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キラーハート The Killer In Smiling MAN S  作者: 曇天紫苑
The Killer In Smiling MAN S 大笑編
44/77

20話


「へくちっ! ……うう、寒っ。海に飛び込んだらそうなるか……」

「自業自得だねぇ。勿論、俺もだが……」


 時間はサイモンがアールと再会してから数分後、カナエは軽いくしゃみを出して体を抱き締め、如何にも寒そうに震えて見せていた。

 少々わざとらしい物の、体中が海水で濡れている以上は当然の事だ。リドリーも寒くてたまらないのは同じだが、彼にとっては冷たさなどどうでも良い事である。

 無意味に艶やかな雰囲気をまき散らすカナエは、そんな彼女を見ても平気な顔で受け流すリドリーへ不満そうに頬を膨らませる。

 また外見不相応な行動をする彼女にケビンが溜息を吐いていたが、いつもの事だ。


「こういう状況は、アレだぞぉ? 男として、凍える女に自分の上着を差し出すとか、さ」

「海に沈んでグショグショのスーツで良ければ貸せる」


 不満そうに声をかけて来るカナエに対して、リドリーは自分の服を軽く摘み上げて状態を見せた。ずっと海に浸かっていたからか思い切り濡れている。

 どこかカナエ以上に不満そうなリドリーを見る限り、本当はそういう事がしたかったのだろう。その手の『演出』を好む類の人間だと言う事をよく知っていれば、分かる事だ。

 濡れてさえいなければ、リドリーは躊躇無く自分の上着を彼女に着せていたに違いない。


「そっか、残念……あー、この服借り物なのに……」


 服が自分の所有物ではない事に気づいた彼女は、困った様に顔を歪める。それでも本気で困っている様に思えないのは、彼女自身の性格がそういう物だからだろう。


「ううっ、寒いなぁ。本当に寒い……くしゅん!」

「そのまま凍えて海に沈んだ方が世の為だと思うのは俺だけなのかねぇ」


 リドリーの口からはどこか呆れの混じった声が漏れていた。まさしく「お前が言うな」という体の発言だが、ある種的を射ている。

 そんな彼に対して、カナエは体を近づけてしなだれかかろうとしたが、途中で止めるとやはり不満そうになる。それでもどこか楽しそうなのは、普段通りだ。


「……えー、体を密着させて暖め合うとか、そう言う感じの展開じゃないのかにゃん? にゃん?」

「何だ、そのキャラ付け。色々似合ってないよねぇ」


 外見や雰囲気とは全く異なる、しかし性格的には似合う口調を聞いてリドリーですら呆れた顔をした。しかしそれ以上は何も言わず、彼女を見つめる。


「ん、どうしたの? ……へくちっ! むぅ……」


 視線を不思議そうに受け入れながらも、寒そうにカナエは時折くしゃみをして、震えている。

 冷たい海水はやはり堪えるのだろうか、そうは思えないが、しかしそのままにしておくのは何故か心苦しい。半分は演技だと分かっていても、哀れさを誘うのだ。

 彼女は思わず自分の服を差し出してしまいそうな雰囲気を放っていたが、それは恐らく、二人には通用しないと知った上での事だろう。 


「……ところでボス、その服」


 それでもケビンはリドリーがどこかに渡せる服が無いかを探して、彼の着ている濡れていない服を意味深げに眺めている。

 それに気づきながらも、あえて無視を決め込んでカナエに話しかけた。


「……はぁ、俺達の荷物にお前の服も入れてやったから。後で着てこい、エドワースの部屋だ」

「おや、本当ですか? 助かりますよ、ボス」


 溜息混じりに告げられた言葉に、カナエは本当に嬉しそうな顔で礼を言う。隣のリドリーが僅かに悔しそうな顔をしていたが、そこはやはり無視だ。

 強い尊敬の眼差しがケビンに届けられている。カナエのそれは恐ろしい雰囲気も無く、心からの気持ちだと明確に表している。


「ははっ、仕方ないねぇ。まったく持って仕方無いよねぇ。でも大好きだ、エィスト、おっとカナエは悪い意味で最高だよ」


 唐突に、リドリーがカナエに対して好意を寄せる口振りの言葉をかけた。しっかりとした感情の籠もったそれは確かに彼女の耳に届き、気持ちを理解させる事が出来る。

 カナエは少し顔を赤くしたが、すぐにその言葉の意味が甘く切ない類の物ではないと気づいて思い切り楽しそうに全身で笑って見せた。


「ああっ! 私も君の事が大好きさ! リドリー君! いや、……君かな! ……ああ、ごめん。それは『役者の名前』だったか」


 ケビンの耳にも届いたその名前は、リドリーの本来の名前だ。少年時代に置き去りにした、本来の彼に残る唯一の所有物である。

 しかし、リドリーはその名前を聞いても嬉しそうにはしない。

 むしろ不満げで、『作品の中で登場人物が役者名で呼ばれるなど、世界観が壊れるのも良い所だ』と、そう考えている事が、誰の目にも明らかである。

 自分の失言を悟ったカナエは即座に謝る。彼女自身も意図せずに口から漏れた言葉だけに、申し訳なさそうな顔は本物だ。

 心から彼を『本名で呼んだ』事を悪いと思っている。本当はそこまで怒っていなかったリドリーは、カナエという人物の性根を再認識した。


「……やっぱり、お前は観客だ。しかも、ストーリーが気に入らないからって脚本を改変出来る、物語の中に入って好き勝手出来る立場の観客だ。俺は、客が物語を書き換えるのは避けるべきだと思うんだがねぇ……」

「私は別に観客って訳じゃないんだけど……そう言う君は役者だろう? 登場人物だろう? だから、私は君が好きなんだよねぇー。あ、そういう意味じゃないから安心してね」


 静かにリドリーが告げると、彼女からはまた楽しそうな言葉が返ってくる。軽快と呼べる程の素早さは、最初からそう言う事を決定していたかの様だ。

 彼女は彼女なりに『脚本』を用意しているらしい。そう勝手に理解したリドリーは面白がってまた一度笑う。

 それをどう受け取ったのか、カナエはどこか嘘くさい笑みを浮かべたまま、別の話題に転換しようと話を続ける。


「あ! そうそう、あの『俺と同じだ』って、つまり、そういう事って認識で良い?」

「ああ、その通り」


 先程のリドリーの発言に対しての認識が一致していた事を確認すると、カナエは嬉しさと安堵の入り交じった様な息を吐いた。

 あの時、リドリーはつまりこう言ったのだ。『お前は俺と同じで、登場人物として演技をしている』と。

 確かに、二人とも、そういう役割を演じていたのだ。エィストはカナエ、……はリドリー。そういう意味で、二人は同じだった。


「お前等は仲が良いな、やっぱり」


 完全に息の合った笑い声を上げる二人を見て、ケビンが少し遠い物を見る様な目をする。その目がどこか寂しそうなのは、気のせいだろうか。

 微かにそう感じつつもカナエはリドリーの肩を抱き寄せ、リドリーの視線が「そういうのは俺の役だろう」と抗議して来るのも無視して、また今までとは意味合いの異なる笑みを浮かべた。


「そうですとも。私はこのリドリー君に恋をしているのです」


 堂々と言ってのける姿からは虚偽的な要素は窺えず、かと言って心からそう思っている雰囲気も持ち合わせてはいない。

 絶妙に加減された表情の動かし方は人に本心を悟らせない、どこかふざけた真剣さを覚えさせる物である。勿論、長い付き合いの二人は彼女の突拍子もない発言など気にも止めないのだが。


「『そういう意味じゃない』ってたった今、自分で言ってた様な気がするのはどういう事だろうねぇ」


 先陣を切って声をかけたのはリドリーの方だった。先程のカナエの言葉を覚えていた彼は、冷静な声音で指摘を入れる。

 あっさりと彼女の言葉を受け流し、平気そうにする。だがしかし、もしかすると彼女の発言に乗らない時点で、本当は強く動揺していたのかもしれない。

 普段の彼ならそのままの勢いで、『一つの演出として』唇を重ねていてもおかしくは無いのだ。そうする余裕が無かったからこそ、冷静な声になっている可能性がある。

 リドリーのそんな反応を楽しく思いながらも、カナエはあっさりと頷いて見せた。


「うん、嘘。でも……『世の中を映画の物語としか認識していない登場人物』と『世の中を物語と見て楽しむ登場人物』のカップルなんて、素敵だと思うんだ」

「……成る程、本当だ。むしろベストカップルって呼んで良いかもしれない。おお、今まで気づかなかったんだねぇ、俺……」

「いや、納得するか普通?」


 たった一言で納得して感嘆混じりの声を上げるリドリーに対して、ケビンは呆れた目を向けていた。

 やはりエィストの言葉の中には真実を言っていない雰囲気があるが、そこは誰も気にしない。彼女の根の部分を二人は実感としては知らないのだ。


「じゃあ、今からでもカップルになる? 君となら……良いよ?」

「……あー、うん。やっぱり止めておいた方が良いんじゃ無いかねぇ。だってほら、なんか……ねぇ?」


 自らのボスの呆れた声を受け止めながらも、二人は会話を続けた。話の内容とは違って甘い空気の欠片も無く、まるでストーリーに付いて話し合う映画監督と俳優の様な空気が流れている。

 エィストはすっかり落ち着いた様子で、リドリーの反応を見てクスクスと笑っていた。

 それまでの寒さを全身で見せつける様な態度はどこにも無く、むしろ暖かそうに見えるのは気のせいではないだろう。


「……お前等は、何だ。自分の世界に入ってないで、とりあえず話を聞け」


 二人だけの世界に入り込んでいたリドリーとカナエに、ケビンからの面倒そうな声が届く。今度は無視出来ない存在感が含まれていて、二人を振り向かせるには十分な圧力を持っている。


「申し訳ございません、ボス。少々、楽しかった物で」


 慌てた様に振り返ったカナエは、思い切り敬意の籠もった態度で一礼する。一瞬で切り替わった姿は今までとは違い真剣な物で、嘘ではない本物の雰囲気を纏っていた。

 それを見て、リドリーは関心した様な顔をした。彼女の行動は演技が大半だが、この時は余りそれが感じられない。本当の尊敬を向けている事が分かる。

 同じ人物をボスと仰ぐリドリーにとっては、嬉しい物だ。


「お前、ボスにだけは態度が違うよねぇ」

「ふふっ、ボスはね。敬意に値するんだ。君はただの馬鹿だけどね」


 少し悪戯っぽい彼女から馬鹿にする様な意図が伝わって来た。

 だが、リドリーは気にもならなかった。気の合う彼女が本気で馬鹿にしている訳ではない事くらい、すぐに分かる。

 そう、彼女の本質を理解できないからと言って、性格的な面まで分からないという事は無いのだ。特にリドリーは、彼女の表面的な部分を完全に理解していると言っても良いだろう。


「……ふふ、だから大好きだよリドリー君。日頃の感謝を籠めて君にプレゼントをあげないとね」


 リドリーの内面を見透かしたのか、カナエは楽しそうに笑いながら独り言を呟く。『プレゼント』という単語に寒気を覚える何かがあったが、気にしない。

 そういう対応をする事を決めたケビンは、また二人だけの世界を作り上げた彼女に対して再び呆れた声をかけた。


「……いや、だからな。二人だけの世界じゃないんだぞ。とりあえず、カナエには聞きたい事が山ほどあるんだが」

「はい? 何か?」

「……ああ、もういいか。面倒だ、聞かないから安心しろ」


 溜息混じりの声を聞いてそれ以上はまずいと判断したのか、カナエはケビンの方を見て話を聞こうとする。

 しかし、本当に面倒になったらしくケビンは首を振って話を広げる事を止めて、本題だけを話す事を決めた。


「お前達に言うべき事は一つ、全部が終わったら甲板で集合だ」

「甲板ですか?」

「ああ、甲板だ。そこに集まる。リドリー、お前もだぞ? 出来るだけ、早く来い」


 用件は言い終えたとばかりに、ケビンが立ち上がる。元々、彼は二人と此処で接触する予定など無かったのだ。それでも、折角会ったのだから集合地点として事前に考えていた場所を教えておく事くらいはするだろう。

 立ち上がったケビンはそれ以上エィスト達との会話を広げる気は無いとすぐに分かる。全身からそんな気配が滲み出ているのだ。

 どこか近寄り難い雰囲気は普段のケビン、いやボスが放っている物とは明らかに異なっている。エィストは訳知り顔だったが、リドリーは疑問を顔に浮かべていた。

 しかし、その視線に対して説明をする事を嫌がったらしく、ケビンはそのまま歩き出す。呼び止める暇すら与えない、見事な程に隙が無く、素早い動きだ。

 二人はその背中を数秒間は黙って見つめていた。

 だが、背中が通路を曲がっていった事を確認するとすぐにリドリーが立ち上がり、カナエに背を向ける。


「ボスが行くなら、俺もそろそろ行くとするかねぇ。俺には守るべき少女が居るから、さっさと助けに行ってあげないと」


 頭の中では恐らくジェーンの姿があるのだろう。

 彼にとって、ジェーンが何者なのかはもはや関係無いのだ。例え少女が死を望もうと彼にとってはどうでも良い事で、重要なのは如何にして『船の上で』ジェーンの『ストーリー』に絡むか、その一点だけだ。

 それはまさしく人を人とも思っていない身勝手さと歪みきった価値観の暴走と呼べる物なのだが、エィストはそれを咎める言葉の一つもかける事は無い。

 そもそも、咎める筈が無い。彼女も方向性が異なるだけで、リドリーと似たような気持ちを持っているのだから。

 少なくとも、『登場人物としての彼女』は、なのだが。


「……どうしたんだよ、カナエ。俺にまだ……何か用事があるって顔だねぇ」


 しかし、カナエの手はリドリーの服の裾を握り締めてその場に座り込んでいた。駄々をこねる少女の様な目をしていて、だが同時に奥底には何やら企んでいる気配が見て取れる。

 少々の嫌な予感を覚えたリドリーだったが、あえてそれを気にしない事にした。彼女が言ってくる言葉が、それ以上に面白そうだったのだ。

 座り込むカナエに合わせて、リドリーもまた床に膝を付く。冷たい床板が体を冷やすが、カナエが言うであろう提案への興味と興奮はそれを上書きしてなお余る物だ。

 相手が聞く姿勢に入った事を認識したカナエは、明らかに何かを企む気配を含ませながらも、静かに言葉を切り出した。


「ちょっと、悪いけど話があってね……その、ジェーンちゃんの事なんだ、彼女に関してのお願いと言うか……」


 カナエが少し言い辛そうに話を始めた時、リドリーはより良い笑顔でそれを受け入れた。

 話の中にジェーンが絡む以上、当然の事だ。それが独り善がりで自分勝手で、例えジェーンから反吐が出ると思われていても、リドリーは止まらない。

 その程度で止まる程、彼の中の『常識』は緩い物ではないのだ。



+



「さて、とりあえずこのコートを着ていただけますか、ボス」


 また、時間は少し戻る。サイモンは自分の着ていたMr.スマイルの持ち物と同じであろう服をアールへ手渡して、着る様に頼み込んでいた。

 彼はその下に船員の服を着込んでいたらしく、今の所はその殆ど船員にしか見えない格好でそこに立っている。

 何となく感じられる威圧感が彼をただの船員ではないと明らかに表している物の、それさえ隠してしまえば警戒する者は限りなく減る筈だ。

 そう感じながらも、彼のボスであるアールはコートを受け取って、じっくりと眺める。サイモンが先程まで着ていた事もあって、それが何であるかはすぐに分かった。


「Mr.スマイルの服か、これ」

「ええ、頑丈なので……着ていてください、そいつの信頼性は身を以て実感しました。ああ、それと……これもどうぞ、付けてください」


 アールがコートを受け取った事を見たサイモンは、続いて山高帽と仮面も彼に渡す。その防護を知っているからこそ、サイモンは彼に着て欲しいと感じていた。

 だがその仮面を見たアールは、若干嫌そうに眉を顰める。カメラの映像とはいえ、部下を虐殺した者が身に着けていた物と同じ仮面、いい気はしない筈だ。


「なあ、流石にこれを付けるのは抵抗が……いや、まあ、一時的に顔を守るくらいには有効か」


 しかし、サイモンからの好意を受け取ろうと決めたらしく、驚くほど素直にアールは仮面を付けた。

 見慣れた顔が見えなくなった代わりに忌々しい顔を直視する事になったサイモンは、自分で付ける事を促しておきながらも少し嫌そうな息を吐いたが、すぐに仕方の無い事だと諦めた。

 その反応がどうも居心地の悪い物だったらしく、アールは身じろぎする。しかし、彼自身もサイモンに対して悪い事をしたという気分になっていた為に、何も言う事は無い。


「……その、なんだ。悪かったな、約束を放り出して」


 仮面を付けたアールは、表情が見えなくなっている分だけ言葉の中に真剣な謝罪の意志を籠めて、深く反省している意志を伝える。

 アールは甲板に行かなかった事をしっかりと反省していた。サイモンが此処に居るのも自分を探していたからだと言う事くらい、分からない彼ではないのだ。

 何やらサイモンはサイモンで何かを企んでいた様だが、その点には気づきつつも目を瞑る事を決め込んでいる。とやかく言う資格があるとは思えないからだ。


「……やっと、本当にいつものボスに戻ってくれましたね」


 アールの言葉を真剣に聞き入れたサイモンは、深い安堵の籠もった息を吐いて、すぐに笑みを浮かべる。嬉しそうな表情の中には甲板に来なかったアールへの怒りなど微塵も感じられない。

 その事が余計にアールの心に重く圧し掛かった。いっそ責められた方が楽だったのだろうが、どうやらサイモンにその気は全く無い様だ。


「忘れましたか、私は邪魔な者を排除してボスの好き勝手に出来る様にする事が仕事ですよ」


 表情が見えなくとも雰囲気だけで察したのか、サイモンは笑顔のままでそう言ってみせる。

 本心から出た言葉だ、そういう役目を担っていると自分で認識しているからこそ、サイモンはどんな事でも出来る。出来てしまう。


「ああ……戻ったら、殺された奴らの遺族をちゃんと見舞って、奴らの下の連中と少し話さないといけないな」


 そんなサイモンの姿を見たアールは、心から反省しつつも少し嘆きたくなった。

 組織というよりは『ボス』個人へ絶対的な忠誠を捧げるサイモンは、その差から仲間に対しても時折暴走を起こす。しかし、それは全てボスの為でもあるのだ。

 内通者を捕まえる為に、組織の重要な情報を売る事も辞さない姿勢。恐らくは、組織など『ボス』の前には二の次なのだろう。

 サイモンが薄汚い嫌われ者を演じる姿勢は、何を言っても変わらない。その方が確かに組織に対して大きな利益を産むのだが、アールの精神的には良い物ではない。

 思わず顔を覆いたくなって、アールは自分が仮面を付けていた事を思い出す。少し邪魔だと思って、不満げな声を漏らしてしまう。


「……やっぱり外して良いか、これ」

「いえ……まあ、誤解されない程度に付けていてください」

「難しい注文だな」

「はあ、強度だけは保証出来ますからね、それ」


 聞こえてきた声に、サイモンが困った顔で返事をする。被った事があるからこそ、仮面がどの程度邪魔になるのかはよく分かるのだ。

 恐ろしい程の強度もあり、視界も不思議な事に殆ど遮られない。顔を触る時以外は邪魔にならないが、逆に言えばそういう時は本当に不便で邪魔な仮面である。


「まあ、付けておいてくださいよ。Mr.スマイルだと誤認されない程度にね」

「分かってる、外すさ」


 ともあれ、使える物だという事に間違いはない。それは二人とも共通して認識している事だった。


「……ああ、そういえば」


 そこで仮面に関する話を終える事を決めたサイモンは、ふと、思い出したかの様にアールの着ているコートへ目を遣る

 アールもそれを認識したらしく、サイモンの行動が変化した事に気づいて自分の懐に注目した。視線に気づいているサイモンは笑みを浮かべる。

 その懐に入れてある物は、彼らが持ってさえいれば船の安全性を高めるが、しかし危険人物に持たせれば船を確実に沈めかねない代物だ。

 だからこそ、サイモンは一番信頼出来るボスにそれを渡す事を決めていた。コートごと渡した為に少しばかり存在を教え忘れていたのだが、今はもう思い出している。

 話を聞いたアールは何が入っているのかを何となく察して、自分の着ているコートの懐へ手を伸ばした。


「ああ、ボス。ジェーンの作った奴らの爆薬ですが……起爆装置がそこ……?」


 懐に手を入れていたアールの顔が怪訝そうな物に変わっている事を認識して、入っている物の説明を始めたサイモンの声が止まる。

 長い付き合いだ、表情の動きで感情の機敏くらいは理解出来る。サイモンは慌ててアールに近づいて、コートの懐にある内ポケットに手を入れた。

 唐突な行動だったが、アールの顔も真剣な物で嫌がる様子は無い。むしろ、頭に響く警告音に耳を傾け、凄まじい危機感を覚えていた程だ。


「……馬鹿な」


 先程までは棒状の起爆装置が入っていたコートの内ポケットには、何も入っていなかった。

 もしや落としたのか、と周囲を一瞬だけ見回す。が、ポケットの位置と構造から落ちる事はまず無いと思い直して目の動きは止まる。

 懐に入れた筈の物が、無い。となると、後の可能性は一つ。誰かが、気づかない間に奪い取ったのだ。


----……おい、離れろ

----君までそんな事言うんだ……うーん、ショック


 その瞬間、頭の中に流星が落ちる様な衝撃がサイモンを駆け巡った。自分の懐に入り込んで来て、あっさりと引いた者。一人だ、そんな者は一人しかいない。

 あれだけ警戒しておいて何故気づかなかったのか。決まっている。普段から、彼女がそういう行動を好むと知っていたからだ。


----ほら、日常的に、そして当たり前の様に不自然な事をしていると、いずれそれが自然になるのさ


「……あの野郎」


 吐きたくなる程の失態を犯した事を理解したサイモンは、自分を殺したい気分になりながらも何とか心を平坦にしようとした。

 が、出来そうにもない。そもそも、『アレ』に危険物を持たせる事が恐ろしすぎて、激怒するよりも先に薄ら寒い気分になる。


「ボス、ちょっと……行ってきます。先に甲板に、今度こそお願いします」

「分かった。前方の甲板に救援の船が来るからな、お前も乗れよ、それは絶対だ」


 サイモンは、何とか感情を操作しながらも思い切り据わった目をして動き出した。アールに対して一言だけを告げて去る姿は、余程慌てている事が分かる。

 無論、冷静さを失った訳でなないサイモンは背中から届くアールの言葉をきちんと受け取っていた。

 救援の船、それがどこから来ているのかなどサイモンは知らない。しかし、アールの言葉の中に確信が存在する以上、それは真実なのだろう。

 ボスが普段の様子に戻ってくれて良かった。そう感じつつも、サイモンは動きを止めない。ジェーンに関する相談もしたかったのだが、その様な事をしている場合ではないのだ。



「爆薬……爆薬か……まさか……だが……」



 爆薬の話を聞いて、アールが何やら考え込む様な雰囲気を見せていた事にすら気づかなかった辺り、サイモンは焦っていたに違いない。





+





「はいこれっ! 爆弾の起爆装置だよ! 困った事に、鍵が無いんだけどね」


 それから数分後、サイモンを焦らせる原因となった起爆装置はカナエの手の中にあり、今はリドリーに差し出されていた。

 サイモンの予想通り、カナエは彼に抱きついたその瞬間に懐へ手をやって起爆装置を盗み取ったのだ。それの正体が何なのかを彼女は知らない筈なのだが、見た瞬間に理解した様だ。


「爆弾、爆弾か。それで? 起爆はどこでやれば良いんだ? 鍵はどこにあるんだ?」


 嬉しそうに棒状の起爆装置を受け取ったリドリーは、一瞬でカナエの目的を察して尋ねる。彼に起爆装置を渡すのは、爆弾を渡しているのと同義なのだ。

 だが何かを企んでいる様子の彼女に渡されたのであれば、むしろリドリーと同じ質問をする者の方が多いだろう。


「それなんだけど、君の大事なジェーンに関する事でね……? まず、鍵は多分、予想だけどジェーンちゃん自身が持ってて……」


 少しだけもったいぶる様な雰囲気を見せたカナエだったが、隠す気は全く無いのか説明を始める。

 内容を総合すると、それはつまり、ジェーンという少女を助ける方法でありジェーンの意志など知った事ではないという意志が見え隠れする、とても彼ららしい計画だ。

 話自体はそれほど長い物ではなく、さほど時間をかける事無くリドリーへの説明は終わる。納得した様子のリドリーは何度も頷いていて、乗り気なのが伺える。

 彼にとっても、その『演出』は興味深い物があったのだ。

 元々ジェーンに対する行動としてその様な事も考えていた事もあって、リドリーは既に計画に同意する意志を見せていた。


「リドリー君もやりたいみたいだね、ふふ、私もだよ。どんな顔をするだろうね、あの子は」

「ああ、今から楽しみで仕方ないねぇ」


 どこまでも自分勝手に一人の少女の命を助けると宣言した二人は、楽しそうに笑い合った。息の合う笑い声はまるで同じ人間が笑っている様で、その異様さは目が離せない。

 二人きりで笑ったリドリーとカナエの内、先に声を落としたのは意外な事にカナエの方だった。

 彼女は起爆装置をリドリーに渡して計画を説明した時点で仕事を終えたと判断したらしく、達成感が溢れる満足そうな顔をしている。

 軽く息を吐いた彼女はそのままの表情で立ち上がり、リドリーの手の中にある起爆装置を見た。


「さてっ……私は行くよ?」

「ん、どこに行く?」


 視線に気が付きつつも、リドリーは不敵と呼んで良い程の明るい笑みを浮かべて声をかける。カナエに対する、答礼の様な物だ。

 声を聞いたカナエはリドリーの顔へ目を向けて、柔らかい笑顔になった。


「もちろん、着替えにさ……あれ?」


 言いながら、片手に何か物足りない空気を感じてカナエは疑問の声を上げている。

 しかし、その気分の正体は掴めていた。リドリーも分かっている、カナエと名乗っていた時は常に持っていた物が、今は無い。不安な感覚を覚えるのも仕方が無い。

 そう、彼女が常に握っていた抜き身の刀が、今はそこに無いのだ。リドリーと共に船へ帰還する際に、船体へ突き刺したまま放置してしまっている。


「……あ、刀は船に突き刺したんだった……ま、いっか」


 それを思い出したカナエだったが、意外な程にあっさりと諦める声を出した。彼女にとって刀は小道具の一つに過ぎなかったらしく、やはり拘りは感じられない。


「……」


 そこはカナエらしく刀に依存して取り乱す所ではないか、とリドリーは感じていた。しかし、そんなあっさりとした部分も『カナエ』らしいのだろう。

 そう判断して、何も言わない事を決める。

 リドリーがそんな事を考えているとカナエは気づいていた。しかし、意識はもう着替える所にあって、リドリーに対して何かを言う様子は無い。言う必要も無い。

 どうせ、また後で会うのだから。


「それじゃね、計画通りなら、また後で会いましょう?」


 ただ、去りながらも挨拶の一つくらいは済ませる事を忘れてはいなかった。



「……ははっ、そうかそうか……いやあ、嬉しいねぇ……」


 起爆装置を手に持つリドリーは、手を振って去っていく背中を眺めていた。

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