最終話
「全員乗ったか!?」
「乗った! いや多分乗ってないが、これ以上はヤバい!」
「急いでくれ! 巻き込まれるかもしれないぞ!」
「死ぬ! 死んじまう!」
一方、彼らが飛び乗った小型船は戦争でも起きているかの様な大騒ぎになっていた。どうやら他の船も同じらしく、怒声と共にエンジン音が響いている。
この場に居れば、沈み行く船に巻き込まれる。全員がそんな事は理解出来ていた。だから騒いでいるのだ。
だが、この状況を脱する技術、つまり小型船を操縦出来る者は黙々と船を動かしている。慌てている様子も無ければ、悲観している風でもない。
むしろ、時折騒ぐ者達へ冷ややかな目を送っている程だ。
「まったく情けない……ウチの連中が迷惑をかけます」
そんな彼らの姿を眺めながら、プランクは盛大な溜息を吐いていた。騒いでいるのは、彼の仲間ばかりなのだ。特に船員達は酷い。
小型船操縦の技術を殆ど持っていない彼らはただ船を見ているだけなのだが、他の者達に比べてよく騒ぐ。
ある種、仕方のない事だ。一応はプランクの部下と言っても、危険と隣り合わせの違法行為を行う為の人員ではないのだから。
「良いじゃないか、人間らしくてな。少なくとも面白がるよりは安心出来る」
隣でケビンが苦笑気味に言う。頭の中には恐らく、あの場で船を爆破したリドリーと呼ばれる男の姿があるのだろう。
確かに、あの状況を楽しんでいる笑みに比べればまだ騒ぎ倒すのは常識的な行動で、むしろ落ち着く程だ。しかし、自分の部下の情けない姿を周囲に見られるプランクにとっては落ち着ける物ではない。
そうこうしている内に、部下の一人が他の者に黙らせられた。凄まれて、怯んでいる。
情けない、情けなすぎて溜息が出てしまいそうだ。そんな気持ちになっていたプランクは、隣に座る二人へ困った様な顔を見せた。
「騒いでない連中も居るじゃないか」
「実働の売人達は銃撃戦だって経験していますからね。安全な仕事を任せている奴は子供より臆病かもしれません」
見かねたケビンがフォローを入れるも、プランクは軽く首を振った。一人が沈黙した事で騒ぎは何とか収まりつつあるが、情けない気持ちは変わらない。
彼の隣に居る二人は、ケビンとその元相棒であるアール・スペンサーだ。恐らくどちらも偽名なのだろうが、本名を尋ねる様な行為をする程、プランクは無粋ではないし、彼や彼の部下達も似たような物だ。
アール・スペンサーは、プランクに対して何かの確認をするかの様な口調で尋ねてくる。
「取引の相手側は、良いのか?」
「……良くありませんよ。こんなヘマをやった奴から薬を買いますか? 多分、この件も内部のスパイか何かの手で筒抜けです」
張り付いた様な笑みはそのままに、プランクが重い溜息を吐いた。大損だ。船は沈み、部下は殺され、売れ残った薬は船と共に消えてしまっている。
計算するのが嫌になる程の損を被ったプランクが、今回起きた事件に関わった組織のボスの中で、最も酷い目に遭ったと言って良いだろう。
幹部の大半を殺された組織のボスであるアール・スペンサーは、バツが悪そうに頭を掻いた。
「……そりゃ、悪い事をしたな」
「本当にな、いや、船を沈めた部下を持ってる俺も俺か」
ケビンも同じ様に頭を掻いている。リドリーが船を沈めた事を忘れられる程、彼は厚顔無恥ではないし、もし忘れていればアールから殴られていたに違いない。
しかし、そんな風に困った顔をする二人の姿を見て、プランクは思わず全く関係の無い事を呟いていた。
「……あなた方、なんだか……」
「ん? 何だ、要求されなくても借りは返すぞ」
「ああ、こっちもジェーンの暴走で迷惑を掛けてるからな」
ほぼ同時に、声が帰ってくる。
この二人、挙動がよく似ていて言動もどこか近い雰囲気を持っていた。それを確信したプランクは重く纏わり付いていた雰囲気を振り払い、二人の様子をもっと良く観察する事を決める。
「あなたこそ、組織は大丈夫なのですか? あなた自身が書いた記事とこっちが仕入れた情報によると、幹部連中は軒並み殺されたそうですが」
相手の様子を見るついでに、プランクが情報の確認を行う。当然ながらホルムス・ファミリーが弱体化するのか、しないのかを確認する意味もあった。
「ああ、まあな。そういう意味じゃジェーンの手も必要だったが……」
『死んでしまったのでは仕方がない』と言いたげに肩を竦める。アール・スペンサーの組織は、幹部が壊滅している。普通であれば、修復は不可能な状態だ。
だが聞かれたアールは話す内容とは違う、自信を感じられる笑みを浮かべていた。どこか残念そうな色も含まれているが、ともかく自信はある様だ。
そんな男に対し、ケビンが不敵な笑みを浮かべて力強く肩を叩いていた。
「お前が居れば、ホルムス・ファミリーは三日もすれば規模『だけ』は元通りに出来る。そうだろう?」
「……訂正しろ、サイモンとパトリックが居る。二日で規模だけは元通りだ。奴らには、気絶するまで寝ずに働いて貰うさ……勿論、俺自身もそうだが」
組織が復活する事をあっさりと宣言したアールの口から、かなり無茶な言葉が飛び出ている。二日、つまり四十八時間でホルムス・ファミリーは復権するらしい。
彼でなければ、妄想癖か何かと取られてもおかしく無いだろう。だが、彼が言えばそれは絶対的な確定事項として聞こえてくる。
そこに真実味を見つけたプランクは、その場で彼らとの密接な協力関係を結ぶ事を決めた。
「提案ですが……お互い、組織の規模に影響があるくらい被害を受けた訳ですし、この町の組織同士協力していきませんか?」
「ああ、そうだな。お互いこれからは協力関係で、薬じゃない物も扱おうじゃないか」
「ははっ、これからよろしくお願いしますね?」
あっさりと、二人の協力関係は結ばれた。長期の交渉を覚悟していたプランクは肩すかしに終わって、安堵と疲労を同時に覚える。
「……俺の支配領域で商売はするなよ? 戦争沙汰になったら今度はどうなるか分からないからな? 船を爆破しておいて恥ずかしくないのか、と思うかもしれないが、生憎と俺もお前等も、そういう世間に恥ずかしい生き方を選んだ身だ」
握手する二人の隣で、少し脅す様な声がケビンから漏れている。二人は思わず顔を見合わせた。彼ら、特にホルムス・ファミリーがケビンの組織と戦争間近まで行ってしまった理由が、まさにそれなのだ。
「あー、あの、それに関して……少し、話をしませんか?」
部下を失っている今、ケビンの組織と戦う事は危険極まる物だ。その問題を蒸し返されては堪らない。そう考えたプランクがケビンを説得しようと口を開く。
しかし、その前にケビンは重い雰囲気を完全に崩し、悪戯らしさを感じさせる友好的な様子でプランクの肩を叩いていた。
「その代わり、何かまずい事があれば何時でも相談に来い。俺の所は少数だが、精鋭だぞ」
どうやら、彼も二人の組織と敵対する気は無い様だ。自分の支配領域で麻薬を売る事を許可する気も恐らくは全く無い様に見えるが、それは彼なりの譲歩と支援の気持ちなのだろう。
プランクもアールも、ケビンと握手をする。この瞬間、この三人は同盟を組んだに等しい状態になっていた。
そんな時、数人の男がケビンの側に近寄ってくる。
「何か言いましたか、ボス?」
「お前等は強いって事さ」
煙に巻く様な物言いでケビンが男達に答えた。彼らはケビンが頂点に立つ組織の構成員で、ここに居るのはたった今半分まで沈んだ船に乗り込んでいた者達だ。
船に残っていた者達は、沈み行く船に巻き込まれない様にエンジンを動かし、この場から離脱しようと急いでいる。それとは違い、今までその船に居た彼らは手が空いたのだろう。
「おい、ちょっと聞きたい事がある! こっちへ来てくれ!」
ふと、ケビンは頭の中に浮かんだ疑問を尋ねてみる事にした。
「そうだ、お前等……何で船をこっちまで寄越したんだ?」
「いやあ、エィストに呼ばれたんですよ。ああ、エドワースがあいつに運ばれて来て……そうそう、ボスの荷物も一緒です」
「……待て、エドワースだと?」
何となく尋ねた事の中に、重要な言葉が混ざっていた。その名前を持つ人物を、ケビンは船の中でずっと探していたのだ。
一瞬で様子が変わった原因が分からなかったのだろう、プランクを含めた男達は皆一様に疑問を顔に浮かべている。何故か、アールだけは分かっている様だったが。
「まあ、今も気絶してますね」
何やら危険な要素を感じるケビンの態度からは身の危険さえ感じられたが、男達はそれでも経緯を説明する事を戸惑わなかった。
言いながら船の端を指さす。その先には、何があったのか傷だらけで気絶しているエドワースの姿がある。
「そうか、生きいてたか……」
それを聞いて、ケビンは喜ぶ様な、悲しむ様な、安堵している様で残念そうにも見える、複雑な表情をして言葉を噛み絞める様に呟く。
しかし、その表情は周囲の人間が何かを察する前に消えた。今度は微妙な顔色で周囲を窺い、船の奥にまで目を遣る。そこで何かを確信したらしく、どこか疲れた様な顔をする。
エドワースの側に、一人の男が居た。船員の格好をしたその男はケビンの荷物を持っていて、退屈そうにルービックキューブを何度も回転させている。
やはり色は一瞬も合う様子は無い。
いや、合わせる気が無いのだろう。ただその四角の物体を手で弄ぶ事自体を暇潰しとして扱っている様だ。趣味として真剣にやっている者達に怒りを向けられてしまいそうである。
その時、ルービックキューブの動きが止まったかと思うと、船員の格好をした男はじっとケビン達を見つめる。
だがそれも数秒程度の事で、すぐに視線は手の中のルービックキューブに戻された様だ。
「……はぁ。この船で俺達は何を得て、何を失ったんだろうな」
思わず、ケビンの口からそんな言葉が漏れる。余り良い言葉ではないと理解していても、それを抑える事は出来なかった。
だが、隣に居る二人はそんな事など気もせず、静かに答えを返してくる。
「そうですね……大型船一隻を失って、あなた方との友好を得られましたよ」
「俺はそうだな……娘を失って、元相棒との再会を得た、か」
思った以上に真剣な答えが飛び出して来た。二人にとっては何の気も無しに答えた物なのだろうが、それは思いの外ケビンの胸に届いた。
同時に、考えた。これらの全ての元凶はMr.スマイルだ。船を爆破したのはリドリーで、船を攻撃したのはジェーンだが、Mr.スマイルが居なければどちらも無かった筈なのだ。
----リドリーやジェーンがどうあれ、Mr.スマイルだけは、許してはいけないんだろうな。
そう思って、ケビンはもう殆ど沈んでしまった船を、もう一度見た。
+
「ま、今度会うなら……俺はきっと、ウチと君の親父さんの組織の抗争であっさり倒されるチンピラAをやる事になるだろうねぇ」
「生きてないから意味無い仮定だよ、そういうの。私達がゴーストになる方がまだ意味があると思うね」
何の意味も感じられない声音で妙な事を呟く男に対し、少女は冷ややかな目と鋭い声で否定している。突き刺さる様な声だ、生半可な鋭さではない。
培ってきた、組織の幹部としての凄みだ。勿論、男には何の影響も与える事は出来ていない。むしろ、楽しげな雰囲気がその鋭い空気を消し去ってしまっている。
少女----ジェーンはまだ生きていた。そう、『まだ』だ。船はもうかなり沈んでいて、今は何とか止まっている。が、後数分もあれば船は完全に沈んでしまう事だろう。
二人は慌てる訳でも騒ぐ訳でもない。静かに、時折雑談を挟みながら自分が死ぬ瞬間を待っている。ジェーンは、特にそうだ。力を入れる気力も失せたのか、壁にもたれ掛かって少しだけ荒く域を吐いている。
「……で? 私達は死ぬ訳だけど……どうするの?」
そんな、自分の命を完全に捨てたジェーンは静かにリドリーへ問いかける。船を爆破し、自分は沈み行く船に好き好んで残る。後半はジェーンも同じだが、彼女は父親の生存が確定した瞬間から船を爆破する事を諦めている。
船は既に、縦になりかけていた。沈むのも時間の問題である。「それまでの間の暇を潰す為にも、リドリーとは会話を続けていたい」、それはジェーンの本音だった。
「ま、死ぬかもしれないが……うむ、あいつめ……遅い」
どこか寂しい気持ちになったジェーンの声を受けて、リドリーは誰かが現れる事を期待しているかの様に、背にした壁の隣にある入り口を見つめる。
だが、誰も現れる気配は無い。軽く溜息を吐くと、リドリーはそれも良しと微笑む。
「ありゃりゃ、来ないかなぁ。でもストーリー的には、ここで死ぬべきだろうねぇ。よし、ここは絵的に考えて二人で手を繋いで死のうか」
「……それは、死んでも断るとしか言えないよっ」
空元気で無理に明るい声を出す。自分が死ぬ事よりも、リドリーが妙な事を言ってくる方が少女にとっては疲れるのだ。勿論、どれほど疲れていても覚悟と決意は揺るがないのだが。
「感動のラストを邪魔して悪かったとは思うけどねぇ? でも、俺は生きてるのに俺抜きでエンディングを迎えるのは……それに、爆発しない船なんて、船じゃないさ!」
ジェーンの言葉の中にある突き刺す様な色に気づいたのか、ほんの少しだけバツの悪そうな顔をする。だが、言葉が後半まで行った頃には普段の妙な事を言い出す男に戻ってた。
数秒も持たなかった反省の色に、ジェーンは大げさなくらい面倒そうな溜息を吐く。船は沈んでいく、もう少しすればジェーンの背中に水が付いてしまいそうだ。
どんな風に自分は死ぬのか、ジェーンは頭の中でそんな事を考える。出来れば、苦しく無い方が良い。そうも思って拳銃自殺を考えたがそもそも手持ちに銃は無く、リドリーは持っていても撃たないだろう。
「……何なんだろう、あなたって。どうしてそんなに……」
「はは、そうだねぇ。我々は所詮、この世界に居るってだけの登場人物。脇役か主役かは問題じゃない、皆が、そうなんだ。それを理解した俺は、此処に居る」
そんな事を考えているとは露程にも知らず、リドリーは少女を元気付ける様に何度も肩を叩き、言った。
「俺達は脚本の通りに生きて死んで、脚本の通りに……演じるだけだねぇ」
ぞわり、自分の死を他人事の様に扱う言葉の中にある、魂からの本気を見た瞬間、ジェーンはそんな感触を覚えた。
この時だけは迫り来る水も、死も、忘れてしまう程に背筋に寒い物が走っていた。ジェーンは、自分がまだまだリドリーという人間を甘く見ていた事を自覚する。
彼は、自分を映画の中のヒーローの様に扱っているとばかり思っていた。だからこそ、あれほど夢中で陶酔する様に動いたのだとばかり、錯覚していたのだ。
派手な動きや映画の言葉を使いたがる癖、世界を映画の舞台扱いする態度、それらは彼が自分を舞台の主軸に置いているからなのではないか。そう思っていた、思っていたのだ。
だが、そうではない事に気づいてしまった。
リドリーはそんな『まだ理解できる英雄願望』と『まだ分からなくもない捻れた価値観』の持ち主などではなく----ただ、起きた事を『ストーリー』として考え、それに従っただけなのではないか、と。
そして、その為なら死ぬ事すら厭わないのではないかと、そう感じたのだ。今までよりも、リドリー自身の独白を聞かされた時よりもずっと巨大な不気味さと共に。
----映画で、人格が出来ている。
どこかで聞いた言葉が、頭の中に蘇る。この時のジェーンは呆けた様な顔で、リドリーを見つめ続けていた。
怪我による出血と痛みが遂に限界に来たのか頭が正常に動かず、リドリーの異常さを認識する事しか出来なかったのだ。
海水が迫って、正確には体が海水へ落ちようとしている。だが、それに気を払う余裕などジェーンには欠片も無い。
しかし、リドリーにはそれが有った。どこか状況を楽しむかの様な笑みはそのままで、自分が死ぬという現実を受け入れながら。
「そうだな……エンディングで初心に立ち返って、一言遺させて貰おうか」
言いつつ、壁に寄りかかったリドリーは少し考え込む仕草を見せる。この状況に一番良い言葉を浮かべようと努力しているのだろう。
だが、何も思い浮かばなかったらしい。何か笑い飛ばす様な顔を見せると、楽しそうに言葉を続けた。
「よし! 『また、会おう!』 ……は、はは! 俺達は、此処で……!」
リドリーが別世界を受け入れるかの様に手を何処かへ伸ばしたのと同時に、海水が、二人を包み----




