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キラーハート The Killer In Smiling MAN S  作者: 曇天紫苑
The Killer In Smiling MAN S 一笑編
16/77

12話


「……」


 ジェーンが眠り始める少し前、とある通路では一人の男が沈黙を保ちながら歩みを進めていた。

 男の顔は不機嫌そのもので、近寄れば殺されてしまいそうだ。しかし、そう感じさせる原因は表情ではない。格好に問題がある為である。

 全身を銃器や爆弾で包んだその姿は誰が見たとしても剣呑な物を覚えてしまうだろう。

 不機嫌そうな顔を晒し、片手で重そうな銃を軽々と持ち上げる。物の重さを忘れてしまったかの様な動きだ。

 そうしている間にも、男は周辺の様子が一瞬でも変わらないかと気を払い続けていた。自分が持っている物に一切の関心を寄せていない。

 もしも、この場に銃を持った物が現れて彼に殺気を浴びせかけたとしても、無反応で通り過ぎてしまうかもしれないと思わせる程だ。


「……ジェーン様、きっと、お疲れでしょうね。酷い目に遭っていなければ良いが……」


 男こと、パトリックは呟く。表情は不機嫌な物から一気に心配そうな物に変わり、声音は柔らかで、家族にでも向ける様な色が含まれている。

 何としてでもジェーンを見つけなければならないと、パトリックは必死になっていた。

 Mr.スマイルや、空中を浮いている様に見えた女にせよ、この船には何か危険な物が多すぎる。ジェーンが大変な目に遭っているかもしれないと考えると、休む気にすらならなかった。

 この時、ジェーンはベッドの上で寝転がって、安らかな顔で意識を飛ばしかけ、つまり眠りかけていたのだが、彼は知らない。


「……」


 一言だけ呟いたパトリックは、その後には何も言葉にする事無く先へ進んでいく。その姿は、足を一歩進めるごとに深刻そうな顔が余計に暗くなっていく様に見えた。


「……?」


 その時、何かに気づいたパトリックは周囲を見回し、気配を探る為に呼吸まで抑える。視界には入っていないが、パトリックの五感は何者かの存在に気づいたのだ。

 しかし、五感を更に駆使して気配の正体を探り当てたパトリックは、期待外れだと言いたげな顔で残念そうに肩を落とす。

 その気配は彼が期待した物とは大きく違い、虚ろで、人として大事な何かが抜け落ちた感覚だったのだ。そして、そんな気配を持つ存在を彼は、彼らは作り上げている。


「……」


 気配の主は、すぐに現れた。予想通り、幾つかの武器を持った『兵隊』達だ。人間性が感じられない瞳で見つめてくる。

 余りにも変わらない、普段通りのその姿に、パトリックは少しだけ落ち着く事が出来た。


「……計画に、異常は?」


 状況を確認する為にパトリックは声をかけた。返事は無い。人語を解し、喋る能力は残してあるというのに、聞いている様子がない。

 思わず眉を顰め、パトリックは相手に近づいていく。薬で調整された彼らの頭は指示を聞く、以外の能力は残っていないのだ。返事をしないという事は、まずあり得ない。


「……成る程、俺より上からの命令か」


 そこで、パトリックはすぐに気づく。彼とジェーンが作り上げた『兵隊』は命令を一字一句違わずに実行するが、例外として、ジェーン以上の立場に居る人間の命令は優先的に聞き入れるのだ。

 だが、今回の命令は『船内に居るジェーンとパトリック以外の皆殺し』だった為に、命令を上書きするには彼らの残った欲求----『薬』への渇望に頼るしかない。

 パトリックはすぐに誰がそれを行ったのかに気づいた。

 彼は知らないのだが、『兵隊』達の細かな違和感からそれに気づいたのはジェーンよりも早い。


「……ボスか。やっぱり、生きてるんだな……!」


 心からの喜びを籠めて、パトリックは呟く。圧倒的な歓喜が彼の頭の中を埋め尽くし、目の前に居る相手を忘れさせる。

 勿論、彼の言う『ボス』が生きていた場合に指示するであろう内容はもう理解できている。だが、気にもならない。むしろ受け入れる姿勢が出来ていたのだ。


「さて、俺は殺されるのか? それとも、ボスに会わせてくれるのか? 出来れば後者が……父親が娘を殺す所なんて見たくが」


 先程の暗い表情はどこへ行ったのかと思う程にパトリックの顔は笑みを浮かべていて、声は弾んでいる。しかし、その中でも不安要素を感じていたパトリックは表情も声音もそのままに、不安な様子を見せていた。

 罰せられるのは自分一人で良い、という表情をするパトリックを見ても、相手は何の反応もしない。感情の見られない様子はまさしく機械だ。

 機械の様な存在は、銃を構える。どうやら自分は射殺される様だ。頭の中でそう納得したパトリックは銃を置き、笑う。

----これで、良いのだろうか?

 その時、頭の中にそんな思考が現れてパトリックは思わず首を振る。だが、思考は止まらない。

 この場で彼が死ねば、ジェーンを守る物は無くなってしまうのだ。

 例えそれが敬愛する『ボス』の命令だったとしても、最後の責任を取る物がジェーンしか居なければ間違いなく殺されてしまう。

 パトリックは、最初から自分がスケープゴートになる覚悟を決めていたのだ。この場で、死ぬ訳にはいかない。


「気が変わった、死ぬのはお前だ」


 言いながら、パトリックは降ろしていた銃を再び持ち上げる。『兵隊』は慌てる様子も驚く様子も無く銃の引き、パトリックの胸に銃弾を放つ。

 銃弾を避ける様な人間離れした身体能力はパトリックには無い。弾は見事に胸に当たり、パトリックを吹き飛ばす。

 呻き声一つ上げる事無く床に倒れ伏したパトリックに、『兵隊』は近づいていく。死んでいるかどうかを確認する為だ。

 だが、それこそパトリックが狙っていた事だった。

 倒れたパトリックは、片手の銃を素早く発砲する。至近距離からの銃撃は強烈で、相手は銃弾によって出来た穴から血を吹き出して、倒れる。

 同時に通路の橋や窓の上から『兵隊』達が何人も現れて、何も言わずに銃撃して来た。


「やっぱり居たか! まあ、そういう風に『調整』したのは俺だからな!」


 それをたった今自分が撃ち殺した者を盾にして防ぎ、パトリックは相手の予想通りの行動に少しだけ忌々しそうな顔をする。

 決まった行動、教えた事しか出来ないのは裏切りを防ぐという意味では効果的だった。が、どんなに身体能力を強化していても、同じ事しかしないのでは簡単に対策されてしまう。

 例えば、今の様に。


「ああ、やっぱり、まだまだお前等は実用段階じゃなかったよ」


 死体を盾にしたパトリックはその隙を付いて銃弾を撃ち込み、一人ずつ倒れさせる。倒れた者は盾に使い、器用に移動して相手に照準を定めさせない。

 『兵隊』達の動きは素早く、鋭い。だが、作り上げ、動きを知り尽くすパトリック自身にとってはあまりにも簡単に倒せてしまう、ただの動く的でしか無かった。

 そうしている間にも『兵隊』達は随分と数を減らし、数人を残すばかりとなっている。

 まだまだ、パトリックは余裕を残している。残りの全員を片づけるのに、時間は必要無いだろう。しかし、彼がそれらを片づける事は無かった。

 背後から来て、すぐ側を通った銃弾が、残った『兵隊』達を撃ち殺していたのだ。


「……!? 誰だ!」


 すぐに振り返り、パトリックはそこに居る人間の正体を確認しようとして、驚きに目を見開いた。そこに居たのは、彼が顔を知っている人間だったのだ。


「あんたは!?」

「よう、さっきの質問の答えを聞きに来たぞ」


 そこに立っていたのは、見るからにカタギではない雰囲気を放つ男だった。

 片手に持った銃は寸分の違いも無く『兵隊』達の頭を打ち抜いていて、その優れた射撃の腕を窺わせている。

 パトリックは分かっている、その男を、自分は撃つ事が出来ないという事を。


「そういえば、自己紹介がまだだったか?」


 男は自分が撃った相手が倒れ、起きあがってこない事を確認してから銃を降ろし、挨拶をしてくる。パトリックはそれにまともな返答を返す事も出来ない。

 顔をじっと見つめ、それまでの感情の動きを余所に飛ばしてしまった様に懐かしそうな色の混じった尊敬の念を向けている。

 実際に、パトリックはその姿を見た瞬間、今まで抱えていた悩みも苛立ちも吹き飛んだのだ。それは先程までの溜まったストレスから解放された様な、不思議な気持ちだった。


「俺は……ケビンだ。ケビン・ミラーだ」


 相手の様子がおかしい事に首を捻りつつも、ケビンは笑みを浮かべて見せる。だがそれは友好的な物と言うよりは、剣呑さが混じった物だ。

 勘の鋭い者であれば身を凍らせる程で発せられる威圧がパトリックへ向けられる。どうやら無意識の内に発せられている物らしく、ねじ伏せる程凶悪ではない。

 だからこそパトリックは更に尊敬と懐かしさという感情を強くする。それは船内の別の場所に居る『スコット』という名前の男と似たような反応で、ケビンがこの二人に何らかの影響を与えている事を表していた。

 気配や反応に気づいていてもそこには気にしないケビンは、意識的に声音を鋭くして訪ねる。


「それで、質問だが……俺の部下を、見ていないか? エドワース、って言うんだが」


 相手を探る様な声だ。出された名前に聞き覚えがあったパトリックは軽く目を見開き、驚きを見せる。明確な反応をしたパトリックに対し、ケビンは目を細めた。

 だが、無用な期待はさせまいとパトリックは黙って首を横に振る。名前は知っている、顔もだ。それでも、パトリックはこの船でエドワースの顔を見てはいない。

 そこに嘘が無い事を見て取ったケビンは残念そうに肩を落とし、息を吐いた。それは明確な隙にも見えたが、パトリックは相手へ敵意を向ける気にはなれなかった。


「……知らないか、なら用は無い。悪かったな、お前の獲物を撃ってしまった」


 銃を完全に降ろし、ケビンはパトリックの隣を通って歩いていこうとする。武装したパトリックにかなり無防備な姿を見せているのは奇妙だが、それはもし銃を向けられれば、それより先に撃ち殺せるという自信の現れの様に見える。

 何より、歩いているケビンには『自分の歩みを邪魔させない』という明確な感情があったのだ。だが、パトリックは軽く手を伸ばして進行方向を遮る事が出来ていた。


「悪いとは思いますが、そっちの質問に答えたんだから、こっちの質問にも答えて欲しい」


 パトリックはケビンの進行を妨げた事に申し訳無さそうな顔をしながらもそれを止めるつもりは微塵も無く、ケビンの鬱陶しそうな顔を見てもやはり、動かない。

 どうやら、どうしても質問したい事の様だ。それに思い至ったケビンは苦笑し、発していた威圧感を和らげる。


「……何だ? 早く聞いてくれ。こっちは船中を探すんだ、急いでる」


 言葉通り、ケビンは急いでいる様子で足を動かしたそうにしている。その意志がはっきりと伝わってきたパトリックはやはり申し訳なさそうに謝罪するも、質問をする事は止めなかった


「すいません。でも二つ、質問したいんですが……一つは、赤いドレスを着た女の子を見ませんでしたか?」


 この質問は、現在のパトリックとしては一番聞きたかった事だ。そして、この質問は彼にとって有意義な物となった。

 何せ、ケビンはつい先程、その赤いドレスを着た『幼い頃に顔を見た』少女が部下であるリドリーと共に居る姿を、目撃して居るのだから。


「……さっき見かけたな」


 それを教えるべきなのか少し迷った様子を見せたケビンは、しかし目の前の相手が『赤いドレスの少女』と言った時に微かに見せた敬愛や親愛を見て取って、教える事を決める。


「本当ですか!? では、その場所だけでも……」 

「ああ、それなら……いや」


 懐から紙を一枚取り出し、銃を下敷きにしてメモを取ろうとする。その姿を見たケビンは少し嫌そうに頭を掻き、軽く息を吐いて言葉を止める。

 話してくれないのかとパトリックは困り果てたが、そうではない事はすぐに分かった。ケビンは、気安げだが頼もしい笑みを浮かべていたのだ。


「いいさ、連れていってやるよ。どうせ船中を歩く身だ」

「い、良いんですか? その、そちらも忙しいんじゃ……」

「口頭で間違った場所に行かれたら、俺が嫌だ」


 それだけを告げると、ケビンは勝手に歩き出す。それが『付いてこい』という意思表示だと気づいたパトリックは嬉しそうに礼をして、その背を追う。

 ケビンの足はパトリックを置いていかない程度に早足であり、急いでいる事はすぐに分かる。だというのに、ついでとはいえ案内までする心意気に、パトリックは尊敬の念を向けた。

 どうにもくすぐったい感じられるその視線を受けて、ケビンの背中は居心地が悪そうに身じろぎしている。


「ああ、もう一つの質問ってのは?」


 居心地の悪い視線を止めさせる為か、ケビンは歩きながら背後のパトリックへ声をかける。

 思わず、パトリックは足を止めた。

 その質問は過去のパトリックとして、聞いてみたかった事だ。現在のパトリックではなく、町の悪ガキだった子供の頃のパトリックとして。

 ケビンの背中をじっと見つめて、パトリックは口を開いた。


「……その、俺の顔に、見覚えがありませんか?」



 この時、彼らの行く方向の少し行った先でリドリーが音も気配も無く窓の向こうへ人を放り投げていたのだが、彼らは全く気づいていなかった。





+





 人が倒れる音がしないというのに、人が倒れていく。

 熟睡するジェーンの隣でたった一人、何人もの『兵隊』達を相手取るリドリーは少しばかり汗をかきながらも、冷静な顔付きで相手を窓の外へ放り投げている。

 時折、そのまま室内で倒れる者も居るのだが、音はない。倒れて床にぶつかる寸前でリドリーが足で落ちる者を掴み、そのまま音がしない程度にゆっくりと床に降ろしているのだ。

 人間業ではない程の動きで、リドリーは『兵隊』達を吹き飛ばしていく。その早さと動きは吹き荒れる嵐の様で、部屋の中にだけ存在する暴風と言える。だが、音は無い。

 ベッドに倒れ込むジェーンの耳には音が一切届いていないのだ。人間業では無いのを通り越して、もはや人間と呼べる域を越えている。

 相手が銃の引き金を引く余裕など与えない。窓から新たに現れた集団が銃を持っていても、瞬く間にリドリーに壊滅させられて、動く隙すら与えない。


「何だ。あれだよ。悪いんだが……死んでくれ」


 言葉を止める度に、数人単位で人が吹き飛んでいく。

 片腕のハンデなど一切感じさせない。むしろ、動かしにくい片腕は体の動きをうまく使って、勢い良く殴り付けている。動いている時よりも、凄絶だ。

 銃を持つ者を優先的に狙う事に気づいた者も居る。それらは三人程度で上階から降りて窓へ入り、一人が銃を持ち、残り二人が刃物で近接戦を行おうと近づいていった。

 だが、強烈な勢いで一人の持っていたナイフを奪ったリドリーは窓に居る銃を持つ一人へ投げつけ、残った一人が突進した事を見ると踊る様な動きで体を捻って避け、そのままナイフを奪った一人と同士討ちをさせる。最後に残ったナイフを持つ一人は勢い良く投げつけられ、そのまま窓の外へ飛んでいった。

 ここまでの動きは、殆ど一瞬で起きた事だ。出来る限り音を立てずに行われて動きが見切れた者は、一人も居ない。


「そろそろ、片づいたかねぇ。その、飽きてきたんだけど」


 部屋に残ったのは、もう残り数人しか居ない。リドリー自身はまるで単純作業を行っただけだと言いたげな顔で、面倒そうに溜息を吐く。

 一方的な殺戮劇を目撃した数人の『兵隊』達はそれでも怯えの一つすら見せない。感情など残っていないので当然ではあるのだが、何の反応もしない姿はリドリーに強い倦怠感を覚えさせた。


「……こういう時はさ、ほら。色々、あるよねぇ? リアクションの一つでも、ねぇ?」


 こういう状況では何か表情に出す物だ、とリドリーは困った風な顔をする。もちろん、何の反応も帰っては来ない。

 残念そうにリドリーは肩を落とす。それを隙と見たのか、『兵隊』達は引き金を引いた。本物の隙だったのだろう。今度には、邪魔が入らなかった。

 銃弾はリドリーに当たる事は無い。僅かな本物の隙の後、リドリーは即座に我に返って発砲を避けられない事を理解すると、一瞬にして超高速に入って射線から外れていたのだ。

 攻撃自体は、リドリーに何の被害も与える事は無い。銃声で、ジェーンが目を覚ましたという一点を除いては。


「ふあ……ぁ、ん? あ、あれ……? どうしたの……?」


 眠たそうに目を擦り、軽い欠伸をしたジェーンはその場の状況に寝ぼけたまま、困惑した顔を晒す。無理はない、周囲には生死不明の『兵隊』達が明らかに意識の無い状態で転がっているのだ。驚かない方がおかしいだろう。

 その姿を見たリドリーは思ったよりも寝起きの悪いジェーンへ苦笑したが、次の瞬間には怒っている顔付きを残った『兵隊』達へ向けていた。


「……ああ、起こさないでくれと言ったのに」


 声音は軽い、演技臭い挙動も相変わらずだ。だが、周囲に漂う雰囲気はそれと反して冷たい怒りを感じさせる。ただ、それすらも演技の様に見えるのは気のせいではないだろう。

 まだジェーンははっきりと意識を取り戻していないのか、小さな欠伸をして目を擦っている。無垢な子供の様な愛らしさだ。もちろん、その場に居る誰もがそれを気にする様子は無いのだが。


「まあ、何だ。安心してくれ、お前等の命は無駄に消されるが、それは単に……お前達が今! 単なる雑魚の脇役に過ぎないという、ただそれだけなのだから!」


 ジェーンが起きた事で遠慮が無くなったのか、リドリーは声を張り上げながら相手の懐に飛び込み、拳を叩き込んで壁にぶつける。

 まるで瞬間移動だ、目にも留まらない速度は他の数人に反応をする時間を与えず、リドリーは銃の握り手を使って相手の頭を叩き潰した。

 頭が潰れた『兵隊』達は血の一滴が流れる前に蹴り飛ばされ、窓の外へ飛んでいく。

 残った『兵隊』は、もう一人、座っている者だけになっていた。リドリーがいつの間にか突き飛ばして、足の骨を折った様だ、立ち上がる様子はない。

 虚ろな目をしたその存在はリドリーをじっと、何も感じさせない雰囲気を持って見つめている。抵抗する方法が無い様で、体は硬直していた。


「……今度こそ、言わせて欲しいねぇ」


 転がっていた銃を拾い、相手の額に押しつけながらリドリーは苦笑し、嬉しそうに口を開く。どこか背筋が凍る様な冷たさと、『そういう雰囲気を纏う演技をしている』様に見える姿をしていた。


「お前達は脇役で俺も脇役だが、俺はリドリー、つまりっぐっぅ……!」


 やはり、言葉は途中で止まる事になった。リドリーが血を吹き出すという、出来事によって。


「リ、ドリー……?」


 ありえない物を見た事への驚きが籠もった声音で、ジェーンは思わず呟いていた。

 今までは閉められていた扉が開いていて、そこから遣って来た銃弾がリドリーを貫いたのだ。勢い良く吹き飛んだリドリーの体は窓のすぐ側に叩き付けられる。

 予想出来ない姿だった。確かにリドリーは無敵ではなく、あの女との戦いでは負傷していた。が、ここまで明確に銃弾が彼を捉えた瞬間を見るとは、思えなかった。

 そんなリドリーは言葉が邪魔されたというのにニヤニヤと笑ったまま、壁にもたれ掛かって座り込んでいる。相当な痛みを感じているだろうに、呻き声一つ上げていない。


「映画の中じゃ、スター達は平気な顔だがな。現実に銃で撃たれるのは、酷い痛みだ。そうだろう?」


 開いた扉から、拳銃を持った何者かが現れる。古めかしいトレンチコートと山高帽に身を包み、顔に笑顔を象った仮面を付けている。つまり、ジェーンとリドリーに共通の記憶として残る、Mr.スマイルの格好だ。


「……そうだねぇ、痛いより体が動かない方が遥かにきつい。とでも言っておこうか」


 変わらない調子でリドリーは声を返す。銃弾は足や腕の間接を的確に撃ち抜いていて、動かす事が難しそうだ。だが、リドリーは笑っている。

 やっと目覚めたジェーンの頭は、すぐ側のMr.スマイルよりも窓際で笑うリドリーの方へ目が行っていた。血を流していても、演技臭い雰囲気は一切消えていない。

 むしろ、血を流している事すら本当は演技で、傷など本当は無いのではないか。先程の昔話を聞いたジェーンは頭の中で、そんな事を思い浮かべていた。

 本物の血が流れているのがはっきりと分かる事から演技ではないと理解してはいても、そう考えざるを得ない雰囲気がリドリーにはあるのだ。


「……覚悟は出来たか?」


 自らに笑みを向けてくるその存在を不気味に思ったのか、Mr.スマイルの声音には何やら嫌そうな雰囲気が見て取れる。

 ジェーンにとっても思わず同意してしまいたくなる様な、そんな雰囲気だ。先程見たMr.スマイルはそんな様子を一切見せなかったというのに、今は違う。


「覚悟、と言われるとよく分からないねぇ。例えば、今、君が俺と撃って、俺が海へ落ちて死ぬとする。で、これのどこに覚悟をする要素があるんだ?」


 本気で分からないと言いたげな表情でリドリーは首を傾げている。

 その顔にある『何か』を見たジェーンは立場としても気持ちとしてもリドリーの味方をするべきだと分かっていても、彼を異様な『何か』だと思ってしまい、思わず身を震わせる。


「もしかして、死ぬ事に覚悟を? ははっ、ならそうしよう……よしっ! 覚悟が出来た、さあ撃ってくれ」


 どう考えても嘘にしか思えない『覚悟』を見たMr.スマイルが思い切り嫌そうに、やはりリドリーへ人類ではない別の『何か』を見る目を向けていた。

 いつの間にか、リドリーは窓際に立っていた。片足の関節を撃たれた為に片腕を窓に置いて体を支えている。

 この状況であれば、銃弾を避ける事は不可能だ。


「……ああ、よし。撃ってやるから安心しろ」

「……ぁ、えっと……うーん……ダメっ! 撃たないでっ!」


 ジェーンも、隣に居るMr.スマイルも同じ事を考えたのだろう。ジェーンは暫く迷った後で顔を青くしてMr.スマイルを止めようと体を動かす。

 迷った理由は簡単だ。リドリーが余りに異様で現実離れした雰囲気を放っていて、それに飲まれたジェーンは息が止まってしまいそうな気分の悪さを覚えた為である。

 が、迷わなかったとしても足を撃たれた彼女はそもそもベッドから出る事すら出来ない。ただ、もがくだけだ。

 横目でその姿を見たMr.スマイルは少しだけ情けない、哀れな物を見る様な目になる。だが、すぐにその表情は消え去って、銃はリドリーへ向けられた。


「……へぇ……なあるほど、ねぇ」


 Mr.スマイルの仮面から覗く目の僅かな変化を見逃さなかったリドリーは何かを納得したのか一度頷き、目を瞑った。恐らくは、『撃たれる』という演出の為に。


 そして、銃弾は放たれた。


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