24.5話
----撃ちたい訳が無いだろう。勝手な事言いやがって。
この船の中ではアール・スペンサーと名乗っている男は、頭の端から溢れ出る様な苦悩と嫌悪感に身を震わせたくなりながら、銃を構えていた。
銃口が向かう先は言うまでもなく、彼の娘であるジェーンだ。手が震えない様にして、何とか鋼鉄の意志に見える物を作るのがやっとである。
周囲は何を誤解しているのか彼が娘を撃ち殺しても平気だと思っている様だ。そんな訳があるか! と叫びたい気分を必死で抑える。
----思えば、仲間、部下に手をかけるなんて初めての経験だな……
娘だからと言って何がある訳でも無いが、それ以前の前提として彼女はアールの大事な、それはもう大事な部下なのだ。彼女の持つ自分への依存心が頭を悩ませたが、それでも部下であり仲間である。
彼は仲間に家族同然の愛情を持っているのだ。あのサイモンの暴走をある程度は容認出来るのも、つまりそういう感情があるが故なのだ。
自分のそんな性格が彼らの忠誠心、というより依存を強めている事も、アールは分かっている。そして、ジェーンがあんな『兵隊』を作って船を襲撃してしまったのも彼自身の行動が大きな要因だ。
だから、彼は何とか自分に言う事を聞かせてジェーンに銃を向ける。内心の動揺を無視してでも、引き金に指をかけられるのだ。
しかし----引き金が、引けない。まるで引き金が固定されているかの様だ。実際にはそうではなく、指に力が入らないだけなのだが。
「あ、えとね? 死体は出来ればその……ママと一緒のお墓がいいかな? それに、分かってるんだ。自分の命じゃなくて、私の命を捨てさせる事を選んだ理由」
そんな彼の内心をどう見て取ったのか、ジェーンが柔らかい微笑みを浮かべて声をかけてくる。前半は、正直な話が完璧な勘違いだった。撃てないのに墓の場所を考えられる訳が無い。
だが後半に関しては、ある程度は正しい物である。冷静になったアールは、自分が死ぬという事がジェーン達にどの様な影響を与えるかを理解している。
彼ら、彼女らが自分に依存していなければアールは間違いなく自分を死なせる選択肢を選んでいた筈だ。だが、現実はこうである。
ジェーンは何もかもを受け入れた顔をしていた。
儚い様で心の強い少女だ。自分が死ぬ事ですら、父の手であれば何の恐怖も覚えない。ジェーンがある意味で強い子に育った事に、彼は複雑な気分を覚えた。
----ああ、俺が撃たないといけない、分かってるんだが……
どうも、撃てない。
彼女の心臓か額に銃弾が突き刺さり、貫き、血を流す。そして、力を失った体が床に倒れ込む。それを想像するだけでアールは引き金の指が自分の物では無くなってしまった様な気分に陥ってしまうのだ。
一度は決意し、プランク達との交渉でも進言する形で言った。確かに言ったが、どうも自分は優柔不断、いや、思った以上にジェーンの事を愛しているらしい。
----おい、馬鹿野郎。そんな目でこっちを見るな、分かってるんだよこの野郎。
この船ではケビンと名乗る『元相棒』の視線が突き刺さっている事を理解したアールは現実逃避をする様に、そんな事を考えた。
まだ、ジェーンを撃つ姿勢に入って僅か数秒しか経っていない。にも関わらず、まるで世界がスローモーションになったかの様にアールは自分の高速の思考に『自分はジェーンを撃ち殺したくない』事を理解させられている。
思わず溜息を吐きたくなるが、そんな事をすれば色々と見抜かれてしまいかねない。無理矢理押さえ込むと、アールはまた思考の渦に戻りかけて、そこで気づいた。
----何だ? 誰かが……此処に?
何かが、凄まじい勢いでこの場に迫っている。
どうやら気づいているのは自分だけの様で、『元相棒』やプランク達はジェーンに注目していてそちらには気が向いていない様だ。そう理解したアールは相手の正体を探る様に考えた。
そして、一瞬で気づいた。
何となく今から現れる存在の正体を、彼は察する事が出来た。彼自身は余り知らない相手の筈だが、何故かその人物が何をする為に此処に現れるのかも分かるのだ。
本来であれば『元相棒』が真っ先に気づく所を誰よりも早くアールが気づいたのは、もしかするとエィストの計画を聞いていたからなのかもしれない。
そうと決まれば話は早い。少しだけ表情を変化させたアールは動かない指に全力で力を籠めた。狙う場所は致命傷にはならない、もしジェーンに当たっても治療出来る位置だ。
心と覚悟を決めたアールは、その場でエィストの計画に乗る事を決意し、『元相棒』にすら絶対に悟られない様に努めて強い声を発する。
「……さらばだジェーン。何れ地獄で会おう」
言葉と殆ど同時に、彼は何とか引き金を引く事に成功する。
その瞬間、船の中から飛び出してきたリドリーという男が、ジェーンを庇って銃弾を受けた。それも勿論、彼女が作った計画の内だった。




