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キラーハート The Killer In Smiling MAN S  作者: 曇天紫苑
The Killer In Smiling MAN S 一笑編
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1.5話

 その客船は、特異な形状をしていた。

 前方と後方の甲板が船の上部によって完全に遮断されていて、実質的に移動は不可能な状態になっている。その上部は殆どが客席になっていて、迷路の様に入り組んでいるのだ。

 入り組んでいる上に調度品なども大量生産の似た様な品ばかりが並び装飾も似ているとなれば、よく知らない者達であれば間違いなく迷ってしまうだろう。

 どの通路にしても端には海へ身を乗り出せる窓が付いている為に風景を楽しむ事は簡単だが、通常の客では船員達がどこに居るのかを見つける事すら困難だ。

 そして、この船の形状は全て計算された物である。この船は単なる客船などではない。確かに客員用の施設もある事にはあるのだが、表向きだけの物なのだ。

 裏向きにあるのは----『違法薬物の密売』である。

 無意味に入り組んだ構造も、前方から後方へ移動出来ない甲板も、全ては万が一にも時間を稼ぎ逃走経路を確保する必要が生まれた時に効果を発揮する物なのだ。





「……って、言っても連絡経路には粗があるよな」


 そんな船の中に居る男は、船に存在する大きな欠点を口にしながら歩いていた。やはり、その通路にも特徴は無い。しかし男は何ら迷わずに進み続けている。

 いかにも三下の悪党、軽薄なチンピラという表現が誰より似合う男だ。そして、その職業も『違法薬物の売人』という違法な物である。

 誰よりも早く警察に捕まってしまいそうな雰囲気を醸しだしながらも、男は顔を隠す様子も無い。勿論、彼が追われる身ではない事も一因ではある。

 しかし、それ以上に男は組織の一員としての庇護下に置かれている。例え警察に捕まっても、即座に釈放されるのだ。

 男----コルムは、そんな立場に置かれる余裕なのだろうか、堂々とした足で船を闊歩していた。


「……めんどくせぇなぁ……なんで俺があんな女を……」


 思い出した様に、コルムの口から嫌そうな声が漏れる。プランクによってカナエの世話を任された彼は、今はまだあの奇妙な女と共に居る訳ではない。

 先に船員達が薬物を運ぶ様子を見るという仕事を終えたのだ。単にカナエと行動を共にしたくなかった為の行動だと全員が分かっていたが、面倒だったので誰も言及しなかった。


「あんな女は船に連れてくるべきじゃねえよ、危ないって……言っても無駄なんだろうけどなぁ」


 独り言の中には、心底カナエと行動を共にしたくないというコルムの気持ちが表れていた。


「プランクはもうよ、あんな女のどこが良いんだか……」


 思わず自分のボスを呼び捨てにして、コルムは眉を顰めている。

 いや、当たり前の話だ。狂った笑い声を上げて刀を振り回す狂人と一緒に居ろと言われて嬉しい筈が無い。外見だけはこの世の物とは思えない程の美人であるが故に、余計に始末が悪い。

 居るとすれば余程の物好きか、頭がおかしいか、馬鹿に違いない。そして、コルムはそのどれでも無い。もしかすると全てに当てはまるのかもしれないが、カナエに対してはそうではないのだろう。


「あの……」

「ん、おお、お前か」


 そんなコルムの背後から一人の男の声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ、コルムはすぐに振り向いて顔を確認すると、軽い笑みを浮かべる。

 そこに立っていたのは一人の船員だった。倉庫に荷物を運ぶ役割を持っていた者だ。コルムも幾つか指示を出していた相手である。

 全ての仕事を終えたのだろう。顔に浮かぶ汗がそれを示していた。


「おお、荷物はしっかり入れてくれたか? ヘマはしてないだろうな?」

「は、はい。その……」


 船員の肩を軽く叩いたコルムに対して、その船員は少し気後れしたかの様に声を震わせる。彼らに比べれば、コルムは遙かにプランクに近い位置に居る。

 相手の気持ちを見て取ったのか、コルムは男から少し距離を取る。離れた事で心理的にも楽になったのか、船員は少しだけ肩の緊張を降ろす。


「あの……」

「ま、何でも良いさ。ボスもお前らにまで罪を擦り付ける事は無いだろうさ。ほら、分かったら、行けよ」


 話す事は無いとばかりに、コルムは心底面倒そうな顔で通路を進んでいく。船員が声をかける暇など欠片も与えない程に、その目は濁った物になっていた。



「……」


 その背中を見ていた船員は、やがて軽く息を吐いて自分の仕事へ戻っていく。コルムへ送る視線は明らかに嫌な物を見る目だと分かるが、それを見ていた者は一人も居なかった。






 一方、通路を歩いていたコルムの前には三人の男が立っていた。コルムもよく知る売人の仲間である彼らは、軽い調子で片手を上げて挨拶を決める。

 特に特徴の無い三人だったが、背丈は見事に異なっている。それ以外で印象的な物を挙げるとすれば、一番背の高い男が着ているスーツくらいだろう。


「よう、コルム。災難だな」

「元気か? 駄目か」

「元気じゃないだろ。あんな奴の世話を任されたんだ。俺ならその場で気絶するね」


 三人は口々に同情の言葉を発して、心底哀れんだ目を向ける。しかし、カナエの世話を変わろうと言い出す気配は無い、むしろコルムに押しつけられて良かったとすら思っている様に見える。

 その言動に苛立ったのか、コルムは死んだ様な冷たい目で三人を見た。確かに彼らはプランクの元に集う売人達ではあるのだが、コルムと三人の間に深い付き合いは無いのだ。


「お前等な……本当なら、ボスがあの変態女の世話をするべき所なんだぞ? それを俺がやってるんだ、拝んで欲しいくらいだよ」


 友好の欠片も感じられない面倒そうな声をコルムが発したのも、その辺りが理由である。仲間ではあるが友達ではない彼らの間には大きな距離が空いているのだ。

 その為、そんな事を聞いても三人の男達は揺るがない。悪戯っぽく同情的な目を向けるが、本当にそれだけである。


「ご愁傷様だな。ま、しょうがないだろ、あからさまに変な女に声をかけたお前が悪い」


 あからさまな嘲笑を浮かべた三人の内の一人が、そう言いながらコルムの肩を叩く。どこか馬鹿にした声音はコルムの組織内での立場を表している様だ。

 そして、コルムは特に言い返さない。その態度を肯定と受け取ったのか、三人の男達はからかい混じりの口調になった。


「まあ、良いじゃないか。いやぁ羨ましい、あんな美人に振り回されるなんてなぁ」

「そうだな、まあ……外見だけは凄いもんな」

「いやぁ、女で美人となれば誰でも受け入れられるコルムさんは尊敬してしまうなぁ」


 いい笑顔で怒りを煽ってくる三人の言葉を聞いたコルムは、何故か怒らずに俯いた。落ち込んでいるというよりは、気分が悪そうな顔色だ。

 船酔いでもしたのだろうか、三人はそう思ったが、彼が立たされている状況は乗り物酔いなど比べ物にならない程の危険である。ストレスで気分を悪くしても無理はない。

 それを示すかの様に、コルムは暗い表情になっている。


「……やめてくれよ、本気で嫌なんだぞ?」

「……まあ、良いけどな。ま、頑張れ。応援だけして……っ! お前ら、行くぞ」


 疲れきった様子のコルムへ笑いかけ、今度は励ます様に肩を叩いていた男、三人の中で背が真ん中である男はコルムの背後を見た瞬間から顔色を変えた。

 気軽な調子から一気に真剣な顔をした男は、すぐに他の二人を声をかけてコルムへと背を向ける。明らかに何か見てはいけない物を見てしまった態度である。


「え? どこへ……」

「どこでも良いから、行くんだよ」


 戸惑いの声を上げた一番背の低い男に対して、中ぐらいの男は指をコルムの背後へ向ける。微妙に震えている事が印象的で、余程の恐怖を覚えているのだろう。

 そんな様子を見た背の低い男は、それだけで指先の向こうに何が存在するのかを把握して頷いた。


「……あぁ、なるほど。コルムさん、その……お元気で」


 把握したと同時に、背の小さい男と背の高い男もまたコルムから背を向ける。努めて後ろを振り向かない様にしながら肉食動物に追われる草食動物の様に逃げていく様は、必死な物だ。


「はぁ……ああ、そうかいそうかい。そうだろうよ、後ろに居るんだろうよ」


 慌てて逃げていく姿を見ていたコルムも、彼らの動きから何かを察したのだろうか。深く溜息を吐いている。三人とは違い、逃げる様子はない。逃げても意味が無いとコルムは知っているからだ。

 彼は、背後に先程からずっと気配を感じていた。三人の男達が気づいたのは少し先だったが、コルムは最初から気づいていた。気づかない振りをしても意味が無く、立場的にも無視は出来ない。それを知ってるからこそ、コルムは逃げなかったのだ。

 恐る恐ると言った動きで、目を背後へ向ける。そこには、想像通りの人物が狂った笑みを浮かべながら立っていた。


「……はぁ、よう。カナエ、お願いだから近寄らないでくれよ」

加筆分です。1話に突っ込むと2万文字を越えるので、割り込ませました 2/6

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