


「さっきの答えを、教えてやる」


 そこまで言うと、コルムはエィストが何かを言う前に声を続けた。


「……お前には理性が無くて、感情だけがあるんだろう?」


 話を聞いた瞬間、エィストは意外そうに目を見開く。それは、彼女の心の中で考えただけの事だ。彼女以外は知っている筈が無く、また彼女自身も何の気も無しに考えた事に過ぎない。

 雑談程度の価値しかない、その思考。

 だがもし、知っているのだとすれば----そう考えたエィストは、次の瞬間には優しい微笑みを浮かべていた。


「ふ、ふふ。そっか、そうなんだ……へぇ……」


 じっと見つめる視線にはこれまでには無かった柔らかさと親愛の気配が籠められていて、可愛い弟でも見る様な、と表すのが一番正しく感じられる表情だ。

 どこまでも楽しそうな雰囲気が揺るがない所は流石にエィストと言った所だろう。口元を緩ませたコルムは同じ様に楽しげな笑みを浮かべる。


「今回は君の負け、いや、勝敗なんて無いのかな? うん、君が復活宣言を出す為の余興なんだから、勝ち負けじゃないよ」

「ああ、余興は余興だ。『次』のメインイベントはもっと派手で大げさな、ああ、より多くの楽しい事が待っているだろうさ。楽しみに待っていろ」


 どこか慣れた様子でコルムはエィストに対して声を返している。どの方向から見た所で、カナエが近寄るだけで怯えていた男と同一人物とは思えない。

 二人の間に、いつの間にか一台の車が停車していた。それは如何にも実用性に優れたデザインをしていて、堂々とその場に置かれている。

 その車に、コルムは乗り込んだ。エィストは乗る気がないのか車とコルムを楽しそうに眺めていて、のんびりとした穏やかな空気を放っている。

 邪魔をするつもりも無い様だ。それほどに、彼が生み出す『次』とやらが楽しみなのだろう。


「じゃあな、次、また会おう」

「うん、またね」


 コルムは車のエンジンを掛けると、それっきりエィストの事を忘れてしまったかの様に車を走らせた。



「ふ、ふふ……はははは。楽しい、ああ、楽しいなぁ。次も、きっと楽しくなる。もっと楽しくなる」



 何故かコルムを見逃したエィストは、人間とは思えない様な笑い声を上げて去っていく車を見つめる。

 その目にはどうしようもない楽しさが含まれていて、何より、コルムを見逃す事で起きる全ての事が楽しみでならないと言っているかの様だった。






+









 二人の人間が放った銃弾を、男はその身を持って受け止めていた。

 愛情と親愛、色々な感情が吹き出す中、男は痛みなどどうでも良いとばかりに体を動かす。血が出る、だが、死ぬ程ではない。一瞬でそう判断した男は自分の身体への思考を捨てる。

 まさか邪魔が入るとは思わなかったのか、二人の男女は目を見開いていた。

 特に、少女は顔を歪ませ、殺せなかった復讐の対象を、そして邪魔をした男を睨む。加えて何故自分に殺させてくれないのかと血を吐く様に叫んでいる様だ。

 だが、男にとってそれは譲れない事だった。

 こんな事になってはいけない、なって欲しくない。その気持ちが男の頭を支配し、銃はその気持ちに服従するかの様に持ち上がる。

 自分の手で決着を着ける。これが男の誓いなのだ。やらねばならない。果たさねばならない。どれほど迷って、苦しんだとしても、行動は起こさねばならないのだ。


 だって、彼は彼らのボスなのだから。



「じゃあな、いつかの少年」



 心に秘めた決意を爆発させた男は、別れの言葉と同時に引き金を引き、自分の命の危機を楽しそうに笑う仲間を----撃った。

これにて完結となります。もしかすると続編を書くかもしれませんが……特にコルムは元々が単なる『エィストに引っ張りまわされるチンピラA』だったのを殆ど無理やり『黒幕』に仕立て上げたので、中々無理がある状態かもしれません(これを考えたのが一笑編の最後の最後なので、その前まではただのチンピラだった)。


コルムはWikipediaにも名前が有る実在の腕時計メーカーです。プランクも着けていたコイン型腕時計で有名だそうですが……勿論、私は持っていません(単価数十万円前後ですよ!?)。元々、俳優のコルム・ミーニイから引っ張った『コルム』という名前だった事を利用しました。


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