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キラーハート The Killer In Smiling MAN S  作者: 曇天紫苑
The Killer In Smiling MAN S 大笑編
54/77

エピローグ? A


「ふふふ、コルム君には意地悪しちゃったかなぁ」

「まあ、流石に喜びませんか。いや、割と真剣にあなたを託すつもりだったのですが……制御出来ない事は分かっていましたがね」


 クスクスと笑うエィスト、いや、今はカナエはプランクの声を聞きながら、カップに手を着けている。他の者と違い、彼女が飲んでいるのは何故かコーヒーだ。

 酒が飲めない訳ではないが、そちらの方が好きらしい。重度のカフェイン中毒か何かなのではないかとプランクが疑ったのは、彼の心の中だけの秘密である。


「あ、その腕時計。結構面白そうなデザインだね。結構高いでしょ?」


 そんなカナエは仕切りにプランクへ笑みを向け、からかいと真剣さの入り交じる表情で話をしていた。彼女なりにプランクの気持ちを知ろうという努力の現れだ。


「ええ、確かに値が張りますが……面白いでしょう? コインの中に機械を仕込んでいるんですよ。数字が無いので、少々分かりにくいのですがね」


 そんな気持ちを受け取りつつもプランクは軽く声を返す。そういえば、カナエの視線を注がれた腕時計はコルムと初めて会った時にも身につけていたな、などとぼんやりと思い出し、少し懐かしくなる。

 自分らしくない思考が頭を回っている事に戸惑うプランクだったが、客観的に見れば悪い物ではないと判断する事が出来た。


「悪くない気分です、ああ、悪くない」

「どうしたの、急に?」

「いえ、ただ……金銭的な損失などどうでも良くなるくらい、悪くない気分だなぁ、と」


 何より彼女以外の、自分を含めた全てに関してプランクは今でも何とも思っていない、冷たい思考のままなのだ。それは恐らく、彼が死ぬまで変わらない絶対の物なのだろう。


----まだ、分からない事が一杯あるなぁ。


 一方でエィスト、いや、カナエはプランクとは関係の無い事を考えていた。

 彼女は船の中で全てを知っている様に振る舞ったが、何もかもを理解していた訳ではない。分からなかった事は存在する。

 プランク達が売れ残った薬を売り払うつもりだった組織、ケビンを船に招待したチケット、サイモンにMr.スマイルの正体を教えた手紙。それに、サイモンが持っていた爆弾の起爆装置の出所。

 それら全てに関わっているであろう存在が、まだ掴めていない。そして、分からない事は他にもある。

 『誰が、エドワースをMr.スマイルにしたのか』。その際たる物が、これだ。

 あの臆病者だったエドワースが自分から決断し、残虐な真似を働くなどあり得ない。何より、あの仮面も、あのコートも、彼一人で用意出来る物ではないのだ。

 エドワースが自分で一歩を踏み出した訳ではない事をカナエは最初から気づいていた。そして、どこかにその背を押して無理矢理に最初の一歩へ進ませた存在が居る事も、分かっていた。


----ま、多分、どっちも同じ奴だろうけど


 心の中で軽く頷く。恐らく、エドワースをMr.スマイルにした物と、三つの組織を船に呼び込んだ全ての黒幕は、同一人物だ。あくまで直感だが、間違っていないだろう。

 何故、自分が作り上げたMr.スマイルの正体をサイモンに漏らしたのか。その疑問は有ったが、今はもう理解できている。

 これも予想だが、彼がホルムスの幹部を虐殺するというのは黒幕にとっても予想外の事態だったのだろう。エドワースの中に元から存在した、エィストにも通ずるおぞましい感情。カナエですらMr.スマイルを見るまで気づかなかったのだ、その黒幕も気づかなかったのだろう。

 では何の為にエドワースをMr.スマイルにしたのかというと、ケビンとアールに対する牽制か何かのつもりだったのだろう。その結果が、タイミングも時期も一切無視した暴走だ。

 恐らく、慌てた黒幕はエドワースを始末して、新たなMr.スマイルを作り上げる事にした筈だ。ある程度自分の思う通りに動く、操り安い人形として。


----問題は、黒幕の正体だね。一体誰なのか……


 そう、ここまでは分かっている。分からないのは、黒幕の正体だった。手紙を送られたサイモン達も同じ疑問を抱いた様だが、彼らも答えに辿り着いた様子はない。

 何処の組織の人間なのかは分かっても、顔が分からないのだ。何せ、誰もその組織のボスの正体どころか、性格や顔すらも知らないのだから。

 とはいえ、エィストがその気ならすぐにその正体を暴く事が出来る。まるで推理小説を後ろから読んで予め犯人を知っておく程に楽々と、実行出来る。

 そうしないのは、彼女なりのちょっとした意地なのかもしれない。


----ふむ、一体誰なんだろうね……むう……ん。


 その正体に関して考え込んだまま、思考の海に沈みそうになる。隣のプランクが首を傾げてじっとカナエを眺めていたが、今は気にならない。

 そんなカナエの耳に、二人の主従の会話が聞こえて来た。思考を続ける彼女が何故か聞き耳をたてる必要を感じる会話だった。


「そう言えば、あれはどこで聞いたんですか?」

「アレ? どれの事だ?」

「アレですよ。私が昔、ボスの顔を探ろうとした奴を殺したって言う……」


 アールとサイモンの二人は特に剣呑な雰囲気も無く、正しく主従として酒を酌み交わしている。

 他愛のない会話だ。理性はそう判断しているというのに、彼女の頭はそう考えない。むしろ、絶対に聞いておかねばならない会話として受け止めている。

 聞き耳を立てている事は微かにも外に出さず、カナエは耳を澄ませた。全力で隠せば誰にも気づかれないくらいの実力を彼女は持っているのだ。

 その為、アールは何に気づいた様子も無く、本当に何の気も無い表情でサイモンの疑問へ答えた。


「ああ、あれは……」


 返事の中に含まれていた名前を聞いた瞬間----目を見開いたカナエの指からコーヒー入りのカップを持つ力が抜けた。

 カップは何の抵抗も無く床に落ちていき、寸前でプランクの手が待ち伏せするかの様にそれを掴む。間一髪で割れずには済んだ様だ。

 しかし、エィストは自分がカップを手から落とした事にも気づいていなかった。ただ、その目だけがゆっくりと動き、映画を映すスクリーンへ向かう。

 リドリーが盛り上がっている、それは今はどうでも良い。面白い映画だ、それも今はどうでも良い。

 彼女が注目したのは----登場人物の中に、『ウォレス』という人物が居る事実にあった。

 それに気づいた瞬間、彼女の頭には彼女自身が聞いてすらいない筈の会話までもが頭に浮かび、思考の海を駆け巡った。


----どこかで会った事、あるか?


----俺が若い頃はさ、町は腐りきってて……


----悪運の強い奴だし大丈夫か


----どこで聞いたんですかそんな話……


----初めから知っていたのか?


----『次は、お前達だ  Mr.スマイルより』


----……お前がやったのか?


----『次も、その次も、その次もお前達だ  Mr.スマイル』


----おお、荷物はしっかり入れてくれたか? ヘマはしてないだろうな?


----本当なら、ボスがあの変態女の世話をするべき所なんだぞ?


----プランクはもうよ、あんな女のどこが良いんだか


----こういう、重要な情報をあっさり漏らす奴にこの手の情報を教えるとは、プランクは何を考えているんだ?


----あのコルムとかいう男、警戒心に乏しい間抜けか?


----ま、雑用係で入った様な物ですからね


----……Mr.スマイルの、仮面と服?


----君の顔は知ってるよ、サイモン・ノースウッドだったかな?


----お前の所のボスの事は、部下の方がよく分かるか


----あのクソ『兵隊』共のだな


----使い終わった部下を切り捨てるから、影も捕まらん



「どうしました?」


 プランクがどこか覗き込んでくる。彼が命の価値を道端のゴミ程度にしか思っていないとは思えない程、心配そうに瞳が揺れている。

 普段の彼女であれば何かしらの反応をする所だろうが、今の彼女にはそれを行う余裕も、時間も無かった。そもそも、プランクの声はエィストに届いては居なかったのだ。

 彼女が見ていたのは一点、プランクの腕時計にあった。コインに時計の装飾を施した様なデザイン。それを生み出した、つまり。


----そうだ、この腕時計のメーカーって……!!


 稲妻が体に直撃する様な衝撃が彼女を襲った。何故、今の今まで気づかなかったのか。まるで意識の方向性を操作させられて、答えに近づかない様になっていたかの様だ。

 しかし、今の彼女はもう気づいている。疑問は全て解けて消え去っていた。

 心配そうなプランクの態度も今は心に入らない。勢い良く立ち上がったエィストは焦る様な目をして、邪悪とも興奮とも呼べない奇妙な笑みを浮かべる。

 異様な姿だったがプランクは全く動かず、彼女から逃げようとはしなかた。むしろ、凄まじい勢いで動いたのはエィストの方だ。


「あ、あの。プランクさん。ごめんなさい、ちょっと出かけてきます。また、後で話しましょう!」


 自分がカップを取り落とした事にまだ気づいていない彼女は、気づかないままプランクへ挨拶をする。そして何を言わせるよりも早く背を向け、勢い良く入り口へ飛び込んでいった。

 この間、僅かに一瞬。誰も反応を許されず、誰も追従する事が出来ない早さだ。リドリーならば何とかするのかもしれないが、今の彼は映画に夢中でエィストがこの場を離れた事に気づいていない。

 何か意味のある表情で出ていった彼女に対して、追うべきだという声は何処からも上がらなかった。酒が回っていて動けなかったから、では、ない。

 恐らくこの場に居る全員にとって重要な事だと理解してはいたが、追った所で何も出来ない。少なくとも、プランクやサイモンはそう考えていた。

 第一、どう見ても本気で飛び出していった彼女に追いつけると思う程、プランクやサイモンの身体能力は良い物ではないのだ。

 エィストを追って迷うくらいであれば、戻ってきた彼女から話を聞いた方が早い。彼女の行動に気づいた者達は、全員がそう考えていた。





+




「届けたんですが……こ、コレで本当に……?」


 郵便配達員の格好をしていた男は、恐怖に声を震わせつつも、着ていた配達員の服を側にある川に放り投げていた。下に私服を着込んでいた為に寒々しくは無い筈だが、体は小刻みに震えている。


「ああ、大丈夫だ。また新しいMr.スマイルが生まれるだろうな」


 そんな震える男の声を聞いて、隣で監視するかの様に立っていたもう一人の男が口を開く。それだけで圧倒的な威圧感が充満し、震える男をより恐怖させた。

 何時気絶してもおかしくない顔をする男だ。それを見たのがアールやエィストなら、見覚えがあると言うだろう。そう、配達員の格好をしていたのはあの船に乗っていた船員の一人だった。

 死にそうな顔をする元船員からは、船から生きて戻った喜びなど感じられない。むしろ『生き残る』という名前の地獄に落ちている様に感じられる。

 だが、元船員は何とか勇気を振り絞ったのか、配達員の服を川へ捨て終えたと同時に小さな声を漏らした。


「……そ、それより……その……」

「そろそろ、奥さんと娘に会いたいか?」


 元船員の言葉を遮る様に、もう一人の圧倒的な雰囲気を持つ男が声を放つ。黙らせられた元船員は口を噤み、九割の恐怖と一割も無い怒りを瞳の奥に潜ませる。

 そんな事には当然の様に気づいている男だったが、視線を完全に無視して、急に体をよろけさせた。


「おっと、悪いな。飲み過ぎて体がフラフラするのさ」

「い、いえ……」


 妙な千鳥足になった男を見て、元船員は少しだけ緊張を和らげる。恐ろしい事は確かだが、これくらい無害そうにヨロヨロと動いていると、どうにも驚異を感じられない。

 先程までは無かった明らかな演技だというのに、元船員は騙される。相手に、ではない。自分自身を騙しているのだ。相手が無害な存在だと思いこむ事で、恐怖を和らげようとしている。

 それは明らかな隙だった。が、それを突く事は男はしないまま、朗らかな笑みを浮かべて見せた。


「安心しろよ、俺は同じ人間を三度使う程愚かじゃない。二度使ったのは、単に早い内に交換するつもりだったからさ。解放してやる。コレでお前の精神は平穏になるぞ、良かったな?」


 相手に出来た気持ちの隙へ感情を流し込むかの様に、男は話す。声は相手の感情の中へ確実に潜り込み、信じ込ませて来る。

 まるでそれは、エィストがアール達に向けた声の様だ。効果も全く同じ者らしく、魂の底にある物をねじ曲げる力が働いたかの様に、元船員は安心した顔になる。


「じゃ、俺は行くぞ。あぁ……飲み過ぎた。明日は頭痛だな、まったく馬鹿共め……」


 元船員の表情の変化を確認すると、男は背を向けて歩いていく。酔いが丁度良く回っているとさも言いたげな様子でフラフラと歩いていて、交通事故の一つにでも会ってしまいそうだ。

 しかし、恐ろしいその存在に対して元船員は心配する事も、それどころか『死んで欲しい』と呪い殺す気持ちすら持ち合わせてはいない。そういう気持ちを抱く以前の存在なのだ。


「あの、何時……会わせて貰えるんですか?」


 その代わり、元船員の声からは自分自身の要求が出ていた。家族を人質に取られている彼はその男の言いなりだ。もうすぐそれから解放されるかと思うと、居ても立っても居られない。

 声を聞いた男は立ち止まり、振り向く。少々赤ら顔だったがその顔は朗らかな笑みで彩られていて、優しい空気を放っていた。



「ははっ、すぐ会えるさ----あの世でな」



 男の声がその場に響いた瞬間、歩道に乗り込んだ自動車がブレーキを一切掛けずに飛び込んで、そして----元船員の体を巻き込み、そのまま川へ落ちて行った。

 逃げる時間も許さず、まるで計算され尽くしたかの様に立ち止まった男のすぐ真横を通り過ぎていった自動車、表情には欠片の驚きも無く、それは男が今の状況を予想していた事を表している。

 男は、川の柵まで戻って行く。自動車は思い切り飛び込んだ為か何とか原型を止めている状態にあり、跳ね飛ばされた元船員は明らかに生きてはいまい。

 予定通りに行った事に安堵したらしく、男は軽く息を吐く。嬉しそうな姿はどこまでも残酷で、化け物のそれだった。


「おいおい、薬のやり過ぎで人をぶっ殺しちまってるぞ?」


 軽い調子で、川に入り込んだ車の持ち主へ声をかける。まるで溝にはまったという程度の事故が起きた様な反応だ、余りにも緩く、それがより恐ろしく感じられる。

 ただし、声をかけられた者は男の声など聞こえた様子も無く、壊れたドアから何とか湧き出る様に現れて虚ろな目で虚空を見つめ、幸せそうに笑った。


「へ、へへ。わわ、悪いいぃ、悪いなななあななああ……あぁぁぁあ、あ……ぁ……」


 歪みが限界に達しきったかの様に、壊れきった声がどんどんと小さくなっていく。幸せそうな笑い顔はまったく変わらず、どこか不気味だ。

 自分が人を一人殺した事に気づいてすらいないのだろう。ある意味では幸せな頭をした存在だ。男は嘲笑を受かべ、それ以上は見る価値も無いとばかりに去っていく。

 もう、頭の中には先程までそこに居た船員の事などすっかり消え去っているに違いない。


「馬鹿な奴だ。殺したって構わない人質を生かしておく必要があるか? あの甘いホルムスの奴ならともかく、俺はそうじゃない」


 ただ、ほんの少しだけ思うところがあったらしく、語り掛ける様な口調で呟き男は若干の千鳥足のままで歩いていった。

 そう、その男とは----

少々映画ネタを仕込んでいますが、もしかすると『最終絶叫計画』のネタバレになる可能性もあるのでここでは書けません。

『ウォレス』っていうのは、あれです。マーセルス・ウォレスとミア・ウォレス。タランティーノの『パルプ・フィクション』ですよ。まあ、分かる人にはわかるかな?っていうネタです。

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