プロローグ2
『Mr.スマイル』が現れてから一日後
「前から思ってたんだが……この店、実際どれくらいのコックが働いてるんだ?」
数人の男が共に食事をしているその場所で、ぽつりと呟く声がある。
そこは街の一角に存在するレストランの個室だ。『ある事』に使われる事が多いその部屋には窓も無く、完全に密閉されている。
「さあな。一人って事は無いと思うが……とりあえず、味はそこそこだよな」
「ああ、まあ良い味だ。流石、大組織も使う店って所だ」
「味は二の次だろ。この部屋に必要なのは料理じゃないさ」
「舌が心をくすぐって来た。口腔内に入れただけで人を幸せにする技術とはこういう物なのだろうか、何とも素晴らしい料理人だ」
一人の呟きに反応して、数人が返事をする。中には奇妙な口調の者も居たが、誰もその点には触れない。
部屋の中には世界中の料理が並んでいた。豪華とも言えず、絢爛とも言えないが量と数は豊富で、幾つも並ぶ料理を男達は小皿に乗せている。
そんな世界の料理が並ぶ場所で食事をする男達は一部を除き、隠しきれない『強さ』を感じさせた。
どこかの会社員、というには怪しい男達の職業が何なのかなど、聞くまでもないだろう。
「こう、料理を仲間同士で囲んで喋ってるとさ、何かを思い出さないか? 俺は思い出すぜ……」
「止めろよリドリー、縁起でもない。俺達の中にサツが混じってる気がしてくるじゃねえか」
一人が口にステーキを運びながら呟くと、餃子を咀嚼している一人の嫌そうな顔で返事をする。彼らにとってはいつもの流れなのだろう、他の面々は完全に無視して食事を続けていた。
「エィストの奴、今日もどこかで遊んでやがるのかね」
ふと、男達の一人がフォークを置いて呟く。途端に他の数人は眉を顰めた。
呟かれたのは仲間の名前だが、どうやら彼らはその存在に良い印象を抱いていないらしく、表情の中には侮蔑と尊敬の混じる複雑な物が含まれている。
「あの変態は遊んでいるのだろう。どうせ、またどこかの誰かを助けるか、苦しめるか、幸せにして生きているに違いない」
奇妙な言葉遣いの中には確信が含まれていた。男達はその人物の事をよく分かっているのだ。恐らく、この世界で上から数えた方が早いくらいには。
「どれにせよ、巻き込まれたくは無いな」
「まったくだ……その時は、助けてくれるんだろうが……お世話にはなりたくない類の人間、って奴だな」
言いながら、ため息を吐く。そこにはやはり複雑な感情が見て取れた。
そう、侮蔑を見せながらも男達が浮かべる物の中に尊敬が含まれているのは、彼らが何度も助けられているからだ。気に入らない存在でも、そこは否定できない。
しかし、その存在を彼らが苦手としている事は誰の目にも明らかだった。
「く、あー……もう腹一杯だよ俺は。食いすぎた」
そんな中、それまで話の中に入らずただ食事をしていた男が唐突に腹部を押さえて呟いた。話の事など聞いてすらいなかったらしく、目の前にある使い終わった皿を適当に並べている。
男のそんな行動に呆れたのか、その場の空気はようやく柔らかい物に戻る。苦笑する男達は皿の料理を片づける事に戻った。
「そうそう、エドワース? 確かお前……ホルムス・ファミリーの所でスパイをやってたよな」
空気が緩い物になった為か、男の一人が料理を食べながら、落ち着いた様子で言葉を漏らす。それは今しがた皿を並べていた男に向けられた物だった。
そう、エドワースと言う名の男は彼らが敵対するホルムス・ファミリーの下っ端として働き、情報を集めていたのだ。
「あ、ああ。そうだ。そうなんだよな」
気楽そうに告げられた、その言葉。ただの話題作りで降られた言葉を受けたエドワースは目を泳がせ、怯える様に体を震わせる。
様子が変わったエドワースに、他の者達は怪訝そうな表情で顔を覗き込んだ。それに気づいた様子もなく、エドワースはただ震えている。
その姿に、男達は何かを察して目を細めた。
「Mr.スマイル、会ったのか?」
言葉を聞いた瞬間、エドワースはビクリと震えた。だが、すぐに他の者達に顔を向けて震えながら声を紡ぐ。明らかに、何かへ怯えている様子に見えた。
「い、い、いや無い。無いよ、ああ、無い……無いんだ……」
子供の様に首を振りながら告げられたその言葉に、男達は困惑した様に顔を見合わせ、やがて全員が無言で意志を統一し、エドワースを元気付ける様に肩を叩く。
「まあまあ、何かあったんだろうが……気にするなよ。そういう事もあるだろうさ、まったく臆病な奴だなぁお前は」
「臆病さとは弱みではない。エドワースのそれはある意味で強さにも変えられる物だ。そういう意味では私は彼を信頼しているし、我々とはタイプの違う面白い人間だと勘あえている」
「恐怖体験の一つもしなきゃ、俺達の業界じゃ一人前にはなれないだろ? 喜べよ、お前は一人前だ」
「よし、俺と一緒にホラー映画でも観るか! 大人が泣く程おっかない奴をね! ほら、お前の肩に青白い手が……」
男達は口々にエドワースに声を掛けている。その様子が面白かったのか、エドワースはそれまでの震えを止めて、少しばかり苦笑する。
「……いや、俺はそういう映画は苦手なんだ。悪い。後な、後半の意味が分からないぞ」
エドワースが元気を多少なりとも取り戻した事を理解した男達は楽しげに笑う。
ただ一人、リドリーと呼ばれた男だけが「通じなかった……だと? いや、そんな馬鹿な。百人中二百人は分かる筈……」と落ち込んでいたが、馬鹿馬鹿しかったので誰も気にする事は無かった。
それっきり全員が黙って食事に戻った為に喋る者が居なくなり、室内は何かの音と男達の食事をする音だけが響く状況となっている。食事自体を楽しんでいるというより、今までエドワースが放っていた恐怖の空気を払うかの様な行動だ。
そんな中、一人の男が思い出した様にポツリと呟いた。
「ボス、遅いですね」
男の一言は、実の所他の全員が思っていた事でもあった。そう、今日の彼らは自らが『ボス』と称える男からの呼び出しで集まったのだ。
だというのに、その人物がまだ現れていない。彼ら全員が疑問に思っていた。
「この様な場所に集合するなど、異例な事だ。我々の組織に此処は不要としか言い様が無い。何か余程、重要な事がある証だった」
まるで文章をそのまま言葉にした様な口調の一人の男が、『ボス』への信頼を籠めて呟く。
そう、このレストランの一室がこれほど大げさに密閉されているのも、ギャングや麻薬の売人、果ては反政府ゲリラやテロリストまでもが秘密会議に用いる事がある『隠し部屋』であり、それらが支配する領域よりも情報が外に漏れる危険が少ないという、極めて珍しい場所だからだった。
その様な場所に、彼らを集める。明らかに何かがある証拠だろう。
「でも、まだ来てないんだよなぁ。ボス」
それでも男の言葉には困惑が見て取れる。実の所、彼らはこの一室を使う程の重要な会話を行う組織ではない。小さな----違法組織と呼ぶ事すらはばかられる程度の集団だ。
勿論、小さな、小さな支配領域と一応は『ギャング』なとど呼べる程度の活動は行っているが、やはりこのような場所を使う組織とは言えない。彼らの雰囲気が『それらしく』無ければ、恐らくは『町の掃き溜め』程度の認識しか得られなかっただろう。
そんな彼らは困惑と共に料理を口に運び、首を捻る。そうしている間に一つ思いついたのだろう、一人の男が冗談めかした表情で口を開いた。
「もしかしたら、邪魔な奴でも潰しに行ってるかもしれないな。それじゃなければ、妻の仇撃ちとか」
「妻と見せかけて実は娘に見える男だった、伝説のギャングたる我らがボスはやる気を無くして帰った……か」
男の言葉に便乗するかのように妙な事を口走ったリドリーを、全員が無視する。リドリーは慣れた調子で肩を竦め、苦笑した。
しかし、話題の種にはなると認識した男達はリドリーの言葉から会話を膨らませる。
「うちのボスは別に伝説のギャングとかじゃないだろ?」
「伝説はあるがな」
「ああ、確か……昔、この街を支配しようと企んだデカい海外組織だのチンピラだのギャングだのをナイフ一本で片づけちまったっていう、アレか?」
「その通り。噂は噂だろうが……無視するにしては、本当の様な気もしてくる。だがサツに証拠の一つすら掴ませなかったとかは……いや、連中はあのやる気の無さだしな……」
出てきたのは、小さな小さな違法集団を扱うにしては大げさな『伝説』だった。
とてもではないが信じ難く、他の人間なら間違いなく嘘だと断定する所だが、彼らにとっては「ボスならやりかねない」と思わせる人物でもある。
何せ、彼らがそんな弱小とすら呼べない組織を大組織から守りつつ運用しているのも、そのボスの手腕なのだから。
「まったく、本当に人間の技じゃない。もしかしたら、俺達のボスは強い人間の首を取る事を趣味にしてるかもしれないねぇ? ……おっかねえ話」
また、リドリーと呼ばれた男が何かを喋る。目は部屋の隅に向けられていて、何故か曖昧な笑みを浮かべていたがやはり誰も気にしない。
「宇宙人か、俺は。俺はそんな趣味を持ってはいない」
だが、彼の言葉に返事をする声が一つあった。それが今までその場に居なかった人間の声だという事を理解したリドリー以外の男達は一瞬にして周囲を警戒し、また一瞬にして警戒を解く。
彼らの反応は当然だ、何せ、今まで待っていた人物がようやく姿を現したのだから。
「……ってボス!? 何時の間に……!?」
「ちなみに、その伝説は本当だ。ああ、勘違いするなよ。当時は俺も随分と暴れ足り無かったんだ。そこへ海を跨いだ向こうのギャングが来たからな、追い出したくもなるだろ?」
声の主は、彼らから数歩離れた部屋の隅に立っていた。その事実に、男達は驚愕する。この部屋は隠し部屋である事もあって扉は一つしかなく、窓はそもそも無い。
入るとすれば、その扉を使う以外には無く、そしてその扉の側で彼らは食事と雑談を行っていたのだ。
だというのに、その声の主は入室した事を気づかせなかった。まるで最初からそこに居たかのように部屋の隅に立っていた。
「十分におかしいな、ボス。アクションヒーローにでもなれそうだとしか言いようが無い。何かカッコいいな、色々と」
彼らの驚愕など無視して、リドリーと呼ばれた男が脳天気そうな声音でまた喋り出す。空気を読まないその発言っを、部屋の隅にいる男は苦笑混じりで受け取った。
「この中じゃ一番腕利きのお前が言えた事じゃないだろうが、後な、勘違いするなよ。当時の俺にだって相棒と呼べる奴が居た」
「いやぁそんな。俺なんかボスに比べれば全然、全然です。あ、後そこの所詳しく」
「嫌だね、映画狂いの奴に話したらきっと変な方向に話を持って行かれる。そうだろう?」
「あはは、ばれてたんですねぇ」
リドリーは照れる様に頭を掻く。今も驚愕で固まった男達とは違い、彼はその人物が入って来た事に気づいていたようだ。
その事に気づいているボスと呼ばれた男は笑みを浮かべようとして、ふと、リドリーの視線がある方向に向いている事に気づいて頬をひきつらせた。
「……何を見ている?」
思わず、男の口から声が漏れる。リドリーの視線の先にあった物は持ち運び出来るタイプの再生機器だった。覗き込んでみると、そこには銃を向け合う二人の男が映っている。
それが何なのか、誰の目にも明らかだった。
「いや、どう見ても映画でしょう」
「そういう事じゃない。どうして、こんな場所に再生機器を持ち込んでいるんだ?」
何を言っているんだ、と言いたげな表情をするリドリーに、男は呆れ返った顔を向けていた。ここは重要な秘密会議にも使われる隠し部屋である。それも古今東西の料理が立ち並ぶ部屋だ。
だが、リドリーは本当に何を言っているか分からないという顔をして、首を傾げた。
「この部屋の防音は完璧で、小型のイヤホンも付けてるから問題ないと思うんですが」
「そういう話でもないんだがな」
的外れな言葉に、男は慣れた様子でため息を吐く。実の所、リドリーがこのような事をするのは一度や二度ではない。リドリーの凄まじいまでの----命や組織すら売りかねない程の映画好きは、彼らの間でも有名な話だった。
いい加減慣れたという顔をする男へ、リドリーはまた不思議そうな顔をしていた。
「……好きだな、お前は本当にそれが好きなんだな」
「ああ、コレが大好きですよ、俺は」
呆れと同じくらいの親愛が籠められた一言だ。それはリドリーにも確実に届き、彼の顔を楽しそうな物に変えさせた。
朗らかな様子で笑う、二人の男。妙に入り辛いその会話が終わった事を見計らって、ようやく男達は話に入る気になった。
「ところで、ボス?」
「ん? 何だ。今日の飯は俺の奢りだぞ」
「あ、そりゃ助かります……いや、でもそんな……ではなくて、一体、何時からここに?」
やけに気前良く笑う姿に男達は妙な罪悪感を覚える。大組織なども使うこの部屋は、一時間程度借りるだけでもかなりの金額が必要だ。
その分司法の手も伸びにくいのだが、彼らのような弱小組織には対して意味のある話ではない。
「お? ああ、さっきだ。俺の伝説がどうこうって辺りからだな」
しかし、その表情の変化に気づいた男はそれをあえて無視して声を返して見せる。どうやら、「その点は気にするな」という意思表示らしい。
「それにしても情けないぞ、お前達。俺が全力で身を隠し、気配を殺したくらいで見つけられなくなるなどと」
「いやいや、ボスみたいな凄腕を見つけられる程俺達は優れてませんって」
肩を竦めつつ、男達は言った。尤もな話だ、彼らはボスの様な伝説を持っている訳ではない。
それが分かっているのか、ボスと呼ばれた男は苦笑を浮かべたまま頷き、空いていた席の一つに座る。恐らく男達が用意していたのだろう、水や食器は既にその場へ置かれていた。
ボスと呼ばれた男は嬉しそうに水へ手をかけて一気に飲み干し----次の瞬間には雰囲気を一変させ、真剣そうな表情を浮かべる。
唐突に変わった室内の雰囲気に、しかし男達は一切の戸惑いも無く追従し、瞬く間に『本物』の風格が漂う顔をした。
「……さて、本題だが……お前達をここへ呼び出したのは、残念だが嬉しいお知らせと、嬉しいし楽しいお知らせをする為だ。分かったか?」
男達はボスへ静かに頷き、料理の手も映像の再生も止めてボスへ視線を向ける。静かだ。今までの会話が何だったのかと思える程に、静かで、鋭い雰囲気が室内に充満していた。
その中で、威圧感すら覚えさせる視線が自身に集中しても、ボスは揺るがない。むしろ自身の部下の姿を満足そうに眺め、ゆっくりと口を開いていた。
「まず、悲しいお知らせという奴だ。我々がやり合う予定だった連中の大半がこの世から消えた。肩すかしを食らったお陰で体がだるくって仕方ない」
おどける様な声音だが、その中に一切の『遊び』が無い事を男達は理解していた。
そして、話の内容も彼らは理解できている。
彼らは昨日まで、街の大組織の一つ『ホルムス・ファミリー』を相手に抗争を仕掛けようとしていたのだ。理由は、彼らの支配領域で麻薬を販売し、取引を行ったという物だ。
大組織相手に弱小以下の組織が挑む。どう考えても無謀だったが、彼らは本気だった。その為にこの場に居るエドワースを彼らの側の下っ端として密かに忍び込ませる様な真似までして相手の内情を調べ、いざ本格的に準備をしよう、という段階で----相手が、壊滅した。
多大な犠牲が出ると予想していた為に喜ばしい事ではあるが、彼らから気が抜けたのは仕方のない事だろう。
「そしてもう一つは嬉しいお知らせだ。まだ俺達は武器をほとんど買っていない。だから金が余った、結構な額がな」
一番気が抜けたであろう男は、金が余った事を楽しそうに告げる。それが相当な金額だろう、というのはその場の全員が理解していた。
「どうするんだ? 貯金でもするか?」
その中で、一人の男が声を上げる。男の言う事も尤もだと周囲は同意して頷いた。彼らの組織でそれほどの金を手に入れる機会は少ない。
だが、それを誰よりも知っているであろう男は苦笑混じりで首を横に振った。
「ああ、それも考えた。考えたんだが……正直、銃だの火器だのを大量に仕入れるくらいの金、腐らせておくのはもったいないと思ってな」
彼らのボスは、言いながら男達を見回す。余ったのは金だけではない事がすぐに分かった。男達の覚悟とやる気もまた、空回りして余りに余っているのだ。
だからこそ、彼は金の使い道を決める事が出来た。
「それで、だ……俺の古い知人から連絡があってな。船の旅に誘われたんだ。そこそこに豪華な船だぞ」
そこまで言うと男は悪戯っぽく言葉を止める。
彼らが知っている普段の「ボス」とは少し違う雰囲気で、男達は彼がどうしてそんな風な態度を取っているのか不思議に思いつつも、恐らくは予想通りであろう次に『ボス』が告げる言葉を待つ。
どこか『ハズレて欲しそう』に言葉を待つ部下の姿を認識した男は不思議そうな顔をして、それでも話を続ける事は止めなかった。
「まあその、何だ。つまり、俺だけで行く予定だったが……予定を変更して、皆で行こうではないか。何、どうせ全部使う金だ。今更使い道を変えたって問題は無い」
男は、次に来るであろう反応を予想して笑う。何せ、勘ぐりを苦手とする単純な男達だ。何も考えず喜んで同意してくれるだろう、と。馬鹿にしている様だが、それは男なりに彼らを信頼しているという事だった。
だが、返ってきたのは彼の想像とは全く違う戸惑いと、呆れと、予想が当たっていた事に対する微かな達成感、そして----唖然。
「……それはつまり?」
「……もしかして俺達を此処へ集めたのは……」
「……旅行計画の、発表の……為?」
「……ああ、残念だな。船の旅なら飛び降りようとする女を説得する一般人になってみたいんだが……このメンツじゃあなぁ……定番の沈没も、しない感じがするねぇ」
「止めろよ演技でもない……本当に沈んだらどうするんだ……」
唖然とした声の中で、二人ほどまったく違う反応をする者が居た。勿論、男は彼らの名前も顔も知っている。残念そうに、本当に残念そうに息を吐いている方がリドリーで、怯える様に体を震わせているのがエドワースだ。
彼らは『ボス』が何を考えてその提案をしたかなど、そもそも頭の中に入ってすらいないらしい。
「お前らって奴はよぉ……」
予想通りの反応をした相変わらずの二人に対して、男は呆れ混じりの声で応える。
そして、男は戸惑い続ける部下達を安心させる様に笑ったかと思うとすぐ、一度手で音を鳴らして自身に注目を集めた。
「まあ、いいか。とりあえず、決定した。安心しろ、下っ端を連れていっても問題ないくらいは今回の金が余ってる」
どれくらい旅費に使うつもりなのか、恐ろしくて誰も聞く事が出来なかった。
そんな彼らの様子に気づいているのだろうが、あえて無視して『ボス』は一言で話を締めくくる。
「ああ、行きたくないなら……行かなくてもいいぞ?」
+
同室、数時間後
男達がその部屋から去って、数時間後。同じ部屋で彼らよりも遙かに人数の多い集団が、やはり同じ様に料理に口を付けていた。
この人数ではどう考えても先程の部屋には入りきらない筈なのだが、何故か部屋の面積が広くなっている為に何の窮屈さも感じさせていない。
先程と同じく、世界中の料理が並ぶ秘密の部屋。そんな中で、一番扉から遠い席に座っている男が口を開いた。
「……皆さん、どう思いますか?」
張り付いた様な笑顔から有無を言わさない威圧感を放つ、どうやらこの集団の主らしいその男が声を出した事で周囲の人間達は一気に食事の手を止め、一斉に男の顔を見つめる。
その目には一様に尊敬と、畏怖が籠められていた。大人数にそんな目で見られている男には相当の圧迫感を覚えさせている事だろうが、男はそれに動じた様子は全く無く、むしろ慣れている様だ。
「思うも何も、最悪だ。プランクさんはそれ以外に何かあるのか?」
プランク、そう呼ばれた男の一言に応えて、一人が声を上げた。落ち着き払っている様で、妙な冷や汗を掻いているのが見える。まるで、何かに怯えている様に。
だが彼を臆病だとする者は一人も居なかった。彼は、昨日目撃したある事件に対して怯えているのだ。
「そうですね、大きい取引を邪魔された上に、取引相手を壊滅されてしまいました。ああ、確かに大損ですよ」
男の感情を無視して、プランクはただ事実にのみ頷く。普段から冷たい態度を取るのが彼だが、今日の彼は普段より更に冷たく、不機嫌そうだった。
その理由を、彼らは知っている。
「『Mr.スマイル』でしたか……あの謎の存在に、ホルムス・ファミリーがやられたと聞いた時は……確かに、知らない間に自分も中毒者になっていたのかと思いましたね」
そう、彼らは違法な薬物の売人達だった。
彼らはMr.スマイルと呼ばれた存在が現れたその日、ホルムス・ファミリーと違法薬物の取引を行おうとしていたのだ。
大組織との、大規模な取引。大きな利益が見込める事はその場の誰もが承知している。それが、一日にして消え去ったのだ。彼らのリーダーであるプランクが不機嫌になるのも、無理はない。
「いや、その……プランクさん? それより、俺達は『ヤツ』をどうするか、考えないと……」
一人が、そう呟く。それが『Mr.スマイル』を指すというのはすぐに伝わって来る。
彼らの大儲けの計画は失敗し、プランクは不機嫌になっている。それを理解していても、プランク以外の彼らにとっては取引の失敗より、『Mr.スマイル』への恐怖の方が勝っていた。
何せ、相手は大規模なギャングを一日にして壊滅せしめた存在だ。そして、その存在が初めて姿を現したその日、彼らはその組織と取引を予定していたのだ。
「次に狙われるのは、自分達かもしれない」
彼らがそう思うのも無理からぬ事だった。
「そいつの対策に関してなら……我々は大丈夫です」
だが、恐怖に襲われている彼らとは違いプランクと呼ばれた男はまったくそんな様子も無く、むしろ好戦的な笑みすら浮かべている。
一瞬、他の人間達はプランクがMr.スマイルに報復でもするのかと内心で覚悟を決めそうになったが、すぐにそうでは無い事が理解できた。
「Mr.スマイル、確かに恐ろしい存在ですが……同時に恐ろしくない存在でもあります。スコット?」
そこまで言って、プランクは部屋の隅にいる一人の男に声をかける。すると、そこに居た男は若干の緊張感を覚えさせる表情でプランクの隣まで歩いていった。
「皆さんはもうご存じでしょうが……スコットは昨日、Mr.スマイルを目撃しています。気絶したフリをして、顛末を見ていたのですよ」
その言葉を聞いて、彼らは分かっているとばかりに頷く。
スコットと呼ばれた男が取引相手への調査でホルムス・ファミリーの下っ端として組織に入り込んでいた事も、Mr.スマイルが現れた場所に居合わせた事もこの場では公然の事実だった。
「では、皆さんにMr.スマイルについて報告をお願いします」
「イエス、ボス」
周囲が納得している事を理解したプランクは、一度頷き、部下に対して説明を促す。それを分かっていたスコットはすぐに一礼し、話を始めた。
「ではまず……ヤツの身体能力についてですが……」
Mr.スマイルの身体能力、行動、口調、武器、格好。スコットが見てきたらしいありとあらゆる情報がその口から飛び出し、一つ一つが明かされる度に周囲の温度は低くなっていく。
そんな反応をプランクは不思議そうに、スコットは同意する様に眺めていた。
話が始まってから一時間もしない内に、周囲の温度はほとんど零度まで下がっている様に感じられた。
この部屋の空調は完璧なのだから実際に下がっている訳ではない。話を聞いていた者達が、空気を冷たくしているのだ。
「……と言う訳で、Mr.スマイルは我々の売っている薬を使って、連中から情報を吐かせていました」
何やら寒そうにしつつも、スコットは話を終わらせる。 だが、何の反応も無かった。その場に居る人間はほぼ全員が無言で、一部の声を上げられる者達も「何だその化け物は」と悪態を吐いていた。
絶望的な雰囲気だ。あまりに凄まじい『Mr.スマイル』に、彼らは心の中にあった恐怖を更に強くしてしまう。
「一つ、明らかな事があります」
しかし、そんな中でも彼らの主であるプランクは冷静な顔で、余裕すら感じられる態度を崩していない。
変わらない態度に他の人間達が尊敬の念を籠めて、プランクを見つめる。しかしプランクはまったくそれに反応せず、ただ言葉を続けた。
「Mr.スマイルは……皆さんも聞いた通りに優れた身体能力を持っているのでしょうが……銃弾を避ける、銃弾を防ぐという事は、『直撃は避けたい』という事です」
プランクの言葉は的確だった。他の者達はそれを聞いて、確かにそうだと同意する。中には恐怖心を打ち破り、不敵な笑みを浮かべる者も居た。
それでもまだ、全員が恐怖から脱した訳ではない。それを認識したプランクは呆れた様な顔をして、すぐに勇気づける様な----張り付いた笑みを浮かべる。
「いい加減、正気に戻りなさい。撃って、当てて、それで死ぬ相手なら……恐れる必要など、どこにもないんですよ」
その一言の効果は絶大だった。まだ恐れを覚えていた全員が懐から拳銃を取り出し、数秒じっと見つめたかと思うと銃を仕舞い、力強く笑ったのだ。
今度は、プランクも呆れ顔にはならなかった。仲間達がやっと醜態を見せなくなった事を喜んでいるのか、それとも『戦力』が戻ってきた事に安堵しているのかは、分からなかったが。
尤も、それがどちらであっても他の者達はプランクに付いていくだろう。彼らが金を得て、生活していく事が出来ているのはプランクの手腕に依る物なのだから。
「さて、皆さんが元気になってくれた所で……一つ、お知らせがあります」
彼らが落ちついた頃を見計らって、プランクは話を続ける。その顔は何故か本物の笑みを浮かべていて、滅多にみれないそれを他の者達が珍しそうに眺めている。
そんな反応を予想していたらしく、プランクは肩を竦める。普段の彼からは考えられない程、豊かな表現だった。
「Mr.スマイルが万が一現れた時の為に、助っ人を雇っておきました。『彼女』なら、間違いなくMr.スマイルを倒せる」
妙に強調された、『彼女』という部分。それはその人物が女である事を伝えてきていた。
意外そうに、他の者達は目を見開く。この売人達の中に、女は居ない。
それはメンバー内での男女の争いから来る抗争を防ぐ、という理由から全員が自主的に行っている事で、今までそれが破られた事は一度も無かった。
「それ、大丈夫なのか。いや、性別じゃなく……色々、あるだろう」
その中の一人が、プランクに声をかける。その人物が何を言わんとしているのかは明らかだ。
誰でも分かる事だが、他所から人間を連れてきて、情報や薬を盗まれる可能性は避けるべきである。
「大丈夫ですよ」
にも関わらず、プランクは楽しそうに頷く。やはり、普段は見れない意外な態度だった。
「大丈夫なら良いが……で? そいつは、どこに居るんだ?」
あえてそこに口出しする事は無く、男はただ言葉を続ける。
プランクはそれを受けて、何やら数秒考えるそぶりを見せ、すぐに何かを決意した顔になったかと思うと、扉の方に声をかけた。
「それは……カナエ、そろそろ姿を見せても良いでしょう?」
気安そうな声音で、扉に声が響く。瞬間、他の者達の顔は驚愕に包まれた。扉の所に、女が立っていたのだ。
背はそれほど高く無く、長い黒髪と異常な程に美しい顔立ちが印象的で、見とれる様な美女だ。
「カナエ? 皆さんに挨拶を……カナエ?」
「……」
「……どうにも、彼女はシャイでして」
プランクが気安げな態度で女に声をかける。しかし女はそれが聞こえていなかったかのように無視して、虚ろな瞳で『この場ではないどこか』を見つめていた。
だが、それは男達にとってはどうでも良かった。
その一点を見れば、誰もがそこに集中してしまう事だろう。そう、外見や瞳以上に彼らが目をやったのは、女の片手が持っている、抜き身の剣----刀だった。
よく研がれ、傷一つ、汚れ一つ無い見るからに切れ味の良さそうな刀だ。だが、綺麗に磨かれたその刀身が血の跡で覆われている様な気がして、男達は背筋が寒くなる思いを味わう。
「助っ人? この、姉ちゃんがか? ただ薬をやりすぎてぶっ飛んだ奴にしか……それにしても、美人だなぁおい」
それに気づいていないらしく、男が一人無遠慮な態度でカナエと呼ばれた女に近づいていく。
確かに、女は人間離れしていると言って良い美人だ。今は無表情だが、笑顔の一つでも浮かべれば性別どころか種族の垣根すら越えて心が奪われそうな程だろう。
しかし、一人を除く男達は笑顔を想像してまた背筋を凍らせる。笑顔に、血飛沫が似合いすぎる気がして。
「なあなあ、姉ちゃんはどこの出身だ? 俺達と同郷じゃないみたいだが……」
「お、おい……止めておけよ。危ないって」
「ははっ、どこか? 確かに切れ味のヤバそうな剣だけどよ……こんな細腕じゃ、使いこなせねぇって」
鈍感なのだろうか。周囲が背筋を寒くし、警告を送り続けても男は笑って女に近づいていく。男達の目にはそれが食虫植物の中に自ら入っていく昆虫の様に見えていた。
「ああ、あまり近づきすぎない方が良いですよ?」
女から後数歩、という所でプランクの口からも警告が放たれる。声音こそ男達とは違い、危機感も何も無かったが、それは有無を言わさない雰囲気がある。
やっと出たプランクからの警告に、男達は安堵の息を吐いた。これなら、女に近づく事を止めるだろうと。
しかし、それはもう遅かったのだ。
「どうして? これから一緒に仕事をするお仲間なのにか? で、姉ちゃんも食うか?」
プランクに不思議そうな顔を向けつつ、男は片手に持っていた皿を女に差し出す。それは余りにも無防備で、余りにも隙だらけだ。
だからこそ、男は反応する事もなく----唐突に隣に立っていたプランクによって、離れた背後の壁まで投げ飛ばされた。
「痛っ! 何するんだよボス!」
壁に背中を打ち付けた男は抗議する様な目でプランクを見つめる。プランクはその視線を鬱陶しそうに受けながら、ただ一言告げた。
「よく見なさい」
強烈な一言だ。口調こそ丁寧だが、威圧感は凄まじい。その余波だろうか、他の男達もプランクが発した空気に呑まれている様だ。
すぐに実行に移そうと男の体は意志より先んじて動き出すが、止まる。どこを見るべきなのか、分からなかった様だ。
「な、何が……何を見れば……」
「見ろ」
自分の言葉が足りなかった事に対しては何も言う事も無く、ただプランクは男の首筋を指さす。
黙って自分の首筋を見た男は、すぐに目を見開いた。
「こ、これっ……こいつは……」
男の首筋には、一本の線が走っていた。赤い色で、皮膚の上に出来た線。それはまさしく、刀による切り傷だった。
いつの間に斬られたのか、まったく分からない。それを知った男は先程の気楽そうな態度を捨てて、怯える様な顔になる。
「大丈夫です。かすり傷ですよ」
表情から何を感じ取ったのか、プランクがどこか気遣う様な声音で話しかける。男はその言葉の中にある強制する意志を見つけて、首筋を押さえながらも自分の席に座った。
「くヒッ、ひひ……ウヘヘ……」
その時、笑い声が室内のどこかから響いてきて、男達は一斉に声の方向へ目を向ける。
美しい、女の笑い声だった。音だけならいつまでも聞いていたくなる、聞くだけで感嘆の息を吐きたくなる程の素晴らしい美声。
だが、男達は耳を塞ぎたい気持ちで一杯になった。笑い声の主であろう女など、この室内には一人しか居ない。
そして、その女は今----抜き身の刀を抱きしめて、頬づりをしているのだから。
「え、えへっ……血、血が皮が斬れ、幸……うふっ、くぅぅぅぅ……ぁ、血、楽し、いよぉ……ぁ……き、ぁくぁあぉああぁぁぁ! あ、ああぁぁぁぁぁ……」
異様、だった。女が愛おしそうに見る刀にはやはり血の一つすら付いていないが、その目には見えているのだろう。人間の血を吸う妖刀の姿が。
女の頬は紅潮し、息は荒くなっている。異常だ、明らかに異常だ。その姿から男達は目を背けたくなったが、その瞬間に体が両断されそうで、動けない。
構わず女は歓喜に声を震わせ、刀に口付けをする。
「ぁあぁ……ぁあぁぁぁぁぁ……! 気持ち、いいぃぃぃ……ぃっ!」
刀を抱きしめながら女が幸せそうに悦に浸った表情を晒した時、一人の男----先程首筋を斬られた者がその場の全員の意志を代弁する、ボスに対する敬意を忘れた叫び声を上げた。
「何だよこのイカレ女! こんなのを雇ったのか!?」
「安心してください、この店の個室は防音がきっちりしています。カナエの声が外に漏れる事はないですよ」
「そんな事を聞いてるんじゃねえ! どうして、こんなおかしい奴を、雇ったんだ!」
至極当然の指摘だ。男達は女から視線を外さないまま一様に頷き、プランクを見つめる。
どこか責める様な色を持つ彼らの意志を受けて、プランクは面倒そうに息を吐き、カナエの方へ視線を遣る。やはり、まだ落ち着いていない女がそこに居た。
だが、その様子は先程とは少し変わっていたのだ。歓喜に震える姿は相変わらずだったが、その虚ろな視線だけは、別の場所にあった。
それを不審に思ったプランクは視線を辿っていき、すぐにカナエがやろうとしている事に気づく。そう、カナエの視線の先に居たのは、首筋を押さえた、その男。
「も、もっと……もっとぉぉ……!」
その瞬間、渇望する様な声でカナエは男の方へ飛びつき、寸前の所で察した他の男達に背後から押さえ込まれた。
「コルム、逃げろ! コイツ……お前の首を吹っ飛ばす気だぞ!」
背後に回って腕や足の動きを止めようと、男達は必死の様子で体に力を込める。
女の細い腕からは想像出来ない程の力が加えられ、男達は振り解かれそうになるも、次の瞬間にはまた数人の男が女に覆い被さる様にして押さえつけた。
「一人のか弱そうな女にこの人数で襲いかかるとは……まるで強姦魔ですね。君達は」
その姿をプランクは妙な冗談を呟きながら見つめている。笑い事ではないと男達が抗議しようとしたが、また女の強烈な筋力で吹き飛ばされそうになって、口を開く暇すらない。
「おい、どうすればいいんですかコレ、何をすれば落ち着きますかコイツは!?」
それでも、スコットと呼ばれている男が必死の様子で女の刀を持つ腕を掴み、偶に顔を掠める刃へ冷や汗を流しながら声を上げている。
今にも顔の半分が切り取られてしまうかもしれない、と思わせる程危険な状況だ。だが、それでもプランクは揺るがず、気軽な様子でカナエに近づいていく。
「ああ、大丈夫」
適当な様子で呟かれた言葉に男達は「何が大丈夫な物か」と抗議しようとしたが、それより早く、プランクは行動に移っていた。
「----今すぐ、落ち着かせます」
数歩離れた場所から、まるで瞬間移動でもする様にプランクはカナエのすぐ側に立ち、男達の体の隙から覗く女の首筋に一本の注射を突き立てた。
その瞬間、女は抵抗する様に男達を弾き飛ばし、虚ろな目を揺るがせてプランクを見る。
一瞬、男達は女が正気に戻るのではないかと期待したが----無駄だった。
むしろ、虚ろな女の目はその根本が破壊された様に血走った物に変じ、全身から恐ろしい殺気を吹き出し始めたのだ。
「間違いなく殺される」そう男達は身構えたが、カナエは彼らの予想に反して胸を押さえていた。明らかに、気分の悪そうな顔色で。
「ひぃぅ、おぉ、あぁぁぇぇ……」
それを男達が目撃した瞬間、嗚咽と嘔吐の混じる声を上げてカナエは扉を破る様な勢いで部屋から出ていった。
唖然とした表情で、男達は扉の方を見る。幸運な事に弾き飛ばされた方向に料理の皿があった者は居なかったらしく、服は無事だ。
「……何だったんだ、アレは」
その中の一人が、呟く。それは他の全員が言いたい事だ。
「トイレでしょう」
「そういう事じゃないです、ボス」
男達も、女がどこへ行ったのかは分かっている。出来ればそのまま帰って来ないで欲しいとは思っているが、それが無駄な事も勿論知っていた。
ふと、その中の一人----命を狙われたコルムという男が、机の上に乗っている薬品を見て、眉を顰める。
「……これ、相当きついヤクでしょう?」
そこに合ったのは彼が知る中で最も強い薬で、同時に昨日の取引で売るつもりだった商品だった。
「我々の持つ中で、一番効果も速攻性もついでに値段も高い薬ですね」
何の気も無しに、プランクは頷く。そこで男達は疑問を抱いた。
「もしかすると、あの女があんな調子だったのは薬の禁断症状か何かじゃないか」と。だとすれば、プランクに抗議の一つでも入れる所だ。彼らの仲間に薬物中毒者は居ない。
だが、それはプランク自身によって即座に否定された。
「カナエの頭がおかしいのは素でして。それを体に入れてた方がまだ落ち着くんです」
「そうかよ……」
疲れた様子で男は体を椅子へ預ける。高級な椅子が、この時ばかりは鬱陶しい。
「どこで拾った? 悪いが、雇った様には思えないぞ」
「それなら、わりと最近です。路地でチンピラの首を飛ばそうとしていた所を、私が止めてそのまま連れてきました。あの通りなので、名前も私が付けてあげましたよ」
次に質問を飛ばしてきた男に対して、プランクは落ち着き払った様子で声を返す。
だが、男達は不審そうにプランクを見た。わざわざ、部下でも無い人間の殺人を止める男ではない事をこの場の全員が知っているのだ。
「じゃあ何故連れてきた? あれはどう考えても、計画なんぞに従うタイプじゃないぞ」
勿論、質問を飛ばした男もその点のおかしさには気づいている。その点も踏まえた質問だ。
プランクは、その言葉に心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。貴重極まる表情だ。
だからこそその顔は信じられず、男達は「プランクも取引を台無しにされたショックがまだ抜けていないのかもしれない」。そう考えた。
だが、すぐにそれが間違っている事を理解させられた。
「惚れました」
帰ってきたのは単純で、一番信じられない一言だった。余りに予想外から飛んできた言葉に、男達は目を点にして、心の底からの唖然とした声を上げる。
「は?」
「惚れたんです。見たでしょう? あの美しさ、あの剣……刀でしたか? その刀の腕、しなやかさ。素敵な女じゃないですか」
そう語るプランクの声音はどこか弾んでいて、まるで恋する少年の様だ。
そこでようやく男達はプランクが本当の事を言っているのだと信じる気になったが、同時に趣味が悪いと吐く真似をする者まで現れていた。
特にスコットとコルムは蒼くなった顔を見合わせ、困り果てた表情をしている。
「あんたって奴はこう……酷いですよ」
「おっと! 惚れるのと、利用しないのとは違いますよ?」
心外だとばかりにプランクが言い放つ。どう聞いても誇る言葉ではないのだが、それでも彼に従う者達は普段通りの彼の態度に安堵する。
プランクという男は、打算で生きている。口調も表情も、基本的には『ポーズ』に過ぎないのだ。そんな男から『惚れた』などという言葉を聞くのは、その打算に助けられている男達にとっては背筋が寒くなる話だった。
「何やら、失礼な事を考えられている気もしますね。よし、コルム。君に『カナエをある場所に運ぶ』という任務を与えましょう」
コルムが顔を蒼白にして、周囲に助けを求める様な目を向ける。が、男達は目に見えて胸をなで下ろし、コルムを同情的に見ているだけだ。
プランクがほんの少し、目を細める。が、すぐに張り付けた様な笑みを浮かべ、不満げな雰囲気を消し去った。
「まあ、仲間意識の薄さは良いでしょう。それで、本題ですが」
朗らかに、しかし冷たい空気を纏いながらプランクは話を始めようとする。その姿に男達もまた、聞く事に集中しようと背筋を伸ばす。
その時だ、男達が引きつった、曖昧な笑みを浮かべたのは。いつの間にか、プランクの背後に女が立っていた。それが誰かなど、最早語るまでもない。
「おや、カナエ。もう戻ってきましたか、内臓を全部吐き出してきたって顔してますよ」
「……」
プランクは既に女----カナエが背後に居る事を知っていたかのように、自然な様子で話しかける。勿論、カナエは無表情で、目は虚ろなままだ。
だが、プランクを含め、それなりの目を持っている者にはすぐに分かる。カナエが、死人と見間違えそうなくらい顔色を悪くしている事に。
明らかに薬の影響だが、指摘して視界に入り、斬られる事を想像してしまうと誰もそれに触れられない。
その中で、特に表情を変える事が無かったプランクはカナエの変化など一切口にする事無く、むしろ不自然に思えるくらい平然と話を続けた。
「さて……今回の取引相手が消え去り、我々の手元に大量のヤクが残ってしまいました。それも、強烈な物ばかりが、です。はっきり言って、特定の物好き以外には何の価値も無い。分かりますね?」
その言葉を聞いた男達は一旦カナエの事を意識から外し、大きく頷く。
今回、彼らが取引材料として使う予定だった物が『売れないくらい効果が強すぎる』薬だという事はこの場の全員が知っている事だった。
「問題なのは台無しになった分のヤクをどう売るか、だな。売ろうにも民衆にバラまける類の物じゃないし、ましてこの町で売るのは無理だろうさ。どいつもこいつも、ホルムス・ファミリー壊滅でビビって暫く薬には手を引くだろうよ」
その中の一人が代表となる様に言葉を述べる。そしてその言葉は全て事実だ。『Mr.スマイル』という存在が世に現れた影響は、良きにせよ悪きにせよ大きい物だ。
それが彼らの行動に制限をかけている。昨日の出来事から今まで、薬が欲しいと言う組織の人間は町の中にはどこにも居ない。
勿論、プランクもそれを知っている。だからこそ彼は言われた途端に苦虫を噛み潰した表情で頷き、笑みを戻しながらため息を吐いていた。
「それで、その『どう売るか』ですが……もう、予定は立て終えています」
プランクは嫌な物を思い出したとばかりに盛大に眉を顰めつつ、話し続ける。
聞いていた男達の顔には安堵と不安が混ざった様な物が現れていた。どちらも、原因は男ではなく、その背後のカナエにあるのだが。
全員の視線が、プランクの言葉に不安を覚えていない。それは彼がこの場の人間をどれほどの時間率いてきたのかをすぐに察せてしまえるくらい、見事な信頼だ。
男達の姿に満足そうな、それでも張り付いた様な雰囲気が拭えない笑みを浮かべたプランクが、ゆっくりと続ける。
「ある船に乗って、薬を余所に持って行こうかと思っています。こんな恐ろしいくらい強い薬、まともな人間なら売ろうとも使おうとも思いません」
「船?」
「そう、船です。大丈夫。全員が乗ってもまだまだ余るくらい大きい船ですよ。船員にも勿論話が行っています」
唐突に出た『船』という単語に数人が目を細めるが、すぐに元の顔に戻る。計画自体に反対ではない事はその表情から読み取れたが、何故そんなにも嫌そうなのかが分からない。
が、その真実はすぐに明らかになった。彼らはすぐに気づいたのだ。メンバーの中には、船を苦手とする者も居る事に。
「おい、笑うなよお前等」
思わず、男達は笑い声をあげていた。途端にその数人は不機嫌そうな顔になるが、一言だけ告げるとプランクの判断に任せる事に決めて黙り込んだ。
「相手の組織ももう決まっています。話も行っています……もしかすると、この中にその組織のスパイが居るかもしれませんね」
独り言を呟くと意味深げに冷笑し、言葉を切る。そして、彼らの感情や、苦手とする物を知っていて尚、プランクはただの一言だけで話を締め括る。
「欲しがってる奴の所に直接、行ってやろうじゃありませんか……まあ、Mr.スマイルに追撃を受けたくない、というのも事実ですがね」
+
数時間後
「みんな! 今日は私の声で集まってくれて、本当にありがとう!」
声が響く。薬の売人達が部屋から去り、数時間が過ぎていた。声の主はプランク達が居た物と同じ部屋で、数十人の人間に向かっている。
最早個室という表現では小さすぎるくらいの大きさになったその部屋には、老若男女様々な人間が居る。外見的には特に共通点も無く、どのような集まりなのかを察する事は困難だろう。
だが、彼らの目を見れば誰しもが納得するだろう。その目は全く感情を表していない状態----虚ろだった。
そんな虚ろな目をした数十人の、感情の籠もらない視線。誰しもが威圧感か、恐怖を覚えるだろう。だが、それを受けても『少女』は笑みを浮かべ続け、声を張り上げる。
「今日は、みんなに嬉しいお知らせを持って参りました! 何と何と、みなさんは私の為に命を捨てちゃいます! 嬉しいでしょ? ね、ね?」
いきなり危険な事を言う少女の姿は、まるで何かを演じている様だ。派手過ぎる程派手な赤いドレスと背中に付いた白い羽という妙な格好もまた、その印象を助長している。
少女の演技めいた挙動から出てきた、『死ね』という意志。それでも周囲に反応は無く、ただ虚ろに少女を見つけ続けていた。
それを確認した少女は、汚れも傷も全くない綺麗な手を自分の胸に置いて、何かに陶酔する様な顔で呟く。
「そう、そうだよね。嬉しいよね。私の為に死ねるんだもの、嬉しくて当然だよ? うんうん、私、嬉しいな」
周囲からの返事は来ていないのにも関わらず、少女はまるで答えを聞いている風な態度で勝手に喋る。しかし、それに物を言える人間は----
「も、もう嫌だ! 俺は抜ける、お前等から抜ける!」
居る。唐突に、一人の男が叫んだのだ。先程まで虚ろな目で少女をただ見つけるだけだったその男は、何かが戻ってきた様に目に光を戻し、恐怖に彩られた顔で悲鳴を上げる。
しかし、周囲の人間は変わらない虚ろな目で少女だけを見ていた。男の事など、存在しないとでも言うかの様に。
「お、お前達も早く、早く逃げよう! こんな所に居たらきっと殺される! いや間違いなく殺される! 誰か、誰か正気の奴は居ないのか!?」
焦りと恐怖が混じった雰囲気を発しながら、男は他の者達に向かって声を上げる。やがて、必死の形相で数人に掴みかかるが、やはり反応は得られない様だった。
「正気の人なら、此処に一人居るよ? 居るんだよ?」
男に向かって、少女は小首を傾げる。本当に不思議そうだ。その姿は子犬や子猫を連想させる物で、とても可愛らしい。
しかし、男にとってはそれがおぞましい、死や絶望を運ぶ悪魔の顔に見えていた。
「い、い、いやだ! 抜けさせてくれ! やめさせてくれ! 誰にも言わない、情報も漏らさないから、見逃してくれ!」
必死に、男は命乞いをする。だが、それが通用する筈がない、という事も分かっていて男は二重に絶望していた。少女の出自を考えれば、仕方のない事だ。
「んー、そっか! そっかぁ……寂しくなるなぁ。でも決めたら、しょうがないか。いいよ、尊重するね」
男の予想に反し、少女は名残惜しそうな顔を浮かべたかと思うと男の目の前に立ち、優しく手を握る。
「元気でね、私の仲間で居てくれた事、忘れないから!」
「え、え、ええ。俺も忘れません、忘れませんから許してくださいぃ!」
握ったままの手を何度も振り、少女はあくまで友好的に笑う。男はそれでも警戒を解かない。少女が何をしているのかが分かっているのだ、それくらいで安心できる筈がない。
それでも、男の足は逃げるようにその部屋から出ようと動き----
「じゃあ----さよなら」
一言で、床に叩き伏せられた。
少女の声は、いつの間にか凍てつく程に冷たい物に変わっていた。
粛正を行う独裁者の如き視線を受けて、男はこのままでは自分の命が尽きる事を理解し、抵抗しようと暴れる。しかし、体は全く動かないでいた。
「やめろ、おまえ等やめてくれ!」
その原因は、男を床に押さえ付けている虚ろな目をしていた者達だった。少女の一声で動き出し、獣の様な動きで瞬く間に男の全身に覆い被さった彼らは、それでも目に何の感情も宿していない。
悪意も善意も感じられない視線で、男は体を押さえつけられる。いつの間にか、目の前に少女が立っていた。
「私の所から離れるなんて……ゆ、許せないんだからねっ! ずっと、ずっと一緒じゃないとダメ、ダメなの!」
男の視界に入る所までしゃがみ、顔を赤くしたかと思うと、恋する乙女の表情で言い放つ。紛れもなく演技だ。男の目には嘲笑する少女の顔が見えていた。
「でも、それでも、私から逃げるなら……殺しちゃうからね? もう許さないよ? いいよね、良し。いいね。じゃあ、実行するから」
物騒な事を言って、少女は男から離れていく。何故、離れるのか。それが分かって、男は更に暴れた。
しかしもう遅い、虚ろな目をした集団の手にはいつの間にか、多種多様な刃物が握られていた。これから自分がどうなるのか、男は嫌でも理解させられる。
集団は、男が動く事を体重や筋力で押さえながら、少女の指示を待っている。すると、元居た位置まで戻った少女が陶酔する様に微笑み、男に死刑宣告を行った。
「あ、じゃあみんな。ゴミを捨てやすい大きさに加工するんだよ?」
まるで、段ボールか何かを捨てるのかと思う程に気軽な調子の一言。それを聞いた者達は一斉に刃物を構え、男に近づいていった。
「やめ、やめろぉぉぉおおおおぉぉ!」
男の悲鳴が聞こえたが、少女はそれが聞こえていないかのように無視を決め込んだ。
数分後、男の存在はその場から----血だまりを残して、完全に消えていた。
何が起こったかなど、言うまでもない。最初に聞こえていた制止の声は少しずつ消え、次に激痛から来る悲鳴が、呻き声が、最後には沈黙がそこに残ったのだ。
それが終わると部屋の隅に黒いゴミ袋が置かれ、異様な雰囲気を漂わせていた。
「逃げちゃうなんて、クスリが足りなかったのかなぁ……ま、どうでもいっか。あんな奴は幾らでも交換できるんだしね」
最初から最後まで男の苦痛を見守っていた少女は、最早男の顔すら思い出せないという態度で髪に手を入れていた。
そうしている間に、ゴミ袋は室内から撤去されていく。それを見ていた少女は、冗談混じりに哀悼を捧げる様な表情を浮かべたかと思うと、すぐに笑ってみせる。
「みんなっ! ゴミ掃除ご苦労様! 私の役に立てて良かったね。ご褒美をあげちゃうよ!」
飛び跳ねそうな程弾んだ声音の少女がそう言うと、虚ろな目をした集団の様子が少し変わった。
どんな言葉も聞こえていない様に見えている者達が、その時は体や目を震わせ、歪みきった笑みを浮かべたのだ。
「じゃ、パトリック君! みんなにご褒美を! ……あ、持ってきてる?」
集団の変化など目もくれず、少女は自分の背後に声をかける。それまで誰も居なかった空間には、一人の男が立っていた。
黒い服に黒いサングラスという典型的な格好だが、何故か目立っていない。その男は少女に最敬礼を行い、すぐに返事をする。
「持ってきてますよ」
「さっすが! じゃ、みんなに配ってあげて!」
部下の優秀さが嬉しい、という表情で少女は指示を出す。すると、男はどこかから袋を取り出して、そこに入っていた物を投げた。
「く、クスリ……クスリ!」
「おれ、それ、ほしい!」
「わ、私の、私のクスリ! よこせ、よこせ!」
反応は、劇的だった。虚ろな目をした集団は投げられた物を見るなり目に光を宿し、歪みきった笑顔で飛びついたのだ。
他の者達と衝突し、ある者に至っては他者を殴り付けて小さな箱を奪い合う集団。冷静に見れば全員に一つずつある事が確認出来るというのに、誰も気づいていないのだ。
餓えた獣が食料を奪い合う様に、彼ら彼女らは『クスリ』を奪い合う。
それを冷淡に眺めていた少女はすぐに明るい笑みを戻し、やはり演技に見える態度で宣言した。
「ああ、そう! 私達はこれから! ある船をジャックして……船員も客も船自体も全部全部全部全部ぜぇんぶ! 壊しちゃいます!」
背後のパトリックという男以外、恐らくは誰も聞いていないであろうその言葉。だが言っただけで満足したらしく、少女は集団から離れた部屋の扉に手をかけ、誰も聞いていないのは承知で言った。
「みんなで、私と一緒に復讐しましょー!」
「なんか……女の子の方のトイレが血塗れだったんだけど……?」
室内で起きている狂乱から離れ、少女がトイレの前で首を傾げていた。秘密にされている部屋の人間だけが使える位置にあるトイレだ。
「多分、あそこで仲間割れでもしたんでしょう? ほら、撃ち合いになったとか」
「銃撃戦って割には……刃物で斬った感じの血飛沫だったんだよ……?」
そこでは、パトリックと少女がそれなりに親しげな様子で話し合っている。
だが、少女の方がその話をする事に飽きたのだろう。すぐに話題は変わる事になった。
「ね、あのクスリ……もしかしてあれが最後?」
少女は少し不安そうに、パトリックの顔を覗き込む。そこで初めて子供らしい雰囲気が発せられ、パトリックは安堵の息を吐く。
先程の部屋に居た時は全く少女らしくない、悪魔の様な顔しかしていなかったのだ。彼が安心するのも仕方がないだろう。
「……取引途中で潰されたので……もうありませんね」
安心した表情のまま、パトリックは申し訳なさそうに言う。
「そっか……やっぱり、取引をやられたのは痛いね……」
少女の顔には隠しきれない落胆が浮かんでいた。だが、予想はしていたのだろう。怒りを露わにする事は無く、静かに事実を受け入れている。
パトリックはその姿を見て肩を落とし、サングラスを外す。その場にスコットやエドワースが居れば、その顔を見て驚愕するだろう。そう、Mr.スマイルに殺された男の、部下だと。
「その……私がMr.スマイルとやらを倒せば良かったのですが……危険を感じて、早々と退避してしまいました」
「……ううん、良いよ。ファミリーに忠実な部下が無事で、私は嬉しい」
「ファミリーに、ではなく、『ボスに』でしょう?」
「ま、ね」
無理をしているのか、少女が浮かべた笑みは少し震えている。それでも嘘は言っていないのだろう、パトリックを見る目に落胆は見られない。
「でみ、このままじゃ、あの中毒者共を兵隊みたいに操れるのもこれが最後になるのかな」
少女は麻薬中毒者に強烈極まる薬を使い、洗脳と肉体強化を繰り返す事で忠実な機械と化した集団を使おうと画策し、売人と取引を行っていたのだ。
それがMr.スマイルによって所属していた組織----ホルムス・ファミリーを壊滅させられ、売人にも何かがあったのか連絡が取れなくなったのだ。
結果、少女が考えた兵士の育成は実行が不可能になってしまった。
「いいや……後一回は、連中を使えそうだし……捨て駒になってもらおっか」
だが、彼女の目には暗い炎がまだ燃え上がっている事を男は知っている。それは、計画を台無しにされたから燃えているのではい。
少女自身の出自が、体を動かしているのだ。そして、隣に立つパトリックもまた、同じ理由で少女と意志を共にしていた。
「あの薬の売人……絶対許さない……絶対、後悔させてやる……」
少女は、信じていた。彼らの組織を壊滅させたMr.スマイルは、売人の中に潜んでいるのだと。
少女は、瞳に宿る復讐の暗い炎を心の中へため込みながら、小さな声で呟いた。
「パパ……待っててね、絶対に、仇は討ってあげるからね……」
少女の名は----ジェーン・ホルムス。
ホルムス・ファミリーのボスの、娘だった。
プロローグ2です。
エドワースとプランクの名前の元は……。多分、何かの映画の登場人物から取った様な気がします。カナエは『鼎の沸くが如し』から。作中の人物がつけた名前という設定なので、映画ネタではありません。
まあ、リドリーとスコットは言うまでも無く……