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キラーハート The Killer In Smiling MAN S  作者: 曇天紫苑
The Killer In Smiling MAN S 大笑編
25/77

1話

「それで、私に聞きたい事ってのは何かな?」


 全てが終わってから数日後、とある一室では一人の青年がどこか楽しそうな声を上げていた。

 状況とは全くそぐわない物である、何故なら彼は何人もの男達によって強烈な殺気が混じった視線を向けられていているのだ。

 強すぎる視線は青年の体に穴を開ける勢いであり、普通の人間であれば身を縮ませる以外には何も出来なくなってしまうだろう。


「んー……このコーヒー、あんまりおいしくないね。泥水以下、昔飲んだ一番いい奴に比べれば……いや、流石に言い過ぎかな」


 しかし、青年は平気な顔でカップに口を付けていて目の前で苛立っている男達の事など気にもしていない。

 その態度が余りにも彼らの逆鱗に触れる物だったのか、一人が限界を越えた怒りに耐えられずに殴りかかろうとする。しかし、その腕は寸前で他の男に捕まれ、青年に触れる事も無く止まる。


「あのね、君は……無実の人間捕まえておいて『知っている事を話してくれ』も何も無いんじゃないかな? 今流行の捜査だったりする?」


 目の前で止まった拳を眺めつつ、青年は呆れた顔で男達を見る。抗議をする様な雰囲気も無ければ、相手の行動に不満を持っている様でもない。ただ、起きた事を起きた事として楽しんでいる風ですらある。

 男達は青年へ不気味な物でも見る様な顔を向けていた。そもそも、青年は人間らしさの欠片も感じられないのだ。

 その髪は何故だか虹色に輝き、気配の中にはとても人間だとは思えない何かが存在する。豊かな知性と乏しい知性、その様な全く逆の要素を当然の様に持ち合わせた『何か』だ。

 だが、何よりもオカシいのはそこではない。

 見る人に異様さを覚えさせる最大の要因は、彼が笑顔である、というその一点だ。表情が何時でも笑っている訳ではなく、その存在自体が『笑っている』様に見える。

 全身から感じさせる、世界そのものすら上回ると思わせる程の圧倒的に広大な『何か』を、笑顔という要素で一つに纏めている。そういう印象を与える存在だ。


「ん、君らが私に向ける印象は間違って無いかな。でもちょっと失礼な気もするよ。何せ、私は今だって笑っているのだから」


 男達の思考を読み取るかの様に、青年は微笑みを浮かべて話す。自分がどう見られているのかは自覚があるのだろう。

 それにしても、細かく読み取られすぎている。表情だけでは窺えない事まで言ってきた青年を、男達は心底不気味に思う。

 しかし、彼らには青年から話を聞くという目的があるのだ。それも緊急で情報を得る必要がある案件であり、最終的には彼らの命にすら関わる事なのである。

 だからこそ、彼らは気が進まないながらも青年を捕まえたのだ。予想通り、一分もしない内に逆らう事など欠片も感じられない程の上層部からの指示によって青年は解放される事になってしまったのだが。

 しかし、それでも青年は彼らの頼みを聞いてくれた。だからこそ、彼らの私室の一つで男達に囲まれながら『個人的な雑談』をしているのだ。

 彼らの言葉の中には脅迫も含まれていたのだが、それで話をする気になったのではあるまい。恐らく、面白がっているのだ。楽しそうな笑顔がそれを表している。


「ふふ、君達自身にさほど興味は無いけれど、少しヒントになりそうなお話をしてあげるくらいの事は必要かな、って。君達程度じゃ、あいつを捕まえる事なんて不可能だろうけど」


 あくまで楽しそうに、青年は話す。少々わざとらしく煽る姿から見るに、男達に殺意の一つでも向けさせようとしているのだろうか。

 実際、馬鹿にする様な色が伝わった男達の中のまた数人が青年に強烈な殺気を飛ばす物の、全く、微か程にも効いていない。逆により楽しそうな顔をするだけだ。


「はは、こわーい。イライラは胃に良くないよ? ああ、そうそう。この状況とそっくりな映画が……ん?」


 青年は何やら妙な事を言い出して、どこか遠い場所を見る。不思議な雰囲気だ、話を中断させる事を戸惑う程に。

 しかし、青年が何を言っているのかを理解した男の一人が声をかけてそれを止めさせる。ほんの一瞬だけ不満な顔をした青年は即座に顔を目映い程に明るくし、目を眩しすぎるくらい輝かせた。


「ああ、分かるんだぁ! あの映画は面白いよね! ふふっ、君の事はそれなりに好きになれそうだ」


 まるで少年の様に喜んで男に握手を求め。それが戸惑い混じりにでも応じられた事に嬉しそうな顔をする。その姿を晒している間だけ、あの異様な気配は消えていた。

 握手をし終えた青年はすぐさま再び異様な雰囲気を纏い、彼らにとっては心の底から警戒すべき顔をする。


「ふふ、何でイライラしているのか、当ててあげようか?」


 その視線を受ける事がさも楽しい事であるかの用に扱う青年は、突拍子も無く妙な話を切りだして来た。確かに青年を取り囲む人間は皆一様に苛立っているのだ。

 全ての苛立ちをぶつけられる対象である青年がそんな事を言い出す姿は何やらおかしい気もするが、青年の言葉だと考えればとても似合う用に思える。

 青年はそんな彼らの反応を面白そうに笑いつつも指を三本出して見せ、明るい雰囲気を振りまいて話を続ける。


「一つに、Mr.スマイルが君らが処理しなくちゃならない惨殺死体を量産した所、二つに、Mr.スマイルが君らに賄賂をくれるホルムスの所の幹部を殺しちゃった所、三つに……」


 嬉しそうに二つを上げる度に指を下ろし、数秒間だけ言葉を切ると最後に言うべき一言を告げた。


「----Mr.スマイルが、君らのお仲間をいっぱいぶっ殺しちゃった所だろう?」


 最後の言葉だけは、本当に静かな声で告げられていた。

 冷徹と言うべきか、おどろおどろしいと言うべきなのか、どちらにせよ青年の言葉は内容はどうあれ背筋にぞわぞわとした感触を覚えさせる物である。

 そして、彼の言う事は全てが真実だ。男達はMr.スマイルが作り上げた死体を捜査しなければならず、しかも、死体は彼らの仲間だったのだ。

 青年の言った全てが男達の考えを正確に突いていた。それ自体には、既に驚く事は無い。むしろ、それくらい知っていなければ彼らの求める情報を提供する事は出来ないだろう。

 それでもバカにする様な笑顔と共に言われれば良い気はしない。青年を囲む程に人が居れば、不満になると同時に殺意を抱く物が居ても不思議ではない。

 実際、居た。それまで何度も青年を殴ろうとしていた男が、ついに周囲の制止を振り切って拳を振るっていた。

 勢いと怒りを込めて頬を思い切り殴り付けられた青年は壁に叩き付けられ、衝撃が部屋中に伝わる。男達は顔を青ざめた、青年に口を噤まれては彼らに手がかりは無くなってしまう。

 しかし、一番に顔を青ざめていたのは殴った当人の男だった。行動を後悔している、という訳ではない。殴られた青年の反応が、余りにも妙だったのだ。


「ああ、そうだ。君らさ、どうして私が『私』だって気づいたのかな? 私は此処で『私』になった事は無い筈だけど」


 つまり、無視を決め込んで自分の言いたい事だけを言っているのである。

 それだけでは無い。殴られた部分に痣は無く、殴られた瞬間に持っていたコーヒーは一滴もこぼさないままで手の中にあり、何事も無かったかの様に口の中へ含んでは不味そうに眉を顰めているではないか。

 どうすれば勢いよく殴り飛ばされてもコーヒーをこぼさないのかはよく分からなかったが、それはそういう物なのだろう。

 まるで、殴られて壁に叩きつけられたのではなく自分から壁に寄りかかって座り込んだかの様で、その姿から発せられる雰囲気は余りにも異質かつ異形なのだ。

 何やら少々の諦観を覚えつつも、男達の中の一人、先程青年と握手をした男は青年の質問に答える。


「そうか、あいつか。もう、ここじゃ私は『私』でいるつもりなのに」


 すると、青年は少し不満そうな顔をどこか遠くに向けた。様子が変わった、と言う程の変化ではないが、多少の違いが見受けられる程度には変わっている。

 しかし、男達が怪訝そうな顔をしている事に気づいた青年はまたすぐに先程までの様子に戻り、より楽しげな顔で彼らに対して一度頷いた。


「よし、喜んで話す。でも一人だけに話してあげるから、他は失せてくれると嬉しいね。如何なる方法でも盗み聞きはダメだよ?」


 一人だけを指さしながらそう言うと、男達の視線がその中の一人へ一斉に注がれた。

 やはり、青年が握手をした相手だ。唐突に指名された彼は男達の視線に一瞬だけ呆然とした顔をする。だが、すぐに自分達の目的を思い出すと頷き、青年の対面にある椅子へ座る。

 青年の言葉の中に嘘が見られない事を----隠されれば恐らく見抜けないと分かりつつも----男達は確認して、青年と男の二人の顔を見比べながら一人ずつ席を外していく。

 中にはその場に止まろうとする者も居たが、他の男達に連れられて半ば強制的に退室させられて行く。

 一分もすれば、その部屋の中に残った人間はたった二人になっていた。青年と、青年が指名した男だ。


「おっと、盗聴、録音の類が無い事は……ああ、大丈夫。私が『確認』したから、君が保証してくれなくても良いんだよ」


 二人だけになったと確認するや否や、青年はそんなよく分からない事を言って男を混乱させる。明確な説明をする気も無いのだろう。

 男が首を傾げている間に、青年はまたコーヒーに口を付けては不味い不味いと感想を漏らしていた。

 だが、どんなに不味くとも何れは飲み干してしまう物で、カップの中に残されたコーヒーはこれで最後だった様だ。

 今まで持っていたカップを机に置いて、青年は楽しそうに喋りだした。


「さて……あの船に乗っていた人間は皆、一様にまともでは無かったんだ。一般人に見える客でさえ、ジェーンちゃんの作った人形みたいな物だった。一人たりとも、カタギの人間は居なかったよ」


 饒舌に、青年は情報を漏らしていく。その話の内容は男達の中でも雲を掴む程度には認知されている物だが、殆どは関係者の手練手管によってもみ消されているのだ。

 自分が聞いている内容がかなり重要な事だと認めた男は、より真剣な様子で青年の言葉に耳を傾ける。


「乗っていた奴で『私』が名前をちゃんと知ってるのは……『ただの新聞記者の』アール・スペンサー、ホルムス・ファミリーのサイモン、同じくジェーンとパトリック。麻薬の売人組織のプランク、部下のスコットとコルム……それに、カナエ……ふふっ。ああいや、何でもないよ」


 少し楽しそうに笑い声を上げたが、すぐに青年は手を軽く振って気にしない様に告げる。

 男は話を聞いた時点では少し気になっていたが、その動きを見ると何故かそれ以上深く追求する気持ちになれなくなった。


「後は、我らがボスに、その部下のエドワース。それに君も知ってるだろう? 『頭の中に映画しかない男』リドリーさ。他にもあの船には当然船員が居たし、スーツに拘るチンピラも居たが……まあ、その辺の連中は大筋に於いて関係無いかな」


 そこまで話すと、青年は言葉を切って笑いかけてきた。だが、男の反応は余り良い物ではない。彼らが聞きたいのは、その『先』だ。

 それは分かっているのだろう、青年は楽しそうに微笑んだまま話を続ける。


「Mr.スマイルの事なら大丈夫、ちゃんと話してあげるよ。そうだな……よし、話していこう。あれは十数年前……え? はは、君に話してあげる内容の前提に必要なんだ、聞いて欲しい」


 途中で男が青年の言葉を制止したが、特に気にする様子も無く話は続いた。青年の顔は確かに笑みを浮かべているが、様子は真剣そのものだ。

 聞いている男----一人の警官が、思わず身を乗り出してしまうくらいには。



「あれは十数年前、三人の少年が……」





*


「やってくれたな、クソガキ共」


 大きめの広場で、未来にまで影響するその事件は起きていた。

 言葉と共に殺気と怒気が籠もった声が、三人の少年にぶつけられた。少年の周囲には六人ほどの男が立ち、睨み付けている。

 少年達は顔に殴られた様な痕があり、服は泥だらけだ。どうやら、男達は少年達を取り囲んで攻撃しているらしい。傷だらけで転がるその姿は、少年達が一方的に暴行を受けた事を示している。

 そんな状況だというのに、広場を歩いている者達は視線すら寄越していない。警察を呼ぶどころか、野次馬になる者すら居ないのだ。誰もが、少年達を道端のゴミよりも価値の低い存在として扱っている。


「俺達の飯を盗むなんて、良い度胸してるよなぁ。だが許さねぇ、死ぬまで痛めつけてやる」


 誰も少年達を助けない事を分かっているのだろう、少年達の足を踏みつけながら男は嘲笑している。悪意にまみれた声は耳へ入り込み、少年達の抵抗の意志を奪う。

 少年達は、彼らから食べ物を盗んだのだ。

 貧困に苦しめられた為の行いではない、それは服装からして判断出来る。ならば悪戯か、余程食べたくなる様な物なのか、それは分からないがともかく、少年達は男達から食べ物を盗んだ。

 その代償を、少年達は受けている。明らかに、大きすぎる代償ではあったのだが。


「どうだ怖いか? もっと恐がれよな」


 転がる少年の髪を掴み、持ち上げる。暴力的な意志と悪意が直接ぶつけられ、半死半生の体にすら見える少年を更に傷つける。

 怯える様な声がその少年から漏れ出し、目には明らかな恐怖の色が宿った。それが目的だったのだろう、男は髪を掴んだまま地面に顔を叩きつけ、満足そうに笑う。


「そうだよ、それくらいビビって貰わないと楽しくないよな……おいお前、その目はどういう意味だ?」


 顔から血を流す少年の姿を楽しそうに見ていた男は、今度はその隣で反抗的な目をまだ持っていた少年に標的を定める。まるで標的を見つけた狩人の如き目だ。

 その少年に近づいていき、男はその腹に鋭い蹴りを入れる。内臓が潰れる様な感触が男に響き、少年は口から血を吐き出して痙攣する。

 だがまだ、終わりではない。男は追い打ちをかける様に少年の首を踏みつける。力をかければ首は折れてしまうかもしれない。


「おいおい、そろそろ死んじまうぞ」

「死んだら捨てれば良いだろ、それまで楽しませて貰おうぜ」


 見かねた一人が窘める様な事を言うが、男は悪びれた様子も無い。他の男達がただ少年達の退路を防ぎ、睨んでいるだけなのに対して、男は人を傷つける事への明確な喜びを感じている様だ。


「そうかよ、後始末は手伝わないからな」

「良いぜ、どうせゴミに出せば良いだけだ」


 男達も、少年達を助ける気など無い。ただ死なれるのは面倒だと思うだけだ、後始末を男がすると言うなら文句は無い。

 抵抗する気力も体力も失われ、血を吹き出した少年達がもう動く気配は無い。その首に、男は思い切り足を叩きつけ----寸前で、その足は弾き飛ばされた。


「もう良いだろ。十分やった筈だ」

「ああ、六人で三人のガキを痛めつける、情けない話だ」


 いつの間にか、二人の男が隣に居た。少し古めのトレンチコートを着込んだ若い男達だ。一瞬も気づかせずに現れたその姿を、少年を囲んでいた男達は驚愕に目を見開く。

 だが、彼らも一般人とは言えない存在だ。すぐに懐にある銃に手を掛けて、二人の男へ向ける。


「全く情けない奴らだよ。こんな公衆の面前で、俺達に銃を向けるのか?」

「ご尤も。この町にはもっと上等でまともな悪党が必要だよなぁ」


 それを見た二人は馬鹿にする様な苦笑で、肩を竦めている。命の危険を感じさせる物を向けられても、二人の男は慌てた様子は無い。

 むしろ、余裕すら感じさせる声だ。何故か頭の中で警告音が鳴り響いたが、男達はそれを気にする事も無く銃を向け続け、怒声の混じった声を浴びせかける。


「誰だ! ……だ?」

「お、おいコイツら……」


 二人の男の姿や雰囲気を確認したその瞬間、怒声を上げる途中で男達は目を見開いてその銃を降ろしてしまった。

 その服装、武器、余裕を感じさせる態度。それは最近、彼らの間で恐怖の象徴として扱われる存在だ。ナイフ一本で彼らを倒してしまう存在だ。


「俺達を知っているか、まあどうでもいいが……」

「さっさと失せろ。そのガキ共が何をやったのかは知らないが、どうせ大した事じゃないだろう? そうじゃないなら、教えてくれ」


 一転して怯えた様な顔をした男達に対して、二人は恐ろしい表情をする事も無く、ただ軽めの調子で声を掛けてくる。ただし、内容は剣呑だ。

 その中には、警告する様な意味合いがある。片方の男が片手に持っているナイフと、もう一人の男が持っている軽機関銃が意図をハッキリと見せつけていた。

 今まで少年達を痛めつけていた男は、自分が危険に陥った事を認識して冷や汗をかく。余裕など欠片も無い。焦りと恐怖がそこにある。

 少年達が、ぼんやりとした顔付きで二人の男を見ていた。


「で? どうするんだ、生きるか死ぬか……どちらを選ぶもお前達次第だぞ」


 ナイフを持った男が声をかけて来た。銃を持っていないというのに、その姿はどこまでも危険な雰囲気を放っている。

 抵抗すれば一瞬で、殺されるだろう。逃げたとしても追われるかもしれない。そんな不安を覚えさせる姿がそこにはある。

 銃を持ち、数も四倍の筈の男達は自分が追いつめられている気分を味わっている。それほどに二人は恐ろしい物だ。どうしようもなく、体が震える。


「消えろ馬鹿共、それとも……川にでも捨てられたいのか?」


 軽機関銃を持った男が、声をかけて来る。銃という明確な脅威は彼らの心に確かな危機感を覚えさせ、その危険な雰囲気と相まってより一層恐ろしく感じられた。

 だが、彼らにも意地がある。逃げる事は許されないのだ。しかし、恐怖はそれを上回りかけていて、今にも折れてしまいそうな心だけが足を止めている。

 一向に足を動かさない男達に業を煮やしたのか、二人の男は一瞬だけ目線を合わせて頷き、ナイフを持った男が一歩前に出る。


「……今から、十秒だ。それまでに逃げなければ……お互い、余り嬉しい結果を招かない事を約束しよう」


 言葉の中にハッキリとした殺意は見て取れない。その事がより恐ろしく感じられる。男達の足は、引き始めていた。

 流血沙汰にはならない事への安堵からか、二人の男は少しだけ笑みを浮かべる。しかし、秒数を数える事は止めようとしない。逃げるまでは続けるのだろう。

 軽機関銃を持った男が、怯える男達に向かってカウントを声に出し始めた。


「……十、九、八」


 数が少なくなっていく毎に、男達は銃を少しずつ降ろしていく。恐らく三秒を数えた時、そこに銃は無くなり、男達も逃げ去っているだろう。

 そんな事を考えながら、ナイフを持った男がカウントを続けている。心の安堵は一切表に出る事が無い。聞く者にとっては底冷えする様な、人殺しを何とも思わない冷血漢の様に感じられる筈だ。


「七、六、五、よ……んっ!?」


 残った時間が五秒を切ったその瞬間、逃げようと体を動かした一人の頭に、明らかに銃弾だと分かる穴が開いた。二人の男は驚愕の表情を浮かべて背後を窺う。

 彼らが撃った訳ではないのだ。何せ彼らは、本当に男達を見逃すつもりだったのだから。


「ふ、ふざけるなっぁぁァ!」


 そして、男達はそうは思わなかった。破れかぶれの怒気と、怯えを誤魔化す罵声を上げて銃を再び持ち上げる。仲間が殺された事に憤っている訳ではない。約束が違うと怒っている訳でもない。

 ただ、思ってしまったのだ。『自分達は逃げられないのだ、殺されてしまうのだ』と。脳がそれを認識する前に体がそれを感じ、死んでたまるかと抵抗する為に動いたのだ。

 必死の動きは、本来の彼らがする動きより何倍も早い。引き金を引くまでに一瞬の時も要さない程だ。だが、『機関銃とナイフはそれよりも早い』。

 流血沙汰を避けられない事を確信した二人の男が、残った五人を始末する為に動く。一人は必死に銃の引き金を引く前にナイフによって腕を断ち切られ、一人は機関銃で穴だらけにされる。

 残った三人はかろうじて銃を撃つ事が出来た。だが、その銃弾は射線を逸らされるか、射線を見切られて寸前で避けられてしまう。そして、次の瞬間にはその三人の内二人がナイフと機関銃の前に倒れた。

 現実離れした光景に、生き残った男----少年達を痛めつけていた男は、思わず叫んだ。


「な、何なんだよ! この、この化け物ど……」


 言葉が終わる前に黙らせたのは、ナイフでも機関銃の弾でもない。拳銃の弾が胸に到着し、強制的に言葉を止めさせた。

 体から血を吹き出した男は、抵抗する事も出来ずに地面に崩れ落ちる。偶然にも、そこは少年達が頃がされていた場所のすぐ隣だ。

 自分が痛めつけた人間が目に入る。だが、男が最後に感じたのは罪悪感でも後悔でも無く----


----もっと、コイツらに地獄を見せてやりたかったなぁ。


 そんな、心からの喜悦と名残惜しい気持ちだった。




「……クソッ!」


 最後の男が胸と口から血を流して倒れた頃、二人の男は打ち合わせ通りに行かなかった事に眉を顰めていた。彼らには殺すつもりなど無かったのだ。

 確かに少年達を半死半生の体まで追いやっては居るが、彼らはその男達を殺す程嫌っている訳では無い。ただ、見かけたから手を出したというそれだけの事だ。

 だというのに、殺してしまった。相手の攻撃を防ぐという形ではあったが、殺してしまったのだ。今更それで吐く様な二人では無いが、空気は重い。


「全員死にましたか? 生きてる奴が居ると報復が厄介です、出来れば復讐も止めておきたい所ですが」


 そんな重苦しい空気に、軽い口調で乗り込んでくる存在が居た。どこかの銀行員の様なスーツと拳銃を持ったその姿が異様に似合っている。

 その拳銃が男達の内二人を撃ったのだと、二人にはすぐに分かった。何故なら、その男はナイフを持つ男にとっては知人であり、機関銃を持つ男にとっては部下でもあるのだから。


「サイモン! 馬鹿野郎なんで撃った!?」

「いやぁ、今、『十数える』と言ってから丁度十秒だったので、つい」


 ナイフを持った男の鋭い追求が遣って来る。が、サイモンと呼ばれた男は一切悪びれる雰囲気を見せず、どこか冗談でも言う様な口調で答えている。

 サイモンの背後から数人の男達が現れて、手慣れた様子で倒れ伏す者達を黒い袋へ詰めていく。非常に素早い動きだ、一分もあればそこに男達だった物が転がっていたなど、知る事は出来なくなるだろう。


「大体、こんな奴らは生きる資格が無いんですよ。生かしておくだけ損だ」


 見事な仕事をする部下達を観察しながらも、サイモンは男達の死に様が当然だとばかりに、一切の後悔を感じさせない雰囲気で自らの主へ向き合った。

 その視線で、サイモンの考えは機関銃を持つ男に伝わった。彼は、『男達を逃がして恨みを買うよりは殺してしまった方が安心出来る』と考えたのだ。

 だからこそ、ナイフを持った男は不満そうな顔をして見せる。


「……ああ、全く。そうかもしれないな、それだと俺達にだって生きてる資格は無いぜ、いや、誰にだって。そこに居る俺の相棒以外には無いな」

「ええ、その通りですが」


 皮肉げな男の言葉を全面的に肯定し、サイモンという男はそれが誇りだと言わんばかりに笑みを浮かべる。軽機関銃の男が何処か困った様に肩を竦めていたが、訂正させる気は無い様だ。

 サイモンとナイフの男は、何やら敵意の様な色の視線をぶつけ合って睨み合う。ともすれば殺気まで発し始めそうな勢いだ。


「う、うぐ……あぁぁ……」


 そんな時、呻き声が彼らの足元から聞こえてくる。今にも命が尽きてしまいそうな小さな声だ。それが彼らの助けた少年の物なのだと気づくのに、時間は要らない。


「……死んだ奴の事は忘れるか。それより、このガキ共だ。ちょっとばかり、危ない様に見えるが」


 ナイフの男が少年達の姿をよく観察する。酷い状態だ、男達は余程痛めつける事を楽しんでいたのか、痣は肌の見える部分の全体にまで及んでいる。

 一人など血を口から垂れ流していて、生きている事には生きているが危険な状態である事は明らかだ。


「病院ならすぐ近くだ。行くか?」


 そう言って、軽機関銃の男が部下を呼び寄せ、車を手配する様に指示する。それを聞いた部下の者達は黒い袋を持ったまま何処かに走り去っていく。

 その中で、サイモンが何故か不満そうな顔をしている。まるで少年達の命よりも優先すべき物は幾らでもあると言いたげな顔だ。いや、実際そう考えているのだろう。


「おっとボス? 忘れたかもしれませんが、家でお嬢様が帰りを今か今かと待っていますよ? いやぁ、父親大好きの良い娘さんですね、あんなガキ共の面倒を見るよりずっと大事だ」

「いや、お前な……まあ、しょうがないか。お前はそういう奴だからな」


 流石に、軽機関銃の男もその態度には呆れたのだろう、軽い溜息の様な物を吐き、もう一度肩を竦める。今度は、ナイフの男がサイモンを睨む事は無い。何故か同意する様に頷いている。

 軽機関銃の男には、娘が居るのだ。まだ五歳にもなっていない少女だったが、父親を慕うその姿は何やら将来を感じさせる顔付きをしている事をサイモンは知っている。

 車が来るまでに少年達に応急処置を施すつもりらしく、ナイフの男は倒れる少年達に近寄っている。そんな中で、男は軽い調子の声を上げた。


「行けよ、娘を放っておくなんて酷い親だ。『パパ』なんてくすぐったい呼び方をされる内に触れ合っておけ、いずれ『クソオヤジ』とか呼ばれる日が来るぞ」

「お前まで……ああ、分かってるよ。そんなに俺が邪魔か、なら俺は消える事にするさ。そうだ、『ジェーン』の奴の誕生日にはちゃんとプレゼントを用意しろよ?」


 どこか拗ねる様な声音だ。そんな事を言いながらも、男は親友に向ける様な調子で話し、言い終えた頃には彼らへ背を向ける。時折、少年達の事を気にする様子はあったが、ナイフの男の事を信じているのだろう、立ち止まる事は無い。

 サイモンがそれに追従しようと付いていった。もう少年達の事も、自分が殺した男達の事も、彼は忘れているに違いない。

 そんな姿に呆れる様な、慣れた様な表情を浮かべながら、男はあくまで軽い調子で返事をした。


「当然だ、プレゼントは忘れない」





 二人の主従がこの場から離れると、男は手早く少年達にこの場で出来る限りの応急処置を施していく。少年達はされるがままだ、相手に何かを言う気力も無いのだろう。

 それでも、相手の顔を見る事くらいは出来ている。きっと、少年達はこの顔を一生忘れないだろう。


「さて……とりあえずやれる事はやったぞ。で……そろそろか」


 人外染みた凄まじい早さで男は少年達への処置を終わらせる。同時に、彼らを病院へ連れていく為の車がその場に到着した。中には先程までの黒い袋を持った男達では無く、別の者達が乗っている。

 思わず男達は首を傾げた。やけに車は急いでいる様子だった、それに中に乗っている男達は男の知っている顔なのだ。そう、車の中に居るのは男の部下だ。

 軽機関銃の男が指示した相手は、彼の部下である。今目の前に居るのは此処に居る男の部下だ。呼んだ覚えはない。


「何でお前等が……?」

「説明の前に知らせなければならない事が……!」


 車から飛び出してきた者が、男に飛びつく勢いで近づいてくる。何かがあった。そう感じさせるには十分な顔付きだ。

 だが、ナイフの男は少年達の事を忘れた訳ではない。三人の内二人を抱え、一人を近づいてきた男へ有無を言わさず連れていく様に指示する。


「そいつ等を病院に連れていくぞ。説明は……今すぐ出来るか?」

「は、はい。今すぐ出来ます」


 少し戸惑った様だが、すぐに男は残った少年を抱えて車へ乗せる。次いでナイフの男が二人を乗せ、三人の少年を乗せ終える。すると男はすぐに耳打ちして何かを説明した。

 それを聞いた男は、眉を顰めて虚空を睨んだ。


「ああ……確か、ヤクを売ってた男女を殺して、そいつらのガキを育ててる奴だったか……そうか、殺されたか」


 噛み絞める様に、男はそう呟く。体からは敵意が滲み出していて、殺された者が男にとってどんな人間だったのかを窺わせる。


「……どうせ、殺した奴等の上は司法に金を握らせて、全部の罪をそのガキに擦り付けるだろうさ、俺達がどうにかしておく……最短の病院まで連れていけ、医療費は俺達の名前を出せばどうにでもなる」


 言いつつも、少年達の事を忘れてはいないのだろう。男は部下を車に乗り込ませ、病院に行く様に命令する。


「……恐らく、やったのは『奴ら』だ。海の向こうから来たクソ共め、この町から叩き出してやるぞ」


 その間にポツリと何事かを呟いたが、誰の耳にも届く事は無く消えていった。

 男は、部下に病院の名前を言って出来る限り素早く行く様にと指示する。少年達はまだ予断を許さない状態だ、少し焦る気持ちが出るのも仕方はない。

 しかし、男は車の窓から指示を出している。その点から考えると、一緒に乗るつもりは無い様だった。


「悪いな、ちょっと用事が出来た。後で相棒の部下が来るからな……連中に頼んで、現場に行くさ……おっと」


 部下にそんな説明をして、男は後部座席に倒れる三人の少年の方へ目を向ける。ぼんやりとした顔で男を見ている少年達の耳へ、脳へ直接刻み込むかの様な口調で男は話しかけた。


「ガキ共、今からこの怖いオジさんが病院に連れていってくれるぞ。後、変な連中に喧嘩を売るのは、程々にしておけ……実力が無い内は、な」


 『実力があれば変な連中に喧嘩を売っても良い』。そう言っている様だ。その後に『俺みたいに』と続きそうな雰囲気が漂っている所が、何となく分かる。

 言い終えると、男は背を向けた。

 そんな時、少年達の中で一番に傷の少なかった一人が何とか体を持ち上げた。傷が少ないと行っても、かなりの重傷である事は間違いない。だというのに、震えながら体を動かしたのだ。

 少年は何とか口を動かして声を出す。どうやら肺か喉の調子がおかしく、気力も体力も無い。声はごく小さな物だ。だが、男の耳にはきちんと届いていた。


「あ……り……が……と……う」


 そんな言葉が、耳に届いて来た。男は振り向いて少年を見る、その一言だけで限界だったらしく、また座席に倒れる様に座って何とか呼吸を続けている。

 だが、気持ちはその一言で全てが伝わった。そんな顔をした男はもう一度車に近づいて、笑った。


「礼なら、もう一人の奴に言えよ。あいつがお前等を見つけたんだ」


 男が浮かべていたのは、素晴らしい笑みだ。例え少年達が死んでも、忘れないに違いない。誇りや喜びが滲む最高の笑顔と言えるだろう。男自身には何の自覚も無かったにせよ、それは世の中で最も尊いと言っても良い笑顔だ。

 この瞬間、少年達は知ったのだ。

 世界は残酷で、人間は汚れていて----しかし、だからこそ最高の笑顔を浮かべるヒーローは居るのだ、と。







 この二人に助けられた三人の少年達は、後に名前を変え時には顔を変え、やがて三つの別々の組織に忠誠を誓う事となった。男の言葉通り、力を求めたのだ。

 


 男に礼を言った者は、自分を助けてくれた軽機関銃の男が大組織のボスだと知って組織に絶対的な忠誠を誓い、男の娘の補佐役を任せられる『パトリック』に。


 口から血を垂れ流していた者は、男達とはまったく関係の無い、だが麻薬という分かりやすい『実力』を求めて違法薬物の売人達のボスと共に行く事を決めた『スコット』として。


 そして、最後の一人。一番臆病な少年はナイフの男が小さな、小さなギャング組織のボスだと知って入り込んだ。やはり、臆病者の----『エドワース』として。


ともかく、大笑編、始まります。

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